海上の絶対君主
第五章 忘却の地の宝探し
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※ここでの『』の言葉は日本語です
まるで正月の福袋を開けるような気持ちで袋の中を覗き込んだ珠生は、綻んだ頬がそのまま・・・・・強張った。
「何?これ?」
「ん?」
珠生の疑問を含んだ声に、ラディスラスとジェイも中を覗き込んだ。
「ああ、これはポクだな」
「見事な大きさのものばかりだ」
「ぽ、ぽく?」
(何だ?その軽そうな名前・・・・・)
袋の中に入っていたのは、珠生の目からすればボールだった。黒に近い、よく見れば濃い緑の色をしたそれば、大きさは様々で、
大きいものはバレーボールくらい、小さいものは野球の硬式ボールくらいだ。
「・・・・・」
大きいものを持とうとすると、見た目の通り重い。これが合計で10個あまりも袋に詰められていたのだ、あの重さは当たり前だと
思ってしまった。
(ラディ達、よく軽々と持ってたよな)
「ぽくって何?」
「ジアーラの名産の一つ。野菜って言うか・・・・・まあ、見たら分かるか」
そう言いながら、ジェイは大きなそれを一つ、切れ味の鋭い包丁で真っ二つにする。中はオレンジ色で、珠生の目には何だかカ
ボチャのように見えた。
ジェイはそのまま中の実を包丁で切り出し、珠生に差し出してくれる。汁が滴るほどに瑞々しいのは分かるが、未知の食べ物に
はなかなか手が動かなかった。
「怖いか?タマ」
そんな珠生の気持ちを悟ったらしいラディスラスが意地悪くからかうように言うので、珠生の負けん気にたちまち火が付き、ガブッ
と大きな一口でそれを口にしてしまった。
途端に、口の中に広がっていくのは、少し苦味のある甘み。
「・・・・・」
眉を顰めるという分かりやすい反応をした珠生に、ジェイは笑いながら説明してくれた。
「これは、生でも食べられるが、大体は焼いて食べるんだ。焼くと甘みが増して、菓子とかにもよく使われているんだぞ」
「焼く・・・・・」
(確かに・・・・・カボチャとか、サツマイモって感じだよな)
珠生の良く知っているその野菜よりも水分が多く、甘みもあるような気がする。焼くというよりは蒸かして食べたらホクホクとして美
味しいかもしれない・・・・・珠生は頭の中で想像してへラッと笑ってしまった。
「おいしそー・・・・・」
「おいしそー・・・・・」
幸せそうな珠生の表情に、ラディスラスは笑った。
寒暖の差が大きく、雨も多いジアーラには、野菜や果物が数多く生産されているとは聞いていたが、どうやら珠生の口にも合うも
のらしい。
「ジェイ」
モグモグと口を動かしている珠生に聞こえないようにラディスラスは声を掛けた。
「これ、高いか?」
「安くは無い。それに、最近はジアーラも不作らしくて、食料を調達する時も随分と吹っかけられたくらいだ」
「・・・・・そうか」
ラシェルの知り合いだからと気を遣ってこんなにも持たせてくれたのだろうが、これだけのものを揃えるのもかなり苦労したのだろう。
自分達以外1人も客のいなかったあの宿、人通りの少なかった町中。外貨も稼ぐ場が無く、観光以外、売りだった農作物の不
作が続けば、ジアーラは更に困窮していくのではないか。
(ラシェルやイザークには言えないがな)
誰でも、故郷のことを悪く言われたくはないだろう。
「タマ」
「・・・・・ん?」
「それ、全部食っていいが、少しだけラシェルに分けてやれ。あいつにとっても久し振りの味だろうしな」
言った途端、珠生の眉が顰められた。この味を気に入った珠生が、少しでも分けることを嫌だと感じているように思えたのだが、ど
うやら珠生はラディスラスの言葉に面白くない思いを抱いたようだ。
「ラディ!」
口の中の物をようやく飲み込んだ珠生は、むっと眉を寄せたままラディスラスを睨みつけてくる。
「俺、ひとりじめしない!ちゃんとみんなで食べるよ!」
「お、分けてくれるのか?」
「当たり前じゃん!ラディは俺を子供、思いすぎ!」
「悪い、悪い。俺だったら美味い物は自分だけが食べるからな」
「あー!いつっ?いつのことっ?」
何時の間に抜け駆けしたのだと珠生は詰め寄ってくるが、もちろんこれは珠生を宥めるつもりで言っただけだ。自分なら、美味しい
と思ったものこそ珠生に、愛しい相手に食べさせたいと思う。
(その辺も分かって欲しいんだがな)
言葉の意味を深読みせず、そのまま読み取るその素直さも可愛いと思いながら、ラディスラスは早々に、自分の方が降参という
ように両手を上げた。
「全く、俺の方が子供だったな」
「分かればいーよ。美味しいものって、みんなで食べたらもっと美味しく感じるんだぞ?」
まるでラディスラスに言い聞かせるように言葉をt綴る珠生を、ラディスラスは漏れそうになる笑みを噛み殺しながら神妙な表情で
聞くふりをした。
「わっ、ととっ」
両手で夜食の入った籠を持って食堂を出た時、船が大きく傾いて、珠生は思わず階段から落ちそうになってしまうのを踏ん張っ
て耐えた。
島々の間をかいくぐるとは言っていたが、そろそろその辺りに辿り着いたのだろうか。
(波は高くないはずだけど、船が大きく揺れるから・・・・・っ)
「あまり甲板の端には立つな。急な舵を取った時に、海に投げ出されてもいけないからな。この辺りは深いから」
改めて、そう言っていたイザークの言葉をしっかりと心に刻みつけた。カナヅチではないものの、船の上から海に落ちたりしたら、その
ショックで泳ぎを忘れてしまいそうだ。
「・・・・・しょっと」
船が水平に戻った隙に、珠生は階段を上がって甲板に出る。
「俺が持って行ってやる」
食堂にサボリに来ていたラディスラスがそう言っていたが、船長である彼をこれ以上フラフラさせてはならないと、珠生は大丈夫だか
らと強引に背中を押して食堂から追い出した。
ただ、追い出してしまってから、彼がまだ食事もしていなかったということに思い当たり、急遽イザークと共に渡してやろうとラディス
ラスの夜食も用意したのだが・・・・・。
(お、重い)
多分、普通に陸地を歩いていればたいした重さのものではないと思うが、不安定なこの揺れの中、身体中に変に力が入ってし
まうので、重さが何倍にも感じられてしまった。
ギギギ
「え?」
木の鳴るような音が聞こえ、それに合わせたかのように、今度は先程とは反対の方角へと船が傾くのを感じた。
「うわあああ」
(こ、壊れたりしないだろうなっ?)
