海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 小船から船に移ってきたラディスラス、珠生、ラシェルに続き、最後にイザークの姿が現れたことに、さすがに乗組員達は驚いてざ
わめいた。制服を着ていないとはいえ、イザークが討伐軍の人間だということは皆知っているからだ。
 あからさまに罵ったりはしないものの、その場に剣呑な雰囲気が流れ始めたのを見て取ったラディスラスは、一同に向かって聞け
と声を張り上げた。
 「ここにいるのはただのイザークという男だ。数日間だけ、エイバル号に乗船することを俺が許可した。文句はないな?」
 絶対的な権力と求心力を持つラディスラスの言葉は絶対だ。面白くないと心の中で思ったとしても、それを口に出して言う者は
いなかった。
 「新入りの乗組員だと思って、仕事も押し付けていいぞ」
 「おい」
 何を言うんだとイザークは眉を顰めるが、ラディスラスはニヤッと笑って言葉を続ける。
 「船に乗れば皆仕事を持っている。エイバルは客船じゃないんだ、乗る限りは働いてもらうぞ」
 「・・・・・」
 「いいな?」
 「・・・・・分かった」
海賊の頭領である自分に指図されるのはどんなにか屈辱的かと思うが、思ったよりもイザークの表情は穏やかというか・・・・・変わ
らない。
その辺りは、海賊行為ではなく船上の仕事ということで受け入れやすかったのかもしれなかった。
(いい機会だ、若いのを仕込んでもらうか)
 自分やラシェルも乗組員達を日々鍛えているつもりだが、軍で厳しい訓練を受けてきたイザークは更に厳しい指導員になりそう
だ。珠生ではないが、せっかく船に乗せるのならば、自分達も十分イザークを利用しようと思った。
 「ルドー、イザークには操舵室に入ってもらう。この辺りは島が多いからな、舵は任せた方がいいかもしれない」
 「はい」
 「お前ら、新入りを苛めるんじゃないぞ」
 これだけ言っておけば、乗組員達のイザークに対する風当たりは弱くなるだろうし、イザーク自身もこのエイバル号での自分の立
場を自覚するはずだ。
(利用するだけさせてもらうぞ)




 珠生は操舵室に向かおうとするイザークの後を追い掛けた。
 「イザーク!」
 「・・・・・」
立ち止まり、振り向いたイザークの表情は特に怒ったようには見えない。
(良かったあ)
 彼の知識を分けてもらいたいと思ったのは事実だったが、部下を持つほどの地位にいるイザークを、ラディスラスが普通の乗組員
達と同列に扱うとは思わなかった。
(全く、ラディは妬きもちやいてるのか?)
 エイバル号で一番偉いのはラディスラスだが、イザークは多くの部下を持つちゃんとした大将なのだ。そんな彼を羨ましく思ってい
るのかと考えてしまった。
 「いっしょ、がんばろーね!」
 「・・・・・タマ」
 「何?」
 「・・・・・」
 「イザーク?」
 「いや・・・・・あまり甲板の端には立つな。急な舵を取った時に、海に投げ出されてもいけないからな。この辺りは深いから」
 「うん、ありがと」
 初めて会った時はムッツリとした愛想のない男だと思っていたが、知るたびに良い人間だと思うようになった。自分のためを思って
言ってくれた今回の言葉にも珠生は素直に頷き、いってらっしゃいと手を振って見送る。
(宝が見付かったら、ちゃんと山分けしないとな)
それだけはラディスラスにきちんと言っておかなければならないと珠生は思った。




 見張りは何時も見張り台にいる者と操舵室にいる者に限られていたが、夜の、それも大小の島々の間をぬっての航海というこ
とで、ラディスラスは甲板に等間隔に乗組員を配置した。
こんな時こそ、一番信用出来るのは人間の目と勘、だからだ。
 「ラディ」
 そんな彼らに発破を掛けて歩いていたラディスラスは、声を掛けてきたラシェルに足を止めて振り返った。
イザークと同じ船に乗ることに嬉しそうな表情をしていたと思ったが、今見る顔は少しだけ憂いを秘めている。改めて考えて、様々
なことが頭の中に浮かんできたのだろう。
そのほとんどが負の思考であることは表情からでも十分想像出来て、ラディスラスは思わず苦笑を漏らしてしまった。
 「どうした、そんな顔して」
 「・・・・・本当に良かったんだろうか」
 「・・・・・」
(やっぱりな)
 今更な心配だと思う。既にイザークはこの船に乗り、船は出港している。
ラシェルも最初はいい案だと頷いてイザークを受け入れたはずだが、実際に船が動き出してから改めて不安に思ったのかもしれな
い。
(まあ、この慎重さが俺には無いからな)
 今から行くヴィルヘルム島に、実際何があるのか見てみなければ分からないのだが、もしも本当に何らかの宝が見付かったとして
も、ラシェルがそれについて何を言うのか・・・・・何だか想像出来た。
 「あいつも、自分で変わったって言ってたろ?」
 「・・・・・」
 「何でもかんでも、国のためって思わないんじゃないのか」
 「・・・・・」
 「ラシェル、俺にはお前の方が止まっているように見えるぞ」
国に仕えている者はこうだろう・・・・・そんな風に思い込んでいるラシェルよりも、もしかしたらイザークの方が柔軟な意識を持ってい
るのかもしれない。
(そもそも、追放されたミシュアに会いに来るくらいなんだからな)
 ミシュアを追放した現国王に仕えているのに、元の主であるミシュアのことを思い、彼を助けようとした時点で、イザークの意識は
がらりと変わったのではないか。
自分の考えた通りかどうかは分からないが、そう考えたら人生もなかなか面白いと思える。
 「まあ、タマの言う通り、あいつがいた方が助かることは確かだ。後はこちらに不都合がないように、ラシェル、お前も気をつけて見
ていてくれ」
 「・・・・・分かった」
 ほっと息をついて、ラシェルは頷いた。
 「確かに、俺が出て行ってからこの国はかなり変わったはずだ。イザークの助言は、きっと意味のあるものになるはずだしな」
 「嘘は言わないだろう、性格的に」
 「・・・・・」
ラディスラスが茶化すように言うと、ようやくラシェルが笑った。




