海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し


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※ここでの『』の言葉は日本語です






      


 イザークは浜辺に立ち、じっと海を見つめていた。
 「お、大将、もう起きてたのか、早いな」
 「ようやくお宝が見付かったんだ、あんたも嬉しいだろう?」
口々に声を掛けてくるエイバル号の乗組員達。
口では大将と言ってはいるが、どうも彼らの意識の中には自分が討伐軍の一員、ジアーラ国海兵大将であるという認識が薄い
ような気がする。
 戒律の厳しい軍で生きてきたイザークには、その馴れ馴れしさに当初は眉を顰めることが多かったが、慣れると、それが彼らの
仲間に対する親愛の態度だということが分かってきた。
 幾ら自分達を捕まえる側の人間とはいえ、数日間船の上で寝食を共にしてきたイザークに、彼らは彼らなりの親しみを感じて
きてくれたのだろう。
 「・・・・・」
 そして、イザークの心の中にも変化が生まれてきた。
海賊行為を許せないという気持ちはいまだにあるものの、全ての者が悪人だと決め付けることはないかもしれない。生きていくと
いうことはそれだけ大変で、この行為も、きっと彼らなりの信念があるのだろうと。
 「イザーク」
 「・・・・・」
 そんなイザークにラシェルが声を掛けてきた。
 「夜が明けたな」
 「ああ」
 「・・・・・」
 「夕べ・・・・・いや」
イザークは言い掛けた言葉を飲み込んだ。
夕べ、ラディスラスと珠生が天幕を抜け出したことに、多分ラシェルも気付いているはずだ。
 夜が明けても戻ってこない2人。風に乗った微かな甘やかな声は、耳の良い者ならば確かに聞き取れたはずで、イザークは自
分自身胸の中が焦げるような思いがしていた。
(私は、タマを・・・・・必要としている)
 今の時点で、珠生の思いがどこにあるのかはあやふやだが、ラディスラスの強烈な独占欲はヒシヒシと感じる。それでも、彼が自
分の側にいてくれたら・・・・・そんな風に思ってしまう気持ちを即座には否定しきれない。

 「イザーク、お前はどうするんだ?」

 昨日、投げ掛けられたラシェルの問い。
たった一夜で決めることの出来ないものなのに、イザークはもう覚悟を決めていた。
長い間胸の奥底で温めていた思いがようやく表に溢れ出てきた・・・・・今はそんな気持ちだった。



       


 皆がいる浜辺へと戻ってきた時、既に日は昇り、一堂はそれぞれ活動を始めていた。
(む〜・・・・・っ、ラディがゼツリン過ぎだから悪いんだ!)
自分達が何をしていたのか悟らせず、こっそりと戻ってきたかった珠生だが、ラディスラスがしつこくセックスを続けたせいで、皆が見
ている中おぶってもらった状態で戻る羽目になったのだ。
 「タマッ」
 直ぐに、アズハルが側に駆け寄ってきた。
 「大丈夫ですか?」
 「な、な、何がっ?」
いったい、どういう意味でそんな言葉を投げ掛けてきたのか想像したくない。
珠生はラディスラスの背中をバンバンと叩いて下に下ろしてもらった。情けないことに許容量以上の物を突っ込まれていた箇所は
いまだに鈍痛を感じていて、足はガニ股になっている状態だったが、強引な笑みを浮かべてうんと頷いてみせる。
 「ぜ〜んぜん、ほらっ、大丈夫!ちょっと、サンポに行ってさ、ラディがまた変なコトしようとしたから、バツでおぶってもらっただけ!
身体が痛いなんてないし、歩けないこともないから!」
 口から出てくる言い訳をじっと聞いていたアズハルは、ふっと溜め息をついて珠生の頬に触れてきた。
 「朝食の用意が出来ていますよ、食べますか?」
言われた途端、まるで催促するかのように鳴った腹の虫。夕べはラディスラスとの約束が気になって満足に食べなかったし、人に
言えない急激な運動をして空腹は更に酷くなったようだ。
 「うん、食べる!」
 珠生はそう返事をすると、朝食の仕度をしているらしい乗組員達の方へと駆け寄ろうとしたが・・・・・どうしても、その歩みはヨロ
ヨロと情けないものになっていた。




 危なかしい足取りの珠生を心配して付いて行こうとしたラディスラスは、歩き掛けた腕をグイッと掴まれて振り向いた。
そこには、先程珠生に向けていた優しい眼差しとは正反対の目をしたアズハルがいる。
 「何だ?」
 「ラディ、自分とタマの体力を一緒に考えないで下さい」
 「・・・・・」
 「2人の同意があるのでしたら口を挟むことはしませんが、必要以上の性交はあの細い身体には大きな負担なんですよ?」
 「あー・・・・・うん、分かってる」
 アズハルの言いたいことは分かる。自分と珠生ではそもそもの体格にも大きな差があるし、体力などはきっと大人と子供ほどに
違うだろう。
そんなラディスラスが体力任せに珠生を抱き潰したと思われても、珠生のあの様子を見れば仕方がないかもしれなかった。
 「・・・・・まさか、無理矢理ではないでしょうね?」
 本人は自覚していないかもしれないが、十分珠生の保護者の役割を担っているアズハルの眉を顰めた表情に、ラディスラスは
思わず苦笑してしまう。
(本当に、味方の多い奴)
 「そこは心配するな、同意してる」
 「・・・・・」
 「俺も若いってことだ、アズハル」
(ようやく手に入れた身体を、満足するまで貪るのを止められなかった)
 珠生もこれに懲りたのならば、小出しでも自分に構ってくれるようになるかもしれない。
前回、初めて身体を合わせた時は半分騙し討ちのようなものだったが、今回は珠生も納得して受け入れてくれたのだ。今後は
恋人としての自覚も持って欲しいとラディスラスは願っていた。




