海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 「ぷはっ!」
 頭から湯の中に倒れこんでしまった珠生は、鼻からも口からも湯が入ってきて激しく咽てしまった。
 「ごほっ、ごほっ、ふっ」
(な、何なんだよ、いったい〜っ?)
珠生は涙目になって(湯でずぶ濡れなので分からないだろうが)、自分を背後から抱きしめるラディスラスを睨んだ。
 「な、何、何するよ!」
 「お前が悪い」
 「はあ〜?」
 「とにかく、大人しくこうしていろ」
 「こ、こうしてろって、これじゃあ俺が子供みたいだって!」
 「同じようなもんだろ」
 ラディスラスの膝に後ろから抱っこされるような体勢なんて恥ずかし過ぎる。ここには自分達2人だけではなく、すぐ側にイザークも
いるのだ。
現に、イザークは少し眉を顰めて自分達を見ている。きっとみっともないと思っているのだろう。
(これは、俺の意思じゃないのに!)




 ラディスラスの手荒い行動にイザークは眉を顰めた。
珠生は鍛えている自分達とは違い、身体が全然出来ていない子供と一緒だ。見るつもりは無くても見えてしまった上半身や下
半身の線を考えても、手荒な行動をしていい相手ではなく・・・・・。
 「・・・・・」
 そこまで考えたイザークは、先ほど珠生がこちらを向いた時に見えてしまった下半身が頭の中に浮かんでしまった。
濡れて、下着越しにうっすらと見えてしまったペニス。容姿は少女のように愛らしくても、自分と同じ・・・・・とはいえないものの、明
らかに女には無いはずの男の印が付いていた。
軽い衝撃は受けたものの、それで自分の珠生への気持ちが変わったというわけでは・・・・・。
(・・・・・気持ち?)
 いったい、自分は珠生にどんな思いを抱いていたのか、イザークは混乱した。
エイバル号の中で初めてその存在を知った時、海賊に捕らわれた不幸な子供だと思っていた。しかし、次には元の主であるミシュ
アを誘惑した男の息子だと知り、次にはそのミシュアを助ける為に医師探しに奔走する姿をみて・・・・・。
(私は・・・・・惹かれている、のか)
 昔から、上司だったラシェルと並び、女に興味の無い堅物だと言われてきた。もちろん、それなりに経験はあったものの、他の男
達のように女の身体に溺れることも、色事に惚けることもなかった。
そんな自分が、任務の最中にも、ふとした時に思い出すのだ、珠生のことを。
 「・・・・・」
 イザークは珠生を見る。
ラディスラスに必死に文句を言っているその姿は子供のようなのに、ちゃんと欲望を感じてしまう自分がいる。
(そうか、私はタマと一緒にいたいと・・・・・思っているのか)
 海賊から救い出すというのは詭弁だ。自分こそが珠生と一緒にいたいのだと自覚したイザークは、僅かに反応してしまった下半
身を珠生から隠すように身体の向きを変えた。




(・・・・・変わった?)
 「ちょっと!聞いてるかっ?ラディ!」
 「ああ、悪かった」
 「口だけ、謝ってる!」
 文句を言ってくる珠生に口では謝りながらも、ラディスラスの眼差しはイザークに向けられていた。
こちらを向いていたイザークの目の色が、一瞬前に変わって逸らされてしまった。それと同時に、纏っている気配が変化したのを肌
で感じ、自分の行動が反対にイザークに自覚を促したようだと苦笑してしまう。
(・・・・・まあ、いいか。どっちつかずの状態よりも、きちんと競争相手としてお互いに自覚していた方がやりやすいだろう。どっちにし
ろ、俺が勝つんだしな)
 「・・・・・もうっ」
 珠生の方は、何を言ってもラディスラスが聞き流しているので、かなり怒ったまま、仕返しのように膝に体重を乗せてきている。
珠生の尻が丁度ラディスラスの下半身・・・・・ペニスの上にどっかりと乗った形になっているのがいいのか悪いのか、ラディスラスはと
りあえず珠生の機嫌を取ることにした。
 「悪かったって、タマ」
 「・・・・・心がこもってない」
 「心からそう思ってる。タマと離れるのが寂しくてな」
 「・・・・・」
 「タ〜マ」
 「・・・・・バカじゃない」
 そう言いながらも、珠生の身体からは力が抜けている。どうやら許してくれたようだと、自分に甘い珠生にほくそ笑んだ。
 「ここで少し休んだら、また頑張ってもらわなきゃな」
 「服、ぬれてるぞ」
 「多少湿気はあるが、これだけ天気がいいなら歩いているうちに渇くだろ。イザーク」
 「・・・・・何だ」
 「地図の印の場所はまだ先なのか?」
島の全容を知っているわけではないラディスラスは、今自分達が地図上のどの位置にいるのかよく分からない。
この湯の在り処を知っていたくらいだ、イザークの頭の中には自分で言っているよりも遥かに鮮明に地形が入っているのだと思って
聞いた。
 素直に答えるかどうか・・・・・少しだけ懸念したが、ここまで来てというか、この時点ではイザークは隠しごとをするつもりは無いら
しい。案外素直に口を開いた。
 「ここは島の西側に当たる。中心部分までは、多分今歩いてきた距離の5倍くらい歩くだろうな」
 「結構あるな」
 「ご、ごばい・・・・・」
 もう少し狭いと思ったラディスラスは感心したように頷いたが、まだ当分歩かないといけないと分かった珠生は、うんざりとした声を
漏らしていた。




