海上の絶対君主
第五章 忘却の地の宝探し
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※ここでの『』の言葉は日本語です
珠生が身じろぎをした瞬間、ラディスラスは目を覚ました。
全く警戒していない珠生の気配は分かりやすく、天幕を出た様子にラディスラスも後を追う。そして、珠生が何かを見付け、その
後を追うような気配を見せた時、ラディスラスはピンと来た。
少し前、珠生が眠った後の話し合いで、テッドが洞窟で光るものを見掛けたと言った時のイザークの反応。直ぐに誤魔化して
いたが、あれは心当たりがあるという表情だった。
夜が明けて行動する時に気をつけてみようと思ったが、自分が考えていたよりもイザークの行動は早かったのかもしれない。
「・・・・・」
そう判断したラディスラスの行動は決まっていた。珠生のことが心配だという気持ちがあるが、あの男は必ず無事に珠生も洞窟ま
で連れて行くだろう。
だとすれば・・・・・。
「おい」
「お頭?」
休んでいるとばかり思っていたラディスラスの登場に、見張りの男達は驚いたようだ。今この島には敵はいないという気安さがある
のかもしれないが、イザークの動きはともかく、あんなにも分かりやすい珠生の行動さえも気付かないのは問題だろう。
しかし、今ここで自分が注意しても萎縮するだけだろうと分かるので、ラディスラスは再教育はルドーに任せようと、直ぐにラシェル
と、昼間同じ道程を歩いた者達を起こせと命じた。
いきなりの命令に面食らっていた男達も直ぐに言われた通り動き、間もなくラシェルはやってきた。
「ラディ、何が?」
「イザークが動いた」
「・・・・・っ」
ラシェルの眉が顰められた。その表情からも、もしかしたらという危惧はラシェルも感じていたのかもしれない。
「タマも一緒だ」
「タマも?」
「運悪く、イザークの姿を見付けたらしい。あいつが一緒だし、それほど早く着くことは出来ないだろう。その間、俺達は別の道
順で先回りしたい。道案内頼めるか?」
「・・・・・」
「ラシェル」
「分かった」
ラシェルの複雑な思いも分かるが、ラディスラスは一刻の猶予も無いと感じていた。
どんなものがその洞窟の中にあるのか分からなかったが、それでももしも簡単に持ち出せるものであったら、そのまま珠生と共に持
ち去られてしまう可能性もゼロではない。
一緒の船に乗ってきたといっても、この国のことを自分達よりも熟知しているイザークがどんな方法を思い浮かべるか分からず、
とにかくラディスラスは急げと皆を急きたてた。
そして、ラディスラス達が洞窟の入口付近に着いて間もなく、イザークと珠生が姿を現せた。
入る前に松明で明かりを確保したイザークが珠生の手を引いて奥に入っていく姿を見た時は面白くない思いもしたが、ラディスラ
スは用心して後を追い・・・・・そして、今ここに立っている。
「つけてきたんだな、ラディ」
珠生は面白くないというような表情をしていたが、どうやら自分を出し抜くつもりは無かったということは十分分かった。珠生のこと
を疑っていたわけではないが、何時もと変わらないその態度にホッとしたのは確かだ。
「何言ってるんだ、タマ。宝探しは皆で楽しむもんだろう?抜け駆けしたお前が悪い」
「・・・・・だって」
「それと」
ラディスラスは珠生のすぐ傍にいるイザークへ視線を向けた。珠生に向ける視線とは温度差があるのは仕方がない。
「ここまで連れて来た俺達を無視してくれたか」
「・・・・・」
「おの石、自分だけのものにする気だったのか?」
「・・・・・」
「言い訳をしないのは潔いと判断してやりたいが、悪いが俺は性格が悪くてね。自分を裏切った人間を簡単に許す気持ちには
なれないんだよな」
そう言って視線を流すと、背後にいた乗組員達が手に手に剣や槍、棒などを持ち、イザークに向けた。宝を横取りしようという者
にはそれなりの報復を・・・・・自分達は気の良い海の男ではなく、海賊なのだ。
「タマ、来い」
ラディスラスは珠生の名前を呼んだ。実際にイザークをどうこうするという前に、珠生を自分の手元に取り戻すことが先決だった。
しかし、
「・・・・・やだ!」
なぜか、珠生は拒否をする。
「タマ」
「たぜーにぶぜーってひきょーだって!ラディ、そんなひきょーな男なのかっ?」
「タ〜マ」
「イザークに何もしないって言うまで、俺そっち行かない!」
「・・・・・」
(全く、男心の分からない奴め)
海賊でない珠生に、宝がどうの横取りがなどと言っても分からないかもしれないが、男心なら多少は分かってもらってもいいと思
う・・・・・ラディスラスは、わざとらしく大きな溜め息をついた。
まさか、自分達の後をラディスラス達がつけてきたとは思わなかった。
驚きの次に感じたのは、黙ったまま付いてくるなんて意地が悪いということで、ただ、一方ではイザークと共に黙ってここに来てしまっ
たことも悪いなと思う気持ちもあった。
しかし、それと、イザークに対してだけ剣を向けてしまうというのは話は別だ。
ラディスラス達を出し抜いたというのならば自分も同罪で、どうせなら一緒に叱ってくれた方が気が楽だった。
「・・・・・」
自分の言葉を聞いて、ラディスラスは大きな溜め息をついている。
まるで仕方がない子供だと言われているような気がしないでもないが、珠生は文句を言うのをぐっと我慢して、ラディスラスを睨む
ように見つめた。