 体力勝負の海の男の食事は朝からボリュームたっぷりだ。
珠生は香ばしく焼けた鶏肉の串焼きを差し出してくれた人物を見て笑い掛ける。
 「おはよー、ラシェル」
 「・・・・・おはよう」
 「・・・・・?何?」
 挨拶の後、じっと自分を見つめてくるラシェルに首を傾げて訊ねると、口数の少ない彼はいやと言って引き下がった。
(何だろ?)
珠生はその後ろ姿を見送り、やがて自分の身体を見下ろす。今は砂浜に座っているので情けない歩きを見せているわけではな
いし、顔だって普通の表情のはずだ。
(夕べのことなんて・・・・・分からないよな?)
 これだけ気をつけているのだ、自分とラディスラスの間に何かあったなど誰も気付かないはずだと、珠生は頭の中にモヤモヤと浮
かび上がりそうになった不安を振り払い、ガブリと肉に齧り付いた。




 本人はどうやら分かっていないようだが、どう見ても《何かあった》ようにしか見えない。そして、そんな珠生を見ていることが辛く感
じる自分に、イザークは居たたまれない思いを抱いていた。
(あの男・・・・・)
 こんな野外で、しかも、こんなにも華奢な珠生相手に、歩くのさえままならないほど無体を強いたらしいラディスラスを憎らしく思
うものの、今の自分にそれを注意する資格がないということも分かっていた。
(今の私には・・・・・)
 「イザーク」
 「・・・・・っ」
 イザークが唇を噛み締めて俯いていると、明るい声が横から掛かる。そこには、先程まで少し離れた場所に座っていたはずの珠
生が直ぐ側にいた。
その両手には、良く焼けた串焼きが握られている。
 「・・・・・」
 まるで子供のようなその姿に思わず笑みを浮かべれば、珠生はパッと顔を耀かせてイザークに串を1本差し出してきた。
 「良かったあ、笑ってくれて」
 「え?」
 「イザークってば、さっきからむずかしー顔してたから。あの宝石のことで悩んでるのかなあって。昨日、俺、少しちょうだいって言っ
たけど、無理ならいいんだから。この国、大変らしいって聞いたし」
 「タマ・・・・・」
 「父さんとおーじは、俺がガンバって支えるよ」
だから、安心してと言う言葉が、酷く重く胸に響く。
この国と全く関係のない珠生でさえ、その現状を憂いで気遣ってくれているというのに、中心に立っている自分が決断出来なくて
どうすると思う。
 「・・・・・」
 「イザーク?」
 イザークは立ち上がり、珠生を見下ろした。
 「ありがたく、頂く」
 「え?あ、うん、作ったの、俺じゃないけど・・・・・」
珠生は今手にしている串の礼と思ったらしい、戸惑いながらそう応える様がとても愛らしかった。この素直で、突拍子もない行動
をする、不思議な力を持った相手を、ここで自分から切り離すなど考えられない。
(そう・・・・・私も、海賊の素質があるのかもしれない)
 数日間彼らと過ごしただけでそんな気分になるのは滑稽かもしれないが、人のものを奪ってでも欲しいと思うのは、もしかしたら
男の本能なのかもしれない。
 「・・・・・」
 イザークは戸惑いながら自分を見上げてくる珠生に微笑みかけ、やがて視線を別の方向へと向けると、途端に何かを決意した
険しい表情に変化させた。




 ゆっくりと自分に近付いてくる男をラディスラスは見上げた。
 「ラディスラス・アーディン」
 「ん?何だ?」
 「改めて、今回のことに関しては深く感謝する。貴殿達の働きで、我が国は滅びへの加速を止めることが出来そうだ」
海賊である自分達に向かって《貴殿》と言うだけ、イザークの硬い性格が垣間見えて思わず笑みを浮かべる。
 本来なら、追う側と、追われる側。永遠に交差などしない生き方を選んでいるはずだったが、本当に偶然、ここでその線が重な
り、交差した。
その道を選んだのは自分とイザークだが、切っ掛けは間違いなく珠生だ。
(あいつは、本当に面白い人生を見付けてくれる)
 「使い道は決めたのか?」
 「ああ」
 「どうする気だ?」
 「あれは、領土内から発掘されたものだ、このジアーラのために使うことが一番相応しいと思う」
 きっぱりと言い切ったイザークの言葉に、ラディスラスは一度だけ頷いた。既に彼に委ねたことに自分が口を挟む余地はない。
イザークは、ミシュアよりも現王を選んだということだろう。
(ラシェルはガッカリするだろうが・・・・・)
それもまた仕方ない・・・・・ラディスラスはそう思っていた。
 「・・・・・だが、このまま現王のために使うのもおかしいと思う気持ちに、目を瞑ることは出来ない」
しかし、イザークの話はまだ終わらなかった。