海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 ラディスラスから少し離れた場所で、珠生は自分の服を脱ぎ始める。
初めてこの温泉を見付けた時は、それこそ風呂に入る感覚でパパッと脱ぎ捨てていたが、今から自分達がすることを考えると、珠
生の指はなかなか進むことが出来なかった。
 「・・・・・」
 そんな時、背中を向けていたラディスラスが笑ったような気配がして、自分の動きが何か変なのかと、珠生はチラッと後ろを振り
返った。
(うわ・・・・・っ)
 ラディスラスは既に上半身は裸になっていた。船上での生活では、彼の、いや、ほとんど全員がしょっちゅうこんな格好をしている
し、同じ男である珠生は気にすることも無かった。しかし、やはりこういうシチュエーションになると照れてしまう。
 ラディスラスは珠生の方を見ていたらしく、視線が合うとにっと笑いかけてくる。それにも反応して顔が紅潮してしまうのを自覚しな
がら、珠生は口だけは何時もと同じように強がった。
 「何がおかしい?」
 「ん〜?こういう展開は初めてかもと思って」
 「テンカイ?」
 「脱がすことは慣れているが、お互いが自分で服を脱ぎあってるなんて、ちょっとまぬけと思わないか?」
 それは、自分が今までこういう関係になった相手が結構いるという自慢なのだろうか。同じ男としてはもちろん、今からセックスを
しようという相手に対して、これはデリカシーのない言葉に聞こえた。
 「ラディ・・・・・」
 眉を顰め、低い声で名前を呼ぶと、敏い彼は直ぐに珠生の思いを悟ったらしく、すまんと謝ってきた。
 「今言うべきことじゃなかった」
 「そーだよ」
同じ男の目から見てもラディスラスはカッコイイのだ、今まで女にもてなかったと言う話をされる方が嘘くさい。
そんな、過去、彼と関係を持ってきた相手全てに嫉妬していたら大変だと思うと共に、自分と出会ってからの彼の眼差しがどこに
向けられているのか、自意識過剰ではないが分かっているつもりなので、それについては文句を言うこともない。
 ただ、面白くないという思いだけは確かにあって、珠生は服の前が肌蹴た自分のペッタンコな胸を見下ろして、はあと情けなく溜
め息をついてしまった。
(別に、巨乳になりたいわけじゃないぞ)




 どうやら自分の失言は聞き流してくれるらしい珠生に安堵し、ラディスラスはクシャッと髪をかきあげた。
(あ〜、らしくないよな)
失言が出てしまったということは、それだけラディスラスが緊張しているということだった。
 今まで散々悪戯をしたし、一度は最後まで身体を重ねた関係だというのに、改めてこういう雰囲気で珠生と向かい合うと、な
んだからしくもなく落ち着かない。
 今だって、綺麗な月明かりの下では意外なほど周りの光景は鮮明に目に映り、珠生の日に焼けてもまだ白い肌を見て確実に
自分の身体に変化が生じたことを誤魔化したくてとっさに馬鹿なことを言ったが、これでやっぱり止めると言われなくて良かったと心
底思った。
(・・・・・もう、行動した方がいいな)
 このじれったさに気持ちが慣れないのならば、早く自分の慣れたやり方に持ち込んだ方がいいかもしれない。
そう思ったラディスラスは、再び背を向けた珠生を背中から抱きしめた。

 「!」
 大きく揺れた身体に気付かなかった振りをする。
上半身はかなり脱いでいたのか、襟元は少し歯で服をずらせば簡単に白い項が剥き出しになって、ラディスラスはそのまま軽く歯
をたて、ペロッと舌で舐めあげた。
 「ひゃっ!」
 「・・・・・」
 「ラ、ラディッ」
 珠生は逃げ出そうと身体を動かすものの、ラディスラスは腕の拘束を解かなかった。そのまま腹に回った手で、胸元へと指を動
かせば、もう一度ラディと泣きそうな声が聞こえる。
 「タマ?」
 首筋から顔を上げたラディスラスが名前を呼ぶと、珠生は胸元に回した手を強く握り締めながら言った。
 「・・・・・顔・・・・・見えないと、やだ」
 「タマ・・・・・・」
可愛いことを言う。珠生は自分を愛撫しているのがラディスラスだとはっきり確認したいのだと言っているのだ。
もちろん、ラディスラスも可愛らしい珠生の表情の変化を見たくて、そのまま腕の中で身体の向きを変えると、縋るように自分を見
つめてくる黒い瞳に笑いかけながら唇を重ねた。




 「んっ」
 キスは、もう何度もしている。
ラディスラスはとても上手くて、それだけで珠生の欲情に火をつけるように珠生の口腔内を愛撫した。
舌を絡めることも、お互いの唾液を交換し合うことも、珠生はラディスラスとのキスで初めて知って、今もただ彼にリードされるまま、
受け止めるだけで精一杯だ。

