海上の絶対君主
第五章 忘却の地の宝探し
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※ここでの『』の言葉は日本語です
『・・・・・へぁ?』
ぽっかりと目を開けた珠生は、目の前が真っ暗だったことに思わず変な声を出してしまった。
つい先程までは、確かまだ空も明るく、それでいて皆酒を飲んだり、踊ったりと、まるで忘年会のようにはしゃいでいたはずだ。
『あ』
そこまで思い出すと、珠生はパッと反射的に起き上がった。
『俺・・・・・もしかして、酒飲んじゃった?』
直ぐ傍に置かれていた飲み物。口に入れた途端、喉がカッと痺れて、身体中が熱くなって、そのまま記憶はプッツリと途切れてし
まった。
今まで、もちろん酒を飲んだことはないとは言わないが、元々強い方ではないし、あの時飲んだものはかなりアルコールが効いて
いたようで、きっと自分はそのまま気を失ってしまったのだろう。
『・・・・・それで、この暗さなんだ』
どのくらい眠っていたのかは分からないが、それは10分、20分の短い時間ではないはずで、だからこそテントの中はこんなにも
暗いのだ。
『・・・・・』
(ラディ・・・・・いない)
同じテントの隣にいるはずのラディスラスの姿は見当たらず、珠生はどうしようと焦ってしまった。いくら酔い潰れたとはいえ、その
前の、ラディスラスとの約束までを忘れたわけではない。
「抱かせてくれ、お前の身体」
『うわあぁぁっ』
再びラディスラスの言葉を思い出し、思わず声を上げて、焦って自分の手で口を押さえた。一連のその行動は傍から見たら滑
稽極まりないはずだ。
(ラディ、もしかして怒ってるのか?)
約束をしたのに、珠生がこうして酒に酔い潰れてしまったのは、わざとじゃないかと疑っているかもしれない。珠生自身はラディス
ラスに何らかの返答をしなければと考えていたので不可抗力なのだが・・・・・それも、単に言い訳と取るかもしれない。
『・・・・・っ』
珠生は唇を噛み締めたが、モゾモゾと身体に掛けられていた毛布を取って動き始める。どちらにせよ、今こうして目覚めてしまっ
たのだ、知らん顔をして逃げることは出来なかった。
(ん?)
珠生が眠っているはずの天幕の出入り口が揺れたのに気付き、ラディスラスは手にしていた酒の杯を置いた。
「お頭」
「ああ、お前達は適当に飲んでろ」
馬鹿騒ぎが終わり、見張り以外の者達はそれぞれ思い思いに休んでいる。
ラディスラスも、珠生の眠る天幕で休むのが本当なのだが・・・・・さすがに無防備なあの寝顔を見てそのまま襲ってはならないな
と考え、見張りの乗組員達と酒を飲んでいたのだ。
だが、どうやら珠生は目が覚めたらしい。いきなり強い酒を飲んだ上での身体の調子も心配で、ラディスラスは直ぐに天幕まで
歩いて行った。
「タマ」
「!」
声を掛けると、珠生の身体が揺れたのが気配で分かる。
倒れてしまう前までの記憶がちゃんと残っているのかどうか、ラディスラスは確かめるために冗談交じりに言った。
「上手く逃げたな、タマ」
もちろん、珠生がわざと酒を飲み、倒れたとはラディスラスも思ってはいない。あのまま酔わなかったとしても、珠生が自分の言葉
に対してどんな対応を取っていたかは、想像をするしかない。
それでも、一応は大人しく引き下がった自分の気持ちを言っておきたかった。
「・・・・・」
ラディスラスはもう闇夜に目が慣れてその表情も分かったが、珠生はまだよく見えていないのだろう。忙しく視線が揺れていたが、
やがて口から出てきたのは思い掛けない謝罪の言葉だった。
「・・・・・ごめん、ラディ」
「ん?」
「俺、酒だって思わなくて・・・・・ホントに、ごめん」
「タマ」
俯いて、そう呟くように言う珠生に、ラディスラスは笑いながら自分の言葉を否定した。
「悪い、今言ったことは嘘だ」
「・・・・・」
「タ〜マ、頼むからそんな顔するなよ」
それでもなかなか顔を上げない珠生の気を何とか紛らわしてやりたくて、ラディスラスは手を伸ばし、柔らかな頬を摘んで軽く引っ
張ってみせる。
「ほ〜ら、笑えって」
「・・・・・っ」
突然、珠生の手が、ラディスラスの背中に回り、きつく抱きしめてきた。その強さが珠生の今の思いだと思えば嬉しくて、ラディス
ラスは口元を綻ばせたまま更に抱きしめる腕に力を込めた。
どうやら、ラディスラスは怒っていないらしい。
ほっとして、それ以上に自分を気遣ってくれるラディスラスの気持ちが嬉しくて・・・・・ただ、一方では自分と彼が大人と子供ほど
に精神年齢が違うらしいことが悔しくて、珠生はしばらくラディスラスの胸に顔を埋めたままでいた。
(今の顔・・・・・見られたくないっ)
どのくらいか・・・・・ラディスラスは珠生の感情が落ち着くのを待ってくれていたようだが、やがて、少し笑みを含んだ言葉で聞いて
きた。
「タマ、それで?」
「・・・・・なに?」
「返事、今聞かせてくれないのか?」
「・・・・・!」
(そ、そうくるっ?)
