海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 温泉も銭湯も大好きな珠生は、モクモクと湯気をたてる湯を見るだけで胸が高鳴る。
 「オンセン♪オンセン♪」
鼻歌を歌いながら次々と服を脱ぐ。汗をかいていたので、肌に張り付いた服が脱ぎにくかったが、どうせならこれも洗おうと、無造
作にその場に脱ぎ捨てていった。
 「タマッ?」
 上を全部脱ぎ、靴とズボンも脱いで、後は下着だけになった時、いきなりラディスラスの声が聞こえて、バッと上半身に自分の脱
ぎ捨てた上着を肩から掛けられてしまった。
 「なっ、なにするよっ?」
 「何するのはお前だろ」
 「へ?」
 「こんなトコで服脱いでどうするんだ?」
 「え・・・・・だって、今からオンセン入るし。お風呂入る時、服脱ぐのトーゼンじゃん」
 ラディスラスが何を言っているのか分からず、珠生は口を尖らせて文句を言った。
大体、温泉や銭湯ではタオルを腰に巻くのだって失礼なのだ。
(本当はシャンプーや石鹸があるのがベストなんだけどさ〜)
 今ここではとても望めそうに無いので、とにかく汗を流すだけでもいい。そう思っているのに、どうしてラディスラスがそれを邪魔する
のか分からなかった。
脱いだ服は汗で冷たく感じてしまい、珠生はブルッと身体を震わせてしまう。
 「寒いんだからっ、オンセン入る!」
 「だから、入ってもいいが、下の服は着ておけ」
 「・・・・・したの服?」
 「下着だ。野外の、それも俺以外の男がいる前で裸を見せる奴がいるかっ」
 「・・・・・はあ?」
 珠生は首を傾げた。
同じ男だからこそ、裸になっても恥ずかしくないのだ。ここに女の子がいて裸になったのなら、それこそ問題だろうが。
 「男なんだからいいじゃん」
わけの分からないことを言うなと、珠生はグイッとラディスラスの身体を押し退けた。




(身体を合わす時は、2人きりでも裸になるのを恥ずかしがっていたくせに、イザークがいる前でなら全く羞恥を感じないって言うの
か?)
 珠生が自分の言葉を不本意だと感じているのは伝わってくるが、ラディスラスもここは譲ることが出来なかった。
船上生活で日に焼け、筋肉の付いた自分達の身体とは全く違う珠生。多少は焼けたものの、まだまだ白い滑らかな肌に、華奢
で細い身体。
女とはもちろん違うが、大人の男の身体とも見えない不思議なその身体に、発情するのが自分だけとは限らないのだ。
 現に、イザークは珠生が堂々と服を脱ぎ始めた時、驚いたように目を見張ると同時に視線を逸らした。それは、イザークが意識
しているということだ。
 もちろん、ラディスラスも珠生の裸身を自分以外に見せるつもりは毛頭無く、百歩譲って、下着姿ならと提案したのだが、珠生
はそれでも納得がいかないらしい。
 「・・・・・あ!」
 「何だ」
 急に、珠生が叫んだ。
 「ラディ、一番風呂狙ってたっ?」
 「・・・・・はあ?」
 「それならそう言えばいいじゃん。俺だってラディが入る間くらいは待てたぞ。・・・・・もうっ、こだわる人間っているんだよなあ」
 「・・・・・」
(一番風呂?なんだ、それは)
ラディスラスには珠生の言葉の意味がほとんど分からないが、どうやら珠生は自分の言葉に納得したようで、いきなり手を伸ばす
とラディスラスの服の止め具を外し始めた。
 「お、おい」
 色っぽい意味ならば大歓迎だが、これがそういう意味ではないことは十分分かっている。
ラディスラスはブツブツ文句を言いながらも自分の服を脱がせようとしている珠生に、どう話せば分かるのだろうかとさすがに悩んで
しまった。




 珠生が服を脱ぎ始め、白い肌が見えた瞬間、イザークは直ぐに視線を逸らした。
確かに、汗を流せばいいと提案したのは自分だったし、この湯の溜まり場を見た瞬間に歓喜に声を上げた珠生を見て微笑ましい
気分にもなった。
 しかし、上着と靴くらいは脱ぐだろうと思っていたが、全ての服を脱ごうとするとは思わなかった。
(オンセン・・・・・と、言っていたな)
もしかしたら、珠生の生まれた国では人前で服を脱ぐことは恥ずかしいことではないのだろうか?まさかとは思うものの、珠生の肌
を見てしまった時、どうしても真っ直ぐに見ることは出来なかった。
 間違いなく、同じ男だというのに・・・・・一瞬見えてしまった胸元にも、豊かな胸の膨らみなど無いのに、見てはいけない身体だ
と感じたのだ。
 「お、おい」
 「自分でさっさと脱いでよ。俺、早く入りたいんだぞ」
 「だからな」
 少し離れた場所では、珠生とラディスラスが仲良く・・・・・でも、ないかもしれないが、楽しそうに会話をしているのを、眉根を寄
せて聞いていたイザークだったが、
 「あ、イザーク」
不意に、珠生が自分の名を呼んだ。
 「・・・・・何だ」
 返す言葉は震えていなかっただろうか。そんなことを思っていたイザークの耳には、とんでもない珠生の言葉が聞こえた。
 「イザークも一緒に入ろ」
 「・・・・・え?」
 「こんなに広いんだし、3人なんてよゆー、よゆー」
 「・・・・・」
 「服、ちゃんと脱いでよ」
イザークは顔を上げ、チラッと視線を2人に戻した。
珠生はとりあえず上着を羽織らされているが、下は膝から下が露出している下着姿だ。ラディスラスも、もう上半身は裸になってい
て・・・・・意味深な視線をイザークの方へと向けていた。
 「どうする?」
 それは、一緒にこの湯の中に入るのかということを聞いているのだろう。
否と言えば、逃げているように思われるかもしれないが、頷いたとしても、別の意味の視線を向けられることは分かっていた。
(・・・・・どうすればいい?)
 「ほら、イザーク!」
 イザークの内心の動揺など全く想像もしていないらしい珠生が、再度名前を呼んでくる。イザークが断ることなど全く考えていな
いらしいその様子に、どうするかという迷いは一瞬で消えてしまった。




