あやかし奇談
第一章 物の怪の花嫁御寮
18
「巴」
「巴」
「巴」
自分の名前を呼ぶ、それぞれトーンの違う声。こうして見る限り、特異な髪や目の色は除いても、彼らが人間でないと誰が
思うだろうか。
いや、今は人間の中だってカラーコンタクトをしたり髪を染めたりして、目の前の三人よりももっと奇抜な容貌になっている者も
いる。そんな風に思うと、どこからが人間で、どこからがあやかしなのか、その線引きが良く分からなくなってしまった。
(永遠の命・・・・・でも)
あやかしも、いずれ命の期限はある。ただそれが、人間とは違い、ずっとずっと長い先の話かもしれないが。
(そうだったら、俺は・・・・・)
「どうする、巴。私達を受け入れて愛される花嫁となるか、それとも私達を拒絶して囚われの身となるか。どちらにせよ、逃げ
るという選択はないことを覚悟してもらわないといけないが」
益荒雄の言葉に、巴はパッと顔を上げた。
巴がどんな選択肢を選ぶのか・・・・・八玖叉はずっと黙ってその横顔を見つめていた。
本当は巴の望むままにしてやりたいが、そうすればこの腕の中から逃さないといけなくなってしまう。それはしたくないし、仮に八
玖叉が許したとしても、慧と益荒雄は絶対に巴を逃がさない。
そして、巴を手にした二人を見て、自分だけが引くことなど出来るはずがなかった。
「巴」
「・・・・・あ、あの」
自分達に迫られた巴は、何とか答えを出そうとして焦っている様子が分かった。
ただ、逃げようとしないだけ、僅かな希望をもってもいいのだろうか。
「・・・・・ほ、保留して下さい!」
「何?」
「え?」
「はあ?」
いきなり、巴は頭を下げて言った。
「絶対に逃げられないなら、せめてもう少し待って下さい!俺、俺、もっとよく考えたいんです。いきなり鍵とか、花嫁とか言わ
れて、どうしていいのか今も全然分からない。そんな分からないまま、あなた達の傍になんていることが出来ませんっ」
「巴・・・・・」
(きちんと考えてくれているのか?)
ただ、嫌だとか、怖いとか。
そんな感情のまま拒絶されることさえ覚悟していたのに(今までの反応からもそれが一番正解に近いと思った)、巴は考えた上
で答えを出したいと言ってきた。
それを、自分達が何時まで待てるかは八玖叉一人の問題ではないので断言は出来ないが、自分と同じほどに巴に愛情や
執着を感じているこの二人は、きっと待つと言うと思った。
(我達の存在を否定しないだけ・・・・・思った以上の結果ではないか)
八玖叉はそう思い、益荒雄に視線を向けた。
「保留、ねえ」
(まさか、そう逃げられるとは思わなかったな)
巴の言葉を聞いた益荒雄の心の中に浮かんだのは高揚感だった。
怖がっても、泣いても、巴は自分達を置いて逃げようとはしなかった。いや、確かに一度、問題のある狐に縋って無かったことに
しようとしたこともあったが、それでもこうして改めて向かい合い、事情を話しても、巴は・・・・・ここにいる。
ここに、立ち止まってくれている。
「八玖叉、どう思う?」
「我は待つ」
八玖叉らしい答えが返ってきた。
「お前も同じであろう?」
「・・・・・まあね」
絶対に逃さないということは決定事項で、出来れば巴自身が納得して鍵に、花嫁になって欲しい。
(それには、もう少し待てということか)
巴が生まれてから16年間待ち続けた。それからまた多少時を必要としても、きっと今まで待った時間よりも短いもので終わる
だろう。
「巴、私と八玖叉は受け入れた」
「あ・・・・・」
「後は慧、お前だ」
自分達の中で一番短気な慧が、巴の逃げに近い提案を受け入れる心の余裕はあるだろうか。
案の定、きつい眼差しを巴に向けたまま、慧は唇を真一文字に引き結んでいる。
(さて、どうするかな)
ここで巴の意見を拒絶したとしても、自分達二人が受け入れたからには多勢に無勢だ。結局は頷かなければならないことな
のに、一人嫌だと言って巴に嫌われてしまえば面白い。
夫で、鍵の守り人であるものの、自分達三人は別に仲が良いわけではないのだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
益荒雄の視線の向こうで八玖叉も興味深そうな表情をして慧を見ている。
自分の心が決まってしまった益荒雄は、ここから先は傍観者のような気分になって慧の横顔を見た。
自分以外の二人が勝手に巴の提案を受け入れてしまった。
大体、保留などと言ってもその期限は分からない。
(このまま、巴がジジイになるまで待てっていうのかっ?)
