海上の絶対君主
第五章 忘却の地の宝探し
5
※ここでの『』の言葉は日本語です
(やっぱ、ジェイは料理上手だよなあ。これなんか、イモがゴロッとしているから余計に歯応えがあるし・・・・・サツマイモみたいに甘
いから、ちょっとカボチャコロッケみたいな感じもするし)
まだ十分に熱いコロッケを頬張りながら、珠生はラディスラスと並んで海を見ていた。
広く、青い海。こんな高所から見るとほとんど動きというものは分からないが、それでも何時までも見ていても全く飽きるということが
無かった。
「・・・・・んぐ」
(そうだ)
黙ってこうしていても別に良かったのだが、珠生はラディスラスを振り向いて聞いてみる。
「ラディのこわいものって何?」
先程の話の続きだ。ラディスラスは忘れたと思っていたかもしれないが、珠生はちゃんと先程のことを覚えていた(偶然思い出した
のだが)。
「ん〜」
「上がったら、教えてくれる、言った」
「まあ、確かに言ったな」
とうにコロッケを食べ終わっていたらしいラディスラスは、脂で汚れた指先を軽く舐め、なにやら考えるように空を見ている。
その仕草が少しだけ色っぽく見えてしまい、珠生の心臓はなぜかドキドキと鼓動を早くしてしまった。
(ラ、ラディ見てこんなになるなんて・・・・・あ!あれっ、あれだよっ、つり橋の上で出会ったら恋に落ちちゃうって・・・・・あれ?ちょっ
と例えが違うような・・・・・?)
結局、自分のドキドキの意味が分からない(分かりたくない)珠生は、残りのコロッケを慌てて口に放り込んだが、慌て過ぎて咽
てしまい、ゴホゴホと息を荒げてしまった。
「何してるんだ」
呆れたように言って、ラディスラスは水を差し出してくれるが、いったい誰のせいだと珠生は内心突っ込みながら水を飲む。
そんな珠生を見つめながら、不意にラディスラスは口を開いた。
「シオカラ」
「・・・・・ふ・・・・・へ?」
(何が、しおから?)
「せっかくタマが作ってくれるものだが、どうしてもあの見た目が苦手だな。味はまあ慣れてきたんだが・・・・・うん、俺の苦手はシオ
カラ」
「・・・・・それ、こわい?」
少し、意味が違うのではないかと、さすがの珠生も思ってしまった。ラディスラスが言ったものは怖いものではなく、どちらかといえば
嫌いなものというのではないだろうか。
(あ、でも、ラディ、塩辛苦手なのか・・・・・)
「ふふふ」
思わず、含み笑いが口から零れてしまう。
「タマ?」
怪訝そうにラディスラスが聞いてくるが、もちろん答えることはしない。せっかく知ったラディスラスの弱点を一番効果的な場面でつい
てやろうと、珠生は楽しい悪戯を頭の中で思い描いていた。
それからしばらくは2人で黙って海を見つめていたり、ささいなことで口げんかをしたりと、結構楽しく時を過ごしていたが、
「いい加減に下りてきて仕事をしてくれ!」
「・・・・・下りろって」
「・・・・・らしいな」
連絡管から耳をつんざくほどの大きなラシェルの声で言われてしまい、ようやく2人は下へと下りることにした。
「ゆっくりでいいからな、タマ」
今度は先にラディスラスが下り、手が滑ったとしても必ず受け止めてやると言われた安心感と、下を見ずに青い空だけに視線を
向けるようにしたので、上りとは全く違って足を止めることはなかった。
それでも、十分時間を掛けて下に下りた珠生は、直ぐに乗組員達に囲まれる。
「気分は?調子が悪いということは無いですか?」
アズハルはそう言い、医者としての冷静な眼差しで自分を見つめてくるが、心配掛けるような状況では全く無い珠生は、トントン
とその場でジャンプして見せながら大丈夫だと笑った。
「初めて見るけしき。すっごく、きれいだった!」
「・・・・・」
その言葉が本当なのか嘘なのか、見極めるようにじっと見ていたアズハルが、ようやくほっと頬を緩めてくれた。
「全く・・・・・。慣れない者はいきなり高所に上がると、何らかの精神的な疾患が表れる場合があるんですよ。とにかく、珠生が
高所も大丈夫なようで良かった」
「アズハル、俺ドロボーになったじゃん。あれ出来たんだから、大丈夫だって!」
「泥棒?」
「ほらっ、王宮に入ったろ?」
そこまで言ってようやく、アズハルはベニート共和国の王宮に忍び込んだことを言っているのだと分かったらしく、それは泥棒とは違
うんですけどねと苦笑した。
しかし、珠生にとっては高い所に登ったという点で、王宮も見張り台も同じ意味だった。
「あ、アズハル、俺、ご飯集める係り、するからっ」
「え?」
「魚釣り!ご飯、任せて!」
見張り台から下に下りた珠生は、早速ラディスラスの弱点を攻めるために、先ずはイカを釣らなければと考えていた。ついでに他
の魚も釣れば、今日の食事の材料にもなるだろう。
(塩辛には新鮮なイカが必要だもんな)
「テッドッ、釣りどーぐ!どーぐ貸して!」
ラディスラスは、早速テッドを捕まえた珠生を見て声を上げて笑いながら、楽しい時間の見返りで滞った船長としての仕事をする
ために歩き出した。
「ラディ、タマはいいのか?」
直ぐに自分に追いついたラシェルは、気になるように後ろを振り返って言うが、ラディスラスは大丈夫だと即答する。
