海上の絶対君主
第五章 忘却の地の宝探し
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※ここでの『』の言葉は日本語です
あれ程の爆発だ。
今も白い煙がたち、洞窟の周りが崩れ落ちている様子を見れば、見付けたあの宝石の原石も原形は止めていないだろうと予測
出来た。
それでも、その欠片くらいは残っていて、いくらかの価値があるのではないか・・・・・ラシェルに肩を借りながら、ラディスラスはそう思っ
て歩いていたのだが。
「・・・・・っ」
「こ・・・・・れは」
「ミドリの・・・・・石だらけ?」
呆然とした珠生の言葉が妙に耳に残る。
その言葉の通り、崩れてしまった洞窟の岩の欠片の無数の場所に、光る緑の石が転がっていた。あの時に見た大きさ以上のも
のもあれば、小さいものもあるが、とにかくそこら中に濃淡様々な緑の石があるのだ。
「・・・・・凄いな」
どうやらこの洞窟は、穴自体が大きな宝石の原石で出来ていたようだ。運悪く途中まで掘った相手は、この石を掘り当てること
が無く撤退したのだろうが・・・・・これを見ればどんなに後悔するだろうか。
「・・・・・」
ラディスラスは足元に転がっている石を手にした。透明度の高いその石は綺麗に加工して売ればかなりの値段になるはずだ。
「タマ」
「・・・・・これ、本当に宝石?」
あまりの量に珠生は疑っているのか、ラディスラスが想像するような歓喜の表情を浮かべていない。そんな珠生の髪をクシャッと撫
で、ラディスラスは凄いなと褒めた。
「お前の手柄だ、タマ、良くやった」
ラディスラスは褒めてくれるものの、珠生はこれが本当に宝石なのかどうか半信半疑だった。
あの時、洞窟の中で見つけたくらいの大きさならば納得したかもしれないが、あまりにも量が多過ぎて本物かどうか疑ってしまうの
だ。
(テレビのドキュメントだって、宝石に良く似た石もあるって言ってたし)
「ん〜」
「どうした、タマ、嬉しくないのか?」
「そんなことはないけど・・・・・本当にかちあるのかな?」
「俺の目には本物に見えるが・・・・・イザーク、どうだ?」
ラディスラスがその名前を呼んだので、珠生も視線を向ける。イザークはその場に膝を付き、そこかしこに転がっている緑色の石
の一つを手に持って見つめていた。
「・・・・・多分、本物だと思う」
「え・・・・・ホント?」
「そうだろう?」
「どちらにせよ、宝石は加工次第で値が違うが、それでもこれほどの量ならば・・・・・かなりの金額になるはずだ」
「へえ〜」
(これ、本物なんだ)
珠生は感心してしまったが、自分が思っていた宝とは違うものに対して、何と言っていいのか分からなかった。
綺麗な石だとは思うが、女ではない珠生は宝石には興味がないし、出来れば金銀財宝を見つけて騒ぎたかったと思う。
だが、ラディスラスが命懸けでしてくれた行為で、この島に本当に宝といえる(まだ未満かもしれないが)ものが見付かったという
のは事実で、自分の思いつきに付き合ってくれたラディスラスに対し、珠生はありがとうと礼を言った。
「ラディのおかげ、ありがとう」
「お前があの地図を見付けたからだ」
「でも、ラディがここに連れて来てくれなかったら、ダメだったよ。ありがと」
「はは、イザーク、この一欠片貰うぞ」
「あ、ああ」
「ほら、タマ」
イザークに断ってラディスラスが珠生の手に乗せてくれたのは、卵位の大きさの石だった。キラキラと綺麗に光る緑色のその石は、
確かに幾らかの価値はありそうだ。
「・・・・・いくらくらいだろ?」
頭の中に浮かぶのは、下世話だがこの石の値段だ。珠生が訊ねるように仰向くと、ラディスラスはう〜んとそれに視線を落としなが
ら考えている。
「こういうものははっきりした値がつかないんだが、この大きさなら少なくとも500万ビスにはなるんじゃないか?」
「500万ビスって・・・・・」
(確か、1ビスが1円くらいで・・・・・!!)
