蒼の光 外伝2
蒼の運命
7
※ここでの『』の言葉は日本語です
蒼が悩んでいるのはその表情からも丸分かりで、セルジュは笑みを噛み殺すのが大変だった。
一言、一緒に行こうと言えば話は早いのだ。自分達の今の立場はただ学問を学んでいる客人というだけで、どこぞの大国の何某
という肩書きなどは一切無い。
その上、使えることは分かっているのだ、本当なら言いくるめてでも同行してもおかしくないのに、蒼は一々こちらの思いを考えてく
れているのだろう。
(本当に、ただ自分が可愛い王族とは違うな)
大体、男とはいえ、皇太子妃という身分の蒼が討伐軍に入らなくてもいいはずだ。結果が心配であっても、この王宮で待ってい
るのが普通なのに、わざわざ自分まで赴くなど人が良過ぎる。
そう考えれば、シエンも皇太子という身分だった。
(・・・・・似たもの夫婦というとこか)
面白いが、それだけシエンとの絆の深さを見せ付けられているようで妬けてしまうのも確かだ。
どちらにせよ、蒼がいないこの国にいても仕方がないので、シエンの戦術をじっくりと観察するためにも同行することを認めてもらわ
なくてはならなかった。
(セルジュとアルベリックかあ・・・・・)
絶対に、いてくれた方が助かるとは思う。ただ、彼らはバリハンの民ではなく、他国民だ。
さらに、近々建国する国の重要な位置に就くはずだとも言っていた。そんな大事な身体で、いくら戦ではないとしても危険な盗賊
退治に同行してもらってもいいのだろうか。
「ソウ」
悩んでいる蒼の顔を覗き込み、セルジュは何を悩むと甘く誘いを掛けてきた。
「俺を使え」
「で、でも・・・・・」
「躊躇うことはないだろう?俺が自分から行きたいって言ってるんだ」
「どうして?どうして力貸してくれるんだ?」
旅先で出会い、そして、バリハンまできたセルジュ。しかし、蒼は彼のために自分が何かした覚えはない。どうしてこんなふうに協力
をしてくれようとするのか、その気持ちが分からなかった。
「分からないか?」
じっと顔を見つめていると、セルジュは笑いながら顔を近づけてくる。
「俺が、お前に力を貸す理由」
「う、ん」
「それはな」
「・・・・・ああ!!」
お互いの鼻がくっつきそうになった時、いきなり蒼は思いついてしまった。
「セルジュッ、ごほーびほしいんだなっ?」
「・・・・・ご褒美?」
「だって、何時も俺達は金ないしーって言ってただろ!国つくるのに、お金いっぱいいるって!」
カヤンについて、蒼と一緒に国政や貿易について学んでいるセルジュとアルベリック。
仕組みや流れは直ぐに理解したようで、その覚えの早さにカヤンも感心していたが、セルジュは褒められるたびに苦々しい笑みを
浮かべながらよく言った。
「それでも、俺達はバリハンのように豊かじゃないからな。何をしようにも元手が掛かるが、アブドーランはどの部族も貧しい。先ず
はそこから考えなければ先には進めそうにないな」
一番の大国、エクテシアよりも遥かに膨大な土地を占めているアブドーラン。
ただ、未開の地として足を踏み入れる者さえいないと言われているその土地には当然金は回らず、暮らしている幾つかの部族の
者達はほとんど自給自足の生活を強いられているらしい。
セルジュ達が望む、きちんとした国としての形態も、先ずは元手が必要だと、セルジュとアルベリックは宝探しでもするかと冗談の
ように言っていた。
もしも、バリハンが援助をしたら、余計な干渉を受けてしまうかも知れないという懸念も生まれるかもしれない。
しかし、それが援助ではなく報酬としたら・・・・・正当な働きに見合う報酬としてならばその金を受け取ることも出来るのではないだ
ろうか?
(兵士として参加するのがどれ程のお金に換算出来るかは分かんないけどっ、でも!)
「俺っ、王様とシエンに頼んでみる!」
「おい、ソウ、あのな」
「セルジュが望むだけは無理かもだけどっ」
「いや、だから」
「ちょっと待ってて!」
「ソウッ!」
シエンも、ガルダも、セルジュ達がやろうとしていることを賛成はしてくれていた。きっと、話せば理解してくれるはずだと、蒼は今来
た道を急いで引き返した。
見る間に小さくなっていく蒼の背中を呆気にとられて見送ったセルジュは、後ろから聞こえてきた忍び笑いに思わず憮然とした表
情になった。
「何がおかしい」
「いや・・・・・ソウは本当に予想外の思考だなと思って」
「・・・・・いいじゃないか、面白くて」
「確かにそうだが、お前は残念だったな、口付けも出来なくて」
自分がどんなことを考えていたのか、幼馴染のアルベリックにはお見通しだったようだ。
セルジュは黙ったまま、アルベリックの脛を蹴った。
(全く、どうしてあそこからガラリと雰囲気が変わるんだ?)
