BLIND LOVE









                                                                                         
『』の中は日本語です。




 アレッシオと、友春と、香田を交えた3人の食事。
当初は主との同席を辞退した香田だったが、友春が2人だけだと寂しいからとアレッシオに頼み込み、アレッシオもそれを同意して
くれた。
 それだけではない。十数人はゆったりと座ることが出来るテーブルでは食べた気がしないと呟くと、次の食事からは家族用のテー
ブルに変更になっていた。
 自分の気持ちを最優先に考えて行動してくれるアレッシオの気持ちは嬉しいが、あまりにも自分の意のままに物事が進むことは
怖くて、今友春はあまり自分の思いを口にしないようにしていた。
 「トモ」
 メインの食事が終わり、デザートのケーキを口に含んでいた友春は、アレッシオの声に慌ててフォークを置く。
 「慌てなくていい」
 「は、はい」
 「今日は何をしていた?」
 「きょ、きょーは・・・・・」
日本語でならばまだしも、イタリア語で日常の些細なことを説明するのはまだ難しい。それでも、友春は一言一言、時折単語の
羅列になってしまいながらも、イタリア語で説明をした。
 「本、読んでた、ずっと」
 「退屈ではないのか?」
 「たい、くつ・・・・・ない。シャシン、きれー」
 「そうか」
 先程の奪うような口付けが嘘のように、アレッシオは穏やかな表情だ。

 『友春様がいらしてから、アレッシオ様はとても優しく笑われるのですよ』

(本当に、僕のせい?)
まるで、内緒話をしてくれるように香田がそう言っていたが、友春は自分の存在がアレッシオの性格を変えているとはとても思えな
かった。多分、元々彼には、そんな優しい一面があったのだろうと思う。
(僕も、怖いって感じてるばかりじゃないし・・・・・)
 こうして、自分の足でイタリアに来るようになったのも、アレッシオばかりに負担を強いるのが申し訳ないからだ。
情けないが、飛行機のチケットはアレッシオの手配によるものだし、空港まで出迎えてくれる。金銭面に関してはどうしても彼に負
担させてしまうが、せめて時間だけはというつもりでやってきていた。
 今でも、時々・・・・・アレッシオは怖い。
しかし、それにも増して、彼のことを知ろうと思う気持ちが生まれている。それが自分の中のどんな気持ちなのか、未だ説明がつか
ないというか・・・・・分かるのが怖いとも思うが。




 『トモ、明日の夕方出掛けるつもりでいてくれ』
 イタリア語では分からないかもしれないと日本語に切り替えると、友春は驚いたように目を瞬かせていた。その表情は小動物のよ
うでとても愛らしく、アレッシオの頬には自然に穏やかな笑みが浮かぶ。
 『身内のパーティーだ』
 『身内のって・・・・・』
 『末端のファミリーの婚約披露だ。私はカッサーノ家のトップだから、一応顔は出さなければならない』
 友春の驚きの表情が、次第に強張っていくのが分かった。
彼の中のイタリアの負の思い出の中に、以前ファミリーの女達に侮辱されたことは未だに消えていないのだろう。
 あの時、友春に向かって無礼な真似や暴言を吐いた女は、家族と共に中枢から排除したが、アレッシオとしても怒りは覚めてい
なかった。
 『顔を見せるだけだ』
 『ケイ・・・・・』
 『お前はイタリアに来てから一度も外に出ていないだろう?少しは私の住む街を知って欲しいと思うのは贅沢な望みだろうか?」 
そう言うと、友春は気まずそうに目を伏せる。
 アレッシオが同行しなければ外に出さないというのが大前提だとしても、友春の口から行きたい場所、欲しいものは一切聞かな
かった。
イタリアに執着していない。そんなふうに思うのは寂しい。
 『以前、お前の友人達が来た時は、色々と見て回っただろう』
 『で、でも、今は僕だけ、だし』
 『私がいる』
 きっぱりと言い切ると、友春は呆れたのか、それともその言い様がおかしかったのか、少しだけ笑みを見せてくれる。
それに応えて、アレッシオも柔らかな微笑を浮かべた。
 『ケイ・・・・・』
 『いいな』
 『・・・・・』
 念を押すように言うと、友春はようやく頷いた。もしかしたら、まだ心の中で納得していないのかもしれないが、一応の同意を取り
付けたとアレッシオは思った。




