海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 ラディスラスが今回の旅をする経緯をイザークに話している。
それを聞きながら、珠生は自分自身のうっかりを深く反省していた。
意図してならまだしも、もちろん、それも問題とは思うが、全く気にも留めていないまま秘密を口に出してどうするというのだ。
(俺って、学習能力ないかも・・・・・)
 さすがに、イザークに今回の本当の目的を知られたことは拙いような気がする。これならば、大事な話は自分に言わないで欲し
いと思うものの、一方では何でも話して欲しいとも思っていて・・・・・。
 「う〜」
 自分がいったいどうしたいんだと自問自答している間に、ラディスラスとイザークの話は終わったらしく、ラディスラスが自分の名前
を呼んだので珠生は顔を上げた。
 「・・・・・」
 「・・・・・まあ、問題を起こすのが、お前の得意技だろ」
 「・・・・・」
 今、自分はどんな顔をしているのだろうか、ラディスラスがそんな風に言うのならば相当情けない顔をしているのだろうが、慰めてく
れているとは分かっても、もう少し表現のしようがあるとは思う。
 「タマ」
 そんな珠生に、今度はイザークが声を掛けてくる。
 「お前のおかげで、疑問の一つが解消した、礼を言う」
 「え、と、俺は、別に・・・・・」
 「お前が口にしなければ、この男は何時まで経っても本当のことは言わなかっただろうしな」
そう言いながら、イザークは珠生を見る目とは全く違う厳しい眼差しをラディスラスに向けるが、当の本人は全く気にしていないよう
なので効果はなさそうだ。
(ラディも、もうちょっと大人の対応をしたらいいのに)
 ラディスラスの代わりに何とか自分がと、珠生はイザークの方へと身体ごと向き直った。
 「俺は、絶対に宝、あると思うんだ!もし、見付かったら、もちろんイザークにだってケンリはあるからな!」
 「権利?」
 「そ!まいぞーきん見付かったら、土地のしょゆーしゃと、見つけた人で分け合うもんだろ?エイバルには乗組員が多いから、少
しは多めにって思うけどー」
 「タマ、それは」
 「でも、俺、独り占めは絶対しないからっ!」
胸を張って言うと、自分の言葉に感動したのか、イザークは口を噤んでしまった。




(あ〜あ、また酷い勘違いを)
 どうやら珠生は宝を見付けたら皆で山分けするつもりのようだが、イザークがどういう立場でいるのかでその事情は一変するはず
だ。
 単に、一個人とすれば、珠生の言うように出来るかもしれないが、真面目なこの男が国の財産を海賊などに渡すことはありえな
いだろう。それがたとえ金貨1枚だけだったとしても、数え切れないほどの大金だったとしても、だ。
 イザークが今回の話をどこまで信じているのかは分からないが、いざとなればラディスラスは堂々と交渉するつもりだ。
今回、宝の地図を見付けてきた珠生の功労や、この国を追い出されて静養しているミシュアのためにも、そう簡単に全てをイザー
クに・・・・・いや、ジアーラの王に渡すつもりは無かった。
 「お」
 「わわっ」
 「・・・・・」
 再び、船が揺れた。
とっさに珠生を支えようと手を伸ばしたラディスラスだが、それよりも一瞬早く珠生の傍にいたイザークが腰を支える。
 「・・・・・」
 それは自分の役目だと思うのに、全く男心の分からない珠生は、ありがとうと無邪気に礼を言っていた。
溜め息を噛み殺し、ラディスラスはそのままイザークから舵を譲られたルドーの傍に歩み寄る。
 「どうだ?」
 「進むごとに島が多くなっている感じですね」
 「そのほとんどが無人島って言うんだからな」
 「まあ、昼間見れば、景色はいいんでしょうけど」
 観光では、その中でも大きな無人島の自然を楽しむといったことも出来るようだが、こんな夜に好んで航行する者など皆無なの
だろう、幸いにもすれ違う船には今のところあわなかった。
 「あいつ・・・・・」
 「ん?」
 「大丈夫ですかね?」
 小声で言うそれは、今珠生と向かい合っている男のことだろう。ラディスラスはさあと苦笑を浮かべるしかない。
 「ま、タマを裏切ることはないんじゃないか?」
それがどういう意味なのか、自分も、そしてイザーク本人もきっと分かっているはずだ。ただ1人、その中心にいる珠生だけが何も分
かっていなくて、何だかなと苦笑が零れてしまった。