アルベリックの言うように、あの時自分は蒼の唇を奪うつもりだった。
楽しく、面白い存在として欲しいとは思っていても、肉欲を伴う感情を抱いていたわけではない・・・・・そう思っていたつもりだったは
ずが、あの綺麗な黒い瞳で真っ直ぐに見つめられ、まるで引き込まれるように顔を近づけていた。
あのまま蒼が叫ばなければ、多分そのまま唇を重ねていた。大国バリハンの皇太子妃である蒼にそんな真似をしたらどうなったの
か、今更ながら考えてしまう。
しかし・・・・・。
(あのソウを、シエン王子は抱いているんだな)
明るく元気な少年という印象の強い蒼だが、シエンは確かにあの蒼を抱いているはずだ。閨での行為を一切連想させない蒼が、
シエンの前ではどんなふうに変わるのか、なぜだか見たくなってしまった。
「おい、セルジュ」
そのセルジュの考えを読み取ったのか、アルベリックが諌めるように声を掛ける。
「からかうまでならいいが、本当に手は出すなよ、相手はバリハンの皇太子妃だ」
「分かってるって」
(ただ、止められるかどうかは分からないがな)
相手が大国だからというのは自制する理由にはならない。その言葉はさすがに自分の胸の中だけに納め、セルジュは俺達も準備
をするかと宛がわれた部屋へ戻ることにした。
そして、二日後の早朝。
バリハンの王宮の門前にはガルダとバウエル将軍他、多くの人間がこれから国境の盗賊討伐に向かう一群を見送りに出ていた。
今回はバリハンの国境の中でも一番被害が多い南へと向かうが、王都からはソリューを休ませず走らせても二日ほど掛かる。
そこから盗賊を探して砂漠へと出るので、それでも4、5日すれば、早ければ盗賊と対峙することになるはずだ。
「シエン」
ガルダはシエンの肩に手を置いた。
「父上、行ってまいります」
「盗賊の討伐は我が民だけではなく、周辺の国にとっても必要なことだ。しかし、皆が傷付くことを私は望んでいない。どうか、1
人も欠けることなく無事に戻ってくるように」
「はい」
もちろん、シエンもそのつもりで剣術の優れた者、素早い者を率先して選んだ。無傷とまでは行かないかもしれないが、誰1人と
して命を失わせるつもりはない。
強い思いを込めた肯定に頷いたガルダは、その眼差しを自分の隣にいる小柄な人影へと向けた。先ほどまでの王としての眼差
しを一変させ、優しい父の顔になって相手、蒼に話し掛ける。
「本当に、その心に変わりないか?」
蒼の気持ちを十分分かってくれているだろうが、心配が消えることはないらしい。最後の最後にまでそう確認するガルダに、当の
蒼はきっぱりと頷いてみせた。
「だいじょーぶ!心配ない!」
「・・・・・そうは思うが、やはり・・・・・なあ」
「王様」
「シエン、ソウのこと、くれぐれも」
「父上、たとえ我が身を危険に晒しても、ソウには掠り傷一つ負わせるつもりはありません。安心して帰還をお待ち下さい」
「・・・・・そうしよう」
実を言えば、シエンも出来ればここで蒼に、留守を守っていてくれと言いたい気持ちは残っていた。ただ、じっとしてはいられないと
いう気持ちも十分分かり、それならば自分の側において、しっかりと守ろうと思う。
名残惜しげに蒼の頭を撫でるガルダは、本当に蒼を自分の家族として受け入れてくれている。それが嬉しくて、シエンはもう一度
お任せくださいと言い切った。
頭を撫でられ、抱擁され。自分がとても愛され、心配されているということを感じた蒼はくすぐったくて仕方が無かった。
見かけはこの国の成人男性に比べたら幼いかもしれないが、蒼も立派な男のつもりだ。少しでもシエンの手助けになるのなら、そ
してこの国の皆のために、自分で出来ることは頑張ろうと思っていた。
(それに、力強い助っ人もいるし)
「セルジュが、ですか?」
セルジュとアルベリックが討伐軍に参加したいという旨をシエンに告げた時、シエンは驚きと困惑に満ちた目でそう確かめてきた。
その言葉に頷いた蒼は、報酬の件を話してみる。
建国するにはたくさんのお金が掛かり、セルジュ達はその金策に頭を痛めている。
多くは無理でも、少しでも都合することは出来ないだろうか。
財源がないのならば、自分が祝いに貰った品々を譲る許可が欲しい。
「俺っ、お小遣い、いらない!」
そこまで言うと、シエンは苦笑しながら首を横に振った。
蒼の小遣いを減らさなければならないほど、バリハンに余裕がないということはありません。セルジュ達にも、働きに応じた物を他の
兵士と同様、報酬として渡しましょう、と。
そして、2人は今回の討伐軍の中にちゃっかりと馴染んでいる。
蒼が知らない間に訓練場に行って手合わせなどもしていたようで、他の兵士達とも顔見知りらしい。
(なんだか、心配して損した)
いくら皇太子妃である自分の口利きでも、他所の人間が入ることでギクシャクしないかと心配したが、このセルジュに関しては心
配はないようだ。得な性格だなと思う。
「では、行ってまいります」
「行ってきます!王妃様と、りゅーちゃんによろしく!」
朝早いことと、顔を見て気持ちが揺らぐのは嫌だったので、2人への挨拶は事前に済ませていた。言葉の話せないリュシオンはと
もかく、王妃もガルダと同様に心配してくれたが、それでも蒼が一生懸命説得したら納得してくれ、くれぐれも気をつけてという言
葉をくれた。
皆のためにも盗賊を退治し、無事に戻ってこなければと思う。
「ソウ」
「うん」
先にソリューに乗ったシエンが手を差し出してくれ、その手をしっかりと掴んだ蒼は同じソリューに乗った。
「行きますよ」
掛け声と共に、シエンがソリューを走らせる。その後に続いて、一匹に2、3人の兵士を乗せたソリューが続く。
(待ってろよっ、盗賊!)
悪いことをすれば罰が当たるのだということをきちんと伝えたい・・・・・蒼は前方を見つめながら心に誓った。
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