海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し






                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






     


(やはり、エイバル号か・・・・・)
 望遠鏡で小さく見える船影を見た、ジアーラ国海兵大将、イザーク・ライドは、口の中で溜め息を押し殺した。

 「ライド大将!海賊船です!」

ベニート共和国の海域を外れた場所で、見張りが見付けた船。
通常の貿易船や客船、漁船は、それと示す旗を掲げるのが各国統一の決まりで、それが無い場合は先ず海賊船といわれても
仕方が無いということになっている。
 ミシュアの治療で彼らがベニート共和国にいることは分かっていたが、まさかもう海に出ているとは思いもよらず、もしかしたらあの
船の中にミシュアがいるのではないかと危惧した。
 自分1人ならば、ミシュアの無事を確認出来るいい機会だと思うが、部下達の中にはミシュアのことを見知っている者も多い。
自分達の王子が海賊と共にいると分かるとどう思うだろうかと、イザークは上に立つ者として、部下のその気持ちが心配だった。
 「追いますっ」
 しかし、自分の心とは裏腹に、当然のごとく自分の船は、エイバル号に向けて突き進む。討伐隊の一角を担う者としては当然
のその行動に、イザークは見逃せと言うことは出来なかった。
(馬鹿な抵抗はするな、ラディスラス・アーディン)



       


 「え?イザークが来る?」
 「そうだ」
 ラディスラスに食堂に呼ばれた珠生は、その言葉に目を丸くし、その後パッと笑顔になった。
 「ちょうどいいよ!王子の元気なこと、おしえよーよ!」
術後、一度見舞いに訪れたイザークだったが、任務のためにその後は来ることが出来ない様で、くれぐれもお大事にと挨拶をし
ていたのを覚えていた。
 それほどにミシュアを気にしていたイザークに、今彼がどんなに元気か(まだ普通に動き回ることは出来ないが)知らせてやれば、
きっととても喜ぶに違いない。
 しかし。
 「駄目だ」
珠生の提案は即座に却下をされてしまった。
 「えーっ、どうして?」
 「いいか、よく考えろ、タマ。個人個人で付き合うのは勝手だというのは、それが普通の生業をしている者同士のことだ。俺達の
生業、お前も分かっているな?」
 「・・・・・海賊」
 「そうだ。そして、あいつは今、海賊を取り締まっている討伐隊の人間だ。そんな奴と俺達が馴れ合っているのを見たら、他の人
間はどう思う?」
 「・・・・・」
 ラディスラスに丁寧に説明をされて、珠生はようやくその意味が分かった。
ラディスラスとイザークの関係は、まさに警察と泥棒だ。そんな、全く相反する立場にいる者が親しげに口をきけば、ラディスラスより
もイザークの立場は随分と悪くなるだろう。
 俯いた珠生の髪をクシャッと撫で、ラディスラスは分かったなと言った。
 「今回、お前をここに閉じ込めておくことはしない。一ヶ所でも必要以上に警戒していると、かえって怪しまれるからな」
 「だ、大丈夫?」
珠生は急に心配になった。
今の自分達はどの船も襲っておらず、どこを見られても問題は無いはずだが、なまじ自覚(なんだか、自分自身も海賊だと思うよ
うになってしまった)があるだけに、今から何の対処もしなくていいのかと思ってしまうのだ。
 「ああ。兵士達は自由にこの船の中を見回るはずだが、足が付くものは絶対に見付からないはずだ。それよりもタマ、イザークの
姿を見ても安易に話しかけるなよ?あいつは俺達とは無関係・・・・・いいな?」
 「わ、分かった」
 珠生はコクコクと頷いた。
とりあえずラディスラスが心配ないと言うのならば大丈夫だろう。後は自分がへまをしないようにしなければと強く思ったが、そんな自
分の気負いをラディスラスがかえって心配しているということには、全く気付くことは無かった。




