あやかし奇談




第一章 
物の怪の花嫁御寮



12











 須磨、いや、弥炬が立ち去って、残ってしまったのは自分と三匹の物の怪。それも、自分を花嫁だと言い張る、人間と同じ
身体を持つ男達だ。
 「巴」
 「巴」
 「巴」
それぞれが違う声音で、同じように自分の名を呼んでくる。ここで、嫌だと、待ってくれと言ってもきっと彼らは止まらないだろうと
いうことも分かっていて、巴は諦めたように自分の服に手を掛けた。
 乱暴にされるのは嫌だし、服を切り裂かれたりしたら母に言い訳も出来ない。これが初めてではないのだと何度も自分自身
に言い聞かせながらシャツのボタンを外そうとした震える巴の指に、長い爪の手が重なった。
 「・・・・・益荒雄、さん」
 「脱がせるのも楽しみなんだ」
 「・・・・・」
 そういうものだろうかと考え、自分が反対の立場だったらと想像しようと思うものの、まだ好きな相手もいない巴の想像力には
限界がある。
結局は男というのはという、世間一般に言われている言葉を思い浮かべながら、器用にボタンを外している指先をぼんやりと見
下ろした。
 「・・・・・っ!」
 すると、まるでこちらにも意識を向けろというように、後ろから首筋を舐め上げられる。
ゾクッと背中が震えたのは怖さからか、それとも、もう何度も触れられて覚えてしまった快感のせいなのか、巴自身にも分からな
かった。



 巴が自分達の手の中に堕ちてきた。
口元に笑みを浮かべた益荒雄は、シャツの下から現れた白い肌に爪を滑らせた。
 「・・・・・っ」
 鋭い爪で肌を切り裂かれると思ったのか、途端に怯えた表情になったが、それはあまりに自分を信用していないと思う。可愛
い花嫁の肌を、夫である自分が傷付けることなどありえない。
(どんなに私達を裏切ったとしてもね)
 今回巴に手を出したのはたまたま自分達に匹敵するあやかしだったが、これが人間だったらとっくに命を奪っていた。巴のような
極上の魂を持ってはいないだろうが、不味くても人間の魂には多少は栄養がある。
 「・・・・・っ」
 「・・・・・」
(・・・・・慧)
 自分が可愛がっている最中に巴の肌が粟立ったのを感じ、益荒雄は視線を向けて苦々しく眉を顰めた。
今回も1人突っ走ったくせに、結局はこうして共に巴の身体を味わおうとする慧に面白くないものを感じるものの、自分達の中
では一番若く、きかん坊の末っ子のような立場のこの男を、結局は許してしまう自分がいる。
(得な奴だ)
 「慧、最初から飛ばすんじゃないよ?今日は久々に味わうんだ、ゆっくりと追い上げた方が蜜も甘く、多くなる」
 「分かってるって」
 「どうだか」
 「・・・・・喧嘩を売る気か?」
 巴の首筋から顔を上げた慧の赤い目が、射るように自分を見つめてきた。
共にいるものの、益荒雄は慧と馴れ合って存在しているわけではない。何時でも牙を向き、爪をたてる存在に、益荒雄も負け
じと蒼い瞳を輝かせた。
 「したいなら、いいけど」
 「・・・・・っ」
 そんな、一触即発に睨み合っていた自分達に、呆れたような声が掛かる。
 「いい加減にしろ、お前達」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「巴が怯えている。争うならここから立ち去れ」
 「八玖叉」
自分達よりも年上の八玖叉は、何時もこんな風に自分達を止める。それは、自分達を気遣ってというよりは、ただ単に呆れて
といった意味合いが強いはずだ。
そして、こうして八玖叉に止められるたびに、慧と同じ次元で争おうとした自分が馬鹿らしくなって気持ちを抑えることが多いのだ
が、今回の八玖叉は少し様子が違っていた。
 「お前達は勝手に争っているがいい。巴は我が可愛がろう」
 「んっ」
そう言って巴の唇を奪った八玖叉に、益荒雄は内心やられたと思った。
(八玖叉めっ、巴の信頼を勝ち得たつもりか?)
 元々八玖叉は自分や慧よりも一歩下がって巴に接していたが、自分の立場を信じたくない巴にとってはそれが誠実な態度に
見えたのだろう。
何時の間にか自分達よりも一歩深く巴に受け入れられているらしい。
(だが、このままではいないよ、八玖叉)



