海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し






                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






 食堂に集まった一同は、珠生が持って帰ってきた地図を見下ろしていた。
これがどういった経緯で見付かったのか、珠生の説明からも、何らかの意味がある地図ではないかと思えたが、ラディスラスは一つ
だけ気に掛かることがあった。
 「ラシェル、どうだ?」
 「・・・・・」
 印が付けられている、ヴィルヘルム島。その島を統括しているのがジアーラ国だ。
ラシェルにとっては故郷ではあるものの、ミシュアの件で余り良い思い出はないだろう。それでも、その国には知り合いも大勢いるは
ずで、親衛隊長から海賊へとなってしまった自分をもしも見られたら・・・・・そう思っても仕方が無いと思えた。
(今回はラシェルはここにいても・・・・・)
 ラシェルを気遣って考えていたラディスラスの考えを覆したのは、ラシェル本人の言葉だった。
 「面白そうな話なのに、俺だけを置いていくなんて考えていないだろう?」
 「ラシェル」
 「ラディの暴走を抑えるのにも、アズハルだけではなく俺もいた方がいいんじゃないか?なあ、タマ」
 「う、うん、そうだ!」
 「タマ・・・・・」
 「ラシェルもいっしょ行こう!」
 長年心の中のしこりとしてあったミシュアの無事を確認し、体調の不安も無くなって・・・・・その上、ミシュアには大切な者がいる
のだと分かった時、どうやらラシェルは何かを吹っ切ることが出来たらしい。
 ミシュアに対する言動にはいまだ主従時代だった色が濃く残っているものの、自分や珠生、そして他の仲間に対しても、随分と
気を許した感じになってきた。
 ラシェルがエイバル号に乗って4年余り、ようやく真の仲間になれたのかと思うと、さすがにラディスラスも気恥ずかしい気分がして
しまう。
 「アズハルは?」
 「宝探しというのには興味がありますね。まあ、本当に宝なのかは分かりませんが」
 何時もと変わらずに冷静に物を言うアズハルの見解は間違ってはいない。
ただ、自分達は四角四面な役人などではなく、自由に生きる海賊だ。はっきりと分からないからと二の足を踏むよりも、実際に見
に行って、

 「なんだ、宝じゃないのか」

と、笑った方が楽しい。
 「確かに、ここに宝があるという確証はないが、何もないっていうことも分からないからな」
 ラディスラスは笑う。そして、隣に座る珠生を見た。
(本当に、タマは想像もしていないことを引き寄せてくれる)
 ミシュアの件が片付いて、ラシェルだけでなくラディスラスも肩の荷が下りた気がした。
しかし、じっとしているのは性に合わず、自分が本来生きるべき海へと戻ろうと思ったのだが、あてのない航海よりも、こんな風に目
的がある方が楽しいのは当たり前だ。
そして、自分にこんな風に思わせる珠生は、本当に得難い存在だなと、ラディスラスは今回の件でも改めてそう思っていた。




 航海への出発は2日後と決まった。
珠生は父親と共に旅の準備をしながら、いったいあの場所には何があるんだろうかと想像を膨らませて話した。
 『別に、金貨とかじゃなくってもいいんだけど・・・・・でも、変なものだったらやだなあ』
 『変なものって?』
笑みを含んだ父の声に、珠生はう〜んと空を見つめながら考え、頭の中にぽんっと浮かんできたその現物に思わず眉を顰めなが
ら言った。
 『ミイラ、とか』
 『それは・・・・・さすがに私も思いつかなかった』
 『だって、エジプトとかは王のミイラと一緒に高価な宝飾品とかが見付かってるだろ?この世界でそんな習慣があるかは分かんな
いけど、もしもそうだったら・・・・・なんか、怖い』
(そうだよ、宝以外の何かがあるっていう可能性だって・・・・・)
 地図を見つけた時は、これは絶対に宝の在り処を示しているのだと思っていたが、よくよく考えれば色んな可能性もあるのだ。
お化けなど、怖いものが苦手な珠生は、頭の中でどんどん妄想を膨らませてしまい、顔をクシャッと歪めてしまった。
 『ジアーラは確かに土葬だとは聞いたけど、ミイラにする習慣はミシュアにも聞いていないよ』
 『ホントッ?』
 『ただし、その島のことは分からないけどね』
 『と、父さん!』
 父はハハハと笑いながら、珠生の仕度を手伝ってくれている。
変なこと言わないでよと口の中で呟いていた珠生は、ふと不思議に思ったことを父に訊ねてみた。
 『父さん、今回のこと・・・・・反対しないんだ?』
 『ん?』
 『危ないことは駄目だって、もしかしてそう言われるかなって思ってた』
 前回、ラディスラス達とベニート共和国に向かった時、父はとても心配して、何度もラディスラスに珠生のことを頼むと念押しをし
ていた。
確かに、前回は、失敗すれば命に係わってしまうかもしれないほどに危険な謀反の片棒を担ぐためで、今回は珠生が偶然見つ
けた地図での宝探しと、その意味は全く違うものの、それだけでこんなにも父の心境が変わるものだろうか。
 珠生の疑問は父には直ぐに分かったようで、父は荷物を詰めていた手を止めて珠生を見つめた。
 『珠生には、ラディがいるからね』
 『え?』
 『彼に任せていれば、絶対に大丈夫だって思えるんだよ』
 『な、何、それっ、と、父さん、変な風に思ってんじゃないっ?お、俺、別にラディとは、その、全然、全く、ちっとも、えっと、えー、
あの・・・・・』
(ま、全く何でもないって言うのも、おかしい、よな?)
ラディスラスの自分への態度を見れば、父も少しは自分との関係を疑うところもあるだろう。父に嘘は付きたくないし、かといってラ
ディスラスとの関係を知られるのも(たいして深い関係ではない!)恥ずかしいしと、かえって珠生の言動はどんどん怪しくなってき
てしまう。
 『ま、まあ、頑丈だから、いいかも!うん!心配しないでよっ!』
最後には意味も全く分からないことを言ってしまっている自分がいて、それでも父は笑いながらも安心しているよと言ってくれた。




