海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


26



                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






(どこまで行くんだろ・・・・・イザーク)
 こんな月明かりだけで、よく躊躇いも無く歩けるなと思う。
珠生は何とかその背中を見ながら歩くことが出来たが、イザークの目の前には目印になるようなものは置いていないのだ。
 「・・・・・っ」
 昼間歩いたせいか、身体はギシギシと痛みが残っているものの、それでも歩き方のコツは掴んでいるらしい。かなり早く歩くイザ
ークの後ろを出来るだけ音をたてずに・・・・・波音がかなり助けてくれているが、珠生は一生懸命付いていった。
しかし、

 パキ

 「!」
 「!!」
やはり、真っ暗な中、大きな音をたてずに歩き続けるということはかなり難しかったらしく、落ちていた小枝を踏んでしまった珠生は
その瞬間思わずその場にしゃがみ込んだ。
 「・・・・・誰だ?」
 潜めた、それでも十分威圧的な声がする。
 「誰だ?」
もう一度そう問われ、珠生はそれ以上息を潜めていても見付かるだろうと思ったので、渋々身体を起こした。
 「・・・・・タマ」
 「ご、ごめん。だ、だって、イザーク、どこ行くか、気になって・・・・・っ」
 たった1人、明かりもないこんな夜更けにどこに行くのか気になって、後をつけてしまったのだ。怒られることはない、はずなのだが、
それでも珠生は思わず頭を下げてしまった。




 イザークは溜め息をついた。
誰にも気付かれないようにしたつもりだったが、まさか珠生に後をつけられるとは思わなかった。
 しかし・・・・・考えてみれば、珠生で良かったのかも知れない。もしもこれが他の誰かだったら、今のイザークの心境ではどんな手
段を使っても黙らせていた可能性があるからだ。
 「・・・・・」
 夜、洞窟の光の話を聞いた時、イザークはもしやと思った。
ここが、昔宝石が取れていたということを考えると、まだその石がこの島の中に残っている可能性は高い。もちろん、発掘しきったか
らこそ、ここから人間がいなくなり、無人島になったということも分かっているが、可能性は・・・・・。
 「・・・・・タマ」
 ふと、珠生の考えを聞いてみたいと思った。ラディスラスではないが、珠生は自分達とは何か違った知識や不思議なエネルギー
を持っているような気がしたからだ。
 「ここが、海底火山から出来た島だと言ったな?」
 「う、うん」
 「その火山島の中に・・・・・何か出来ると思うか?」
 「か、火山島の中?」
 唐突な質問に、珠生は戸惑ったような表情をしていると・・・・・思う。月明かりだけなのでその表情はあまり読み取れないが、そ
れでも珠生が表情を誤魔化すようなことはしないだろうと思えた。
 「・・・・・あ、あの、これが、こっちの世界に当てはまるかはわかんないけど・・・・・」
 「何だ?」
 「父さんの友達に、トザンカ・・・・・えっと、山を登る人がいて、その人が言ってたことだけど・・・・・」




 「タマ、山って凄いんだぞ?素晴らしい自然の中に、綺麗な宝も埋まっているんだ」

 その人は、大学時代から世界中の山に登っているような人だった。
珠生の父、瑛生とは正反対の、熊のように大きな身体の豪快な人で、旅から帰ってくるたびに珠生の家に遊びに来て、一週
間ほどゆっくりしていくことが多かった。
 その人の話の中でも面白かったのは、登山の途中で何度か宝石を見つけたという話だ。もちろん、ほとんど価値のない屑石ら
しいが、山には色々な宝があるのだと、目を耀かせて言っていた。

 「火山のマグマの冷え方とか、中に混じっているものとかで、色んな宝石が出来るって聞いたことはあるよ。サファイアとか、ルビー
とか、結構色んなのがあるみたい」
 「サファ・・・・ヤ?」
 「あ、えーっと、青とか、赤とか、緑とかの石。こっちで何て言うのか分かんないけど」
 それが、この世界ではどのくらいの価値になるかは分からないが、それでもこの間出会ったベニート共和国の王妃、ジェシカもた
くさんの宝石を持っていたし、ラディスラスが取引にと言っていた《インデの涙》というのも宝石だったはずだ。
(・・・・・あれ?じゃあ、宝って・・・・・)
 「あの地図、宝石のあるばしょってこと?」
 「・・・・・分からない。だが、あの印は洞窟と滝の部分・・・・・あの2つは繋がっているんだ」
 「洞窟の奥が滝・・・・・」
 見た限りでは滝には通り抜けるような場所はないように見えたが、考えれば狭いこの島の中でその2つが繋がっていたとしてもお
かしくはない。
イザークが見て、地図の印と場所が合うのならば、それが目的の場所だということなのだ。
 「ラ、ラディに話さない?」
 「・・・・・」
 「イザークッ」
 「・・・・・もしも、本当に何かがあるとするのなら・・・・・私はそれを全て国のものにしたい」
 「え?」
 「お前達に・・・・・やることは、出来ないんだ」
 呻くようなイザークの言葉に、珠生は戸惑うしかなかった。これが、イザークが自分のために独り占めするというのならば話は別だ
が、表情から読めばそんな様子でもない。
 「・・・・・」
 本当ならここで、自分はラディスラスを呼びに行かなければならないのだということは分かっていた。しかし、珠生は・・・・・。
 「・・・・・確かめに行こ!」
イザークの腕を掴み、そう言い切った。