 温泉を出て、しばらくそこでこれからの進路を話し合うことになった。
下着姿で湯の中に入った珠生は服は濡れていなかったが、それでも汗だくの服を洗いたくて、今自分達の入った場所より少しだ
け離れたところにある小さな湯溜まりでバシャバシャと服を洗って、近くの岩肌に干すように置いた。
 あくまでもついでに、ラディスラスとイザークの上着も洗ってやり、同じように干す。陽の当たり具合から見れば、完全に乾かなくて
も生乾きになるのにはそれ程時間は掛からないようだ。
 「滝があるのか?」
 「ああ。滝といっても、温かい湯が上から落ちている場所だ。別の方向に、飲み水になりそうな泉もあったと思う」
 「面白いな。さっき入った湯とが、上手く利用すれば観光地になるんじゃないか?」
 「・・・・・整備をする資金が無い」
 珠生は側で話を聞いていた。
気の合わない2人だと思ったが、目的のためには会話をするのをお互いに惜しまないらしい。のんびりと、半裸で話している姿は、
珠生の目には仲の良い友人同士に見えるくらいだった。
(でも、この国が貧乏だっていうのは本当の話だったのかあ)
 父は、初めてこの世界に来て下り立ったその国は、とても綺麗で住み心地の良い国だと言っていたが、その頃から何年も経って
いないというのに、この国は随分と変わってしまったようだ。
(王子がいなくなってからってことは、今の王様が駄目ってこと・・・・・?)
 聞いてみたい気がしたが、多分イザークは自分の国の醜聞を口にするような男では無いだろう。それでも気になる珠生は妙にそ
わそわとしてしまった。
 「地盤は土や砂っていうより、岩みたいなものか」
 「そうだな。作物を耕すのには不向きかもしれない」
 「・・・・・イザーク」
 「・・・・・」
 「お前、もしかして、あの地図の宝が何なのか、見当が付いているんじゃないか?」
 「ラディ?」
 イザークが答える前に、珠生が思わず声を上げてしまった。
 「それって、本当なのかっ?」
そして、そのまま視線をイザークへと向ける。
ラディスラスから視線を逸らしていたイザークは、そんな珠生の目と視線を合わせたが・・・・・僅かに眉間に皺を寄せると、顔を背
けた。
(あ・・・・・逃げた)
 「・・・・・私に分かるはずが無い。この島のことは、お前達から名前を聞くまで本当に忘れていた」
 その答えが嘘か本当か、珠生には分からなかった。それでも、何かありそう・・・・・そんな予感がして、珠生は思わず自分の背後
の森を振り返ってしまった。




 服が乾くまでとのんびりとしていると、後続の乗組員達がやってきた。
 「何をやってるんだ・・・・・」
先に行った自分達が気になったのか、自らも山の捜索に加わっていたラシェルは、半裸でのんびりと岩に座っている3人の姿に呆
れたように溜め息をついた。
 その反応に、ラディスラスは背後にいた乗組員達に笑いながら言う。
 「これは天然の湯の風呂だ。日頃なかなかゆっくりと風呂に入ることが出来ないからな、お前達も浸かればいいぞ」
おおっと、乗組員達が嬉しそうに叫んだが、横から珠生が慌てて付け加えている。
 「みんな!オンセンに入る時は、ちゃんと服ぬぐよ!」
 「・・・・・と、いうことだ」
 「分かりました!」
 「風呂かっ、久し振りだな!」
 「あっち〜!」
 数人がたちまち服を脱ぎ捨てて湯の中に飛び込んでいくのを、ラディスラスは苦笑して見た。珠生以外なら、誰が裸になろうとも
全く気にならない。
(後の奴らにもここを教えてやらないとな)
 「ラディ」
 真面目なラシェルは、自分がいない間の会話が気になるのだろう、1人だけ湯にも浸からずに自分に話し掛けてくる。しかし、話
せるようなことは何も無かった。
 「悪いな、今のところこの湯を見付けたのが唯一の収穫」
 「・・・・・そうか」
 「ここはまだ中心部分にも来ていないらしい。だが、1日あれはこの島の地形は十分把握出来るはずだ。後は、あの地図の印と
照らし合わせて、徹底的に見ていくしか無い」
 それでも、数日あれば捜索は終わるはずだ。それで見付からなければ、あの地図には何の意味もないということになってしまう。
(あれを見つけた時は、俺も半信半疑というか・・・・・ただの悪戯書きの可能性が高いと思ったが)
実際に島に足を踏み入れて、もしかしたらという可能性が生まれた。それは、側にいるイザークも同じ気持ちだと思う。
(後は、誰が最初にそのお宝を見付けるかってことだな)
ラディスラスはそう結論をつけると、ラシェルに言った。
 「日が暮れてからの捜索は無理だろう。その前に、上陸した浜辺に集合するか」
 「ここには危険な動物はいないと思うが・・・・・」
 「いたとしても、俺達の胃袋を満たす食料になるだろうしな」
 どんな食材でも、ジェイが上手く調理してくれるはずだ。間違っても、珠生に料理をさせてはならないとは思う。
(腹を壊しても、薬が足りないだろうしな)
ラディスラスの声にしない思いはラシェルにも伝わったのか、彼の頬にも苦笑が浮かんでいる。珠生効果は、堅物な人間には特に
効くのかもしれない。
 「分かった。とにかく今日中に島の全容は掴むようにしよう。そっちはどちらに向かう?」
 「このまま突っ切る。滝があるらしいんだ、タマに見せてやりたいしな」
 「・・・・・それが目的じゃないだろうな?」
 「目的の1つだ。タマ、服は乾いたか?」
 「うん!着れる!」
 「よし、じゃあ、俺達は先に出発するか、イザーク」
 岩肌に干していた服を抱えて珠生がやってくる。
まだまだ今からが本番だなと思いながら、ラディスラスは熱いくらいの服に腕を通した。