海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 洞窟に見張りを置いて浜辺まで戻ってきた一行は、朝食の準備をする傍らラディスラスが船からバクダンを持ってくるようにと命
じた。
一応と思って持ってきたのだが、これが本当に役に立つとは思わなかったなと、ラディスラスは夕べとはまるで違う食欲を見せる珠
生を見つめた。洞窟までの道程を行って戻って・・・・・それだけでもたいした運動量なのだが、あの宝石の原石を掘り出すという
目的が出来たからか、疲れをあまり感じていないらしい。
 「前よりももっと威力のあるものがいいんだが」
 以前ベニート共和国の王宮で見たバクダンの威力も相当のものだが、あれくらいでは硬い岩盤を崩すことは出来ないだろう。
珠生もそれは分かっていたらしく、直ぐにうんと頷いた。
 「残ってる奴、全部1こにしちゃう」
 「4、5個はあったと思うぞ」
 「うん、それ全部」
 「大丈夫なのか?」
 「問題はどーかせんなんだよなあ。ドークツの入口からあの場所までけっこーあっただろ?バクダンで岩がくずれちゃうまえにみん
な逃げないと」
 珠生の言葉にラディスラスは唸った。
前回はラシェルが投げてから直ぐに爆発が起きたが、今回は狭い洞窟の中で行うので退路を確保するのは難しい。
どれだけの威力があるのか分からないが、崩れるはずの洞窟にバクダンを運ぶのは自分だとラディスラスは決めていた。海の上で
ならばともかく、陸で部下達を危険な目に遭わせることは出来ない。
 それに、自分には珠生がいるのだと思えば、ラディスラスは早々に命を落とすことなどないという自信も持っていた。
(とにかく、後はタマ次第だな)
あの小さな手から驚くほど威力のある武器を作り出す珠生に、ラディスラスは強い期待を持っていた。




 船から運ばれてきたのは4個の爆弾だった。
あの時は急に思い立ち、材料も市場で手に入るもので何とか形だけは整えたが、今回は無人島・・・・・もっと材料は限られてい
た。
 『・・・・・やるしかないもんな』
 あの石を掘り出す道具を探したとしても、この世界に機械があるわけではなく、どちらにせよ人の手を使わなければならないはず
だ。お金を持っている商人でさえ一度諦めてしまったものを、人数を掛けても簡単に出来るわけがないだろう。
 そうなると、あの時ベニート共和国で見た爆弾の威力から考えて・・・・・あの数倍の爆発力があれば、硬い岩も全てが崩れなく
ても、ヒビくらいは入れることが出来る気がする。
(何でもやってみないとな)
 「タマ、俺達が手伝えることはあるか?」
 「・・・・・」
珠生は顔を上げた。
 「じゃあ、この木のワン、けずって」
 「これか?」
 「俺の力じゃ時間かかるし」
 この4個分の火薬が入る入れ物を先ずは作らなければならない。
丁度よい・・・・・とは言い難いが、重ねて円形になりそうな椀を、爆発しやすいようにもっと薄く削ってもらうのは力がある者の方が
いいだろう。
案外、細々とした物は乗組員達の手製で、ナイフの扱いは珠生よりも断然上手い。
 大切なその作業は手先の器用なルドーとラシェルが請負い、次に珠生は導火線をどうしようか考えた。
火をつけてから、せめてギリギリ洞窟の外に逃げ出すことが出来る時間を確保しなければならず、それにはかなり長い導火線にす
ることが大切だ。
 「しみた?」
 タライの中に入れた植物脂の中に浸けられている綱の長さは、100メートルもない。
 「しみたら、取り出して干して」
途中で火が消えてしまわないように、後でロウソクを溶かしてコーティングした方がいい。それでも、今出来る方法なので、テストも
していない中、確実とは言えないものだった。

 「お前の運に懸ける」

 自信が無いとは口に出して言わなかったものの、それでも揺れる珠生の眼差しに気付いたのか、ラディスラスはそう言って珠生
の肩を叩いてくれた。一つも方法がないのならば、可能性に懸けるしかないと。
その言葉に突き動かされて、珠生は絶対に上手くいくと心の中で言い聞かせていた。




 「・・・・・」
 珠生達の行動を黙って見つめていたイザークは、直ぐ傍にラディスラスが来たことに気付いた。
珠生と共に抜け駆けをするような形であの洞窟に行った自分に、ラディスラスはあの場で一喝して以降は何も言わなかった。
それは他の乗組員にも徹底させていて、イザークは返って居心地が悪く感じている。海賊であるラディスラス達よりも自分の方が
性質が悪いように思えるのだ。
(私は・・・・・)
 「イザーク」
 「・・・・・」
 「あの宝石の原石、俺達はいらないぞ」
 「・・・・・!」
 反射的に顔を上げたイザークは、とても信じられない思いでラディスラスを見た。あの原石は自分達に所有権があると言い出す
と思っていたからだ。
 「・・・・・お前達はそれでいいのか?」
暗に、他に要求はあるのかという思いで聞けば、ラディスラスは1つと答えた。
 「小さな欠片でいい、タマにあの石をやってくれ」
 「タマに?」
 「今回の宝探しを一番楽しみにしていたのはあいつだからな」
 「・・・・・」
(タマだけに・・・・・か?)
 もっと多くの要求を、あの原石に匹敵するような金額を求められると思っていたが、ラディスラスの頭の中には珠生のことしかない
らしい。一つの組織の上に立つ長としては間違っているかもしれないが、誰かを愛する1人の男としては・・・・・もしかしたら羨まし
いほどの潔さかもしれなかった。
 「どうだ、イザーク」
 「・・・・・分かった」
 そして、イザークも気持ちはラディスラスと同じだった。ジアーラの軍を背負う人間としては、その一欠片さえも国に納めなければ
ならないはずだろうが、珠生の顔を思い浮かべると、自分もその笑顔が見たいと思ってしまった。