 始めにあの地図を見つけたのは珠生で、ここまでやってきたのはイザークの力だ。それなのに、自分だけがそれを手にすると言い
切って、珠生はきっと反対の言葉を言うと思っていた。
 しかし、珠生はイザークを責める前に、実際にそこに何があるのか確かめに行こうと言い、イザークの方が戸惑ってしまった。

 「ホントにそこにあるのかどうかわかんないし、とにかく確かめよ!」

確かに、今までお互いに言っていることは全て予想した言葉で、現物を前にしての話ではない。抜け駆けするしないの前に、確
かめようという珠生の言葉には一理あった。
 「はっ、はっ」
 そして、今、イザークは珠生の手をしっかりと握って洞窟に向かっていた。あのまま、あの場所で振り切ることも出来たが、イザー
クは珠生と2人で事実を確認したいと思ったのだ。
 「大丈夫か?」
 「うっ、んっ」
 昼間とは別の方向の道。同じような木々の隙間をぬって山の斜面を歩いていく。
自分はともかく、珠生にとってはきつい道程だと思ったが、昼間のように直ぐに弱音を言わず、珠生は荒い息を吐きながらイザー
クと歩いた。
 そして・・・・・。
 「ここだ」
 「つ、ついた?」
どのくらい歩いたか分からないが、月の位置がかなり傾いた頃に問題の洞窟の入口に着いた。昼間でさえ薄暗いと言っていたそ
こは、こんな夜では全く奥が見えない。
 「あ、明かり、ない、ねっ」
 荒い息の珠生の手を離したイザークは、腰に括り付けていた小さな袋の紐を外した。
 「タマ、少し大きな木の枝を探してくれ」
 「き、木の枝?・・・・・えっと・・・・・あ、こんなのでもいい?」
珠生が差し出したのは、丁度自分の腕の長さくらいの木切れだった。
 「ああ。ありがとう」
 その木の先端に布を巻きつける。予めこの布には植物脂を染み込ませているので簡単には火は消えないはずだ。後は火打石
を取り出し、足元の枯葉の傍で何度か石を合わせ・・・・・。
 「あ!」
火花で火が付き、一瞬にして周りが明るくなった。




(火を起こせる人って尊敬するよなあ)
 イザークに手を引かれ、松明の明かりを頼りに洞窟の奥へと向かう珠生は周りを見ながら考えていた。
洞窟と聞いて、もっと湿っぽい、どちらかといえば鍾乳洞のようなものを想像していたが、実際に見るそれは硬い岩のような石で出
来ている岩穴で、しかも。
 「この辺りから、人の手が入ってるようだな」
 「え?」
イザークの言葉によく見れば、確かに入口付近のボコボコとした岩肌から比べ、この辺りはもう少し滑らかな・・・・・いや、よく見れ
ば、何かで掘ったような跡が見える。
 「・・・・・タマのあの地図が見付かった難破船は、確か商船だと言っていたな?」
 「う、うん」
 「・・・・・そいつらが、ここまで手をいれたのかもしれない」
 「その人達が?」
 「だとすれば、何らかの・・・・・」
 イザークが口を閉じると、珠生の耳に微かな水音が聞こえてきた。イザークの言葉をなぞれば、丁度この洞窟の一番奥が昼間
の滝の辺りになるのだろう。
(そう考えると、なんだか随分近いな)
自分が偶然見付けた島の地図。そこから、このヴィルヘルム島にやってきて、今、実際に何かを目の前にしようとしている。
それは、多分宝石の原石のようだが・・・・・珠生は自分が想像していた、箱の中の金貨というイメージとは違うので、複雑な思い
がするが、何か結果があるのならば、それをちゃんと自分の目で確認したいと思った。
 珠生はイザークがかざす松明の明かりを頼りに、自分も見える範囲で手掛かりを探す。
(原石の見分け方、聞いとけば良かったよな〜)
まさか、目に見える形でドンとあるわけが・・・・・。
 「・・・・・あった」
 「タマ?」
 「イ、イザーク、あそこ」
 少し前方の、硬かったのだろう、そこだけ残ったように突き出ている岩の傍で、松明の光に照らされた何かが光った。
 「!」
直ぐにそこに駆け寄った2人は同時に息をのむ。そこにあったのは、珠生の掌を広げたくらいの大きさの、綺麗に透き通った緑色
の石だった。
 「こ、これ・・・・・」
 「こんな大きな石は見たことがない・・・・・」
 呆然と呟くイザークも、本当に宝石があるとは思っていなかったのかもしれない。
呆然と呟いているのを聞きながら、珠生はその辺りを見たが、ピッタリと岩肌にはまり込んでいるそれを取り出すことは手では無理
だ。道具を使ったとしても、この時代のものは限られているだろうし、きっと、これを初めて見付けた人間も、取り出すことを一度諦
めたのではないだろうか。
 「・・・・・どうしたら・・・・・」
 「ごくろーさん、目的のものは見付かったか?」
 「!!」
 珠生も、イザークも、笑いを含んだその声を聞くまで、全く人の気配に気付かなかった。
弾けるように顔を上げ、入口の方に顔を向けた珠生は、そこに松明を持った人影を何人も見付け・・・・・その中の先頭の人物に
眉を顰めながら、口を尖らせて抗議をした。
 「つけてきたんだな、ラディ」