海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 数日後---------------------- 。
イザーク達に会って以来、他の討伐軍には出くわさないまま(誰の強運かは分からないが)、エイバル号は無事にジアーラ国の海
域に入った。



 甲板に立った珠生は、目の前に広がる光景にわあっという歓声をあげた。
 『すっご・・・・・綺麗だな・・・・・』
それまでは、どこまでも碧い海が広がっていただけだったが、今はそこに大小の様々な島影が見える。まだ少し距離があるので、ど
んな場所かはよく分からないが、それでもようやく見えてきた陸地に、内心ホッとしたのも確かだった。
いくら海の上での生活が楽しくても、やはり珠生にとっては陸の方が安心出来る。
 「ああ、見えてきたな」
 「ラディ」
 何時の間にか後ろにやってきていたラディスラスに、珠生はどれが目的地だと聞いてみた。
 「まだ少し入り組んだ場所にあると思うが、俺もよく分からんな」
 「分からない?」
 「ここからはラシェルに道案内をしてもらう。ああ、その前にジアーラの王都であるレティシアに寄って、少し情報集めもした方がい
いだろうが」
 「ふ〜ん」
てっきり直ぐに例の島に行って、宝探しをするのかと思ったが、ラディスラスはもう少し慎重に動くようだ。
(あ〜っ、ウズウズする〜っ)
ウキウキする気持ちを持て余しそうだが、確かに少しは情報を集めた方がいいだろうし、なにより、この国は父が最初に訪れた場
所でもある。
今はその時とは状況も違うだろうか、同じ土地に立ちたいという思いがあるし、
(何か、美味しいものあるかも)
せっかく、初めての国にやってきたのだ、珍しい(美味しいというのが条件だが)物も食べてみたいと思った。
 「何が名物だろ?」
 「どうせ、食べ物のことしか考えていないんだろう」
 当たりという言葉の代わりに、珠生はラディスラスに笑ってみせた。新しい土地に行くのなら、それなりの楽しみを見つけなければ
面白くないだろう。
(どうせ、ラディがお財布なんだし)
目一杯食べてやろうと考えると、何だかそれだけで楽しい。どの世界でも、食べ物の力は偉大だなと思った。
 「ふふふ」
 「楽しそうだな」
 「たのしみ」
 珠生がそう答えると、ラディスラスも笑って、少々乱暴に髪を撫でてくる。
 「もうっ、クチャクチャなるだろっ」
その手を煩いと振り払うものの、テンションの高さは変わることは無かった。




 観光立国のジアーラ国。
数十の小さな島が点在しているが、実際に観光地や保養地として使われているのは比較的大きな島だけで、他のほとんどの島
は無人島だった。
 かつては、四大大国の中でも一番古い建国で、最大の国力を誇っていたが、最近ではかなり衰退が加速している。
王の交代劇もさることながら、華の王子といわれる第一王子の行方が知れなくなったこと、現王の国策がことごとく裏目に出たこ
となど、国に対しての印象が悪くなるにつれ、観光面での収入も激減してしまっていた。
 今では、四大大国というのも名ばかりの状態になってしまっていて、数多くの島々も他国の富裕層に切り売りしている状態だっ
た。
今回の目的の島、ヴィルヘルム島もそんな無人島の1つだが、いったい、そこにはどんな秘密があるのだろうか?




 「あの地図が隠されていた箱が見付かった船は商船だし、国が係わっているという可能性は低いだろうな」
 その夜、夕食を終えて静かになった食堂に、ラディスラスと珠生、そしてラシェルとアズハルが集まった。いよいよ目的の場所を前
にして、色々と打ち合わせをしておこうという話になったのだ。
 「ラシェル、どんなとこ?」
 ジェイが自分用にと出してきた果物の蜂蜜掛けを食べながら(ラディスラスは見ただけで遠慮した)珠生が訊くと、ラシェルは食後
の酒を一口口に含んでから分からんと言った。
 「あの地図を見るまで、実際にあの島のことは頭の中に無かった。それ程目立たないというか・・・・・ただの無人島だというしかな
いな」
 「ふ〜ん」
 「ミュウも似たようなこと言っていたな」
 「だから、かえって不思議なんだ。どうしてこんな地図が存在するのか・・・・・」
 ラシェルの言葉に、ラディスラスは目の前に広げられている地図を見た。
古びた・・・・・とはいえない、まだ新しい紙。地図上の町の名前や位置も、今現在のものらしい。
(誰が書いたか・・・・・)
 「まさか、国に納める税が勿体無くて、商人が私財を隠したという可能性はないだろうな?」
 「・・・・・分からない。俺も、国の内情を全て知っているわけではないし」
 「それはそうだ」
(特に、王家に仕えていた頭の固いラシェルに、不正を漏らす者はなかなかいないだろう)
 「でもさあ、いったい何があると思う?」
再び、珠生がそう言った。
 「怖いものじゃないよな?」
 「怖いものってなんだ?」
 「怖いものって、怖いものだよっ」
 「・・・・・それじゃ分からんだろう」
 「・・・・・口に出すのも怖いもの!」
 「・・・・・?」
(こいつに、そんなにも怖いものがあったのか?)
 ラディスラスとしては、この地図の謎よりもそちらの方が気になってしまうが、珠生が自分の弱みをそう簡単に漏らすことはないは
ずだ。後は自分からボロッと口に出すのを期待するしかないが、それは案外近いうちに叶うのではないかと思った。