 熱いほどの日差しのおかげで、脂で濡らした綱は生乾きになった。
その状態で簡単に溶かした蝋でコーティングすると、今度はそれと、筒状にした玉を繋ぎ合わせた。
 珠生も詳しく知っているわけではなく、頭の中で大体こんなものだろうと考えたことを行っているのだが、不器用な自分とは違い
手先の器用な男達が揃っているとそれなりに見掛けは整ってきた。
 火薬を入れる木の椀はとても薄く削れていたし、2つを合わせてもきちんと重なっている。それを蝋で貼り付ける作業もラシェル
がやってくれて、珠生は本当に指示するだけだった。
 「うまくいくかな〜」
 作業を終えたのは、もう日も暮れる頃だ。
決行は明日ということになり、今は焚き火を囲んでその打ち合わせを始めた。
 「どーかせんが消えずにいてくれるのはもちろんだけど、多分キョリがないんだよな」
 「距離?」
 「長さが足りないと思う。火をつけて、ドークツの外に出るまで、何時バクハツが起きるか・・・・・時間ははっきり分からないんだ」
 何しろ作っているもの自体手作りのものなので、途中火が消えてしまう可能性はあるし、一方で火の回りが早い可能性だって
あるだろう。
実際に持って行ってみなければ分からないが、絶対的に綱は足りなくて、あの石があった辺りから洞窟の外まで、火をつけた者は
走って逃げなければならないのだ。
 「足の速い人に・・・・・」
 「俺がする」
 直ぐにそう言ったのはラシェルだった。
 「俺にさせてくれ、ラディ」
周りが静まった。珠生の拙い説明でも、火をつける者が危険だということは十分に伝わっていて、その役目を志願するラシェルの
安全を考えたのだろう。
 「・・・・・ラシェル、足速い?」
 もちろん、珠生もその空気を感じていたものの、危ないから駄目だと言うよりは、ラシェルにその力があるのかを聞いてみた。
オリンピックに出るほどに早いのか、それとも見掛けによらす遅いか。
 「遅くはないと思う」
 「・・・・・」
(他にやろうって人は出ないよな)
 誰だって危ないことはしたくないだろうし、そもそも今回のことは危ないかどうかさえ分からないほどの、彼らにとっては未知のことだ
ろう。
いや、ラシェルは前回も珠生手作りの爆弾を手で投げた経験があるので、その威力は他の者達よりも知っているはずだ。
それなのに、やると立候補するだけでも凄いと思った。
 「じゃあ、ラシェルに・・・・・」
 「私がする」
 「イ、イザーク?」
 「私がするのが一番いいはずだ」
 「い、一番って、あのね」
 「イザーク、お前が出てくることはないだろう」
 話が決まりかけて、また再び議論から始めるのだろうかと思ってしまったが、その騒ぎを一言で収めたのは、やはりあの俺様の一
言だった。
 「ラシェル、イザーク、その役目は俺がする。目立つ役は俺しか出来ないだろう?」
まるで舞台の主役に立候補するように、ラディスラスが楽しそうに言った。




 「・・・・・ラディ、大丈夫?」
 イザークとラシェルの反論を即座に切り捨て、明日の主役は俺だからと言い放ったラディスラス。天幕に入って横になる前に、珠
生は確認するように聞いた。
足が速いとか遅いとか。その前に、ラディスラスがするのならば絶対に上手くいくとすんなりと思う自分がいるものの、もちろん心配
だと思う気持ちも大きかった。
 「ああ、何とかなるだろ」
 「何とかって、あのねえ」
 「タマ」
 下に敷いた布に横になっていたラディスラスは起き上がった。明かりがないのでその表情はよく分からないが、口調だけは何時も
自分をからかう時と変わらないもので、彼が緊張していないというのは伝わる。
 「なんだよ」
 「明日、全てが上手くいったら、俺に褒美をくれないか?」
 「・・・・・ほーび?」
 「そう。バクダンが上手く爆発して、あの石を取り出すことが出来たら。俺はヒイロだろ?」
 あっと、珠生は口の中で呟いた。

 「ラディはヒーローになれるって!」

以前、多くの人間の前で命懸けの芝居をしようとしたラディスラスに、珠生はそう言って励ました。自分以上に物覚えの良いラディ
スラスは、その時の言葉をちゃんと覚えていたらしい。
 「違うか?」
 「ちがわない、けど」
 「じゃあ、いいな?」
 「・・・・・」
 褒美・・・・・ラディスラスが頭の中で何を想像しているのかは分からないが、それだけ頑張ってくれて、成功したら、もちろん珠生
だって何かしてやりたいと思う。
そう思う気持ちのままにいいよと頷くと、ラディスラスが笑う気配がして、続く、明日が楽しみだなという言葉も弾んでいた。