海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 ラシェルとイザークが真剣な顔をして何かを話している。
珠生は傍にいるラディスラスを見上げた。
 「ねえ、どうなった?」
 「ん?」
 「イザーク、おーじに少しはくれるかな?」
 この世界での宝石の価値。
珠生にはまだ実感は湧かないものの、先ほどのラディスラスの話ではかなりの金額になるはずで、一欠片でもミシュアに渡すこと
が出来たら、生活は今よりもずっと楽になるはずだ。
(王子のためじゃない・・・・・父さんのためだしっ)
父がこれから先もミシュアと生活していくというのなら、少しでも楽な生活、いや、せめてミシュアの体調が回復するまでの間、何と
か2人が生活出来るだけの金があれば、父ももっとミシュアと共にいることが出来るだろう。
 「優しいな、お前は」
 「・・・・・っ、な、何言ってるんだよ!」
 けして2人を気遣ったわけじゃないと口では否定したが、ラディスラスの目は優しく細められていて、珠生はその目で見つめられる
だけでなんだか恥ずかしい気持ちになってしまう。
顔を横に逸らし、口を引き結んだ珠生をギュッと強く抱きしめてきたラディスラスに、珠生は顔を逸らしたままきつい口調で言った。
 「ケガしてるんだから、大人しくしてろ!」
 「タマ」
 「・・・・・っ、耳元で言うな!」
 「約束、覚えてるな?」
 「・・・・・え?」
 「ホ・ウ・ビ」
わざとゆっくりと言うラディスラスの言葉に、珠生はようやくあっと思い出した。

 「明日、全てが上手くいったら、俺に褒美をくれないか?」
 「・・・・・ほーび?」
 「そう。バクダンが上手く爆発して、あの石を取り出すことが出来たら。俺はヒイロだろ?」

 夕べ、命懸けの火付けの役をかって出てくれたラディスラスにそう言われ、珠生は思わずうんと答えたことを覚えている。
そもそも、自分の言葉を信じ、船を出してくれて、この宝石の原石が眠っていた島まで連れて来てくれたのだ。そのことだけでも、
珠生はラディスラスに感謝の気持ちを返したいと思っていた。
 「うん、覚えてる。何がいい?」
 今まで腹を立てていたことも忘れ、珠生は直ぐにラディスラスにそう訊ねる。
(俺が出来ることって・・・・・何があるだろ?)
金はもちろん持っていないし、美味しい料理を作るというのも今のところ自信はない。痛めてしまったらしい身体をマッサージするく
らいで許してくれないかなと、珠生は小学生の子供のようなことを考えていた。




 「うん、覚えてる、何がいい?」
 言下に否定してくるかと思ったが、意外にも珠生は直ぐに頷き、さらには自分から催促してきた。
(こいつ・・・・・全く分かってないな)
自分がどういうつもりで珠生にそんな条件を出したのか、精神的にまだ子供な、いや、それ以上に分かりやす過ぎるほどに単純
な珠生はきっと考えていないのだろう。それはそれで、珠生のいいところなのだが。
 「何でもいいのか?」
 「俺に出来ることだよ?」
 「当然」
 「あっ、それと、お金かかるものもダメ」
 「俺がお前にそんな要求すると思うか?」
 「思わないけど・・・・・いちおー、ホケン?」
 ホケン、とは何だろう?聞き返したい気もするが、今はそれよりも珠生が受け入れる気になっている段階で押していった方がい
いだろう。
 「・・・・・」
 ラディスラスは素早く周りを見た。ラシェルとイザークは、少し離れた場所で睨み合うようにしているし、他の乗組員達は珠生の
作った武器の威力と見付かった宝石の原石に興奮していて、今のところ自分達を気に掛けている者はいないようだ。
(今のうちだな)
 「タマ」
 「なに?」
 「本当にいいんだな?」
 「ラディ、けっこーしつこいなあ。オトコにニゴンはない!」
 「よし、その言葉信じるぞ」
胸を張った珠生に笑いかけ、ラディスラスは何気ない口調で言った。
 「お前の身体を貰う」
 「・・・・・俺の、からだ?・・・・・ニクタイロードー?何させる気?」
掃除、それとも、洗濯、料理?マッサージ(この意味は分からない)かと訊ねてくる珠生にふっと笑う。
 「抱かせてくれ、お前の身体」
 「ああ、俺のから・・・・・ええっ?!」
 「・・・・・」
(やっと、実感したか)
 大きな声を上げ、目を丸くして自分を見つめる珠生の顔が、次の瞬間から見る間に赤く染まっていき、ラディスラスはようやく自
分の意思が珠生に伝わったということが分かった。