「ええっ?これ、500万円もするのっ?」
「500万ビスだ。宝石は金持ちや王族が買うものだからな、付加価値がつけばもっといくかも・・・・・」
「だっ、ダメ!俺っ、もらえないよ!」
せいぜい、1万か2万くらいかと思っていた石が、そんなにも大金になるとは思わなかった。ラディスラスの口振りからはそれ程価
値があるとは思えなくて、これだけあってもせいぜい4、500万か、1000万になれば上出来なのかなと思っていたのだが、この石
が500万ならば、転がっている全てを考えると、軽く億・・・・・もしかして、何十、何百、ひょっとして何千億の価値にもなるかもし
れないのだ。
こんなにも高いものは貰えないとぱっと手から放り出したかったがそれも出来ず、珠生は強引にラディスラスの手に押し付け、自
分は足先に転がっていた小豆くらいの石を拾った。
「こ、これは、どのくらい?」
「まあ、10万ビスくらいか?」
少し、色が悪いからなというラディスラスの言葉に、10万でも多いような気がするなと思いながら、珠生はイザークに向かってオズ
オズと切り出した。
「こ、これ、貰っても、いい?」
「・・・・・そんなものでいいのか?」
イザークは一連の珠生の言動がとても信じられなかった。
確かにこの島にやってきたのはラディスラスのおかげだが、そもそも地図を見付けたのは珠生だし、今あの素晴らしい爆発によって
岩を粉砕した功労者は間違いなく珠生だ。
宝石の原石を取り出すにしては少々荒っぽいやり方だったが、あの方法でなければ、今頃この原石の塊を見つけ出すことはと
ても無理だったと思う。それ程の働きをした珠生に、こんな小さな欠片では申し訳なかった。
(あの大きさでも小さいくらいなのに・・・・・)
珠生がラディスラスに押し付けた石でさえ遠く及ばない、もっと多くの謝礼をしなければならないはずだった。
「お前達がいなかったら・・・・・この宝石は永遠にこの島の中で眠っていたはずだった」
「え?」
「私は・・・・・っ」
見付かったこの原石全ての所有権を主張しようとした自分が恥ずかしくてたまらない。
「イザーク」
「・・・・・」
「これ、おーさまにあげる?」
唐突にそう聞かれ、イザークは直ぐに頷くことが出来なかった。領土内で見付かったものを王に献上することはごく当たり前のこと
なのに、どうしても頷けなかった。
それは、王にこの原石の存在を知らせたとしても、彼が困窮する民のために使ってくれるとはとても考えられなかったからだ。
(きっと・・・・・御自分の私欲のために使われる・・・・・)
これだけあれば、かなりの民を救うことが出来るのに・・・・・。
「・・・・・」
「少しだけ、おーじに・・・・・ミシュアにあげられない?」
「それ、は・・・・・」
「今の家も悪くないけど、おーじの身体のためには、もっといーもの食べた方がいーし、薬代も、払わなきゃ、だし」
「・・・・・王子の生活は、それほど困窮されているのか?」
「だって、ねえ」
イザークは珠生ではなく、ラシェルに向かって言った。
今、ラシェルは常にミシュアの様子が見れるほど近くにいるはずで、ミシュアが生活に困らないように目配りも出来るはずだ。
海賊という生業のせいで、ラシェルの収入は多分親衛隊の時よりも多いはずだが、その金でミシュアの生活を助けてはいなかった
のだろうか?
自然と眉を顰め、問い詰める口調になったイザークに、ラシェルは淡々と言い返してきた。
「王子が受け取ってくださらない」
「何?」
「自分達のことは自分達で。そう、エーキと誓い合ったそうだ」
「・・・・・っ」
(何の力も無いあの男が、王子の一生をみることが出来ると思っているのかっ?)
なぜ、もっと強引に援助をしないのか、ミシュアのことをどれ程に思っているのか、イザークにはラシェルの気持ちが分からなかった。
いきなり目の前に出てきた宝石の原石の山。
これだけあれば国を立て直すことも夢ではないかもしれないし、もしかしたらジアーラの海に点在している島々を丹念に調べてい
けば、他にも同じように原石が眠っている場所も見付かるかも知れず、そうなればきっと、この国は昔のように緑豊かな美しい国
に生まれ変わることも・・・・・。
(・・・・・いや、無理だ)
ラシェルは直ぐに否定した。ここには、ミシュアがいない。前王も、いない。
現王の無茶苦茶な政策では、せっかく見付けた宝も、彼の私欲のために使われるだけだ。
「・・・・・王子の生活は、それほど困窮されているのか?」
その時、ラシェルの耳に、珠生とイザークの会話が聞こえてきた。
イザークのその問いは珠生にではなく自分に向けられたものだと思い、ラシェルはそうだと頷く。
「王子が受け取ってくださらない」
「何?」
「自分達のことは自分達で。そう、エーキと誓い合ったそうだ」
とても、無理な話だとラシェルは思っている。綺麗な夢だけでは生活は出来ず、現に自分達が見付けた時は、ミシュアは命の
危険さえあった。
エーキが精一杯出来ることをしているのはラシェルも認めるものの、彼がこの先、ずっとミシュアと共に生活出来るほどの金を稼
げるかといえば・・・・・疑問だ。
それとなく援助を申し込んでも、ミシュアもエーキも断ってきたので強く言うことも出来ず・・・・・それがじれったくも思っていた。
「・・・・・」
「イザーク、お前はどうするんだ?」
「・・・・・」
「これを、本当に全て王に献上するつもりか?」
イザークは頷かない。彼も迷っているのだと、その様子だけでもよく分かる。ラシェルにとってミシュアが唯一の主であるように、イザ
ークにとってもミシュアは今も・・・・・。
「王子を、呼び戻すつもりはないか?」
「・・・・・っ」
パッと、イザークが顔を上げて自分を見る。しかし、その瞳の中には驚愕や拒絶という色はない。もしかしたら、イザークの中にもそ
の選択があるのではないかとラシェルは思えた。
「王子を、呼び戻すつもりはないか?」
ラシェルのその言葉はイザークの胸を突き刺した。
今はもう皇太子ではないミシュア。彼のことを言葉に出すだけでも、現王に罰せられた仲間が何人もいた。イザークはそれを恐れ
たというわけではなかったが、半ば裏切られた思いがあったので、ミシュアの名前を口に出すことはしなかった。
それでも、心のどこかでは望んでいたのだ、ミシュアの帰国を。彼ならば、今の崩壊寸前のジアーラを救ってくれるのではないかと
思っていた。
そして、今、目の前にはその財源がある。
(後は、素晴らしい主君がいれば・・・・・)
「イザーク」
「・・・・・」
「今すぐには答えが出なくても、イザーク、これは避けては通れない問題だ。国を出てしまった俺が言うのもおかしいかもしれない
が、今お前の目が見ている国は、過去のジアーラよりも素晴らしい国なのか?」
「わ・・・・・たし、は・・・・・」
「イザーク」
再度名前を呼ばれ、イザークはゆっくりと首を横に振る。今この時点で、イザークは何も答えられない自分が情けなくてたまらな
かった。
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