BLIND LOVE
4
『』の中は日本語です。
バウジーニは、アレッシオの父の従弟だ。
昔から組織の中枢にいるものの、その立場に慣れ過ぎていて少しのハングリーさも見せない。父親はまだ多少揉まれてきたせいか
使える所もあるが、息子のエンリコは気弱さが目立ち、組織の中でも責任の無い仕事しかさせられないらしい。
一応は血の繋がりがある家なので見捨ててはいないものの、代替わりをすれば確実に今よりもさらに閑職へと押しやるしかない
存在だ。
そんな相手の婚約披露パーティーに足を運んだのは、バウジーニに強く懇願されたのもあるが、友春に気分転換をさせるためだ。
このパーティー自体が友春にとってあまり良くないものだとしても、あのまま屋敷にいて香田とより親密になるのは面白くないし、屋
敷を出るには好都合な理由だった。
「ドン・カッサーノ、いらしたんですか!」
「相変わらずご立派で!」
「ドン・カッサーノ、私の娘を紹介させてください」
次々に言い寄ってくる者達に眼差しだけを向ける。アレッシオは、わざわざ自分の方から声を掛けなくてもよい立場だった。
「・・・・・」
アレッシオは自分の少し後ろを歩く友春を振り向いた。
数人いる護衛達の中で、華奢で東洋的な面立ちの友春の姿は目立っている。
(ナツにコーディネートさせて正解だったな)
身内のパーティーとはいえ、今日アレッシオが来ることを知っている者達は皆着飾っていて、そんな中友春の装いは大人しいといえ
るようなものだったが、アレッシオの目には誰よりも清楚で美しく見えた。
もしも、ここに着物姿で来たとしたら、それこそ華やかだっただろうが、他の男達の目を引きかねなかっただろう。
「どうした、私の隣に来るんだ」
「で、でも」
「でも?」
「・・・・・」
周りの視線を気にしているというのは分かるが、一族の首領である自分がエスコートをしているのだ。堂々と隣を歩けばいいとい
う意味を込めて左手を差し出した。
「来なさい」
「・・・・・」
少し間が空いたが、友春の手はそっと自分の手に重なってくる。アレッシオは思わず笑みを浮かべた。
「!」
その瞬間、周りがざわめいた。アレッシオの笑みを見た者など今までにいないからだろう。特に隠すことも無い。自分が笑みを向け
ているのは友春だけなのだと思いながら、アレッシオは友春の身体をそのまま抱き寄せた。
(し、視線が怖いよ・・・・・)
アレッシオに背中を押されながら、友春はどうしても顔を上げることが出来なかった。
この中で一番地位の高いアレッシオに視線が集まるのは当然だし、何より彼は男も見惚れるほどに端麗な容姿をしている。
独身で、地位も財力もあって。女性ならばその隣を望むのは当たり前で、自分のような貧弱な日本人の存在は邪魔でしかない
のだろう。
それなのに、アレッシオ本人はそんな日本人の男を大切にエスコートしている。触れる指先にも、眼差しにも、ある種の情熱が含
まれているのを敏感な女性達は感じているはずだ。
だからこそ、友春にあからさまな敵意を向けてくるのだろうが、さすがにアレッシオの前で堂々と友春を侮辱する勇気は無いようだっ
た。
「カッサーノ様、ワインを」
「・・・・・」
しかし、今夜の主役の一人、婚約者という女性はかなり積極的にアレッシオに話し掛けてきた。
「あなたも、どうぞ」
そして、友春にもにこやかに笑みを向けてくる。
「あ、ありがとうございます」
「あなた、日本人?それとも中国人?」
「・・・・・日本人です」
「そう。日本人なんかがカッサーノ様の側にいるなんて不思議ね」
他の参加者とは違い、積極的に自分にも話し掛けると思ったが、どうやらなぜ友春のような存在がアレッシオの傍にいるのか不
思議に思っているらしい。
まだファミリーの一員にはなっていない彼女は、友春のことを知らないらしかった。
(確かに、僕みたいなのがケイの側にいるのはおかしい、よね)
何だか、こんな服まで着てここにいる自分が恥ずかしくて、友春はもう彼女の顔をまともに見ることも出来なくなってしまった。
「カッサーノ家の首領がお若いとは聞いていましたが、本当にこんなに魅力的な方だとは思ってもみませんでしたわ。独身でいらっ
しゃるんでしょう?パーティーにはどんな方をお連れされているんですの?」
しかし、彼女はそんな友春のことは始めから眼中に無いらしく、直ぐにアレッシオに身体をすり寄せて話し掛け始めた。
「・・・・・」
「私も、これからカッサーノ家の一員になるんですもの、何時でも呼んでいただいたらお供しますわ」
「・・・・・」
(す、凄く積極的なんだ)