 見付けたこの宝石の原石をどうするか。
王に献上するか、それとも前皇太子であるミシュアのために使うのか。ラシェルは責めるようには言わなかったが、イザークは自分
が追い詰められているのを感じていた。
 その時、
 「ええっ?!」
いきなり大きな叫び声が聞こえ、イザークはハッと視線を向けた。目の前にいたラシェルも同じように振り向いている。
 「なっ、何っ、なにそれ!」
 「・・・・・タマ?」
 顔を真っ赤にして、何やら興奮したように叫んでいる珠生だったが、いったいどうしてそんな状態になったのかイザークには分から
なかった。珠生の感情の機微に敏いはずのラディスラスがその前で笑っているのでたいした話ではないのであろうが、それでも今の
声のせいで、緊迫していた自分とラシェルの間の空気が和らいだのは事実だった。
 「・・・・・ラシェル、正直に言えば今この場で断言は出来ない。愚かだといわれている王でも、私は数年間仕え、共にこの国を
見てきたのだ、今の状況になったのを王だけのせいには出来ない」
 臣下の進言にも耳を貸さず、長老達にも頭を下げて意見を乞おうとしなかった王。しかし、その責任の一端には、臣下の自分
達も関係あるのではないか。
何時まで経ってもミシュアのことを皆が敬愛していたからこそ、王は孤立し、自棄になったのではないだろうか。
(王だけを・・・・・責めることは出来ない)
 イザークはラシェルに頭を下げた。
 「少し、時間をくれ」
 「イザーク」
 「少し・・・・・」
 「・・・・・分かった。ただ、イザーク、俺は自分だけが逃げるつもりはない。お前が決意すれば、何時でも協力する。それは、頭の
中に留めおいてくれ」
 「・・・・・」
イザークは頷く。ラシェルは口から出まかせを言う男ではない。この男が協力すると言うのなら、その命も掛ける・・・・・ラシェルはそ
んな誠実な男だった。




 そのまま、一同は浜辺へと戻ってきた。
時刻は昼をとっくに過ぎていたが、皆今回の成果に興奮しているので空腹感も感じていないらしい。
 一応、あの崩壊した洞窟の前には何人かの見張りを残してきたが、今のところこの島に誰かがやってくるということはないだろう。
あの洞窟を途中まで掘り進めてきた何者かも、船が難破してからそれ程時間は経っていないのでまだ準備も出来ていないはず
だ。
 「そんなに凄かったんですか?」
 「ええ、タマのあのバクダン、凄い威力でしたよ!」
 ルドーに褒められた珠生は、少し強張った笑みを浮かべた。
 「みんなのおかげ、だし」
 「・・・・・タマ」
 「え?」
アズハルは珠生の頬に手をあてると、そのまま自分の方へ向ける。
 「疲れたんですか?なんだか元気がないようですが・・・・・」
 「う、ううんっ、全然!」
今回はエイバル号に残っていたアズハルだったが、本当に宝が見付かり、その宝・・・・・宝石の原石を探し当てたことの祝いの祝
宴に、ようやく島に上陸をしている。
 真昼間から酒を酌み交わすということは、珠生にはあまり感心出来ないことだったが、海賊の間では珍しいことではないらしい。
皆興奮しているので酒宴は直ぐに盛り上がって、日が暮れ始める頃にはそこかしこで裸になって踊ったり、歌ったり、小さな喧嘩
をしたりと、大きな騒ぎになっていた。
 「食欲もないようですけど」
 「・・・・・胸が、いっぱいだから」
 「それは、無理もないですね。私も先ほど見に行ってきましたが、あれ程の宝石の数、女性だったら直ぐに目が眩んで倒れてし
まうでしょう」
 ようやくにっこりと笑ってくれたアズハルに、珠生は内心安堵した。
(バ、バレなかったみたいだ)

 「お前の身体を貰う」
 「抱かせてくれ、お前の身体」

 あの宝石が見付かった場所でのラディスラスの言葉に、珠生は直ぐに嫌だとは言わなかった。
あまりにも驚いたせいということもあるし、約束は守ると言った手前もあるし・・・・・なにより、珠生自身が本当に嫌だと感じなかっ
たことが一番大きな理由だった。
(一度は、エッチ・・・・・しちゃったし)
 流された上でと思っているが、本当に嫌だと思っていたら今もラディスラスと一緒にはいないはずだ。今もこうして一緒にいて、憎
からず思っていることが自分の答えなのではないか・・・・・なんだか、そういう風にも思ってしまっている。
 それでも、あの時直ぐに頷くことはやはり抵抗があって、結局は返事を保留してしまった。だからではないが、珠生は時折横顔
に注がれるラディスラスの視線に胸をドキドキとさせていた。
 「それで、結局あの石は誰のものに?」
 「ラディにまかせてる」
 「タマは?自分の権利を主張しないんですか?」
 「ん〜。宝石もらっても、じっさい困ると思うし。あ、これはもらったけど」
 珠生が服のポケットから出した小さな欠片を見せると、アズハルはふっと笑って珠生の頭を撫でてくれた。
 「欲が無いんですね、タマは」
 「そんなことないよ。でも、やっぱりあれは俺のものじゃないって気がするから」
真剣に話し合っていたラシェルとイザークは、その後珠生とラディスラスに自分達が話していた内容をそのまま告げてきた。
一国を救うほどにこの宝石が役に立つのかどうか実感は無かった珠生だが、それでも誰かの役に立つのなら使ってもらっても構わ
ないと思ったし、ラディスラスも同様だったらしい。
ただ、船の経費分と、乗組員達の小遣い分はちゃっかり貰う約束は取り付けていた。
 「・・・・・」
 そこまで考えた珠生は溜め息をついた。どうもラディスラスのことを考えると、あの言葉が自然と頭の中に浮かんできてしまう。
(逃げるなんて、卑怯だよな)
何らかの答えは伝えなければ・・・・・珠生はそう決意したものの、やはりどこかで逃げたいと思う気持ちがあって、
 「あっ、タマ、それはっ」
 「んぐんぐ・・・・・ん?」
 気を逸らすように、自分のすぐ傍に置いてあった木の器の中に入っていた飲み物を一気に飲み干した珠生は、アズハルを振り
返った・・・・・つもりだが、どうも視界が定まっていない気がする。
 「・・・・っく」
(・・・・・あれ?)
 「タマ!」
何かおかしいと思った瞬間、珠生の意識はプッツリと途切れてしまった。