 ラシェルにはイザークの存在を受け入れるという意味の言葉を言ったものの、別のことではラディスラスは少し考えなければならな
いと思っていた。それは、珠生のことだ。
 どうやら、イザークは珠生に対して特別な感情を抱いている・・・・・それが、恋愛感情というはっきりとしたものではなくても、明ら
かにイザークの珠生に対する態度はその他の者に対するそれとは違っていた。
 真面目なあの男は、きっと男が男に恋愛感情を抱くということを認めるまでには時間が掛かるだろう。その間に何とか手だてを講
じなければならないと思う。
 「おい」
 ラディスラスは丁度通り掛ったテッドを呼び止めた。
 「タマを知らないか?」
 「タマなら食堂に」
 「食堂?」
 「・・・・・あの人に、夜食を持っていくって言ってましたけど・・・・・」
 「わざわざ?あいつだけにか?」
テッドが名前を言わないあの人と言うのが誰なのか、ラディスラスには考えなくても分かった。面白くないと思うよりも珠生がどうして
そんな行動を取ろうとしているのかが不思議で思わず首を傾げてしまったが、
 「食堂で仲間外れにされたら可哀想だから、先に夜食を食べさせてやるって言ってました」
そう、続けて言うテッドの言葉に、苦笑しながら頷いた。
 「分かった。お前も無理はするなよ」
 「はい!」
 頭領であるラディスラスに直々に声を掛けられて、テッドは嬉しそうに顔を綻ばせている。
最年少ながら立派な乗組員であるテッドの髪をクシャッと撫でてやると、ラディスラスは珠生がいる食堂へと足を向けた。




 「あちっ」
 「大丈夫か?」
 「だ、だいじょぶ」
 ジェイにそう言って笑みを向けると、珠生は再び作業に取り掛かった。
今夜は一晩中船は動き続けるので、乗組員達の夜食準備に料理番達も忙しく働いている。ジェイはそんな彼らに一々指図を
することは無いが、鋭い監視の視線は時折走らせ、自分も手を動かし続けていた。
 そんな忙しい調理場の一角に陣取った珠生は、干し肉を火で炙っている最中だ。既に食べられる状態の物を香ばしくしたいと
思っての作業だが、その調整はなかなか難しく、今も火に近付け過ぎてしまったのだ。
 「俺って、サイノーないのかなあ」
 「そんなことは無いぞ。手捌きだって悪くない」
 「・・・・・ジェイはほめじょーずだしな」
 そうは言っても、やはり褒められるのは悪くない気がして、珠生の頬には隠しきれない笑みが浮かんだ。
 「それ、ラディのか?」
 「ううん、イザークの」
 「・・・・・」
どうやら、珠生がラディスラスのために夜食を作っていると思ったらしいジェイは、何だか複雑そうな顔をしている。しかし、珠生はそ
れをどうしてだと疑問に思うことも無かった。
イザークを船に乗ろうと強引に言ったのは自分だし、それについてはそれなりの責任を持たなければと思っている。
 この時点で、珠生の頭の中には、イザーク自身が船に乗ると言い出したことはすっぱりと消えてしまっていて、なんだか無理に誘
うことになって悪かったなとさえ感じているくらいだった。
(俺に出来ることは限られているし、これくらい・・・・・あ)
 そこまで考えた珠生はジェイを見上げた。
 「ねえ、ラディから何かもらった?」
 「もらうって、何をだ?」
 「でっかくて、重いカゴ」
 「あー、それなら、そこに」
ジェイが指差す方を見ると、厨房の片隅にその籠はそのままの状態で置かれていた。
 「開けてないの?」
 「きっとタマが楽しみにしているだろうからって、ラディが。多分食べ物だろうと思うが・・・・・開けてみたらどうだ?」
 「い、いいのかな?」
 「お前が貰ったんだ、いいに決まってる」
 「!」
 突然聞こえてきたジェイとは違う声。パッと振り返った珠生は、さらに顔を綻ばせる。
 「ラディ!」
 「俺も中を見てみたい。タマ開けてくれないか?」
 「いーよっ」
ラディスラスと一緒に見ることが出来るのは嬉しい。ノリの良いラディスラスの反応は楽しいしなと思いながら、珠生はウキウキしな
がら籠の前にしゃがみ込んだ。