海上の絶対君主
第五章 忘却の地の宝探し
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※ここでの『』の言葉は日本語です
温泉で一休みしている乗組員達と別れた珠生は、再びラディスラスとイザークと共に森の中を歩き始めた。
先ほどの温泉の効力か、疲れきっていたはずの足もかなり動くようになり、気持ち的にも随分と余裕が出来たような気がする。
(結構色んなものがあるんだな〜)
温泉があるとはびっくりだし、この先には温かな滝もあるという。修行僧みたいに滝に打たれたいとは思わないが、それでもどんな
ものなのか見る楽しみが出来た。
「ね、ねえ、食べるものは?ある?」
「食べるもの?なんだ、腹減ったのか?」
「違う!なんか、ここには変わったものがありそうな、気がした、だけっ!」
怒ってしまうと息切れがしてしまうと悟った珠生は、眉を顰めてその意志を見せながらも、口調はかなり大人しくする。
そんな珠生に、先を歩くイザークが振り返った。
「ここには野生の果物が多く生っているはずだ。気候の関係だろうが・・・・・」
「くだもの」
そう聞くと、何だか喉が渇いた気がする。
「そのへん?食べれる?」
「多分、大丈夫だとは思うが・・・・・私は口にしたことはない」
「それで大丈夫だって言うのかあ?」
「ラディ!」
せっかく教えてくれているのに何を言うのだと、珠生は後ろを振り返りながら怒鳴る。その途端、はあはあと肩を激しく上下させる
珠生を見て、ラディスラスはおぶってやろうかと言ってきた。
こんな山道で馬鹿なことを言うなと言い返したいが、この男ならば出来ないことはないような気がする。もちろん、子供みたいな
扱いは絶対にごめんだと思っている珠生は、結構と言い返した。
背後で聞こえる言い合いから、珠生がまだ元気だということは分かった。
この辺りからはあまり登りにはなっていないが、足場が悪いので気をつけさせなければと考えながら、イザークは頭の中であの地図
を思い浮かべる。
(印がついていたのは、確か滝の裏側に当たる場所だ)
あの辺りは巨大な岩が幾重にも積み重ねっていて、危険区域だと元々言われていた場所のはずだった。あるいは、その噂のせ
いで何かを隠すのにはちょうど良かったかもしれないが・・・・・。
(どうなのか・・・・・本当に、何か?)
打ち消そうと思うのに、期待感は増してくる。
「イ、イザーク」
「・・・・・」
「イザーク?」
「・・・・・っ、なんだ?」
珠生の声に気付かなかったイザークは、直ぐに立ち止まって振り向いた。少し離れてしまったようで、珠生は顔を真っ赤にして必
死でこちらに向かっている。
イザークが手を伸ばすと、それに縋るように手が伸びてきて、しっかりと握り締めて自分のすぐ傍まで引き寄せた。
「あ、ありがと」
自分の考えに没頭してしまったせいか、珠生の存在を一瞬でも忘れてしまったことが申し訳なく、イザークは言葉少なにいいや
と答えた。
それからしばらく行った先に、イザークの言っていた滝が現れた。
温かい湯が流れ落ちているせいか、周りは水蒸気と熱気でもうもうとした白い煙に覆われていて、見ているだけでも身体がしっと
りと濡れてくる。
「すっごい、天然サウナだ」
珠生はまた不思議な言葉を言っていたが、その姿には感動したように、しばらく口を開けた子供のような表情でそれを見上げ
ていた。
「ここから先は?」
「今通ってきたようなものだ。洞窟があるのはもっと北の方だと思うし、この先は最初に見た切り立った断崖に出るはずだ」
「ああ、そう言えばちょうど反対側だったな」
イザークの言葉から考えれば、この先も同じような森が続き、行き着く先にはあの切り立った断崖へと出るらしい。
(今まで通ってきた道で、これといった不審なものは見当たらなかったな・・・・・)
これだけの自然が残っている場所では、誰か人の手が入ったのならば直ぐに違和感に気付くはずだ。しかし、自分の目では見当
たらなかったし、イザークの表情にも変化はなかった。
「・・・・・」
ラディスラスは滝を見上げる。
この上にもいけるようだが、滝の裏側には空洞のようなものは見当たらなかった。しかも天然で出来ているような滝なので、そのど
こにも宝を隠すような場所はない。
「・・・・・」
ラディスラスは、まだ滝を見上げている珠生を見下ろした。
この珠生が言い出した宝の地図。面白半分でここまで来たが・・・・・。
「タマ」
「・・・・・」
「タ〜マ」
「え?」
珠生が自分に視線を向けてくる。その綺麗な黒い瞳を見ながらラディスラスは言った。
「お前、宝はあると思うか?」
「ラディ?」
「お前の意見が聞きたい。この島には何かあると思うか?それとも・・・・・」
「ある!」
思いがけずはっきりと珠生は言い切った。
「信じたら、絶対にあるんだって!」
・・・・・全く、根拠がない言葉。しかし、それが珠生らしいと思う。この狭い島は直ぐに探索出来るし、宝の有無はその時になれ
ばはっきりすると思うが、出来れば僅かなものでも珠生の手に握らせてやりたいと思った。
それは、珠生は本気で宝石や金貨が欲しいと思っているわけではなく、探すまでの高揚感や期待感をより強く感じていることを
知っているからだ。
(急ぐ旅でもないし、骨休みのつもりでやってみるか)