「・・・・・剣を下ろせ」
「お頭!」
「いいんですかっ?」
「男1人に十数人もの人間が襲い掛かったって知られたら恥ずかしいだろ」
「ラディ・・・・・」
「来い、タマ」
もう一度名前を呼ばれた時、珠生は迷わず足を踏み出していた。自分がイザークの傍を離れたとしても、ラディスラスは一度口
にしたことを破る男ではないと信じているからだ。
「ラディ」
ラディスラスの目の前に立った珠生は、恐々その名前を呼ぶ。すると、ラディスラスは珠生の髪をクシャッとかき撫でて笑った。
「心配させるな」
「・・・・・ごめん」
素直に出た謝罪の言葉に自分でも驚いてしまったが、ラディスラスは目を細めて分かったと言ってくれた。
(後を付けられていたのか・・・・・)
最初に珠生と遭遇してから注意力が散漫になったのだろうか。多分、自分達が通ってきた道とは別の道程を通ってきたのだろ
うが・・・・・イザークは溜め息をつき、見付けた・・・・・正確には珠生が見付けた宝石の原石を見下ろした。
(これほどの大きさならば、他国にも高く売れるはず・・・・・)
国を立て直すとまではいかないかもしれないが、多少は潤うくらいの金額にはなったはずだ。そうは思うものの、ラディスラスに気
付かれてしまえば自分の勝手には出来ない。
(・・・・・これも運命だったのかもしれない)
そもそも、最初に宝のことを知ったのも偶然で、自分が強引にエイバル号へと乗り込んだのだ。イザークは諦めたようにラディスラ
スを見た。
「宝は宝石だったってわけか」
「・・・・・そのようだな」
「元々、ここでは石が採れたというわけか」
ラディスラスは自分の話を覚えていて、今回のことと綺麗に結びつけたようだ。イザークもここまで来て誤魔化すことはなかった。
「そうだ。しかし、量的にはあまり無かったらしい」
「それで、早々に採掘は終わって、今は無人島ってことか」
「・・・・・石が見付かった場所はかなり詳しく調べているはずだが、どうやらここはそれが甘かったんだろう。どこぞの商人が途中ま
で手を掛けてこれを見付けたものの、掘り出すことが出来なくていったん引いたという形だと思う」
その時の覚書の地図を乗せた船が難破してしまい、回りまわって珠生の手に渡り、ラディスラスという行動力がある男がいたおか
げで、今ここにいるということだ。
「さて、どうするかな」
ラディスラスが近付いてきて、綺麗に岩肌に埋まっている石を見下ろした。
「人の手じゃ無理だな」
周りの岩肌を見ても、ここまで来るのには随分手間と人手が掛かったはずだ。せっかく見付けたこの石をそのまま見捨てるというこ
とは考えられず、きっとまた舞い戻ってくる気だろうが、その前に自分達がこの島に辿り着いた。
「ん〜」
この石が誰の手に渡るのかという前に、先ず取り出すことが先決だろうが、さすがにラディスラスにとっても難問のようだった。
「この狭さじゃ、みんないっせいにというわけにはいかないな」
「ここまで来て掘り出していないということは、普通の道具じゃ無理だということだろう」
「宝を目の前にして指をくわえているしかないってか」
ラディスラスの言葉に、イザークも返す言葉がない。すると、
「こわしちゃったら早いんじゃない?」
いきなり、珠生がそう切り出した。
「タマ?」
「だって、人の手じゃムリなんだろ?だったら、バーンとこわした方が早いと思うんだけど?」
「あのなあ」
壊すといっても、この洞窟をどう壊すというのか、多分全く考えていないのだろう。
反対から掘り進めるにしても、ここはあの滝の裏側にあたるようで無理だし、この上は山があるはずだ。かなりの人数でいっせいに
取り掛かればまだ違うかもしれないが、狭い場所で道具を振りかざすことさえ出来そうにない。
「タマ、壊すって言っても」
「バクダンは?」
「・・・・・バクダン?」
「あれだったら、けっこーいりょくあると思うけど」
「バクダン・・・・・ああ、そうか」
ラディスラスの頭の中に、パッとベニート共和国の王宮で見たバクダンの威力が浮かんだ。手の平に乗るくらいの大きさであれ程
の威力なら、もっと大きければもしかしてこの岩肌を簡単に壊すことが出来るかもしれない。
この岩肌を壊した場合、上の山や反対側の滝がどういう状態になるのか想像出来ないし、今目に見えているこの石もどうなる
かは分からないが、元々半分絵空事のつもりだった宝探しだ、思い切った打開策はやってみても面白いかもしれないと思えた。
「タマ」
「ダメ?」
「いや、いい考えだ。船に幾つか持ってきているあれを、一つにすればかなりの威力だろう」
「じゃあ、やってみる?」
ラディスラスが乗り気になったことを感じたのか、珠生も瞳を輝かせている。
「おい、そのバクダンというのは何だ?」
ただ、ここにいる者の中で珠生が作った強力な武器のことを知っている者はラシェルしかいない。危険なものなので説明をしなけ
ればならないが・・・・・、
グリュゥゥゥゥゥ
「あ・・・・・っ、え、えっと、これは、その」
いきなり闇に中に響いた珠生の空腹を知らせる音に、ラディスラスは大声で笑いながら言う。
「とりあえず、朝飯を食いながら説明するか。イザーク、今度は抜け駆け無しだからな」
もうそれをすることは出来ないと分かってはいたが、ラディスラスは脅しのつもりで口元に人相の悪い笑みを浮かべた。
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