 目の前で始まった慧と八玖叉の諍い。
性格が全く違う2人はよくぶつかっていたが、自分はそれを傍観者の立場で見ていた。彼らよりも長い時間生きてきた八玖叉に
は、荒立てるという感情自体が希薄だったからだ。
 しかし、巴のことは別だ。
ようやく手にすることの出来る伴侶。そこに、自分以外の者がいたとしても、八玖叉はその思いを真っ直ぐに巴にぶつけたし、彼
の思いを手にするためにはどんなことでも出来るとさえ思っていた。
 「いい加減にしろ、お前達」
 だから、そう言った。
 「巴が怯えている。争うならここから立ち去れ」
(巴には我が付いている)
 「お前達は勝手に争っているがいい。巴は我が可愛がろう」
 「んっ」
そう言うと、彼らの反応を確かめる前に巴の唇を奪った。
とっさのことに巴は唇を閉ざす暇も無かったらしく、八玖叉はすんなりと自分の舌を巴の口腔内に差し入れる。本当に嫌ならば
この舌を噛んでしまえばいいものを、優しい巴はそれも出来ず、ただ自分の愛撫に応えるしかないようだ。
 「ふん・・・・・っ」
 「・・・・・」
 飲み込めない巴の唾液が、彼の細い顎を伝って滴り落ちる。
(・・・・・勿体無い)
巴の体液は、どんなものでも尊い。勿体無いと一度口付けを解いた八玖叉が、その唾液を舐め取ろうとした時、
 「あ・・・・・っ」
 その顎を後ろから鷲掴みにした手が、強引に零れた唾液を舐めあげ、口を塞いだ。
 「・・・・・慧、乱暴にするな」
 「私もいるよ、八玖叉」
 「・・・・・」
益荒雄が、巴の下肢を手を伸ばし、小さな果実を弄んでいる。
 「・・・・・」
(何時の間に・・・・・)
 普段ならばもっと長く続く諍いが呆気なく終わり、今度は協力して自分を出し抜こうとしている。
自分にとって巴が大切な存在であると同じように、慧や益荒雄にとっても巴は貴重な存在で、諍いなどしている時間さえも惜し
いと思ったのだろうか?
(こうして冷静に考えているのが、我の悪癖なのかもしれない)
八玖叉はそう思うと同時に、自分も改めて巴に手を伸ばした。今までと違うのは自分とて同じだった。



 「む・・・・・んっ」
 口腔内を荒々しく慧の舌で愛撫され。
 「・・・・・っ」
ファスナーを下されたズボンの間から差し込まれた益荒雄の手でペニスを撫でられ。
 「んぅ・・・・・!」
剥き出しになった胸を、八玖叉の口と手が苛んでくる。
 「・・・・・っ」
(こ、なの・・・・・っ、おかしい、よ!)
 これが、もしも普通の人間が相手だったとしても、同性で、それも3人も相手にするセックスというのは異常だ。
いや、今は可愛がっているだけだと彼らは言うかもしれないが、まだ誰の肌も知らない巴にとっては、これはもう立派な擬似セック
スだった。
 「・・・っ、はっ、ぁはっ」
 ようやく、慧が唇を解放してくれ、巴は自由に息が出来た。荒々しく呼吸をする巴を休ませてくれる気は全く無いようで、まる
で自分の意志があるような彼の舌は、耳たぶや首筋に回ってくる。
 「ん・・・・・っ」
 その感触にぶるっと震えてしまうと、
 「巴、我のことも忘れないでくれ」
 「痛っ」
ぐりっと乳首を摘まれ、その痛さに身を捩ろうとした巴は、真上から顔を覗き込んでくる八玖叉に涙で濡れた眼差しを向けた。
 「や、止めて、くだ・・・・・っ」
 「どうして?」
 「痛い、からっ」
そう言えば、彼らの中で一番優しい八玖叉は解放してくれると思ったが、くくくっという笑い声と、その息があらぬところに掛かって
巴はギュッと目を閉じる。
 「嘘は良くないよ、巴。ここはこんなに喜んでいるのに」
 目を閉じる前、益荒雄が膝を着き、自分のズボンから取り出したペニスに唇を触れようとしているのが見えた。
何をされるのか、さすがに初めてではないので巴も分かっている。恐怖と嫌悪を感じなければならないのに、頭のどこかで与えら
れる快感を待っているのが分かって、巴は自分自身が恥ずかしくて恥ずかしくて・・・・・たまらなかった。






 「どうする?」
 喘ぐ巴を見下ろしながら慧が言った。
 「もう少し味わってもいいんじゃないかな」
益荒雄が、楽しそうに巴の幼い欲望を弄びながら言い、八玖叉にどうすると意見を求める。
 「・・・・・我らは数日、巴を味わってはいない。その分、巴には付き合ってもらわねば」
 「確かに」
 「巴が悪いんだよ」
 「俺達から逃げられるわけがないのにな」
 「我らの花嫁という立場を、しっかりと自覚してもらわねばな」

(何・・・・・言って・・・・・?)
 頭上で交わされる声に、巴は霞が掛かったような意識がゆっくりと明確になっていくのを感じた。
意識を失っていたわけではないと思うが、何時の間にか我を忘れて彼らの手に身を委ねていたらしく、社の板の間に横たわされ
た身体からは一切の服が剥ぎ取られていた。
 「・・・・・っ」
 上半身だけではなく、下半身まで・・・・・そう思うと、必死で肌を隠そうと身を捩ろうと思うものの、両手足は益荒雄と八玖叉
に拘束されている。
 「あ・・・・・のっ」
 「ん?」
 巴が声を出したことで、彼らの視線がいっせいに向けられる。自然に視界の中に入るだろう裸の身体が恥ずかしかったが、巴
は熱い頬を誤魔化すように声を絞り出した。
 「も・・・・・、止めて、ください」
 「止めろ?」
 「どうして?」
 「なぜに?」
(ど、どうしてって、考えなくっても分かってるはずだよっ)
自分がどんなにかこの行為を嫌がっているか、生理的な快感のために身体は応えていたかもしれないが、心は受け入れていな
いのだと、巴は声に出せないので内心で叫んだ。