1章 4月は出会いが盛りだくさん


               にい   ももたろう参上!





 
「ここ・・・・・どこ?」
 「二年の教室」
 「それは解るんだけど・・・・・」
 真悟は居心地が悪そうにキョロキョロと辺りを見回した。
一年の教室は3階、二年は2階、3年は1階という振り分けは真悟も知っている。ただ、特別教室は別として、初日から違う学年
の階に足を踏み入れるとは思ってもいなかった。
自分より縦も横も大きな男達の中に立たされるというのは怖さと劣等感がない交ぜになり、過剰な程に視線を感じてしまう。
(やだな、俺、意識過剰気味かも・・・・・)
 もちろん、お約束のようにそれは思い過ごしではなく、実際に真悟は見られていた。
外部入学生の数が限られている中で、持ち上がりではない見慣れない生徒はどうしても注目されてしまう。その上、真悟は可愛
いといってもいい容姿をしているので、ある種特別な視線も向けられていた。
男女共学とはいえ、ほとんど隔離されているといっていい状態なので、同性への恋愛感情も否定されないのだ。
持ち上がり組の圭輔はもちろんその意味を知っているので(自分もモーションを掛けられたことがある)、さりげなく真悟をガードしな
がら、目当ての姿を探してA組の教室を覗いた。
 「あ、こーちゃん!」
 「・・・・・こーちゃん?」
 可愛らしい響きに、真悟も思わず教室の中を覗いた。
(どんな奴だ?)
 「こーちゃん、迎えに来たよ!」
 大声で言う圭輔に、教室の中にまだ残っている者達がいっせいに目を向けてくる。
 「うわ・・・・・」
その視線にたじろいだ真悟は、圭輔の背に隠れようと身を引く。
その時、
 「・・・・・ふぇ?」
視界の端に、小さな影が横切った。
 「もう帰れる?」
 嬉しそうな圭輔の声に再び教室の中に目を向けた真悟は、トコトコと、まるでオモチャの人形が歩いているような擬音付きで(もち
ろん実際に音など出ていないが)、一人の少年が目の前まで歩いてくるのを呆然と見つめた。
 「タイミング良かったみたいだね」
・・・・・そうまさに少年、オトコノコだった。
 「あ、浅野」
 「ん?」
 「さっき言ってた、か、かれ・・・・・」
 「そ。俺の彼氏、桃木小太郎君」
自慢の恋人を、圭輔は誇らしげに紹介した。
 「も、ももたろー?」
 「似てるけど違うな。桃木小太郎、俺のこーちゃん」
 「・・・・・」
 「おい、リンゴ?聞いてる?」
ポカンと目の前に立っている小太郎を見つめている真悟を怪訝そうに見ていた圭輔は、その肩を掴もうと手を伸ばした・・・・・が、

「かわいーーー!!!


