海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 翌朝、日が昇る前に浜辺を出発した一行は、問題の洞窟の前にやってきた。
 「お疲れさん」
ラディスラスは、先ず見張りをしていた乗組員を労い、続いて珠生を振り返った。
 「タマ、ここからはお前が指揮をとれ」
 「う、うん」
 ラディスラスの言葉に、さすがの珠生も緊張したように頬を強張らせていたが、それでもしっかりと頷き、松明を持って先導するラ
シェルの後を付いて行く。
(大丈夫だとは思うが・・・・・)
 昨日作った珠生手製バクダンがどれ程の威力かは分からず、出来れば安全な場所にいて欲しいと思う気持ちはあるものの、
今回の作戦は珠生がいないと皆動けない。
 ラディスラスは自分の隣を歩くイザークに視線を向けた。昨日から口数が極端に少なくなっているのは気になるが、ここまで来て
自分達を抜け掛けすることはとても無理だ。第一、あの岩壁にしっかりとはまり込んでいる原石を、たった1人で掘り出すことは不
可能だろう。
 ただ、今回の珠生の作戦が上手くいった後、イザークがどういう行動を取るのか、ラディスラスはそちらの方に興味があった。
(今の王に献上すると言い出すか、それとも昔の主君であるミュウに・・・・・)
イザークがどちらの方により強い忠誠心を抱いているのかは見えている。後は、この男が一歩踏み出すことが出来るかどうか、そこ
までラディスラスは面倒を見るつもりはなかった。




 「えっと、それは、ここに置いて。あっ、どーかせん、外れないようにっ」
 上手くいくのだろうか・・・・・珠生はぐるっと洞窟の中を見回しながら考えた。
ベニートで見たように爆発してくれたらある程度の効果はあると思うが、あの時は火がしっかりと付いていることを確認出来た。
しかし、今度はこの長い導火線を、火が消えずに辿ってくれるかどうかは目で見て確認出来ない。綱に付けた脂が今更ながら足
りないのではないか、距離が長過ぎるのではないか・・・・・出来てしまってから、珠生は何度も繰り返し自問自答した。
 不発になったら、それこそ厄介だ。火が消えたと思って確認に行き、突然爆発などしたら、その場にいる者達は怪我をするどころ
ではなく、もしかしたら命に係わるようなことが・・・・・。
 「!」
 その時、いきなり肩が叩かれ、それこそ珠生は飛び上がって驚いた。
 「お、面白い顔」
 「・・・・・ラディ」
 「準備は出来たか」
 「う、うん。でも、あの、俺、自信・・・・・」
導火線に火をつける役割はラディスラスだ。きちんと炎が立ち上がるのを確認してから逃げ出すことになっているが、珠生はラディス
ラスの足の速さを知らないし、それ以上に火の回りの速度は予想不可能で、もしも、ラディスラスが逃げ出してくる前に爆発が起
きてしまい、洞窟が崩れるようなことがあったら・・・・・。
 「タマ」
 無意識のままラディスラスの服を掴んでいた珠生は、名前を呼ばれて顔を上げる。
 「・・・・・っ」
その途端、一瞬だけ唇が重なった。
 「ラ、ラディッ?」
 「海の女神の祝福の口付けだ。大丈夫、上手くいく」
 「・・・・・」
 「そうだろう?」
 「・・・・・うん」
信じないでどうするのだ。ラディスラスが大丈夫だと言うのなら、珠生はその言葉を信じ、自分の出来ることをするだけだった。

 導火線代わりの綱の長さは、大体5、60メートルくらいだ。そこから洞窟の入口までは約100メートル。珠生達はそれより更に
50メートルほど離れている。
 多分、それでも安全な距離だとは言い難いかもしれないが、珠生はそれ以上離れることを拒み、そんな珠生よりも遠くに逃げ
るつもりのない男達も同じ場所に留まっていた。
 「・・・・・」
 視線の先、真っ暗な洞窟の中では、小さな火が揺れているのが見える。準備が整ったことを教えるためか、炎が何度か円を描
くように揺れた。
 「タマ、いいな?」
 「・・・・・うん」
 身を軽くするためにラディスラスが携えていた剣は外して、それは珠生に預けられている。ギュウッとそれを抱きしめていた珠生は、
一呼吸置いてから頷き、それを見たラシェルが自分の指を口に持っていく。

 ヒューーーーーーッ!