 そして。
 「う・・・・・ぷ」
 「大丈夫ですか?タマ。船酔いに効く薬を買い忘れていて・・・・・もう直ぐ着きますからね」
 「う、うん」
(は、早く、地面を歩きたい・・・・・)
ジアーラ国の海域に入って更に3日後、ようやくエイバル号は王都の港町、レティシアに着いた。
その間、大小の島々の間をぬうように船が航行したため、珠生はとうとう船酔いというものを経験してしまった。何度か吐いてしま
い、吐くものがなくなっても嘔吐感が断続的に襲ってきて、夕べからは水以外は何も口に入れられなくなってしまった。
 自分では海に強いと思っていただけに、そんな状態になってしまったのはかなりショックで、珠生は背中をずっと摩り続けてくれる
アズハルに、ごめんねと掠れた声で言った。
 「慣れるまでは仕方が無いですよ。私も船に乗った当初は大変でした」
 「・・・・・アズハル、も?」
 「ええ。この船に乗っている者たちも、大半は同じような経験をしているはずです。タマだけではないので、そんなに落ち込まない
で下さい」
 「・・・・・」
 珠生は微かに頷いた。あまり激しく首を動かすとまだ辛いのだが、アズハルのそう言ってくれる気持ちは嬉しくて、了解したという
意志だけは伝えたいと思った。




 「どうだ?」
 操舵室に向かったアズハルは、早速声を掛けてきたラディスラスに苦い顔をした。
 「駄目ですね、完全に船酔いです」
 「・・・・・そうか」
 「今までそんな様子が無かったので大丈夫だと思い込んでいましたが、ほら、その前に長時間釣りをしていたでしょう?じっとして
いても神経を使うものだし、その上にこの海域の複雑さが追い討ちを掛けたんでしょう。港に着いたら直ぐに下船して、休ませた方
がいいです」
 「分かった」
 ラディスラスの険しい表情に、アズハルは苦笑を零す。彼自身のことならば、どんな苦難でも笑いながら平気で乗り越えられるラ
ディスラスも、それが珠生のことになれば笑ってもいられないのだろう。
(でも、船の中がそんな雰囲気だし)
 珠生の元気に闊歩する姿が数日見えないだけで、エイバル号はまるで眠っているかのように静かだ。
もちろん、乗組員達は通常の仕事をこなし、甲板や船内を忙しく歩き回っているが、どこかみな・・・・・そわそわと落ち着き無く、
そして、気遣わしげな眼差しをある一室に向けてくる。
それが、珠生の今いる診療室だ。
 頻繁に様子を伺いに来る乗組員達を一々追い出すのも大変であるが、それと同時に、彼がこの船にとって既に大切な存在に
なっていることをアズハルは思い知った。
何かが出来るということではなく、そこにいるだけでいいという、貴重な人材だなと思う。
 「日が暮れる前には寄港出来るし、直ぐに宿に入るつもりだ」
 「馴染みの宿がありましたか?」
 「それこそ、ラシェルが知っているだろう」
 「・・・・・嫌じゃないでしょうか」
 「・・・・・あいつだって、そんなにやわじゃない。もう何年も船の上で暮らしている立派な海の男だ、過去のことだって乗り越えられ
るさ」
 「・・・・・」
(本当にそうだったらいいが・・・・・)
 幾ら今の生活を自ら受け入れているとしても、過去、ラシェルはこの国で華やかで地位のある生活を送っていたのだ。その頃と
今の生活を考えて、思うことは無いとは・・・・・言い切れない。
そんなアズハルの思いを感じたのか、ラディスラスはきっぱりと言い切った。
 「アズハル、今のあいつはエイバルの人間だ。それ以外の何者でもない」
 「ラディ」




 アズハルの考えはよく分かるが、ラディスラスはラシェルがそんなに弱い人間だとは思わなかった。
もちろん、自分の祖国に対して様々な思いがあってもおかしくはないと思うが、そんなものに振り回されてしまうほどにラシェルは軟
弱ではない。
 「アズハル、タマを頼む」
 「はい」
 本当は珠生の傍についていてやりたいが、船長としてラディスラスはやらなければならないことが数多くある。先ずは、入港の許
可を得ることから始めなければならなかった。
(ここから、宝探しはもう始まっているからな)
 基本的に、港は許可証を持っている船は受け入れなければならない。それが、海賊船であってもだ。
しかし、そこで用心をされてしまったら、自由に動くことは出来なくなってしまう。相手に疑念を抱かれないように・・・・・それこそ、自
分の容姿でも何でも使ってだ。
 「よし」
ラディスラスは入港準備を命じるために操舵室を出た。