 一瞬早く、真悟はガバッと目の前の小太郎を抱きしめた。そう、小太郎はチビである真悟よりも小さく、幼い容姿をしているのだ。
160センチを少しばかり超えているだけの真悟の目線には、小太郎の前髪に隠れている小さな額が覗いている。
自分よりも小さな同性を見ることがほとんどない真悟にとって、それは新鮮な驚きであり、嬉しさでもあった。
 「かわいー!かわいーよ、こいつ!!」
 「・・・・・」
 「おい、リンゴ」
 「プニプニしてる〜!やわらか〜!」
 「・・・・・」
 「おいって」
 はしゃいでギュウギュウ小太郎を抱きしめている真悟。
黙ったまま抱きしめられている小太郎。
想像以上の真悟の反応に、呆れた様に溜め息をつく圭輔。
そんな光景を静まり返って見ている上級生達。
微妙な空気をものともせず、真悟は楽しそうに小太郎を見つめ続けた。
(かわいーなー♪♪)
 今まで自分より年下の者にさえ、こうして抱きしめられるのは自分の方だった。しかし、この腕の中の少年は、そんな自分よりも小
さい。
名前のように桃色のつるんとした頬、襟首で揃えられたサラサラの黒い髪。くるんとした大きな目。体付きもまだ子供のようにどこも
かしこも柔らかで、小学生といってもいいくらいだ。
(いいな〜、こんな弟欲しいな〜。浅野の奴、自分の彼氏だなんて・・・・・ん?彼氏・・・・・ってえ?)
 突然真悟は腕の中の小太郎を離すと、振り向きざまに圭輔の頬を引っ叩いた。
 「なっ?」
 「この極悪人!!」
圭輔の反論など受け付けず、真悟はギッと下から睨みつけた。
 「こんな小さな子を手篭めにするなんて、お前はそれでもこの間まで義務教育を受けていた子供か!」
 「手篭めって、何時の時代の人間だよ」
呟くような突っ込みには耳を貸さず、今度は小太郎を振り返って訴える。
 「あいつになんか弱みを握られてんだろっ?俺、力貸すから、あいつとは別れたほうがいい!」
 「おい、リンゴ」
 「絶対、助けるから!」
 「・・・・・頑固親父か、お前は」
どうにも止まらない真悟の妄想に、圭輔はとうとうプッと吹き出した。
(やっぱ、面白いな、こいつ。見掛けを裏切ってんのがたまんないし)
 初めて掲示板の前で真悟を見かけた時、『うわ、こいつまずいじゃん』と直ぐに思った。綺麗な顔に華奢な体躯は、同性の欲望
を刺激する存在だと、持ち上がり組の圭輔は容易に気付いたからだ。
不安げに視線を彷徨わせている姿は保護欲をそそり、周りにいる生徒達はチラチラと視線を向けて、話し掛ける切っ掛けを狙って
いる。
 『何勝手に見てんだ?喧嘩売ってんのか?』
 向けられている邪な視線には一切気付かないくせに、観察するような圭輔の視線には気付いて睨みつけてきた。寸前までの儚
い視線とは対照的な強い視線。その瞬間圭輔は決めていた。人にやるのはもったいないと。
(ま、話してみたらあのジャジャ馬ぶりだし。面白すぎだって)
それは恋人に対する想いとは違う、とびきりのお気に入りを見つけた気分だった。
 「な?そうしよ?」
 圭輔が真悟との出会いを思い返している間も、真悟は熱心に小太郎を説得している。
いい加減に誤解を解こうと圭輔が動く前に、膠着状態を解いたのは頼りになる恋人だった。
 「違う」
まだ声変わりもしていないような声で、しかし小太郎ははっきりと言った。
 「弱みは握られてない」
 「で、でも、男同士でさ、か、彼氏っていうのは・・・・・」
言っている真悟の頬が赤くなってきた。いくら子供っぽくても、その意味は想像がつく。
ただし、男同士という点で、どれ程正確な想像が出来ているのかは怪しいものだが。
 「あのなあ、お前がどう思っているのかは大体想像つくけど、俺達は」
 「ケイ、俺が説明する」
圭輔を抑え、小太郎が続けた。
 「ケイが彼氏じゃない。俺が彼氏」
 「え?だから、同じことだろ?」
 「違う。ケイは俺の彼女」
 「・・・・・は?」
言われている意味が解らず、真悟のきつめの視線が困ったように揺れ動く。
しかし、小太郎はそれで全ての説明が終わりというように黙ってしまった。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「お〜い、こーちゃん、それじゃリンゴは解らないって」
 「・・・・・リンゴ?」
 「そ。そいつ、青葉真悟っていうの。頬が赤くてリンゴみたいだからリンゴって呼んでる。で、リンゴ、こーちゃんの言っているのはね、
男女の恋人同士でいうところの、彼氏がこーちゃんで、彼女が俺ってことなんだ」
真悟はしばらく小太郎を見つめ、やがてギクシャクと圭輔を振り返った。
 「お前が・・・・・彼女?」
 「そ」
にっこり笑って頷き、圭輔は周りに聞こえないように実を屈めて、真悟の耳元に囁いた。
 「俺が、小太郎に抱かれたいんだ」
 「!」
ボッと、火がついたように真っ赤になった真悟は、思わず圭輔の胸を突き飛ばした。
 「エッチなこと言うな!恥じらいを持てよ!」
 「ま〜たオヤジくさい事言って」
 「いいんだよ!俺はじいちゃん子なんだから!」
 「へ〜」
 真悟の反応が楽しい圭輔は更にからかおうとしたが、何より強烈な味方が真悟に付いた。
 「ケイ、リンゴをからかうな」
 「こーちゃん・・・・・もしかして気に入った?」
こっくりと頷くと、小太郎はギュッと真悟の手を握り締める。
 「モモちゃん!」
真悟は感激して小太郎に抱きついた。男らしい言動とは裏腹に、小太郎の手は子供のようにポッチャリと柔らかで、真悟はたった
今交わされた言葉を疑ってしまう。
(モモちゃんの方が押し倒す方なんて・・・・・詐欺)
 しかし、そっと見上げて見ると、圭輔と小太郎の交わす視線は甘く柔らい。
嘘ではなさそうだと、真悟は複雑な思いを感じていた。