 友春を先に部屋に戻すと、アレッシオは香田を呼んだ。
 「明日のトモの服だが」
 「アレッシオ様が作っていらっしゃった礼服は御用意出来ますが」
 「・・・・・それでは、面白くないな」
 「それでは?」
アレッシオが日本人の青年に溺れているということは、既に一族の者達は知っていた。ファミリーの血を重視する者達はもちろん反
対だろうが、今のアレッシオに表立って意見を言う者はいない。
アレッシオの独裁というよりも、カッサーノ一族の中で一番才覚のあるのがアレッシオで、アレッシオが首領でいる限り、自分達一
族が安泰だという計算もあるからだ。
 それに、母親が日本人であるアレッシオに子供が出来てしまえば、日本人の血を引く者が代々の首領となってしまう。
それよりは、男に溺れ、このまま結婚せずに死んでしまえば、再び自分達純粋な血族に全てが戻ってくる・・・・・そんなふうに思って
いるのだろう。
 アレッシオも、彼らの思惑が分からないでもないが、このまま友春を傍に置くには良い口実だと思っていた。
跡継ぎに関しては、自分が死んだ後のことまで考えてやらなくてもいいだろう。今、生きているこの時、友春に最高のものを与える
ことが出来れば・・・・・それだけで十分だった。
 「日本人ということを返って見せ付けようと思う」
 「・・・・・」
 「新年に日本に行った時、丁度トモの家でいい物を手に入れていたし」
 「アレッシオ様」
 「何だ」
 「・・・・・友春様はそれでもよろしいと言われるでしょうか?」
 香田の言葉に、アレッシオは眉を顰める。イエスと言うべき立場の香田が何を言おうとしているのか。
アレッシオはそのまま先を言うことを促した。
 「失礼を承知で申し上げさせてもらいますが、日本人というものは・・・・・いえ、友春様は特に、人と違うこと、目立つことを嫌い
ます。アレッシオ様のお考えなされることをして、友春様は果たしてどう思われるでしょうか」
 「・・・・・」
 「好きな相手に意地悪をするという気持ちは分かりますが」
 「ナツ」
 「申し訳ありません」
 言い過ぎましたと頭を下げる香田に、アレッシオはそれ以上言わなかった。今言われた言葉が真意を突いていたからだ。
(追い詰めたく・・・・・なるだろう)
以前ほどに嫌われていなくても、まだ完全に心を許してもらっているとは言えない関係。そんなあやふやな今のバランスを変えたい
と思うことは罪ではないだろう。
 ファミリーの人間に冷たくあしらわれ、孤立してしまえば、友春が頼るのは自分しかいなくなるはずだ。頼られたい、見つめられた
いと思う気持ちを、アレッシオは恥だとは思わないが・・・・・。
 「・・・・・仕度はお前に任せよう。午後5時に迎えに来る」
 「分かりました」
 香田にそう告げ、アレッシオは椅子から立ち上がったが、一瞬どこに行こうかと足が迷ってしまう。
今日こそ友春をこの腕に抱こうと思ったが・・・・・なぜか、アレッシオの足は友春が日中のほとんどの時間を過ごしたという書庫へと
向かっていた。

 埃臭い部屋。
ここに住んでいるアレッシオでも、1年に数度、足を踏み入れるかどうかで、それも、一族についての資料を探しにくるくらいだ。
(トモはどうしてこんな場所を・・・・・)
 屋敷の中にはもっと寛げる空間があるのに、どうしてこの部屋に閉じこもっているのか分からず、アレッシオは友春がいたであろう
脚立が置かれている棚の前に立った。
 「・・・・・本当に多いな」
 言われるまで全く分からなかったが、確かに写真集が多い。
アレッシオはその中の一つを手にとって開いてみた。
 「・・・・・」
 モノトーンの書庫の中、鮮やかに目に飛び込んでくる写真の数々。そんなコントラストが友春には物珍しかったのだろうか。
 「・・・・・」
(父は、私に見せてはくれなかったが・・・・・)
ほとんど会うことのなかった父。
母の運命を狂わせた、イタリアマフィアの首領。
 「・・・・・」
 冷酷非情であるはずの男が、こんな優しい写真集を手にして何を考えていたのか・・・・・アレッシオはしばらくその場から動かず、
ずっと写真を見つめ続けていた。