高い指笛の音が、作戦開始の合図だった。




 ヒューーー

指笛の音が洞窟の中のラディスラスの耳にも届いた。
 「決行だな」
 外にいる者達の準備が出来たという合図だ。
ラディスラスは自分の足元にある綱を見下ろし、そのまま松明の火をつけた。
 「・・・・・」
 始めは、なかなか付かない様子だった火も、綱の中に滲みた脂にようやく引火したようで、ボウッと炎が上がった。

 「火がついたら、すぐ逃げてよっ?」

珠生はそう言っていたが、ラディスラスはその火が消えてしまわないかどうか、あと少しという気持ちで見つめる。目で見た炎の勢い
はそれ程速くは無く、綱を燃やし尽くすように徐々に進むという感じだった。
 「これなら、歩いてでも出れるんじゃ・・・・・っ!」
 暢気な言葉は一転した。いきなり、炎の伝わる早さが加速されていったのだ。
 「・・・・・っ」
ラディスラスはそのまま表に向かって走り始める。全速力のつもりだったが、真っ暗で平坦ではない道程は、実際よりも遥かに遠く
に思えた。




 「火・・・・・」
 「大きくなった」
 外から見ていても、洞窟の中の明るさが一変したのが分かった。完全に火がつくまでは時間が掛かったのかもしれないが、一度
滲み込ませた脂に点火するとその回りは早いようだった。
 「ラディッ!」
 思わず珠生は叫んだが、まだラディスラスの姿は見えない。
 「・・・・・っ」
 「動くなっ」
 「だって!」
いてもたってもいられなかった珠生は、隠れていた大きな岩の影から身を乗り出そうとしたが、その手はしっかりとラシェルが掴んで
いた。離せというように揺らしても、その力はまったく緩まない。
 「信じて待つんだ」
 「・・・・・っ」
(信じるって、どっちだよっ?ラディが無事出てくることっ?爆発が上手くいくことっ?)
 「ラディ!!」
届けと声を張りあげた時、入口の中からラディスラスの姿が見え、次の瞬間、

 ドンッ

 「!」
 「タマッ」
物凄い地響きと共に地面が揺れ、珠生は反射的にラシェルにしがみ付いてしまった。




 「う・・・・・っ」
 背中の熱さを感じる間もなく、ラディスラスは物凄い風圧でかなりの距離を飛ばされた。そこは柔らかい草の上などではなく硬い
石や土の上で、一瞬息が詰めてしまい、そのまま蹲ってしまう。
 「ラディ!」
 それでも、意識は明白で、自分の名前を呼ぶ珠生の声ははっきりと聞こえた。泣きそうな声に向かって大丈夫だと返事を返し
てやりたいが、今は情けないが声が出せない。

 「・・・・・ラディッ!生きてるっ?死んじゃった?!」
 しばらくして、ラディスラスは荒々しく身体を揺さぶられた。それと同時に聞こえてくる言葉で、誰だというのは分かったものの、何だ
かおかしくなって・・・・・咳き込んでしまった。
 「ラディ!」
 生きてるか、死んでいるか。死んでいたら返事は出来ないぞと頭の中で言い返す。
 「生きてるねっ?生きてるっ?」
 「・・・・・」
自分に縋ってそう叫んでいる珠生の言葉を聞くのはいい気分だったが、これ以上心配をさせるのは可哀想だろう。
ラディスラスは一度大きな息を吐いた。身体の節々は痛むものの、どうやら骨が折れたという感じではない。再度、何度か呼吸を
繰り返したラディスラスは、ゆっくりと目を開けて・・・・・自分を覗き込む濡れた黒い瞳に向かって笑みを浮かべた。

 地面に打ち付けられた衝撃は強かったものの、ラディスラスはゆっくりと身体を起こした。
 「ラディ、ここで休んでいろ。確認は俺達が・・・・・」
 「いや、俺も行く」
気遣ってくれるラシェルの気持ちはありがたかったが、ラディスラスはどうしても自分の目で結果を見たかった。
あれだけの衝撃があったのだ、必ず結果は出ているはずで、それをこの目で確認出来ないというのはここまで来て悔しいと思う。
 「ラディ・・・・・」
 不安そうに自分を見つめてくる珠生に、ラディスラスはようやく何時もの調子で答えた。
 「これが上手くいったら、お手柄だぞ、タマ」
宝が見付かるかどうかはともかく、ここまできたのだ。自分達の行動の結末を、珠生と共に見るつもりだった。




 あれ程の大きな爆発というものを、イザークは初めて見た。
いや、それ以上に驚いたのが、あれ程のものを珠生の小さな手が生み出したということだ。
(これは・・・・・恐ろしいことになるかもしれない・・・・・)
 あの武器を使えば、戦いに負けるということはないかもしれない。人力も掛からず、武器も要らず・・・・・世界を制するということ
も夢ではなくなるかもしれない。
 「・・・・・」
 イザークは首を横に振る。珠生の存在は、けして王に知られてはならないと思った。ただでさえ自暴自棄になっている王が珠生
の力を知ったら、それこそ力ずくで奪い、無茶な戦争を起こしかねない。
 「イザーク、行くぞ」
 「・・・・・」
 ラディスラスはラシェルに肩を借り、その反対側では珠生が支えて(その役割は果たしていないようだが)自分を見ていた。
 「・・・・・いい、のか?」
 「当たり前だ。ここまで一緒にやってきた仲間だろう?」
 「・・・・・」
 「ほら」
そう言いながら先に歩き始める一行を見たイザークは、自分もゆっくりと歩き始めた。
(自分の目で確認しなければ・・・・・)
 バクダンの威力は分かった。後は、あの宝石の原石がどうなったのか、きちんと確認しなければならない。
しかし、今となっては、イザークは宝石の原石よりも珠生の未知数の能力の方が気になってしまい、目の前の細い背中から視線
を離すことが出来なかった。