海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 王都にある港町・・・・・。
その言葉だけを聞いて、珠生は行ったことのある、例えばベニート共和国の港町、コンラッドを想像していたが、ジアーラ国の港町
レティシアは、それとは明らかに違った様子だった。
 「・・・・・さびし?」
 「どうしました?」
 小船から陸に上がろうとする珠生を手伝ってくれていたアズハルは、小さなその呟きが聞こえたらしい。
珠生はだってと視線を周りに向けた。
 「今までの町は、すっごく人も多くて、店も多かった。でも、ここがらんとして・・・・・さびしー感じ」
 「・・・・確かに、あまり活気はありませんね」
 アズハルも同じ思いを抱いたのか、苦笑のような笑みを漏らして言った。
(本当に、ここが首都?なのかな・・・・・)

 まばらに停泊している船。それも、ほとんどが漁船のような小さな船で、大きな客船や運搬船というものは見えない。
港には必ずといって出ているはずの市場も、並んでいる品々は野菜がほとんどで、食べ物や土産物などは数えられるほどの数し
かなかった。
 行き交う人々の顔も、どこか疲れた、諦めたような表情で、活気というものは見当たらない。
急速に衰退している大国という姿がそこにはあった。

 「・・・・・」
(これじゃあ、美味しいものなんか期待出来ないかも・・・・・)
 いや、その前に、この胸のムカムカを早く治さなければならないかも・・・・・そう思いながら珠生がアズハルに支えてもらいながら歩
いていると、港の近くにある建物の中からラディスラスが出てきた。
入港の手続きをするために先に船を下りていたのだが、無事に許可は下りたのだろうか。
(その前に、俺、降りてきちゃったけど)
 「タマ、大丈夫か?」
 「う・・・・・ん。地面に立ってるから」
 揺れないしと答えると、ラディスラスは笑って髪をかき撫でてくる。しかし、それはいつもよりずっと力を抜いた優しいもので、気分
の悪い自分のことを気遣ってくれていることが分かった。
こんな風にさりげなく優しさを見せられると、ラディスラスというのはいい男だなと思ってしまう。それと、恋愛とは少し意味が違うよう
な気がしないでもないが・・・・・。
(でも、ぐっとくるんだよなあ)
 「許可は下りた。今ラシェルが宿を見てくれている」
 「そうですか。出来ればあまり遠くない方がいいんですけど」
 「それは大丈夫だろ。これだけ人間が少なけりゃ、どの宿も空いてると思うぞ」
 「・・・・・」
珠生も、そしてアズハルも、ラディスラスの言葉に思わず頷いてしまった。




(それにしても、これほどに寂れているとはな)
 この王都の港でこれでは、地方に行けばどれ程のものか。四大大国とは名ばかりだという噂も真実を指しているなと思ってしま
う。
 先程自分と共に先に陸に上がったラシェルは、一時言葉も出ないままに目の前に広がる光景を見ていた。ラシェルがこの国を
出て行くまでは、今よりは遥かに栄えていただろうと考えると、この風景は胸に突き刺さるくらい厳しい現実だったはずだ。
(これじゃ、ミュウを連れて来るなんて無理だろ)
この光景を見たら、せっかく回復した病気が悪化しかねない。
 「ラディ!」
 そんなことを考えていると、ラシェルが足早にやってきた。
 「宿を取った。ほら、ここから見える青い屋根だ」
 「いい場所か?」
 「店主は、俺の昔の部下だ」
 「じゃあ、安心だ」
ラシェルがはっきりとそう言うのなら、こちら側から見れば味方だといってもいいだろう。
 「タマ、ほら」
ラディスラスは珠生を抱き上げた。とにかく、珠生を早く動かない寝台の上で寝かせてやろう・・・・・今はそれが最優先だと、ラディ
スラスは先頭に立つラシェルの後を追った。




 少し古びていたが、綺麗に手入れをされた宿は居心地は悪くなく、2階の一室に珠生を寝かせたラディスラスは、後はアズハル
に任せて自分は下に下りてきた。
 ここは食堂を兼ねているらしく、1階には幾つかの食台が並べられてあったが、時間帯が悪いのか、それとも常からこうなのか、今
は自分達以外の客の姿は見当たらない。
これでは商売も成り立たないのではと思いながら厨房の中を覗くと、丁度ラシェルが店主らしい男と話していた。部下といっていた
が、店主の方が明らかにラシェルよりは年上だろう。若くして要職に就いていたラシェルはそれだけ有能な人材だったのだろうと、海
賊という今の立場との落差を考えて少しだけ・・・・・苦い思いがした。
 「ラディ」
 黙って立っていたのだが、その気配に早々に気がついたラシェルが振り返り、隣の男に言う。
 「俺が乗っている船の頭領、ラディスラスだ。ラディ、この宿の店主のグレゴ・イリ」
 「やっかいになる、グレゴ」
 「客は歓迎ですよ」
薄い頭髪に柔和な表情。しかし、握手を交わした手の力は強く、大柄な身体もただ太っているだけとは言いがたいほど筋肉質
に見える。ラシェルの下にいたということは、相当に禁欲的に任務についていたのだろうが、今どういう思いでこの宿の主人となって
いるのだろうか。
 「タマは?」
 「寝たよ。揺れてないって喜んでる」
 「順応していたように見えたが・・・・・やはり無理をしていたのか」
 「意地っ張りだからな、弱みを見せたくなかったんだろう」
 「確かに。じゃあ、食事はまだ用意しなくてもいいか」
 「目が覚めたらきっと鳴くぞ、腹減った〜、腹減った〜ってな」
 「・・・・・確かに」
 ラシェルは笑った。その反応が目に見えるように想像が出来たのだろう。
 「タマはアズハルに任せているし、今のうちに港に戻るか。上陸する奴らも皆ここでいいか?」
 「俺としてはありがたい話ですよ。最近じゃ客のいない日も多くってね」
 「じゃあ、まとめて世話になる。ラシェル」
 「ああ、後でな」
揃って宿を出た2人は、そのまま港に引き返した。
今回は珠生の身体を休めてやることと、食べ物と水の補給、そしてヴィルヘルム島の情報を集めるのが目的だ。船に残る者と上
陸する者は予め決めてあり、もちろん、交代制にしていた。
 「おお、来てるな」
 港に着くと、既にそこには十数人の乗組員達の姿がある。
ラディスラスは宿の位置を説明し、先に食事と休憩を取るようにと言って、自分はラシェルと共に後数回行き来するはずの小船が
来るのを待つことにした。