 ミシュアに今度の航海のことを告げると、彼は一瞬だけ目を伏せて、その後ラディスラスの隣に立つラシェルに言った。
 「大丈夫ですか?ラシェル」
 「王子・・・・・」
 「祖国から逃げ続けてきた私が言うのもおかしいでしょうが、今、ジアーラはかなり内政が不安定になっていると聞いています。弟
が上手く政をしていてくれたらいいのですが・・・・・」
 「その噂は私も聞いています。イザーク達、昔からの忠臣が耐えてくれていますが、このままでは祖国の存続も危ういかもしれま
せん。王子、この機会に、私は自分の目で確かめてきたいと思っています。今祖国がどうなっているのか、正しい現状を王子にお
知らせするためにも・・・・・」
 「・・・・・」
(イザーク、か)
 元はラシェルの部下で、皇太子付き親衛隊に所属し、今はジアーラ国海兵大将のイザーク・ライド。
ミシュアが国を追われたと同時に国を捨てたラシェルとは違い、そのまま居残り、ミシュアの帰る場所を守り続けているはずの男。
そして・・・・・。
(妙にタマを気に入っているんだよな)
 イザークといい、ベニート共和国皇太子、ローランといい、珠生は生真面目な男を妙に惹きつける。珠生の型に嵌らない破天
荒な言動が彼らの心のどこかを刺激するのだろうか。
 ラディスラスとしては全く面白くないことだが、今の状況で近付くなとは言えない。そこまで自分が情けない男だと、心が狭い男だ
と思われたくは無かった。
 「ラディ」
 「ん?」
 「タマも、一緒に行くのですか?」
 「俺があいつを置いていくはずが無いだろう?それに、お前にとっても連れて行った方がいいんじゃないのか?」
 暗に、瑛生との関係を深めることが出来るのではないかという思いで聞けば、ミシュアは困ったような微笑を浮かべて僅かに頭を
横に振った。
 「タマの気持ちを無視してまで、私は自分の想いを貫こうとは思っていません」
 「ミュウ」
 「私にとっては、今はタマも大切な人になりました。ですから、ラディ、タマとエーキを引き離す役割を私に任せることは止めてくださ
いね?」
 どうやらミシュアは、ラディスラスの邪な思いに気付いていたらしい。参ったなと笑うものの、ラディスラスは分かったよとミシュアに答
えた。






 港町に待機していた乗組員にも今回のことを話すと、皆乗り気で賛成の声を上げた。
直ぐに出港の準備を進めさせ、その僅かな間に、今回の地図を載せていた難破した船がどこのものかを出来るだけ調べさせ、結
局その船自体はジアーラ国のものだということも分かった。
 もしかしたらあの地図に書かれてあるものは、ジアーラ国に関係する何かかもしれない・・・・・それが分かった時点でラディスラス
はもう一度ミシュアに確認したが、彼はもしも何らかのものが発見されたとしても、全てラディスラスに一任すると言う。
 それ以上はミシュアにとっても負担な話になるかもしれないと、ラディスラスはラシェルと話し合い、ジアーラ国の王族に関係する
ものが見付かったとしたら、ミシュアに渡そうということで意見を一致させた。

 「やっと、航海だな」
 エイバル号の甲板に立ったラディスラスは、潮風を大きく吸って笑みを浮かべた。安穏とした生活もたまには悪くは無いが、やはり
自分の生きる場所はここだ。
 「出港準備が整いました」
 「ああ」
 甲板長であるラシェルの補佐であるルドーが報告に来て、いよいよ碇が上げられる時が来た。
忙しい出港の準備が続く中、ラディスラスは身を乗り出すようにして港を見つめている珠生の側へと歩み寄る。自分が直ぐ後ろに
立っても、珠生はなかなかこちらを向いてくれなかった。
 「そろそろ出発だぞ」
 「・・・・・うん」
 危ない航海ではないからと、瑛生とミシュアとは家で別れてきた。珠生もその時は笑いながら、絶対に何か土産を持って帰るか
らと言っていたのだが・・・・・。
(いざとなると、やはり寂しいと感じてしまうんだろうな)
 「タ〜マ」
 「!」
 ラディスラスは後ろから珠生を抱きしめた。
 「な、何するんだよっ、ラディ!」
 「ん?海の上に出たら、余計な邪魔もいないなと思ってな」
 「じゃ、じゃまって・・・・・」
 「楽しい航海にしような、タマ」
そう言って頬に口付けをすると、ゴンッと固い頭が顔に直撃をしてきた。予め予期していたので上手く避けることが出来たが、容赦
の無いその攻撃にラディスラスは内心おいおいと呆れるばかりだ。
 「怪我したらどうするんだ」
 「ラディがケガなんかするわけないじゃん!」
 「俺だって人間だぞ?」
 「しないの!ほらっ、船長が指揮とらないと出発出来ないだろっ」
 どうやら、怒りのせいで寂しさも吹き飛んだらしい珠生は、グイグイとラディスラスの背中を押して歩く。それに笑いながら、ラディス
ラスは船の中で立ち働く乗組員全員に向かって、大声で出発の号令を掛けた。
 「エイバル号、出港!」