あやかし奇談




第一章 
物の怪の花嫁御寮














 ポンッと肩を叩かれた巴は、ビクッと反射的に身体を強張らせた。
 「な、ど、どうしたんだよ?」
巴のその反応に、クラスメイトの方が驚いている。さすがに申し訳なかったなと、巴は直ぐに謝った。
 「ごめんっ、ちょっと、寝不足でイライラしてて・・・・・ホント、ごめん・・・・・」
 「いいって、別に気にしてないけど・・・・・どうしたんだ?寝不足って、何か困ったことでも・・・・・」
 「ま〜た、告白されたのか?」
 いきなり巴とクラスメイトの会話の中に入ってきたのは、新しいクラスで友人となった須磨慶司(すま けいじ)で、彼は遠慮も
なく、巴の背中から抱きついてきた。
茶髪にピアスをしている須磨は今時のモテルタイプの男で、セフレも両手で数えるほどにいるという噂だ。
 ただ、巴に対しては優しく、まるで妹に対するように(そこが不満だが)過保護に世話を焼いてくれるので、自然と懐くようになっ
ていた。
 「お、重いって!」
 「先週、生徒会の副会長から告られたんだろ?今回は誰だ?」
 「なっ、何で、そんなこと知ってるんだよっ」
(誰にも言わなかったのに・・・・・っ)

 「君のこと、可愛いと思って。恋人がいないんなら、俺と付き合ってくれないかな」
 下校時、下駄箱でいきなり呼び止めてきたのは、集会で何度か顔を見たことがある生徒会の副会長である3年生で、案内
されるまま生徒会室まで連れて行かれた巴は、そこでいきなり告白された。
 突然のことなうえ、相手はよく知らない上級生の・・・・・男。とにかく、ごめんなさいと謝って、逃げるようにして生徒会室から飛
び出したのだ。

(あの時、周りには誰もいなかったよなっ?)
 自分自身に確かめてみるものの、絶対に誰もいなかったとは、あの時あまりに慌てていたので言い切ることは出来ない。
まさか、あの副会長が自分で言うわけでもないしと、巴が頭の中でパニックを起こしかけていた時、須磨は情報網は内緒だけ
どと笑って言った。
 「生徒会の中では、誰が一番にお前を落とすか賭けているって噂だからな。いいか、巴、幾ら誠実に口説かれたとしても、絶
対に頷くなよ?」
 「あ、当たり前だろっ」
(これ以上、男相手に追っ掛けられたくないってば!)






 学校が終わると、部活をしていない巴はそのまま帰宅する。
たまに、友人達と寄り道はするものの、スポーツの盛んな学校では部活をしていない者は少なく、自然と巴は1人で帰ることに
なるのだが・・・・・。
 「・・・・・」
(あ、足が・・・・・)
 「・・・・・っ」
(ど、どうしてあっちに〜っ)
 どんなに遠回りになっても、
あの場所にだけは行かないつもりでいるのに、どうしても足はその方向へと向かってしまう。
そして・・・・・。
 「あ・・・・・」
何時の間にか、ずらりと並ぶ赤い鳥居の前に巴は立っていた。



 引き返そうと思っているはずなのに、足はなぜかその鳥居をくぐり抜けて行き、行き着いた神社の境内の前には、巴が会いたく
ない3人の男が待っていた。
 「来たか、巴」
 最初に声を掛けてきたのは、赤い髪と瞳を持つ慧だ。
 「・・・・・来たくて来たわけじゃない」
 「何を恥ずかしがっているんだ」
 「恥ずかしいことなん・・・・・うわっ!」
自らを天狗というこの男は言動が粗野で、直ぐに巴の身体に触れてくる。小柄(あくまで成長途中だ)な巴は男の肩にも身長
が届かないくらいなので、まるで荷物のように片腕で抱き上げられてしまうのだ。
幾らなんでも同じ男として情けなさ過ぎるとは思うが、すっぽりと腕を回されると身動きは全く出来なくなる。
(体格の違いが分かり過ぎて嫌なんだってば!)
 「ほら、1日ぶりの挨拶だ」
 「ふむっ」
 どんなに巴が反抗しても、全く動じる様子の無い慧は、そのまま巴の唇を奪ってきた。
クチュクチュと響く舌の絡まる音が恥ずかしく、口の中に流れ込んでくる相手の唾液が気持ち悪くて、それなのに・・・・・喉を通る
それは不思議と甘くて、巴は流されまいと必死で慧の肩を掴んで引き離そうと無駄な努力を続けた。



