1章 4月は出会いが盛りだくさん


               いち   何だよこいつ





 
「おい、リンゴ、早くしろって」
 「リンゴじゃないって何回言えば分かるんだよ!俺は真悟っていうの!」
 「いいじゃん、語呂は似てるんだし」
 「どこが似てるんだよ!全く別物だろ!」
 真悟は名前以上に林檎そっくりだと言われている赤い頬を膨らませて、先程からヘラヘラと笑い続けている、まだ知り合いともいえ
る段階でもない男を下から睨みつけた。
 やっと花の高校生になったばかりだというのに、クラス分けの掲示板を見上げていた真悟を見て、初対面の分際で「林檎のホッペ
じゃん♪」と言った男。
同じ新入生とは思えない程発育しているそのニヤケ男、浅野圭輔と教室で再会した時、「林檎ちゃんと同じクラスかあ。運命感じ
るな」と喜んだ圭輔とは反対に、真悟は運のない自分を呪った。
おまけに、『青葉真悟』と『浅野圭輔』で、出席番号が1、2番。席も前後となってしまった。
(こうなった無視無視無視!)
・・・・・しかし数時間後、真悟は自分でも気付かない内に圭輔のペースに巻き込まれていた。


 ここ《西華学園》は中学、高校とエスカレーター式の学校だ。
街の中心部にある中等部は普通の中学と変わりないが、市街地にある高等部は少し変わっていた。
 校舎は三つに分かれており、それぞれ男子部と女子部、そしてその間に特別教室や職員室の入っている校舎が建っている。
三つの校舎は各階が渡り廊下で繋がっているが、主な行事の時以外は頻繁な交流はなく、まるで男子校と女子校が隣り合わせ
にあるといった感じだった。
生徒会も男女別で、男子総長、女子総長が立ち、両方を纏めるトップに生徒会長がおり、男女のどちらかが会長、副会長にな
るのだが、それはなぜかいつもシークレットで決められていた。
 そんな一風変わった学園は、大半が中学からの持ち上がり組が多いが、レベル的にはかなり良く、学校施設も充実、また学校
行事も多彩だということで途中入学を希望する者も多く、近隣では憧れの的になっていた。
真悟がこの学校を選んだのは、まさにこの男子校もどきという環境が理由だ。別に腐女子が喜ぶような理由(男の子同士のムフフ)
ではなく、いずれ大学生になるまでの猶予期間のつもりだった。
平均身長を下回り、容姿も性格もオコサマな真悟は、小学校、中学校と女子のオモチャとなっていた。
見返す為にも、何よりかわいい彼女をゲットする為にも、少しでも精神改造、身体改造をしようと考えたのだ。

