海上の絶対君主
第五章 忘却の地の宝探し
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※ここでの『』の言葉は日本語です
真剣な表情で地図を見下ろしているイザークを見ていた珠生は、本当にこれが宝の地図かも知れないという思いが強まった。
始めから全く可能性が無いものならば、イザークがこんな真剣な顔をするわけが無い。
(宝・・・・・いったい、何が埋まってるんだろ)
日本人だからか、頭の中に先ず浮かぶのが《埋蔵金》という小判の絵だ。壷の中にジャラジャラとある大判小判。
次は、アリババが盗賊から奪った宝。金貨や宝石などが、箱の中に溢れるほどに入っている光景。
(・・・・・凄い)
始めは、宝探しという行為自体を楽しみにしていた珠生だが、ここに来てどんな宝が埋まっているのかと想像してしまっていた。
出来れば、一番初めにそれを見つけるのが自分でありたい。
「ふふふ」
思わず漏れてしまった珠生の笑いを聞いたイザークが顔を上げた。
「タマ?」
「え、あ、な、なんでもないっ!」
ブンブンと首を横に振った珠生は、少し身を乗り出した。
「どう?何か分かった?」
「・・・・・」
「イザーク?」
「・・・・・悪い、少し離れてもらえるか」
「あ、重かった?ごめんっ」
イザークの背中に圧し掛かるようにして手元を覗き込んでいたことに気付いた珠生は、直ぐに身を離して謝る。そんな珠生に短く
構わないと言いながら、イザークは珠生によく見えるように地図を差し出してくれた。
背中に圧し掛かってくる身体は女のように豊満な乳房は無いが、それでも同じ男の身体とは思えないほどに柔らかい。
何だか不思議な生き物にくっ付かれているようで落ち着かず、イザークは思わず離れて欲しいと言って、珠生も直ぐに同意してく
れた。
ここにいるのは、いったいどういう生き物なのかと思う。男のくせに柔らかな身体をしていて、何も考えていないのかと思うほどに素
直で。
そして、国に仕える自分を、海賊と共に宝探しに誘うような無鉄砲な青年。
「で、何か分かった?」
「・・・・・この地図だけでは分からん。だが、全てが嘘だと言い切ることも出来ないしな。明日、島に上陸して、この地図と照らし
合わせていけば分かることもあると思うが・・・・・」
「そっかあ。でも、あるといいよな、宝」
「・・・・・お前は、宝をどう使いたいんだ?」
「え?」
「欲しい物でも?」
「えっと」
イザークの質問は珠生にとっては思い掛けないものだったらしく、本当に困ったというように空を睨んで考え込んでいる。
(まさか、何も考えていなかったのか?)
良い物を食べたい、高価な宝石が欲しい。高い酒を飲み、極上の女を。
金が必要なことは様々あると思うが、どうやら珠生の頭の中にはそんな考えは無かったらしく、本当に困ったように眉間に皺を寄
せて考え込んでから、しばらくしてあっと叫んだ。
「こう、雨みたいに頭から降らしたい!」
「・・・・・なんだ?それは」
「タカラクジ当たったら、みんなそれを目の前にしてシャシンとるんだよ。俺も、シャシンは無理だとしても、目の前に並べて、こう、
ジャラって」
何かを両手ですくい上げ、頭上へと投げる仕草をする珠生は本当に楽しそうだ。
イザークはその言葉の意味がほとんど分からなかったが、それでもそんなに楽しいことならばぜひ珠生にさせてやりたいと思ってし
まった。
(無欲なのが、タマのいいところだがな)
2人の視界からはちょうど死角になる場所に身を潜めて、ラディスラスはその会話を聞いていた。
珠生が見たら盗み聞きと言って怒るかもしれないが、これは恋人の不貞を見張る立派な行為だと言い負かすことはもちろん出
来ると思っている。
食事が終わったらしい珠生が部屋に戻ってこないとアズハルに聞いてから、ラディスラスが姿を捜したのはイザークだった。
暗い夜の海、この船の上から珠生が1人で島へと向かうわけが無く、乗組員が声を掛けられたとしても必ず自分に報告が回って
くるはずだ。
自分の地位が唯一通用しない相手・・・・・それは、イザークだけだった。
2人の姿は案外早く見付かった。
丁度珠生が自分の部屋から出てくる後ろ姿を見つけたのだが、その手には何か紙のようなものが握られていた。
まさかと思いながら後を付いていくと、案の定イザークがそこにいて・・・・・2人は仲良くその紙、宝の地図を見ながら話し始めた。
イザークの言葉の中には、多分に疑問のような響きがあって、彼がこの地図をあまり信用していないということが感じられる。
ただ、それでも珠生が嘘を言っているとは思えないのだろう、全てを打ち消すことは出来ないようで、どうしたらいいのかと模索して
いる・・・・・そんなところだろうか。
(上陸をしてから、奴から目を離さない方がいいな)
この中では一番ヴィルヘルム島を知っているのだ、もしかしたら何か引っ掛かった箇所があるかもしれない。案外、イザークを追
えば面白いかもしれないと思いながらも、珠生がこの男の傍にいることは面白くないと感じていた。
翌朝。
朝日が水平線に顔を出す前に、エイバル号からは2艘の小船が海上に下ろされた。
「行くぞ!」