 エイバル号は休まず航行を続け、やがて空は明るくなってきた。
 「ご苦労さん」
ラディスラスが操舵室に入っていくと、丁度イザークからルドーへと舵が移された時だった。2人共寝ずに交互に舵を握っていたのだ
が、そのおかげで一度もひやりとする場面には遭わなかった。
 「じきに交代が来る。しばらく仮眠してゆっくり休んでくれ」
 日が昇れば、他の乗組員達にも舵をとることは出来るはずだ。その間に休んで欲しいと思ったのだが、イザークはいいやとラディ
スラスの言葉を拒否した。
 「1日くらい眠らなくても構わない」
 「おい」
 「まだ複雑な地形が続く。私が見ていないと・・・・・」
 「あのなあ」
(頭の固い奴)
 確かに、この辺りに詳しいイザークに舵を任せるのが最善だと思うが、1人だけに負担を掛けさせることは出来ない。
それに、この船は自分達の船だ。乗組員達にとってもこんな複雑な航行を経験することは、これから先のための勉強にもきっとな
るはずで、夜はともかく、昼間ならば、多少暗礁に乗り上げそうになっても対処のしようはある。
 ラディスラスは全てを自分1人でしてしまおうというイザークの性格は認めるものの、この船の上では船長でもある自分の言葉に
従ってもらうつもりだった。
 「イザーク、エイバルに乗るなら、頭領である俺の言葉には従ってもらうぞ?それでも構わないというのなら乗船を許可しよう」
 「・・・・・」
 「どうやら、覚えているようだな。あの時、港でそう言った俺の言葉に言い返すことも無く、お前はそのままこの船に乗り込んだ。そ
れは、俺の言葉に同意したということだろう?」
 「・・・・・」
 「それなら」
 そのまま言葉を続けようとしたラディスラスは、扉が叩かれる音に振り向き、入れと言った。現れたのは、3人の乗組員。普段は
操舵を任されている者達だ。
 「お頭」
 「おお、来たな」
 後は、イザークの手を舵から離すだけだった。
 「イザーク、休め」
 「断る」
 「・・・・・ったく、お前も頑固な奴」
だが、こんな頑固な男は嫌いではない。正攻法では言うことを聞かない様子のイザークに、ラディスラスは男が嫌でもそうしなけれ
ばと思うように仕向けるために言った。
 「いいのか?このままぶっ通しで、神経を使いながらここに立っていて?夕方、ヴィルヘルム島に着いた時に倒れたとしても置いて
いくぞ」
 「・・・・・っ」
 「どうする?」
 「・・・・・分かった」
 「分かった。ルドー、部屋に案内してやってくれ。お前も休めよ?」
 「はい」
 もう決めてしまったからか、それでも眉を顰めたまま、スタスタと今度は先にたって歩き始めたイザークの後ろについて行ったルドー
が、扉を閉める瞬間に視線を向けてきて笑い掛ける。
(頼むぞ)
一晩中共にいただけに、イザークも多少はルドーのことを認めたはずだと、ラディスラスは安心して笑いながら片目を瞑った。




 「・・・・・マ、タマ」
 「・・・・・ん〜・・・・・」
 「このまま寝ていると、朝食が無くなるかも」
 「・・・・・え〜・・・・・だぁ・・・・・」
 この間は、船の揺れが気持ち悪くて仕方が無かったのに、今は何だかハンモックに寝て揺らされているようで気持ちがいい。
しかし、夢の中の声に食べる物が無いよと言われ、それが船上生活では一番の楽しみである珠生はなんとか眠気と戦い、よう
やくうっすらと目を開いた。
 「おはよう」
 「・・・・・は、よう」
 一番に視界に入ってきたのは、優しく笑うアズハルの顔だ。思わずへラッと笑みを返した珠生は、上半身を起こしてう〜んと背
伸びをする。
 「俺、寝たんだ」
 夕べ、夜食を届けに操舵室に向かい、そこでラディスラスやルドー話していたはずで(イザークは口数が少ない)、そのまま夜明
けを迎えようと思っていたはずだった。
 「ラディが、眠ったあなたをここに連れてきたんですよ。椅子に座ったままだったら、翌日身体が痛いだろうからって」
 「・・・・・ラディが?」
 「タマ限定で、気がつく男ですよね」
 そう言いながら笑っているアズハルが本気でそう思っているかどうかは分からないものの、珠生は眠っている自分をここまで運んで
くれたラディスラスの気持ちが嬉しかった。
もしかしたら邪魔だということもあるかもしれないが、ここはいい意味で考えておきたい。

 「・・・・・あ、島が少なくなってきてる?」
 何だか恥ずかしい自分の気持ちを誤魔化すように、ベッドから立ち上がった珠生は、あまり揺れていない階段を駆け上がって甲
板に立った。
 「どうやら、一番密集していた海域は夕べのうちに抜け出したようですよ」
 珠生を待ってまだ朝食を取っていなかったらしいアズハルが、後ろからゆっくりと歩いてきて言う。目の前の、明らかに変化した風
景を見ながら、珠生は、だからあんなに揺れたんだなと納得が出来た。
 「へえ」
 「あの人がいてくれて助かったかもしれない」
 「あの人って・・・・・イザーク?」
 「本来なら、私達の天敵ですから」
 「あ〜、そっか」
 海賊と、それを討伐する者。
言葉だけを聞けば、全く正反対の立場であるが、イザーク個人はとても優しくて良い人間だと思う。ただ、感情的にそう言える自
分と、今まで討伐軍と相対していたアズハル達の認識は複雑なものなのかもしれない。
(この機会に、仲良くなってくれればいいんだけどな)
 無理なことかもしれないが、希望は持っていてもいいだろう。
 「ほら、タマ、早く食堂に行かないと、本当に朝食が無くなりますよ」
 「あ!」
タイミングのいいアズハルの言葉で、珠生は本来の目的を思い出した。
 「アズハルッ、急ごう!」
 「はい」
 子供のようにアズハルの手を引っ張りながら、珠生は再び視線を海上へと向ける。
この島の中のどれがヴィルヘルム島かはまだ分からないが、遅くても夕方には着くらしい。小説や漫画で見てきたような宝探しを自
分がするのももう直ぐだ。
(すっごく楽しみ〜!)