 「よ〜し、お友達になったリンゴには、俺のとっておきに会わせてやろうかな」
 クラスの顔合わせも終わり、早々と解散になった。
真悟はさっさと帰り仕度をしていたが、ちょんちょんと後ろから肩を叩かれて、うんざりした思いで振り向いた。
席に座ってからというもの、ずっと話し掛けてきていた圭輔を、いい加減うっとうしく思っていたのだ。
 「俺、忙しいから」
 「またまたあ」
 「ホントだって」
 「つれないこというなよ。絶対会って良かったって思うからさ」
 「お前の彼女なんて興味ないよっ」
 「彼女じゃないよ」
 「嘘だ!とっておきって、彼女しかいないだろっ。一年のクセに生意気!」
ブ〜ッと頬を膨らませる真悟に、圭輔はホントだと苦笑した。
 「じゃあ、誰だよ?」
いつの間にか圭輔に付き合うという話になってしまったが、真悟は全くそれに気付かない。
圭輔は悪戯っぽく笑う。少し垂れ気味の目が細くなったが、かえって圭輔の涼やかな容貌をより親しみやすいものに変えた。
 「彼氏」
 「・・・・・は?」
 「聞こえなかった?」
 「えと、ごめん、聞き間違えちゃったみたいでさ。もう一度いい?」
 「だから、彼氏」
 「・・・・・カレー?」
 再びの言葉はやはり真悟の耳(脳?)には届かなくて、真悟は思い切り首を傾げて聞き返した。
 「なんだ?それ」
 「なんだじゃないよ。ワザとじゃないなら、お前馬鹿か?」
 「馬鹿じゃない!」
 「じゃあ、ホントは何て聞こえた?」
 「だから、変な風に聞き間違えちゃったんだよ!彼氏って!」
 「なんだ、聞こえてんじゃん。それで正解」
 「正解じゃないだろ!言葉間違えてんじゃん!」
 「だから、彼氏って聞こえたんだろ?正解だよ。俺の恋人は男だから」
 「正解って、男って・・・・・お前、オカマ?」
 「何時の時代の人間なんだよ、古い言葉使ってんな〜。今は・・・・・くっ・・・・・ゲイって・・・・・い
うんだけど・・・・・っ」
怖々聞き返した真悟の言葉がツボにはまったのか、圭輔は俯いたまま肩を震わせた。大声で笑い出したいのを必死で我慢しての
体勢だ。
しかし、真悟は全く別の意味に捉えてしまった。
 「ご、ごめん、俺、変なこと言っちゃって・・・・・その、別に、気持ち悪いとか、そんなんじゃなくって、あの・・・・・」
言いにくそうに言葉を濁す真悟の態度に、勘のいい圭輔は真悟が自分の態度を誤解していると直ぐに気付いた。
一瞬の間の後、圭輔は声を少し落として言った。
 「俺、自分がこんなふうだなんて、なかなか言えなくってさ・・・・・。リンゴは外部入学だし、変な偏見なんてもってないかなって勝
手に思い込んでて・・・・・ごめんな?もう、俺と口をききたくない?」
 「そんなことないって!」
真悟は慌てて、圭輔の言葉に覆いかぶさるように言う。
 「俺、こう見えても度胸あるし、お前が苛められたら助けようって思うし、俺自身に害がなかったら別に、あ、いや、こんな言い方も
・・・・・えと、まだ会ったばかりだけど、俺、浅野が変な奴だとは思わないし、でもっ、俺のこと『リンゴ』って呼ぶのは嫌だけど、あれ?
俺何言いたいんだ?」
考える前に言葉が前に出てしまう真悟は、途中から自分が何を言いたいのかが分からなくなっていた。といかく、圭輔の気分を向上
させたかった。
冷静に考えれば内部進学である圭輔が、今更のように自分の性癖をに向けられる偏見を気にするのは少し首を傾げるはずだ。
(ちょろいよ、リンゴ)
 素直な子は可愛いと内心満足しながら、眉を寄せ、頬を紅潮させて口をモゴモゴさせている真悟に、圭輔はじっくり間を取った後
にゆっくりと口を開いた。
 「リンゴは俺のこと、嫌いじゃない?」
 「もちろんだよ!」
(てか、今日会ったばかりなんだけど)
さすがに、今度は内心の思いは口に出さない。
 「俺達、友達と思っていいよな?」
 「おう!」
 「ホントだな?」
 「くどいって!」
 真悟がぎゅっと拳を握り締めて答えると、圭輔は顔を上げてにやりと口角をあげた。もちろん、その頬に涙の跡などかけらもない。
 「よ〜し、じゃあ、今から俺の彼氏と御対面だな」
 「・・・・・へ?」
 「リンゴが話の解る奴でよかったぜ。これからはバンバン惚気も話すかあ〜」
ぐいっと腕を掴まれて引きずられるように歩き出したものの、真悟は全く話の展開についていけなかった。
 「あ、おい、さっき・・・・・」
 「ほらほら、歩いて歩いて」
 「ちょっ、どこ行くんだよ!」
 「さあ、どこでしょう?」
 「ちょっと〜!!」
 校門をくぐって、まだ二時間と経っていないのに、真悟の運命は恐ろしい程早く回ってしまっている。
 「嫌だよ〜!」
長い一日は、まだ終わってくれないようだ。