その日は、断崖まで行って引き返し、元の浜辺まで帰ってきた頃には日が暮れてしまった。
久し振りに全身を使ったせいか、珠生は食事もほとんどとることもなく、浜辺の近くに立てた天幕に入って眠ってしまう。
その元気の無さにイザークは心配になったようだが、ラディスラスは明日も頑張ると言った珠生の言葉に、心配はそれ程してい
なかった。
「・・・・・ふ〜ん」
珠生が眠った後、火を焚きながら、ラディスラスは自分以外の乗組員が回った島の概要を地図に書き加えていく。
その話を総合しても、自分が見た湯の溜まる岩場と、滝、そして北側を回ったラシェルが見付けた洞窟以外は、これといった怪
しい場所は無いことが分かった。
「中には入ってないんだよな?」
「明かりの準備をしていなかったから・・・・・」
ラシェルは眉を顰めた。
「ただ、外の明かりが届く範囲で中へ入ってみたが、人の手が入った様子もないな。かなり奥行きがあるようだが」
「お前達は?気付いたことは無かったか?」
他にも手分けをして島の中を回った乗組員達に意見を聞いてみるが、やはりこれといって目に付く場所やものはなかったらしい。
ラディスラスはう〜んと唸った。
「目印になるよな物もこれといってないしなあ。やっぱり、滝と・・・・・洞窟を重点的に見てみるしかないか」
「そうだな。そこが一番可能性があるかもしれないし」
ラディスラスとラシェルが翌日の手順を話していた時だった。
「あ、あの」
「ん?」
一番外に座っていた最年少乗組員のテッドが、遠慮がちに手を上げたのに気付き、ラディスラスはなんだと促してきた。
「あの、たいしたことじゃないかもしれないんですけど・・・・・」
「ああ、気付いたことは何でも言ってくれ」
まだ少年といっていい歳のテッドは、いっせいに自分に視線を向けられて少し戸惑っていたようだったが、傍にいたルドーに力づ
けられるように肩を叩かれて顔を上げた。
「お、俺、甲板長と一緒に洞窟の方を回ったんですけど、皆が洞窟を出てからちょっと引き返して・・・・・」
「ああ、そう言えば」
ラシェルもその時のことを思い出したようだ。
「お前、小便がしたいって・・・・・」
「そ、そうです」
テッドは恥ずかしいのか顔を赤くしたが、それは特におかしなことではない。ラディスラスはそれでと訊ねる。
「そ、それで、そのままみんなの後を追おうとした時、洞窟の中に何か光るものを見た気がして・・・・・」
「「「光るもの?」」」
それは、ラディスラスとラシェル、そしてイザークが同時に発した言葉だった。
「で、でもっ、もう一度洞窟の入口に立ったら、見えなくなって・・・・・それって、気のせいかと思ってたんです・・・・・けど」
テッドにすれば、自分の見間違いかもしれないことを言うのは勇気がいることだっただろう。ラディスラスはにっこり笑って、よく報告
してくれたとテッドを褒めた。
何の手掛かりもない中では、こういった小さなことが、結果的に大きな成果に繋がる可能性があるのだ。
「よし、明日は滝と洞窟に重点を置くか」
その結論に異論はなく、ラディスラスは改めて明日のことをラシェルと話し始める。
(・・・・・?)
ただ、その視界の端に映ったイザークの表情が気になって、ラディスラスは僅かに眉を顰めた。
グゥゥゥゥゥ・・・・・
『・・・・・う・・・・・』
珠生は自分の腹の音と空腹感に目が覚めた。
『あー・・・・・お腹すいたー・・・・・』
バッチリと目が覚めた珠生の視界に最初に映ったのは薄暗い闇だ。背中もゴツゴツと硬くて、あまり寝心地がいいという場所で
はないものの、それでも野宿ではないだけましなのだろう。
(・・・・・今、何時頃だろ)
むくっと起き上がると、何かが腹の上からパタンと落ちた。
「・・・・・ラディ?」
どうやらラディスラスが自分の身体を抱きしめて眠っていたらしく、その抱きしめていた腕が下に落ちたようなのだが、珍しく男は起
きる気配はない。
「・・・・・」
(何か、残ってるかな)
お腹が空いたからとラディスラスを起こすのも申し訳ない気がして、珠生はそのまま静かにラディスラスの傍から離れると、闇夜に
慣れた目でテントの外に出た。
少し離れた場所に火の番の乗組員が数人いたが、談笑している彼らには珠生の姿はテントの陰になって見えないようだ。
珠生も、特に彼らに話し掛けることもなく、どこに行けば食べ物があるのかと視線を巡らしていると・・・・・。
「・・・・・?」
何かが、動いたような気がした。月明かりの中で見えたそれは確かに人の影だったと思う。
(誰だろ?)
今この島には自分達の仲間しかいないはずだ。その中に、あんなふうに隠れるようにして動く人間がいるとは思えなかった。
「・・・・・」
どうしようかと、珠生は一瞬テントを振り返る。ここはラディスラスを起こすのが一番正しいと思うが、彼が疲れているだろうというこ
とはよく分かっていたし、見張りの人間を呼ぶほどに大変なことなのかどうかがまだ分からない。
もしかしたら生理的な現象で森に入っただけかもしれないので、自分が確かめて、何もなかったらいいし、怪しい人物だったら、
それこそ大声を出せば届く範囲だ。
「・・・・・っし」
珠生はドキドキしながら、今人影が消えた茂みの中へと自分もこっそり足を踏み入れた。
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