海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 再びエイバル号へと戻っていく小船を見送っていたラシェルは、名前を呼ばれて振り向いた。
そこにはラディスラスと珠生、そしてなぜかイザークが揃って立っている。どういう組み合わせかと眉を顰めたラシェルに、ラディスラス
は暢気に言った。
 「後から来る奴の組み分け、頼んでもいいか?」
 「それはいいが・・・・・」
 「俺達3人で先に山の方から入っていく。心強い案内人がいるんだ、最少人数でも構わないだろう」
 「・・・・・イザーク」
 「そういうことだ」
 淡々と頷くイザークは、ラディスラスの意見に同意したのだという態度を見せている。
(この2人が一緒に?)
確かに、今ここにいる者の中でイザークほどヴィルヘルム島に詳しい者はおらず、行動を共にするとは当然といえば当然だが、そ
こに緩和剤となるのが珠生という存在だけでいいのだろうかと危惧する。
 ラディスラスと、イザーク。性格の全く違うこの2人が簡単に衝突するとは思わないが、それでも自分が側にいた方がいいのでは
ないか。
そんな風に思ったことが表情で分かったのか、ラディスラスがバンバンと肩を叩いてきた。
 「大丈夫だって、これでも俺達大人だし」
 「ラディ」
 「タマも、しっかり見張ってくれるしな?」
 「うん!ラシェル、安心して!俺、しっかり見てるから!」
 ・・・・・見ているだけではなく、止めて欲しい。いや、そもそも、珠生自身も危なかしいのに大丈夫なのかという思いがあるが、そ
れは口に出しては拙いだろう。
 「・・・・・」
 多分、もう決めてしまったことなのだろうと思ったラシェルは、一度イザークの顔をじっと見つめてから・・・・・ラディスラスに向かって
軽く頷いて見せた。
 「分かった、後は任せてくれ」







 「すっご〜・・・・・ジャングルみたい」
 「ジャングル?なんだ、それは」
 「えっと、こんな風に、木とか草がボーボーなトコ?怖い動物とか、ヘビとか、色々隠れてるんだ。怖いトコなんだよ」
 長袖に、長ズボン、ブーツのような靴。意識はしていなかったが、こういう格好で本当に良かったと思う。これで半袖、半ズボン、
裸足だったら、たちまち傷だらけというか・・・・・怖くて歩けない。
 「はっ・・・・・はっ」
 うっそうとした森のような中は、かなり急な上り坂になっているので、珠生は半分這い上がるように登っていた。
元の世界で大学生生活を送っていた時よりも遥かに、こちらに来てからは体力が付いたはずだったが、それでもかなりきつい。
荒い息を吐きながら何とか足を進める珠生に、その後ろに続くラディスラスが声を掛けてきた。
 「大丈夫か?」
 「う・・・・・ん」
 まだ、この山に登り始めてからそれほどに時間は経っていないはずだが、背後の浜辺は既に見えなくなっていた。
珠生はとにかく前を目指し、先頭を行くイザークの背中を必死で見つめながら足を進めていたが、
 「ひゃあっ?」
 「タマッ!」
 いきなり、足元がガクッと下がっていて、急に足場が無くなってしまった感覚に珠生はバランスを崩してしまったが、とっさに後ろか
らズボンを掴んだラディスラスと、前から手を伸ばして腕を掴んだイザークのおかげで、情けなく転がってしまうことは避けられた。
 「大丈夫か?」
 「う、うん、びっくりした・・・・・」
(こんなに急に足場が変わってるんだ)
 あれだけ急な上り坂だったのに、ここからは下り坂になっている。まるで大きな落とし穴のような感じだが、もちろんそれは規模は
大きい。
(上がったり、下がったり、余計疲れるって・・・・・)
 「イザーク、ここからしばらくは下りか?」
 そんな珠生の気持ちを代弁してくれるようにラディスラスが言うと、イザークは珠生から手を離し、前方を見つめながら淡々と言っ
た。
 「昔、この島は海底火山の噴火で出来たものだと言われている。今はその活動は無いようだが、そのせいでこんなに大きな窪ん
だ地形があるんだろう」
 「へえ、火山か」
 「カ、カザンって、あの火山?ぶわーって、爆発する?」
 「そうだ」
 「こ、この下に・・・・・?」
(い、いくら今は大丈夫だからって、火山っていうのはいきなり爆発するんだって〜っ!)
 だから、この島は地熱のせいで周りよりも草木が茂っているのかと、珠生は飛び上がることが出来ないとは分かっていても、何度
かバタバタと交互に足を上げてしまった。




(火山島ねえ)
 だから、変わった地形をしていたのかと、ラディスラスは歩きながら、地図に書かれていたヴィルヘルム島を頭の中に思い浮かべて
みた。
完全ではないが、円形に近い島というのはかなり珍しい。海底火山の爆発で島が出来るというのは聞いたことがあったが、この島
はかなり昔の話なのだろう。そうでなければ、こんなにも草木が茂っているはずが無い。
 「じゃあ、人が住んでいたっていうのは、かなり短期間か?」
 疑問に思ったことをイザークに訊ねてみると、少し間が空いて肯定が返ってきた。
 「・・・・・そういうことだ」
 「・・・・・」
(何か、あるんだな)
 僅かにイザークの口調が変わったのを敏感に感じ取ったラディスラスは、自分の頭の中の、ジアーラ国の情報をめまぐるしく探っ
た。
 観光立国ジアーラには、目立った産業は無かったはずだ。数多くの島々と、温暖な気候・・・・・。
(いや、確か、昔聞いたことがあったな。ジアーラには様々な色の石が眠っている・・・・・って)
それを話したのは、ある島の小さな宿の主人だった。昔ラディスラスと同じように海賊として生業を立てていたらしいが、歳をとって
引退し、宿屋の主人になったと言っていた。
 その主人が言うには、ジアーラの数多くの島には、それぞれ違った色の宝石が発掘出来たらしい。ただし、その量は島の大きさ
に比例して少なく、産業に出来るほどにはなくて、ほとんどが国内の王族や貴族の身を飾っていたそうだ。

