海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 空が赤く染まる頃、子供のようにじっと甲板から前方を見ていた珠生に、操舵室から出てきたラディスラスが声を掛けた。
 「タマ、あの白い岩の島らしいぞ」
 「え?」
宝が眠っているかもしれない島・・・・・それだけを聞けば、うっそうとしたジャングルや滝や、洞穴など、冒険アイテムに必要なもの
ばかり想像していた珠生だったが、ラディスラスが指し示すその島はまるで珠生の想像外のものだった。
 「・・・・・島?」
 「ああ」
 「・・・・・おっきな、岩かと思った」
 珠生の視線の先には、白い切り立った岩がある。
遠目から見れば、海の中に突き出た岩なのかと思ったが、よく見れば確かに岩よりは広く、後ろの方には僅かな緑も見えてくるも
のの、いったいどこから上陸するのだという不安さえ出てきてしまった。
(落ちたら・・・・・死ぬって)
 もちろん、自分だけが船で留守番などしていたくないが、この岩を登る腕力はとてもない。さすがにラディスラスにおぶって登っても
らうというのもとても無理だろうし、いったいどうするのだというように珠生は男を振り返った。
 「ん?」
 珠生の視線に気付いたラディスラスが笑いかけてくる。
全く何の心配もしていないというような能天気なその様子に、珠生は少し眉を顰めて言った。
 「ラディ・・・・・もしかして、俺を置いていく気?」
 「まさか。今回の主役はお前だろう?」
 「だって!俺、こんなとこ登れないよ!」
 「ああ、大丈夫。この丁度反対側に上陸出来る浅瀬があるそうだ。その手前で船を止めて、小船で上陸するつもりだ」
 「あ・・・・・そうなんだ」
(ちゃんと、上陸出来る場所があるんだ)
 落ち着いて考えれば、以前はこの島にも人が住んでいたとイザークは言っていた。若者はともかく、老人や子供が皆この岩を登
り下りしている光景は想像出来ない。
 「そっか」
そうと聞けば、珠生はウキウキとした気持ちが蘇ってきた。




 面前に迫ってきたヴィルヘルム島を真っ直ぐに見つめながら、イザークは本当にこの島に何かあるんだろうかという期待と不安が
入り混じった気持ちになっていた。
 珠生が自分に嘘を言う必要はないし、言える人間ではないだろう。そして、あの海賊のラディスラスが、幾ら珠生の言葉とはい
えわざわざここまでやって来るということは、ある程度の確信を持っているからではないだろうか。
(宝、か)
 それが金貨1枚ではなく、もっと多くの・・・・・それこそ、国の財政を救うほどのものが出てきたとしたら、いったい自分はどうするだ
ろうかと、イザークはずっと考えているがまだ答えが出せていない。
国に仕える身だというのに、心のどこかで・・・・・。
 「イザーク」
 「・・・・・」
 「着いたようだな」
 「ああ」
 隣にラシェルが立った。
この男にとっては数年ぶりに見るだろう光景。いったいどんなことを考えているのか知りたいと思ったが、多分自分には話してくれな
いということも分かっていた。
なにより、国を捨てて海賊になったような男が、捨てた母国に何の感慨があるだろう。
(理由など、関係ない)
 「・・・・・宝が本当にあるかどうかは分からない」
 イザークが黙っていると、ラシェルが呟くように話し始めた。お互い口数の多い方ではないし、今の違う立場からしても話すことな
どないはずだが・・・・・。
 「もしも、何らかのものが見付かったとしたら・・・・・イザーク、俺はそれを王子のために使いたいと思っている」
 「・・・・・っ」
 「お前が今も昔と同じ気持ちを抱いているかどうかは分からないが、我がジアーラの真の王は、ミシュア王子ただお1人。現王の
謀略によって国を追われてしまっただけで、王子は・・・・・」
 「黙れ」
 「イザーク」
 「私は現王と、このジアーラを守る為だけに生きている。既に国を捨てたお前と同じ気持ちを持っているはずがない」
 「イザーク」
 「今回のことも、海賊であるラディスラス・アーディンの動向を監視するためだ。余計な期待は持たないでもらいたい」
 淡々として述べるこの言葉が、自分の真意を表しているのかどうか、イザーク本人でもよく分からなかった。しかし、この国に残っ
た自分の決断を正当化するためにも、そう言うしか・・・・・なかった。