 しばらく、波の音だけを聞きながらエイバル号の方向を見つめていたラディスラスが自分の名を呼んだ。何だろうと視線を向けれ
ば、思い掛けなく真剣な眼差しが真っ直ぐに自分を見ている。
 「大丈夫だな?」
 「・・・・・ああ」
 何を指してそう言うのか、ラシェルには分かっているつもりだった。
捨てたはずの祖国に再び立つことももちろんだが、その国が衰退している様を見てどう思うか・・・・・多分、ラディスラスは心配して
いるのだろうが、きっと彼は心配だとは口に出しては言わないだろう。
 確かに、噂では聞いていたものの、実際にこの目で見るとかなり衝撃的で、落ち込まなかったといえば嘘かもしれないが、それで
も不思議と顔を上げ、前を向いて立っていられるのは、エイバル号で鍛えられたことと、傍にいる誰よりも前向きな存在のせいかも
しれない。
(タマを見ていると、悩んでいる方が恥ずかしいからな)
 多分に暴走気味なところもあるものの、珠生の姿勢は考え過ぎな自分には見習うことが多いと思う。
 「それに、過去は変えられないが、未来は変えることが出来る」
 「ラシェル」
 「俺に出来ることは少ないかもしれないが」
(王子にはもう一度、この地に立っていただきたい)
王子という身分は剥奪されているとはいえ、ラシェルは今でもミシュアがジアーラ国の正当な後継者だと思っているし、自分だけで
はなくこの国の中にもそう思っている者は多いはずだ。
 ミシュア自身がそれを望むかどうかは分からないが、逃げたままでいる今よりも、一度正々堂々とこの地に戻り、その上で去就を
考えてもらいたいと思っている。
 「そのためにも、今回のことはいい切っ掛けになった」
 「宝探しのことか?」
 「タマが言うように、本当にあの島に宝があるとは思えないが、何らかの秘密が隠されている可能性はあると思う。出来れば、こ
の国の人間である俺が見付けたい」
そう言うと、ラシェルはラディスラスを真っ直ぐに見た。
 「力を貸してくれ、ラディ」
 「当たり前だ」
仲間だからな・・・・・その言葉に、ラシェルは自分の新たな繋がりは確かに築かれているのだとしみじみと感じた。




 甘い、匂いがする。
果物や砂糖というよりは、蜂蜜のような匂い。いったい、どこからなのだろうと走って走って、手を伸ばそうとして・・・・・、

 ドスンッ

 「・・・・・った!」
激しい衝撃を全身に感じた珠生は、そこでようやく目を開いた。
 「・・・・・あれ?」
目の前にあるのは、古びた木の天井。しかし、それが船の中ではないのは、背中が少しも揺れていないことで分かる。
ここは間違いなく陸地なのだと、眠る前のことを次々と思い出した珠生は、無防備に打ってしまった腰を摩りながら上半身を起こ
した。
 「・・・・たぁ・・・・・」
 どうやら、夢の中では走っていたが、現実でもベッドから落ちてしまうほどに動いていたようだ。そんなに高いベッドではなかったもの
の、それでも相当な衝撃で、音もかなりしてしまったらしい。そのせいで、
 「どうしたっ!」
時間を置くことなく部屋の中に飛び込んできたラディスラスを、珠生は床に座りこんだ格好のまま見上げるはめになってしまった。
 「・・・・・落ちた」
 「落ちた?」
 「うん」
 恥ずかしくて寝ぼけてとは言わなかったが、なんとなく状況を察したのか、ラディスラスは明らかに笑みを含んだ顔になったが、珠
生はそれを追求せず、ラディスラスもそのまま抱き上げてベッドの端に座らせてくれた。
 「暴れるくらい元気なようで良かった。気分は?大丈夫か?」
 「・・・・・うん。寝たら、すっきり」
 「アズハルが薬を飲ませたようだが・・・・・それが効いたんだな、良かった」
そう言って床に跪いたラディスラスは、笑いながら珠生にキスをしてくる。あまりに突然のことにただ驚いて目を見張るだけだった珠生
に、ラディスラスは楽しそうに言った。
 「飯の用意は出来てるぞ、食うだろう?」