あの話はもうこれで終わったと思っていたし、だからこそ素直に謝ったのだが、改めて答えを促されるとどう返答していいのか分か
らなくなってしまう。
「何でも願いを聞いてくれるんじゃなかったか?」
珠生が動揺して何も答えられないということが分かっているはずなのに、ラディスラスは更に追い詰めるように言葉を重ねて聞い
てきた。このまま黙って逃げることは許してもらえないような雰囲気に、珠生はどう言葉を誤魔化そうかと悩んで、考え、やがて頭
の中にふっと出てきた単語に縋った。
「か、身体っ、洗えないだろっ?」
「身体?」
「その、えっと、し、した後、とか、身体汚れても、ここ、お風呂ないしっ、だから、また帰ってから考える!」
「・・・・・問題はそれだけなのか?」
「そ、それって大事なことだぞ!」
「・・・・・ふ〜ん」
「・・・・・」
(な、なんだろ?)
まだラディスラスの腕に抱きしめられている状態で、こんな話はしない方が良かったのだろうか。
心配になってしまった珠生はジリジリとラディスラスの胸から逃れようと身体を引き離し掛けたが、そんな珠生の行動は予め予想し
ていたのか、ラディスラスは更に強く抱きしめてきた。
「その問題なら直ぐに解決出来るぞ」
「え?」
「どうだ、ここでならいいだろう?」
ラディスラスが余裕たっぷりに珠生を見下ろせば、珠生は黙って前方を見ていた眼差しをラディスラスに向けてくる。
その目の中には驚きと戸惑いの色があったものの、激しい拒絶はない。それに力を得たラディスラスは、珠生の肩を抱き寄せなが
ら言った。
「これだけ湯があるんなら、どんなに汚れても綺麗さっぱり洗い流せるぞ」
身体が洗えない・・・・・その珠生の言葉が拒否する理由の全てとは思わないが、もしもそうなら、この島では簡単に解決出来
るものがあるとラディスラスは直ぐに思いついた。
それは、この島に着いた当初見付けた湯の湧き出ている泉、珠生の言う《オンセン》だ。
ここならば、どんなに身体を汚しても、それこそ珠生の身体の中まで綺麗に洗うことが出来る。
「タマ、これでいいのか?」
「・・・・・」
浜辺からここまで珠生を連れてくる間、本当に意味が分かっていないようで何度もどこに行くのかと聞いてきた珠生。
まさか、このオンセンに連れて来られるとは想像もしていなかったらしく、かといって自分の言ったことを簡単に取り消すことも出来な
いようで、忙しく何かを考えているようだ。
「・・・・・で、でも、声、とか」
「ここまできたら、誰にも声を聞かれやしない」
たとえ聞かれたとしても、わざわざ覗きに来る命知らずな人間はいないだろう。
「だ、誰か、来ない?」
「みんな寝てる」
ラシェルやイザーク、そして珠生の保護者的役割のアズハルも、自分達が浜辺から移動するのを気付かなかったはずはない。
しかし、彼らは自分達を止めようとはしなかった、それが答えだとラディスラスは考えている。
「タマ」
「・・・・・」
「俺に抱かれるのが嫌か?」
珠生の身体を胸元に抱き寄せ、ラディスラスはその顔を覗き込むようにして言う。意識して低く、甘く、閨を共にする者にしか聞
かせない声に、腕の中の珠生の身体が震えた。
「・・・・・い、嫌っていうか・・・・・」
「いうか?」
「お、俺、男、だし」
「ああ、俺と同じもの付いているからな」
ラディスラスは珠生の腰をさらに強く抱き寄せた。
珠生とラディスラスの身長差は30センチほどある。
当然、手足の長さや腰の位置も違って・・・・・ラディスラスの下半身は、珠生の腹近くに当たるのだが。
(あ、当たってるって!)
既に、少しだけ勃っているラディスラスのペニスの存在を明確に感じてしまった珠生は、身体が硬直してその胸を突き放すことも
出来ない。
いや、ラディスラスの身体の変化に自分まで意識してしまって、身体に変化が生じてきている気がする。
(ま、拙いよっ)
性体験がラディスラス限定の珠生は、我慢するという方法がよく分からない。それでも、ラディスラスの足に自分のペニスが当たっ
てしまった瞬間、焦って逃げようとしたのだが、ラディスラスの腕の力は緩まなかった。
「お前も感じているんだろ?」
「おっ、俺は!」
「愛してる、タマキ」
「!」
何時ものからかうような呼び方ではなく、きちんと自分の名前を呼ばれ、それが男の手管だとは思うのに、胸が急激に弾んだこ
とは誤魔化せない。
「ラ、ラディ」
「抱くぞ」
そう言うのは、珠生の意志を確認してくれるつもりなのだろうか・・・・・?
ここで、本当に嫌だと言えばラディスラスは逃がしてくれそうな気がする。しかし、珠生はじっと自分を見下ろすラディスラスの目を見
返して、不意にラディスラスの服を掴むと、いきなり身を屈めさせた。
「・・・・・っ」
下からのぶつかるようなキスを直ぐに解くと、ラディスラスはさすがに驚いたような表情になっていて、その顔を見てようやく対等にな
れた気がして満足した珠生は、にっと笑って言い放った。
「今日は上手くしろよ?痛いの、ゼッタイ嫌だから」
そう言うのが、珠生にとっては精一杯の誘いだった。
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