 チュク

 生々しい水音が恥ずかしくてラディスラスの背中を拳で叩いたが、催促と取ったのかキスはますます深く、濃厚になり、やがて飲
み下せない唾液を唇の端から零しながら珠生の足から力が抜けると、ラディスラスはしっかりと片腕で支えてくれた。
 「・・・・・はっ、はぁ、はぁ・・・・・はや、すぎっ」
 性急過ぎることを詰るものの、その声は情けないほどに小さくて掠れている。ラディスラスはすまないと言いながら、珠生の頬に唇
を寄せてきた。
 「ようやく抱けると思ったら我慢出来なくてな」
 「よ、やく?」
 「これでも、辛抱強く待っていた方だぞ?」
 俺にしてはなと言うラディスラスの言葉に、珠生は少しだけ、あくまでも少しだけ、悪かったかもという気持ちになっていた。
何度も自分にアプローチを掛けてきたラディスラス。しかし、珠生はそのほとんどを悪ふざけだと思い、ラディスラスには文句ばかりを
言っていた。
 この不思議な世界に初めてやってきた時、最初に助けてくれたのはラディスラスで。
死んだと思った父親を捜し出してくれたのもラディスラスで。
今回の、自分が思いついて口にしただけの宝探しを現実のものにしてくれたのも・・・・・ラディスラスだった。
 「・・・・・ラディ」
 珠生は、ラディスラスの胸に頬を摺り寄せる。
太陽と、潮風の匂いがする、自分が憧れてしまうほどの逞しい身体。しかし、これは単に憧れだけで終わるのではなく、自分のも
のに出来るのだ。
(俺の、だもん)
 「ラディ」
もう一度珠生が名前を呼ぶと、ラディスラスは珠生を抱きしめたままその場に膝をついた。




 全ての身体の力を抜いて自分に預けてくる珠生の身体をその場に押し倒そうとしたラディスラスだったが、背中が地面に着いた
途端、見下ろす珠生の顔が歪むのが分かった。
 「・・・・・いたい」
 「痛い?」
 「背中、いたいよ」
 珠生のその言葉に、ラディスラスはとっさに身体を抱き上げた。
湯が沸く泉の周りは溶岩のようなゴツゴツとした地面で、身体を横たえて痛くない草むらや土とは少し違う。柔らかな珠生の肌は
直ぐに傷付いてしまいかねず、ラディスラスもどうしようかと考えてしまった。
(まさか、また浜辺に戻ろうなんて言えないしな)
 せっかく珠生がその気になってくれているというのに、周りに多くの人間がいる中で身体を重ねると言えば必ず拒絶されることは
分かる。
ただ、止めるという選択肢はラディスラスの中には無かった。
 「俺の上に乗るか?」
 「・・・・・え?」
 「俺が仰向けに横になるから、お前が跨って・・・・・」
 「やだ!それってヘンタイだぞ!」
 「そうか?」
 愛し合っていればどんな体位をとってもおかしくはないのだが、それをまだお子様の珠生に言っても通じないだろう。
 「注文が多いな、お前は」
 「・・・・・いや?」
 「まさか。それを叶えることが面白い」
自分に従順なだけの相手では物足りないラディスラスは、珠生くらい面倒くさい相手の方が征服感を満足させる。何より、愛し
ていればどんな我が儘も可愛いと思えるものなのだ。

 「・・・・・で?」
 「ん?」
 「・・・・・これ、何?」
 「何って、これが一番いい方法なんじゃないか?」
 そして今、ラディスラスの膝の上に珠生は乗っていた。いや、正確には湯に浸かった裸のラディスラスの膝に、同じく裸の珠生が
子供のように座っているのだ。
(全く、ジャジャ馬め)
 この体勢になるまで・・・・・服を脱がせることから、暴れて大変だったのだ。
全然色っぽい雰囲気には見えないまま、子供の服を脱がせるように半ば強引に手を動かし、そのまま片手で抱え上げて、今よ
うやくこの体勢に落ちついたラディスラスは、やれやれというように濡れた手で珠生の髪を軽くすく。
(少しは色っぽい雰囲気になってもいいんだがなあ)
 だが、こんなやり取りも楽しくて、ラディスラスは自分の強引な行動に少々気分を害しているらしい珠生に、下からゆっくりと腰を
突き上げてみせた。
 「!」
 珠生の尻は、今ラディスラスのペニスの上にある。湯の熱さのせいで、直接的な欲情の熱さをまだ感じないかもしれないが、そ
れでも既に自分が珠生を抱く態勢が出来ているということには気付いたはずだ。
 「タ〜マ」
 「ラ、ラディッ」
 止めろという声は弱々しく、ラディスラスは浮力を利用していきなり珠生の態勢を変えた。
 「なっ?」
2人が向かい合う形、珠生がラディスラスの腰を跨ぐような体勢になり、お互いのペニスが触れ合っている。既に勃ちあがり掛けて
いた自分のペニスに触れている珠生のペニスも、目に見えて力を持ってきているようだ。
 「こ、これっ」
 羞恥のために珠生は足を閉じようとするものの、ラディスラスがしっかりと腰を抑えているので上手くいかず、かえってペニス同士
が擦れ合って、ますますお互いに快感が高まってきた。
 「んっ」

 パシャ パシャ

軽く腰を揺らし続けていると、そのたびに水音が一定の間隔で音をたてる。
 「ラ、ディッ」
 まだ、珠生の身体の奥深くに進入していないというのに、ラディスラスも湯の動きと珠生のペニスの感触に精を吐き出してしまい
そうだ。
(一度、出すかっ)
 自分が飢え過ぎて、乱暴に珠生の身体を引き裂かないためにも、緊張し過ぎた珠生の身体をもっと柔らかくするためにも、一
度共に精を吐き出した方がいいだろう。
 「うむっ」
 ラディスラスは下からすくい上げるように珠生に口付け、戸惑う舌を絡めとりながら、腰を支えていた右手を外し、お互いのペニ
スを一度に掴んで同時に擦り始めた。
 「ぐぅっ、んっ、ん〜っ」
 湯の抵抗でままならない動きが、返って刺激となって欲望が高まってくる。

 バシャッ バシャッ

夜の闇の中に、珠生のくぐもった息遣いと、大きく湯が跳ねる音が響いて、
 「!」
 一瞬、自分の舌が噛まれたかと思うと、珠生の背中が反らされて彼が射精したことを知ったラディスラスは、間を置かず口付け
を解いて珠生の首筋に歯を立て、自分も湯の中に快感の証を吐き出した。