 トントン

 ドアがノックされ、友春の身体が緊張した。
イタリアに来てから昨日まで、アレッシオが自分を抱くことは無かったが、いよいよ今日・・・・・セックスをするのだろうか。
 身体が戦慄くのは、恐怖のためか、それとも与えられる快感を期待してなのか。友春は緊張してドアの向こうをじっと見つめなが
ら、
 『どう、ぞ』
震える声で入室を許可した。
 『失礼致します』
 しかし、声と共にドアが開き、立っていたのは香田だった。手にはトレーがあり、それには湯気の出ているマグカップが乗せられてい
る。この屋敷にはとても似合わないそれは、友春のためにアレッシオがわざわざ選んでくれたものらしい。
 『休む前にお飲み下さい』
 中に入っていたのはホットレモン。友春はありがとうと礼を言った。
 『明日は少々付き合っていただかなくてはなりません』
 『え?』
 『パーティーに着ていただく服や小物を合わせなければなりませんので』
 『あ・・・・・そうですね』
自分が持ってきたのは普段着ばかりで、とてもパーティーというものに出られるような服はない。必然的にこれもアレッシオに頼むこと
になってしまうが、どうやらその仕度は香田がしてくれるようだ。
(普通のスーツでいいんだけど・・・・・)
 それでも、まるで七五三みたいで似合わないのにと思った友春だが、やはり気になってソワソワと香田が閉めたドアの向こうへと視
線を向けてしまう。
 『アレッシオ様は来られませんよ』
 『・・・・・っ』
 その瞬間、友春はボッと顔が赤くなった。自分が何を考えていたのか香田には全て知られているのかと思うと恥ずかしくて仕方が
ない。
けして、アレッシオとのセックスのことを考えていたわけではないのだが・・・・・と、友春はどうしていいのか分からずに視線を彷徨わせ
てしまった。




 『先ほど、急に連絡がありまして。今夜は遅くなるかもしれないので先に休まれるようにと』
 『何かあったんですか?』
 急な用事というのに引っ掛かったのか、今まで真っ赤だった友春の顔が、緊張してたちまち青褪めてしまう。そんな彼に、香田は
穏やかにいいえと答えた。
 『大きな問題ではありませんので、ご心配頂かなくても大丈夫ですよ』
(そう・・・・・大きな問題ではないのだが)
 こんな夜にわざわざ電話を掛けてくるほどでもないような用件だと香田は思ったが、アレッシオは直ぐ戻ると言い置いて出掛けて
しまった。
それは、きっとあのまま友春の部屋を訪れれば、手酷く抱いてしまうかもしれないと懸念したからではないだろうか?
(可愛らしいところもあるな)
 一方的な想いを抱き、それでも身体を繋ぐことでしか想いを伝えられなかった頃ならばともかく、友春がアレッシオに心を開きかけ
ている今、乱暴なことはしたくない・・・・・そう思ったのではないか。
 『話がお済みになれば直ぐに戻られます』
 『そう、ですか』
 明らかに、安堵したような友春の様子に、彼の中のアレッシオの存在は、自分達が思った以上に大きく、重くなっているのではな
いかと思えた。
(早く、アレッシオ様を好きになっていただけたらいいのだが)
 『では、先にバスを使ってください』
 『はい、分かりました』
 『失礼致します』
 香田は一礼して部屋を出ると、そのまま衣裳部屋へと向かう。普段着や、よく着る礼服はそれぞれの部屋に置いているが、改
まった服は別の部屋にしまわれているのだ。
 明日、友春に着せようと思っていた服もそこにあるので、少しでも風にあてておかなければと考えた。
(アクセサリーはどうするか・・・・・)
身内のパーティーといっても、ある程度の規模には違いない。
アレッシオが連れて行く友春に人々の興味が向けられるのは必至で、彼が一筋縄ではいかない列席者達から一目置かれるよう
なものを準備しなければと思う。
 『選ぶのも楽しいが』
思わず零れてしまった独り言は日本語だったが、香田はそれに気がつかなかった。