 断崖絶壁というような岩肌の反対側へと船を移動し、浅瀬の手前で碇を下ろした時、既に空は暗くなってしまっていた。
 「どうする?」
ラシェルの言葉に、ラディスラスはう〜んと考えた。
波はそれ程荒立ってはおらず、このまま上陸することは可能だが、よくは分からない島に明かりも乏しい中で下り立つことは危険
なような気がする。
 急く気持ちは有るものの、ここまで来れば一晩我慢した方が得策だろう。
そこまで考えたラディスラスは、甲板にいた乗組員達に大声で言った。
 「上陸は明朝日が昇ってからだ!今日はこのまま船内で待機!」
 「え〜っ!」
 それに、不満の意を見せたのは1人。ラディスラスは苦笑を浮かべたまま続けた。
 「タマ、早く上陸したいのは分かるが、ここはもう一晩我慢しろ、な?」
 「・・・・・陸に上がるだけでもダメ?」
 「上がったら、動きたくなるだろう?反対側の岩肌を見ても、足場はかなり怪しいようだし、暗闇で動くだけ危険が増す。明日、
日が昇ってから、先ず手分けして島の形状を調べた方がいいだろう」
イザークに聞いても多少は分かるとは思うが、ラディスラスとてイザークの全ての言葉や行動を信じているわけではない。生真面目
な男なので命に係わるような虚言はないと思うものの、自国の財政に係わるかもしれないことには慎重になるだろう。
 「分かったな?」
 「・・・・・うん」
 「勝手に上陸しようと思うなよ?」
 珠生1人で小船を操れるわけはないと思うが、念の為にそう言っておく。
珠生は少しだけ口を尖らせていたが、それでもラディスラスの言葉にコクンと頷いた。
(・・・・・大丈夫か?)
 何をやらかすのか分からない珠生だ。もしかしたら自分達の考え付かないようなことをするかもしれないと、ラディスラスはその身
をよく見張っておかなければと思った。




(上陸は明日なのかあ)
 気持ちは既に宝探しへと向かっていた珠生は、その気持ちを直前で折られた様な気がしてガッカリとしていた。
もう、陸地までは100メートルくらいで、走ったとしても十数秒の距離だ。もちろん、海上と陸地では全く違うことは分かっているも
のの、何だか目の前に餌をぶら下げて待てと言われているような気がする。
(・・・・・やっぱり、待つしかないのかな)
 明日は早いからと、夕食も早めにとり、珠生はそのまま同室であるアズハルの部屋に戻ろうとしたのだが、どうしても足が甲板で
止まってしまった。
 「・・・・・」
 下を見下ろせば、僅かに波が見えるものの、高さの判断がつかないだけにちょっと、怖い。
(ラディの言葉みたいに、簡単に上陸なんか出来ないって)
 「・・・・・仕方ないか」
確かに、一晩寝てしまえば明日になる。我慢しなければと思った珠生が溜め息をついた時、
 「おい」
 「!」
 いきなり後ろから声を掛けられ、珠生はビクッと肩を揺らして振り返った。
 「あ・・・・・イザーク」
 「誰だと思ったんだ?」
珠生の驚きように訝しげに聞き返してくるが、まさかお化けだと言うことも出来ない。珠生はへへっと笑って誤魔化し、反対にイザ
ークにどうしたのだと訊ねた。
 「明日だと思ってな」
 「イザークも、本当は今夜のうちに行きたかった?」
 「・・・・・お前もか?」
 「だって、すぐ目の前だし」
 「・・・・・タマ、頼みがあるんだが」
 「え?」
 イザークがそう言うのは初めて聞くと、珠生は少しだけ驚いて聞き返した。
 「なに?俺にできること?」
 「・・・・・宝の地図というものが見たい」
 「え・・・・・」
さすがにそれはと珠生は口篭る。イザークを敵だと珠生自身は思っていないが、討伐隊の一番偉い立場の人間ということで、乗
組員には未だ彼を特別な目で見ている者達もいるらしい(アズハルが言っていた)のだ。
(見せちゃったりして・・・・・いいのかな)
 「・・・・・どうして見たいんだ?」
 嫌だ、駄目だと言う前に、珠生は彼の目的を聞いてみた。彼が言うべきことを黙っているタイプだとしても、嘘は言わないのでは
ないかと思ったからだ。
イザークはしばらく珠生を見つめて、やがて視線を暗闇の中にうっすらと見える島へと移して言った。
 「私は、多少ならこのヴィルヘルム島のことを知っている。その知識と、地図の印を見て、本当に宝が眠っている可能性があるの
か確かめてみたい」
 「かのー、せい」
 「私が、信用出来ないか?」
 「・・・・・」
 「タマ」
 「・・・・・ラディの部屋にあると思う。少し、待ってて」
 騙されているとは思わなかった。貴重な助言を上陸前に聞けるかもしれないと、珠生は今はまだ操舵室にいるラディスラスの許
可をもらわずに、彼の部屋へと急いだ。




 素直な珠生は自分の言葉を疑わずに動いてくれた。
(私は・・・・・けして嘘を言ったわけじゃない)
珠生を騙して地図を奪うつもりではなく、自分の中の記憶を掘り起こし、誰よりも一番にその可能性が強い場所へと向かうつも
りだった。その時、珠生ならば傍にいてもいいと思う。
海賊であるラディスラスに、ジアーラの宝を欠片もやることは出来なかった。

 「お待たせ!」
 それ程待つこともなく、珠生が丸めた紙を片手に持って戻ってきた。
 「・・・・・本当に、戻ってきたのか」
 「え〜、俺がウソつくって思った?」
 「・・・・・いいや」
イザークは手渡されたそれを受け取り、一度珠生の顔を確認するように見てから、月明かりの中で広げた。
 「・・・・・あまり詳しいものではないな」
 「え?分からない?」
 「・・・・・いや、分からなくは無いが・・・・・」
(これは、ヴィルヘルム島を知っている人間が書いたものではないな)
 どちらかといえば、聞いた話をそのまま書き込んだ・・・・・そんな感じがする。イザークでも当然知っているヴィルヘルム島の傍にあ
る幾つもの島も書かれていないし、島の中にあった大きな滝も記されていない。
(本当に・・・・・宝はあるのか?)