ラディスラスの声を掛け声に、船はヴィルヘルム島に向かって漕がれ始めた。幸いに、潮の流れも穏やかで、目の前にあった陸は
見る間に近付き、やがて海底に櫂が当たるほどの浅瀬にまで来ると、次々と乗組員は海上へと下り立った。
「お、俺もっ」
「タマはもう少し乗っていろ」
腰辺りまで海水に浸かったラディスラスがそう言ってくれたが、珠生は自分だけが濡れない船の中にいてもいいのかと躊躇ってし
まう。
しかし、ラディスラス達よりも遥かに身長の低い自分が今下りてしまえば、胸元まで水に浸かることは十分予想出来て、そうなっ
てしまったら全く戦力にもならないだろう。
(お、大人しくしてよう・・・・・)
バシャバシャと波飛沫を立てながら、小船は人間の手で海岸へと引き上げられた。足首が濡れるくらいまで船に乗せてもらって
いた珠生は、ラディスラスの手を借りて砂浜へと下りたつ。
イメージ的には最初に見た岩肌が強烈だったが、こうして見ると狭いながらに砂浜がちゃんとあり、目の前にはうっそうとした木々が
茂っていた。
「ここ・・・・・ホントに無人島?」
「ああ」
珠生の呟きに応えたのはイザークだ。彼も第一陣でこの島に上陸した。
今自分達を運んでくれた船は、次の乗組員を乗せるために再びエイバル号のもとへと漕ぎ出していて、ラディスラスはその場にい
た十数人に早速命じた。
「先ずは島の全景の把握だ。二手に分かれて回り込んでいくことにするが、次の奴らが来るまでにその役割をしっかりと分担して
おけよ!」
「・・・・・」
その声を聞きながら、珠生はちらっとイザークを見た。
(イザークは、どうするんだろ)
まさか、ラディスラスの言う通りに動くというのも考えられないし、かといって、イザークが勝手に動くのをラディスラスが許すとも思えな
い。
(・・・・・まさか、トンズラ?)
夕べ見た地図で、あの時は何も言わなかったが、もしかしたら何かに気付いたことがあったのかもしれない。珠生はイザークから
目を離さないようにしようと身構えた。
数年前、ここが無人島になる前には何度か上陸したことがあった。
その時はこの浜辺も船が停泊出来るような設備があったし、森の中にも人家へと続く道が作られていたが、今では砂や木で覆わ
れてその痕跡を見つけるのさえ難しそうだ。
(人が入ってきた気配も・・・・・無いようだが)
あの地図を書くには、一度か二度、実際にこの島に来たはずだ。それがいったい何時なのか、それも今回の宝探しの手掛かり
になるような気がした。
「イザーク」
「・・・・・」
辺りを見ながらそう考えていたイザークは、名前を呼ばれて振り返った。そこに立っていたラディスラスは、どこか面白そうな表情を
している。
「お前は、どうする?」
「・・・・・どうするとは?」
「俺の命令に従うか、それとも独自に探索するか」
「お前が言ったんだろう、自分の命令に従えと」
「それは、あくまでも船の上の話。陸上でまで命令をしようとは思っていないぞ」
「・・・・・」
(どういう、つもりだ?)
ラディスラスがどういう意図でそう言っているのか、イザークはめまぐるしく考えた。
もちろん、この男達と行動するよりも独自で動いた方がいいのは確かだ。万が一宝を見つけ出したとしても、報告せずにそのまま
隠すことも出来る。
ただ、一方ではそれが罠ではないかとも思え、イザークは直ぐに頷くことが出来なかったのだ。
(・・・・・タマは、どうするんだ?)
ふと、その視界の中に珠生の姿が入ってきた。
(私1人ではなく・・・・・)
「出来れば」
「無理だ」
最後まで言う前に、ラディスラスは即座に却下する。
「・・・・・まだ、何も言っていないが」
「タマを貸し出すことは出来ない。いや、こいつには漏れなく俺が付いているんだが、それでもいいのか?」
「うわっ」
ラディスラスはそう言いながら珠生の背中からその身体を抱きしめ、視線だけをイザークへと向けてきた。まるで、珠生の所有権は
自分にあるのだと見せつけるような態度に、イザークの眉間には知らずに皺が寄ってしまう。
「ちょっ、ラディッ、放せってば!」
「やだね」
「ちょっとお!」
「・・・・・」
まるで、仲の良さを自分に見せ付けるような感じで面白くは無いものの、それを口に出すのも悔しい気がして(珠生にそんなつも
りは無いだろうが)、イザークは無理矢理2人から視線を逸らした。
(・・・・・牽制、か)
ラディスラスは自分を信用していないのだろう。疑っているというところまでは無いかもしれないが、明らかに何かあると思っている
ようだ。
イザークはそこまで考えて、改めてラディスラスを見た。
「お前が同行するのならいいのか?」
「え?」
「私はタマの意見を聞いてみたい。そのタマの同行をお前込みで許すというのならそれでも構わない」
「・・・・・本気か?」
「ああ」
目を逸らさないでイザークが答えると、ラディスラスはしばらくその顔をじっと見つめて・・・・・やがて、ふっと唇の端に笑みを浮かべ
て言った。
「分かった、それなら俺も込みで、3人で仲良く動くとするか」
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