 「質は十分いい物だったぞ。わしも二度ほど奪って、他国に高く売りさばいたことがあるんだ」

(・・・・・ここも、そんな島の1つだったのかもしれないな)
 宝石を発掘するために一時的に島に人が住んだが、それはごく短期間だった・・・・・そう考えれば納得も出来る。
すると、ますますあの地図は意味があるものではないだろうか?
(ヴィルヘルム島以外にも、幾つもの島に印が付いていたな。あれが、宝石の原石の在り処だとしたら、本当に面白い結果にな
るかもしれない)
 夢物語だった宝探しも、俄然現実味のある話になる。
 「よし、タマ、行くか」
 「う・・・・・ん」
珠生は服の袖で汗を拭いながら、それでも立ち上がった。
 「・・・・・熱いのか、タマ」
 「え・・・・・熱いだろ?汗もびっちょり・・・・・やだなあ」
 「もう少し奥に、確か、温かい水が湧き出ていた場所があったはずだ。今もあるか分からないが、そこに寄って汗を流すか?」
 珠生の疲れた様子を見かねたらしいイザークがそう言うと、それまでくったりと疲れたように重い足を運んでいた珠生が急に顔を
上げた。
 「オンセンあるのっ?」
 「オンセン?」
 「あったかい水の風呂!うわっ、この世界にもオンセンあるんだ!行こ!急ごうって!」
 なぜか急に元気になってしまった珠生は、イザークの背中をグイグイと押し出す。いったいどんなわけなのだとラディスラスは分か
らなかったが、取りあえずは予想よりも早く前に進みそうだと、前を行く2人の後を追い掛けた。




 この世界にも温泉があるのだ(はっきりと言われたわけではないが)と聞いた珠生は、弾む足を止められなかった。
地上にいる時は宿で風呂・・・・・というよりは、行水のようなことが出来たが、船の上では貴重な水を無駄使いすることも出来な
くて、濡れた布で身体を拭くくらいだ。
 他の乗組員達は、汗をかけば海に飛び込むことが多く、気持ちがいいぞとラディスラスに言われても、珠生にはとても真似が出
来なかった。
 潔癖症とは言わないものの、元々毎日風呂かシャワーを浴びる生活をしていた珠生にとっては、食べる物には困らなくても、こ
の風呂の問題は深刻だったのだ。

 「あ!」
 それからの数百メートルは、全く苦ではなかった。
遠目で湯気のような白い煙が見えた時は、イザークの前に出て走ってしまった。
 「うわあぁぁぁ!」
 「タマ!」
 「おい!」
 もちろん、足元は安全なアスファルトでも、平坦な土でもないので、珠生は植物の蔓に足を引っ掛けてしまい、派手に転んでし
まう。
 「い・・・・・ったあ〜」
まるで小学生のような見事なこけっぷりに恥ずかしくなるものの、やはり急く気持ちは止められず、起こしてくれようとしたラディスラ
スの手が伸びてくる前に、何とか自分で立ち上がって前を向いて歩く。こうなったらもう、意地のようなものだった。

 「あああぁぁぁぁぁ!!本当にオンセンだ!!」
 森の中に、ぽっかりと空いたような空間。そこだけは切り立った岩肌が露出していて、その一角の丁度5メートル四方くらいの窪
地に、なみなみと水が溜まっていた。
いや、水ではない。湯気が出ているし、こうして近付くにつれ、暖かな湿気を身体に感じるのだ。
 「・・・・・っ」
 「待て」
 その中に手を入れようとした珠生は、直前でラディスラスにそれを掴まれてしまった。
 「ラディ!」
何をするんだと眉を顰めると、ラディスラスは熱湯だったらどうすると言う。
 「少しだけ待ってろ」
そう言いながら、服の袖を捲くりあげたラディスラスが躊躇い無く水の中に腕をつけるのを、珠生はドキドキしながらじっと見つめて
いた。




(少し、熱いか)
 肌にピリッと熱さが沁みるが、それでも入れないことはなさそうだ。そのまま手の平で湯をすくい、顔の前まで持ってきて匂いを嗅
いでみる。
(刺激臭も無いし、大丈夫だな)
 「ラディ、ねえ」
 「ああ、大丈夫のようだ」
 「じゃあ、入っていいっ?」
 「少し熱いから、気をつけて・・・・・おいっ?」
 「先に入るからね!」
 そう言いながら、珠生は既に服を脱ぎ始めていた。男同士ということもあるが、全く無頓着に次々と服を脱ぎ、肌を露出してい
く珠生に、ラディスラスの方が慌ててしまった。