港を出る直前まで点検していたはずで、それはないだろうと頭では分かっているものの、木で出来ている船の構造を熟知してい
るわけではない珠生には心配は尽きなかった。
「タマ、大丈夫か?」
「う、うん」
トトトと、甲板を横切りそうになった珠生を、偶然助けてくれた乗組員に大丈夫だと返事を返し、珠生は船べりには近付かないよ
うに用心しながら足を進める。
「お、大丈夫か?」
「気をつけろよ、タマ」
「どこに行くんだ?持ってやろうか?」
行き交う乗組員達は、腰の引けている珠生を気遣って言ってくれているのだろうが、珠生からすればこんなにも揺れている甲板
の上を平気で歩いている者達の方が信じられないくらいだ。
ただ、それをあからさまに見せてしまうのはやはり悔しくて、引き攣った笑みを浮かべながらも大丈夫と頷いてみせたが・・・・・。
(お、落とさないようにしないとっ)
「や、夜食、出来てるよっ。順番に行ってね!」
船の出港時間もあって、夕食もまともに取っていない乗組員達は多いはずだ。腹が減っては戦は出来ぬという諺は日本だけの
ものではないだろうと思いながら、傍から見ればかなり怪しい足取りで珠生は操舵室へと向かった。
珠生に食堂から追い出され、一通り船の中を見回ったラディスラスは、その足を操舵室へと向けた。
「ご苦労さん、異常は?」
「今のところ無いですよ」
ルドーの答えに頷いたラディスラスは、舵を握っているイザークへと視線を向けた。
今の大将という地位からすれば、自ら舵を持つ機会はあまり無いと思うが、こうして短時間だが見ている間も全く危なげが無い。
明かりも乏しい中、島が多いということは浅瀬もあるはず(暗くてよく見えないが)だが、こうして暗礁にかすりもせずに航行させてい
る腕は相当のものだ。
(その位にいることも、名前だけじゃないってことか)
「・・・・・ご苦労さん、イザーク」
ラディスラスが声を掛けると、じっと前方を見つめていたイザークの視線が一瞬向けられた。しかし、直ぐにそれは無言のまま逸ら
される。
「明日の夕方には着くか?」
「・・・・・何も無ければな」
「何も?」
「この辺りには漁師崩れの無法者達が多くいる。海賊にまではなりきれないが、通り掛った漁船や商船から、金品だけでなく食
べ物まで奪うという奴らだ」
「ジアーラの人間なのか?」
「・・・・・皆、飢えて、不満を抱えている」
淡々として言うものの、その言葉の中にイザークの静かな怒りが含まれているのを感じた。
ラシェルとは違い、いずれミシュアが戻ってくると信じて国に残ったのだろうが、どんどんと衰退している国をどうすることも無く見つめ
ているという気持ちはどんなものなのだろうか。
(俺なんかには想像も出来ないことだろうな)
「お前が帰国した時はどうしようかと思ったが、結果的には助かったといっていいな。俺達の仲間も腕はいいが、こんな風に狭い
場所をぬう様に通るのは初めてだろうし」
「・・・・・私がいなくても」
「え?」
「私がいなくても、十分だっただろう。時間は掛かるかもしれないが」
言外にルドーを褒めてくれている。
ラディスラスが視線を向けると、ルドーは肩を竦めているものの笑っていた。
陽気なルドーと、堅物で無口なイザークの相性はどうだろうと考えていたが、案外いいコンビなのかもしれない。
ドンドン
その時、扉が叩かれた。
「お、タマだな」
「・・・・・タマ?」
「夜食を持ってきてくれたはずだ」
ラディスラスはそう言いながら扉に向かったが、その背中をイザークの視線が追い掛けてきていることに気付いた。
(・・・・・夜食が目当てってことは・・・・・ないな。タマじゃないんだから)
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