 「今日も可愛いな、巴」
 長い長い慧のキスの後、ようやく唇を解放されたかと思うと、今度は横から腰を抱かれて引き寄せられた。
 「まっ、益荒雄っ」
 「私の名前をちゃんと覚えてくれたようだな。いいねえ」
鬼・・・・・らしい、益荒雄という男は、銀髪に蒼い瞳を持っている。
本来、鬼のイメージは《赤鬼》や《青鬼》というもので、銀、というのは少し想像とは違っているものの、怖いほどの長く鋭い爪と、
唇の端から覗く牙を見れば、この男が人間ではないことが良く分かる。
 しかし、怖いというよりは・・・・・。
 「私も、挨拶をさせてもらおうかな」
 いきなり唇を塞いできた益荒雄は、慧とは違いゆっくりと、ねっとりと・・・・・巴の方から求めさせるように、焦らすようなキスをし
てきた。
(な、なんで、こんな・・・・・っ)
 「もっと、欲しい?」
口を離し、ペロッと唇を舐め上げながら益荒雄が言った時、その腕の中から巴の身体を強引に奪った黒い影があった。



 「何時までもお前だけが楽しんでいるんじゃない」
 「ああ、ごめんごめん」
 軽い口調でそう言う益荒雄に冷たい一瞥を向けた男は、闇を背負っているような男だ。黒髪に金の瞳を持つ八玖叉は、夜
叉らしい。
巴は夜叉という存在自体をよくは知らないのだが、この3人(人ではないが)の中では、一番長く生きていて、力的にも上のよう
な気がした(はっきりとは聞かないが、3人の会話を聞いているとそうとしか思えない)。
 「巴」
 響く声で名前を呼ばれると、巴はなぜか緊張してしまう。
 「え、あ、あの、八玖叉、さん」
 「巴、なぜ八玖叉だけにさんを付けるんだ?」
 「面白くないな、ねえ、慧」
 「ああ。誰かを選べないのならば、誰をも平等にすべきだな」
 慧と益荒雄は口々にそう言いながら不満を表す。しかし、何と答えていいのか分からない巴を置いて、八玖叉がきっぱりと言
い放った。
 「見る者には分かるということだ」
そのまま、巴は八玖叉にもキスをされる。慧とも、益荒雄とも違うキス。違いが分かるほどにこの3人(?)とキスをしているという
ことなど、巴はとても考えたくはなかった。






 ようやく、挨拶のような3人とのキスを終えた巴は、少し離れた境内の木の階段にくったりと腰を掛けていた。
たかがキスとはいえ、いずれもが軽い挨拶程度以上の濃厚なものをしてくるので、慣れない巴にはそれだけで精神的にも疲れ
てしまうのだ。
 「そのようなことでは、その体躯を味わった時のことが大変だな」
 「益荒雄」
 「どうせ、一度に1人だけではないだろう?3人とも抱いてしまえば、巴はこれ以上に疲れてしまう。さて、私達はどうすればい
いと思うか?」
 「気を失っても起こせばいい。巴は受け入れる側だ、自分が動かずともいいのだからな」
 「だからお前は乱暴者だと言うんだ、慧。我等のものを受け入れるのだぞ、相当な負担はあるだろうに」
 「慧は自分のものに自信が無いんじゃないか?」
 「益荒雄!お前っ、俺のものが貴様らより劣るというのかっ!」
 「・・・・・」
(・・・・・何言ってるんだよ、こいつら・・・・・)
 巴ははあ〜っと深い溜め息をついた。
一週間前、この不思議な3人の男達に出会って以来、毎日繰り返される(多少話題は違うものの)喧嘩に、とてもついていく
ことは出来ない。
(キスだって、本当は嫌なのに・・・・・)

 あの日、帰す条件として、毎日ここに会いに来ることを強引に約束させられてしまった。
《あやかし》との誓いは破ってはならないものらしく、あの日以来巴は望まないままに、学校帰りに赤い鳥居をくぐって3人と会っ
ていた。
 その中に、セックスはしないから・・・・・それも、難しい言葉で、契りを交わさないとか、体躯を中から染め替えるなどと言ってい
たが・・・・・毎回キスをするということも約束の中に入っていたのだが、この3人とのキスはどうも巴の想像していた挨拶のような軽
いものとは違い、その先の行為を想像させるものばかりなのだ。

(このままじゃ、どうなるのか分かんないよ・・・・・)
 「巴」
 「え?な、なに?」
 慌てて顔を上げた巴の前には、3人の男が腕を組んで立っていた。
 「お前、俺達の中でどの接吻が気持ちがいい?」
 「え?」
 「私だよね?何時も感じているし」
 「益荒雄のように、軽い気持ちで交わす接吻など意味は無いであろう。巴、我の真意はお前に届いているな?」
 「あ、あの」
いったい何時から、誰のキスが上手いかという今時の高校生のような話になったのだろう?巴は呆れてしまったが、それを3人に
はっきりと告げることは出来ないし、仮に1人誰かの名前を言えば、きっと残りの2人からもっと責められるのに違いが無い。
 「「「巴」」」
 その躊躇いをどう思ったのか、3人がますます近くに迫ってくる。巴はとにかくこの体勢から逃れようと、後ずさりながら必死で訴
えた。
 「だ、誰かなんて分からないよ!さ、3人とも上手いし、みんな、やり方が違うし!」
比べて欲しいのなら、みんな同じようにしてくれないと、と、まるで自棄になったように言ってしまった。