待って待って待って、ようやく現れた花嫁だ。一日も早くこの腕に抱きしめたいと思っても全然不思議ではない、いや、当たり
前のはずだ。
「巴」
「慧さん」
「・・・・・」
「あ、あの、駄目・・・・・ですか?」
そんな可愛らしい眼差しで見るなと言いたい。頭の中では絶対に拒否だと言っているのに、口がつい良いと言ってしまいそうに
なる。
「俺は・・・・・っ」
「・・・・・」
「・・・・・くそっ」
「慧、さん?」
「俺達がお前の願いを退けるはずが無いだろう!」
それが己の欲望を押し止めることになるとしても、結局巴の涙には弱いのだ。
あからさまにホッとした表情になる巴が憎らしくてどうしてくれようかと思ってしまい、慧は思わず両手の指を鳴らしてしまった。
(よ、良かった・・・・・一応、これで当分逃げられる)
今の時点で、いや、きっとこの先も、巴は自分があやかしの花嫁になる気はないし、もちろん鍵になるなんて想像するだけで
怖くて遠慮をしたい。
ただ、それを面と向かって言っても受け入れてもらえないのは分かりきったことなので、一応期限を切って頼んでみたのだ。
「あ、ありがとうございます!」
多分、それぞれ思う所はあるのだろうが、それでも頷いてくれた。
巴は本当に口先だけではなく、ちゃんと考えなければと思った。
(絶対、何か方法があるはずだ)
巴が花嫁にならなくても、鍵にならなくても。人間とあやかしの世を繋ぐという扉を守る方法はきっとあるはずだ。それを見付け
て三人に提案すれば、巴は今の立場から逃れられる可能性が出てくる。
絶対に逃れられないことならば、逃げられる可能性を少しでも広げなければならなかった。
「でもねえ、巴。言葉だけじゃ信じられないなあ」
「え?」
不意に、益荒雄の口調が変わった。
「そうだな。前だって巴は逃げようとした。今回ちゃんと考えるなんて、口から出まかせかもしれないし」
「そ、そんなっ」
腕を組んで益荒雄に同調する慧の言葉に焦った。本当は逃げるために提案したんですとはとても言えるはずが無い。
「・・・・・っ」
自然と、巴の眼差しは助けを求めるように八玖叉に向かってしまった。三人の中で一番冷静で、優しい八玖叉に助けてもら
いたいと思ったのだが。
「巴、誓ってもらえぬか?」
「や、八玖叉さん?」
「お前の言葉が真実であるように、その身体でも誓って欲しい」
「か、身体でって・・・・・」
(何をしろって・・・・・?)
一番、こんな取引をしそうにない八玖叉に切り出されてしまい、巴はどう反応していいのか分からない。
大体、あんなに恥ずかしい思いをしたくなくて、花嫁の件も保留にしてもらったというのに、今身体でと言われると何だか嫌な想
像がどうしてもしてしまう。
「お、俺っ、嘘なんか言いません!」
どうかこの言葉だけでも信じてくれと八玖叉の腕を掴みながら訴えたが、八玖叉はそんな巴の顔を見下ろし、僅かに目を細め
て笑った。
「良いだろう?巴。そなたの素直な身体に誓って貰いたい」
「ふふ」
「・・・・・何がおかしい」
「八玖叉が言いそうにないのにって思ってね。こんなことを言うのは私の役目じゃなかった?」
愛しいと思うからこそ泣かせたい。そんなねじ曲がった己の性格を熟知している益荒雄は、自分こそがあの言葉を巴に言わな
くてはならなかったのではと考えたのだ。
しかし、八玖叉はそんな益荒雄をチラッと見ただけで、再び目の前の巴に視線を向ける。
「巴の全てを欲しいと思っているのはお前だけではない」
「八玖叉」
「我だとて、一刻も待たずにこの手に抱きしめたいのだ」
表現方法が違えど、巴への執着心は益荒雄も八玖叉も、そして慧も同じだ。誰が切り出すとかではなく、三人共通の思いを
単に八玖叉が代表して口にしただけだということだろう。
(まあ、これで巴の八玖叉への信頼感が薄れたらいいけど)
「巴」
「!」
怯えた眼差しが益荒雄に向けられる。ゾクゾクとした感情が、益荒雄の全身を貫いた。
「怖がることはない。ゆっくりと可愛がってあげるから」
「や、や、ですっ」
「どうして?ここで私達の言うことを聞いてくれないと、巴の言った猶予期間を無くしてしまうかもしれないよ?」
卑劣だと思われるのは構わない。それよりも、今こんなに飢えている感情を、巴自身に鎮めて欲しい。
「ひ・・・・・っ」
小さな身体を軽々と担ぎ上げ、益荒雄は堂の中へと場所を移した。
その背後から八玖叉と慧も続き、八玖叉は己の着物を脱いで板の間に広げた。そこに、益荒雄が巴の身体を下すと、巴が必
死に己の身体を縮こまらせている。
「巴」
今までも何度かその体躯を弄ってきたのだ、巴も何をされるのか分かっているのだろう。しかし、今日は今までの比ではない。
「少々、乱暴にするかもしれないけれど」
本当は、身体の隅々にまで所有の証を刻みつけたい。噛んで、吸って・・・・・消えない痕を残したい。
「え・・・・・」
「私達の想いの深さだと思ってくれたらいい」
「な・・・・・っ」
益荒雄が目配せをして、八玖叉が巴の両手を頭上で押さえ、慧が両足の間に身体をすべり込ませて閉じさせないようにしてし
まう。
益荒雄はそのまま身を屈めて巴の顔に己のそれを近付けて、
「愛しい巴、愛らしく啼いておくれ」
そう言うと強引に口付け、舌で唇を押し広げて、熱い口腔内へと己のそれを侵入させた。
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