 「はあ〜、ゴクラク、ゴクラク」
 珠生は肩まで湯に浸かり、思わずそう呟いた。
少し熱めのお湯だが、海水のようにベタベタはしないし、少し硫黄の匂いがするのが自然の露天風呂に入っているような気がして
心地良い。深さは立った珠生の腰よりも少し低いくらいだが、底の岩が所々浮き上がっているところがあり、珠生は丁度よい高さ
の岩に真っ先に陣取って腰掛けた。
 本当は裸で入りたかったのだが、ラディスラスと、なぜかイザークも頑強に首を横に振って、結局下半身の下着だけは身に付け
たまま入った。
 ラディスラスとイザークは、上半身は裸に、下は着たままだ。脱げばいいのにと思ったが、いざという時に動きやすいからと言われ
て、そんなものなのかなと思う。確かに、いきなり獣や蛇が現れた場合、下着姿で応戦する姿は・・・・・想像すると少し笑えるか
もしれないと考えた。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 風呂にしては広く、露天風呂としても大きい方である湯の中に、3人がそれぞれ肩まで湯に浸かっている姿を、他の乗組員が
見たらどう思うだろうか。
(さっさと、宝探ししろって怒られちゃうかな。・・・・・あ、ラディがいるから大丈夫か)
 頭領であるラディスラスがこうして湯に浸かっているのだ、誰も文句は言わないだろうなと、珠生はふふふと笑って湯を揺らした。
(・・・・・でも、ここには女の子いなくて良かったよ。俺とこの2人じゃ、ちょっと差がありすぎ)
そもそも、身長からして30センチは違う。
体付きだって、2人共引き締まって、鍛えているような筋肉もあって、男がいいなあと思うような体型だ。
(足も、嫌味なくらい長いし・・・・・出来たら隣にいたくないくらいなんだけど・・・・・)
 「・・・・・ラディ」
 「ん〜」
 「・・・・・くっ付き過ぎ」
 肩を寄せ合って入らなければならないくらい狭いわけでもないのに、ラディスラスは自分のすぐ傍に腰を下ろしている。
(ちょっと離れるくらいが礼儀なんだぞ)
そう言っても分からないとは思うが、珠生はジロッとラディスラスを睨んだ。




 結果的に、珠生の上半身は裸のままになってしまったが、下半身は下着を着たままで入ることを納得させた。いや、全て脱い
で入ろうとしていたこと自体、ラディスラスには信じられないことだった。
 「はあ〜、ゴクラク、ゴクラク」
 珠生は時々上機嫌でその言葉を言うが、今も自分達が感じている以上にこの湯に浸かれたことが嬉しいのだろう。
(まあ、俺も目の保養になるし)
珠生の頬は湯の熱さで赤く染まっている。それだけではない、首筋から肩辺りまで、白い肌がうっすらと染まっている様を見るのは
十分楽しい。
 濡れた髪が肌に張り付いているのも色っぽく、普段の子供っぽい言動の珠生を歳相応の青年に見せていた。
 「・・・・・」
あの肌に、自分は触れている。
その最奥も、自身のペニスで貫いた。
 身体の関係がある(一度だというのが情けないが)相手の半裸の姿を見て何も感じないという虚言は言わない。と、いうよりも、
触れたいという気持ちは高まって・・・・・。
 「・・・・・?」
 珠生が自分を見る。それににっと笑って見せると、ラディスラスは湯の中で意味深に珠生の背中から腰を撫でた。
 「ひゃっ!」
今度こそはっきりその感触を感じたらしい珠生が、バシャッと激しい音をたてて身体を引いた。
 「ラ、ラディッ?」
 「なんだ?」
 湯は透明で、ラディスラスの手がどういう風に動いているのか珠生にも分かったはずだ。
熱さで上気していた頬が、別の意味でもっと赤くなっていくのが見て取れ、ラディスラスは更に手を前の方へと・・・・・下着越しに珠
生の可愛いペニスに触れてみた。
 「!」
 湯を波立てて立ち上がった珠生は、顔を真っ赤にしてラディスラスを睨んだ。
 「チカンはハンザイ!触るなバカ!」
 「・・・・・」
 「聞いてんのかっ?ラディ!」
声は、聞こえている。しかし、ラディスラスはそれよりも、ほぼ面前に見える光景に思わず目を見張ってしまった。
座っていた場所のせいか、湯は珠生の足の付け根ほどしかなく・・・・・べったりと濡れて張り付いてしまった下着が、珠生のペニス
の姿をくっきりと見せていたのだ。
 「・・・・・っ、俺、あっちいく!」
 黙っているラディスラスに焦れた珠生が、イザークの方へと向き直る。拙いと思った瞬間にラディスラスは珠生の腕を掴んで引っ
張り、
 「うわああぁぁぁ!」
大きな水音をたてながら、珠生は自分の腕の中へと倒れ込んできた。