この国の女性の気質か、それとも彼女自身の性格なのか、積極的にアレッシオに話し掛けている姿は素直に凄いと感心してし
まう。
彼女の言葉にアレッシオが無言のままなのに、それでも言葉を継ぐ勇気が羨ましいほどだ。
遠巻きにこちらを見ている女性達は、問題外の友春など眼中に無く、彼女の方に嫉妬交じりの視線を向けていた。
「カッサーノ様、お仕事のことやファミリーのこと、色々とお話を聞きたいわ。宜しければ今から・・・・・」
「バウジーニ、エンリコ」
いきなり、アレッシオはこの家の主人と息子を呼んだ。
どうしたのだろうと友春が疑問に思う前に、アレッシオは自分の腕に縋りついていた彼女の手を強く振り払い、側にいる友春の方が
怖くなるほどの冷たい眼差しを向けた。
たとえ、ファミリーの末端とはいえ、一応は血族に新しく迎える家族を祝うつもりだった。自身が純粋なイタリア人ではないので、頭
の固い長老達のようには血筋を重視しないつもりだったが、この女は駄目だ。
自分の婚約の日だというのに、アレッシオと新しい夫を秤に掛けて、あからさまに自分を選んだのだ。
(だから女は・・・・・)
アレッシオは自分の価値を知っている。エンリコよりも、遥かに自分の方が夫としても、それが無理ならば愛人としても価値がある
と考えたのだろう。
いや、もっとうがった考え方をすれば、自分に近づくためにエンリコを利用したのか・・・・・。どちらにせよ、この女をファミリーの一員
にすることは許さない。
「ドン・カッサーノッ」
「あのっ、何かっ?」
明らかに自分達の様子を見ていたくせに、何も気づいていなかったようなふりをしていることが腹立たしい。
「エンリコ」
「は、はい」
「私はお前のことを知っているとは言えないが、女の趣味は最悪と言っていいだろう」
「え・・・・・」
「なっ?」
途端に真っ青になったエンリコとは反対に、女・・・・・モニカは怒りで真っ赤な顔をしている。
「お待ちください、ドン・カッサーノ!彼女はまだファミリーのことはよく知らなくてっ」
「その女と結婚するというのなら、お前は今後カッサーノ一族を名乗るな」
この家族をファミリーから追い出したとしても、アレッシオにとってはまったく痛くも痒くもない。むしろ、手をこまねいていた部分に明
白な理由を付けて排除出来るだけに、アレッシオとしても好都合だった。
たとえ、バウジーニ家がカッサーノ家にとって重要な位置を占めていたとしても、この女をどうしても身内にするというのならば仕方
が無い。女でファミリーの結束が壊れるということはままあるのだ。
「トモ、帰ろうか」
「え・・・・・」
突然のことに、友春は戸惑ったように自分を見上げている。
「今夜のパーティーは婚約披露では無くなったからな」
「ドン・カッサーノッ!」
「・・・・・」
この事態に、華やかだったパーティーは途端に静まり返った。
今夜招かれた者達はほとんどがファミリーの人間だ。首領であるアレッシオの言葉に逆らう者は1人としていない。特に女達は始め
から大胆に行動するモニカに思うことがあるのか、ひそやかに笑い、蔑む視線を向けていた。
(誰もかれも、足を引っ張ることしか考えないのか)
ファミリーの結束が固いといえど、自分以外の誰かが失脚することを望む暗さが嫌いだ。
「ケイ、いい、ですか?」
「・・・・・」
「みな、怒らない?」
アレッシオは友春を見下ろす。居心地の悪い空気を肌で感じていただろうに、それでも周りを気遣う友春の謙虚さに、アレッシオは
無表情だった顔に再び笑みを浮かべた。
「構わない。ここでは私がルールだ」
首領である自分の言葉には誰も逆らえない。想像していた以上に不快なパーティーだったが、この後の友春との甘い時間を考
え、アレッシオは既に今の出来事を全て忘れ去ることにした。
本当にいいのだろうか。
「ドン・カッサーノッ、お待ちください!別室で話をっ」
「・・・・・」
「お願いしますっ、話を!」
アレッシオに腰を抱かれながら歩く友春は、縋るように後を追ってくる男達が気になって仕方が無い。
「ケイ」
「車を」
側にいる護衛にアレッシオが声を掛けると、直ぐにはいと応えて連絡をしている。一連の動作はスムーズで、自分達が玄関先に
来た時には既に車は横付けされ、後部座席のドアの前には男が立っていた。
「バウジーニ」
そこでようやく、アレッシオは足を止めて振り向く。後を追いかけてきたバウジーニ親子に向かい、マフィアの首領としての言葉を威
厳に満ちた響きで伝えた。
「あの女はこの家を食い潰す」
「・・・・・っ」
「エンリコ、あの女をもう抱いたのか?」
「・・・・・はい」
「・・・・・っ」
(な、何てこと聞くんだ・・・・・?)