「あいつは俺を負かす材料集めをするんだよ」
「え?」
「まあ、釣りをしていればしばらく大人しいだろ。何時まで我慢出来るかは分からないがな」
2人はそんな会話をしながら操舵室に入った。そこには近海の地図を含め、討伐軍の航路を記した紙もあった。
大きな戦が無くなった後、近年増えてきた海賊を取り締まる為に、領土が海に面した国々がそれぞれ派遣している先鋭部隊。
中でも、四大大国、ジアーラ国、カノイ帝国、エルナン国、ベニート共和国の討伐軍はかなり強大で、第一に用心しなければな
らない相手だった。
「疑われそうなものは全てコンラッドに置いてきたからな。武器を隠している二重の船底も、外側からしか開かないように改造した
し、わざわざ海にもぐってまで調べることは無いだろう」
「多分」
「今の俺達は、善良な海の旅人だ。それでも、みんなに用心は怠るなと言っておけよ」
「分かった」
「ああ、タマが作ったあれも、一応持ってきたから」
「あれって・・・・・あの、爆発する玉?」
「海の上でどれだけ役に立つかは分からないが、威力的には結構なものだしな」
珠生の華奢な手が作り出した、恐ろしい威力がある爆発物。大国の軍ならば所持している可能性もあるが、まさか個人的に
持っているとは誰も想像出来ないだろう。
「あんな恐ろしいもの、まさかタマが作れるなんて思ってもみなかった」
「・・・・・全く。ただ、あいつはそんな自分の力が恐ろしいものだという自覚が無い。だからこそ、俺達がきっちり見張って、守らない
といけないが」
珠生の能力は、知る者が知れば喉から手が出るほどに欲しいものだろう。今はその存在を知られてはいないが、こういうことはど
こからか知られてしまうものだ。
(絶対に、他にやるつもりは無い)
トントン
話が途切れた時、扉が叩かれて中に入ってきたのは、甲板長補佐のルドーだった。
「お頭、皆ちゃんと働いていますよ」
「久し振りの海だからなあ、張り切ってるんだろ」
そう言ったラディスラスは、ルドーを呼んで地図を指差した。
「後数日したら、ベニートの海域を出る。そうすると、何時討伐軍の見回りに当たるかは分からないからな、見張りは特に気をつ
けるように言ってくれ」
「タマ以外なら大丈夫じゃないんですか」
先程の騒ぎはルドーも見ていたらしく、含み笑いをしながら言う。もちろん、ラディスラスもその意見には大いに賛成だったが、一
応は珠生の擁護をしておいた方がいいだろうと思った。
「蹴られるぞ?」
可愛らしい顔に、華奢な身体をしているとはいえ、珠生もれっきとした男だ。蹴ってくる足の力はそれなりに強いし、語彙が少な
いながらも口でも負けずに文句を言ってくる。
(それぐらいでないと、面白くないけどな)
既に珠生の性格をかなり掴んでいると思っているラディスラスは、それもまた可愛いんだがと、他の者からすればノロケとしか思えな
いことを考えていた。
しかし、ふと、頭の中に別のことが過ぎり、呆れたのか黙っているラシェルに声を掛ける。
「もしかしたら、イザークに会うかもしれないな」
「・・・・・ああ」
「タマとは会わせたくないんだがなあ」
「・・・・・海は広いんだ。早々に出会うとは思わないが」
妙に珠生のことを気に入っているイザークと珠生を、どうすれば会わせなくて済むか。目下のところラディスラスの頭の中にあるのは
宝のことではなく、愛しい珠生のことだけだった。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・止めます?」
おずおずと声を掛けてきたテッドに、珠生はダメッと大きな声で言いながら首を横に振った。
昼前から始めた釣り。空はそろそろ赤くなり始めたというのに、珠生の横に置いている小さな樽の中には・・・・・片手で測れるほど
の小さな魚が3匹だけ、嫌味なほど元気に泳いでいた。
港の近くではない海の中、こんな小さな魚を釣るという方が難しいはずだ。現に、自分に付き合って釣りをしていたテッドの樽の
中には、30センチくらいはありそうな太った魚が数匹、樽の中で身動きも出来ないように嵌り込んでいた。
(おかしい・・・・・これ、絶対おかしいって!)
元の世界にいた時も、父とよく釣りに出掛けていた。その時は、何時も親子で食べきれないほどの量を釣り、近所の人や友達
にまで分けたほどだった。
『・・・・・餌っ、餌が悪いんだ、きっと!』
「タ、タマ?」
『くっそ〜っ!鰯とか、エビとか、ちゃんとあれば確実に釣れるのに〜っ!』
一つのことに集中している珠生は、何時の間にか自分の言葉が日本語に戻っていることに全く気付かず、テッドが戸惑ったよう
に自分を見ていることも分からなかった。
とにかく、もうイカを釣るということは置いておいて、一抱えほどある大物を釣るまでは止められない。
「・・・・・お、お頭、呼んできますね?」
「・・・・・」
テッドがそう言って立ち上がったことも、珠生は全く気付かなかった。
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