人の性生活を聞くなんて恥ずかし過ぎると思うが、アレッシオは興味本位で聞いたわけではないらしい。
「それでも、子供が出来ていないのならばまだ遅くは無い。手を切れ」
「・・・・・」
「三度は言わない。後はお前次第だ。ただ、先程言った私の言葉に嘘は無い。以前の首領達は知らないが、私はファミリーの
女を抱くことはしない。だからこそ、他の男に色目を使う女を信用はしない」
親子はもう何も言わない。
アレッシオももう全ては伝えたと、そのまま友春と共に車に乗り込んだ。
車が走り出して間もなく、アレッシオは黙ったまま自分の隣に座っている友春に向かって言った。
「すまなかったな、嫌な思いをさせた」
「・・・・・謝る、いいです」
「トモ」
「・・・・・ケイの、言葉。全部は分からない、けど、間違ってない、思う」
日本語ではなく、イタリア語で自分を慰めてくれるのだろうか・・・・・そう思うと、先程感じた不快な思いは全て綺麗に消えてしまう。
「食事も出来なかったな」
「お腹、入らない」
「確かに。あの雰囲気で食事をしてもさすがに美味くないだろう」
アレッシオは苦笑しながら言うと、直ぐに携帯電話を取り出して連絡を取った。市内のこじんまりとしたレストラン。食事時にぶつ
かってしまうが、自分の名前を出せば席は取れるだろう。
マフィアの顔の自分ではなく、実業家としての自分の知り合いの所だ、気兼ねなく美味しい食事をするのには好都合な場所だっ
た。
「このままコンモッツィオーネに」
「はい」
運転手は即座に頷いた。
「ケイ、コンモッツィオーネって・・・・・」
「陽気で面白いオーナーがいる。パスタも美味いぞ」
「パスタ?」
「御馳走ではないが、私達イタリア人の口に馴染む味だ。トモも気に入ってくれるといいが」
そして、店では早速行くことに決めたヴェネツィアのカルネヴァーレのことを話し合おう。せっかく行くのだ、お互いにどんな仮装をする
のか、考えるだけでも楽しそうだ。
(トモは嫌だと言うだろうがな)
目立つことが嫌いだとしても、その場で普通の恰好をしている方が目立つと言ってやろう。
仮面をつければ、人間は内面を曝け出すことも出来る。普段大人しい友春の別の顔を、この時に見ることが出来たらどんなに嬉
しいか。
「トモ」
「え?」
『私の隣にいるのは・・・・・辛いか?』
『・・・・・』
わざと、日本語で訊ねてみた。イタリア語では、友春が運転手や護衛に気遣って本心を言わないかもしれないと思ったからだ。
友春はそんなアレッシオの意図には気付いていないようで、しばらく迷うような表情をする。ここで、嘘でも楽しいと即答すれば終わ
るのに、変なところで生真面目なその性が・・・・・愛おしい。
『・・・・・いいえ』
随分時間が掛かって戻ってきた言葉は、そんなそっけない一言だったが、それでもアレッシオは十分満足してゆったりとした笑みを
口元に浮かべると、シートに深く背を預けた。
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