 討伐隊の船は思ったよりも早く到着した。
その場から動かず、殊勝に待っていたラディスラスは、甲板でイザークと向かい合う形になる。
 「渡り板を」
 「分かった」
 ラディスラスが合図を送ると、乗組員が板を渡した。2つの船はそれでしっかりと固定され、ゆっくりとした足取りで、イザークがエ
イバル号へと乗り込んできた。
 「・・・・・エイバル号、ラディスラス・アーディン」
 「いかにも。二度目だな、ライド大将」
 前回と同じ兵士がいるはずなのでそう言うと、イザークは少しだけ目を眇めた。その眼差しは海賊である自分を蔑んでいるように
十分見えたが、多分芝居ではないだろう。
(生真面目な男にとっては、俺達は・・・・・っていうより、俺達の生業は許せないことに違いないだろうしな)
 「海賊として、要注意人物として名前が挙がっている」
 「それは光栄だが、今回は空振りだな」
 「あらためさせてもらおう」
 「どーぞ、ご存分に」
 冷え冷えとした2人の会話。それだけを聞けば、まさか個人的に会うほどに親しい(少し違うが)間柄だとは誰も思わないだろう。
一瞬、ラディスラスの方へと視線を流してきたイザークは、直ぐに部下達に命じ、20人近くの兵士がいっせいに船の中に散ってい
く。
(タマ・・・・・大人しくしろよ)
 一応、ジェイのいる食堂か、アズハルのいる診療室にいるように、絶対1人にはなるなと伝えてあるが・・・・・その通りに行動して
いるのかは、今のラディスラスには分からなかった。




 どうやら、ラディスラスの方でも自分達が取るべき態度は分かっているらしい。
イザークは内心ホッと安堵しながら、自分も船の中を歩いた。
(前回も思ったことだが・・・・・良く手入れをされている)
 華美な装飾は無いものの、使っている板などはどれも上等なもので、それらがきちんと手入れされているということも見て分かっ
た。海賊といえど、船を大事にしていることは悪いことではない。
(だが、海賊という生業は、やはり受け入れることは出来ない)
 「操舵室、異常ありません!」
 「分かった」
 「1階船室、異常無し!」
 「他の応援に回れ」
 こんなにも大人しくあらためを受けるのならば抜かりは無いのだろう。
どんなに探しても、海賊の証拠など無い・・・・・そう思いながら、イザークは一室の扉を開けた。
 「あっ」
 「・・・・・」
 「あ、お、俺、何も無い、ですっ」
 「タマ、その態度の方が変ですよ」
呆れたように言う男に、どこがと焦ったように聞く少年のような青年。あくまでも知らない顔をしなければと思うのに、イザークの頬に
は微苦笑が浮かんでしまった。




 「始まった?」
 「みたいですね」
 外から聞こえる慌しい靴音や、話し声に、珠生はいよいよだと緊張してしまった。
絶対に誰かといるようにとラディスラスに言われたが、ジェイと共に食堂にいると何だか隠れているような気がして、珠生はアズハル
と共に診療室にいることにした。
 包帯代わりの布を巻いたり、解いたり、立ち上がって覗き窓から外を見たりと、落ち着かなく動く珠生を、アズハルは笑いながら
座っていなさいと声を掛けてくれ、珠生はようやく寝台に腰掛けると深い溜め息をついた。
 「ねえ、大丈夫と思う?」
 「今回のあらためは形式的なものでしょうから。よほど、誰かが彼らの前でおかしなことをしない限りは、前回よりも短時間で済
むと思いますよ」
 「そ、そっか」
(それなら大丈夫だよな。みんな、そこのとこは分かっているだろうし)
 皆の不安の元がどこにあるのか全く気付かない珠生は、信頼するアズハルにそう言われてようやく息をつきかけたが、

 バンッ

 「あっ」
けして荒々しくは無いものの、いきなり開いた扉の向こうを慌てて見れば、そこにはきっちりとした制服を着込んだイザークが立って
いた。
(イザークだ!)
 「・・・・・」
 彼は何も言わず、じっと自分の方を見ている。一瞬、頬が綻びかけた珠生だが、直ぐに引き攣った、硬い表情を作った。
目の前にはイザークしかいないが、他の人間に彼がエイバル号の人間と知り合いだということを知られてはならないのだ。
 「あ、お、俺、何も無い、ですっ」
 ちゃんと、自分は分かっているんだということを、イザークにも知らせるためにそう言ったのだが、あまりにも焦ったせいか声が上ずっ
てしまった。
 「タマ、その態度の方が変ですよ」
 「えっ?」
(そ、そんなに変だった?)
 笑いを噛み殺したようなアズハルの言葉に、反射的に彼を振り返った珠生は、次にイザークを見てしまう。
彼は何も言わなかったが、その頬には僅かな笑みが浮かんでいて、どうやらアズハルと同じ思いを抱いているらしいということを感じ
取ってしまった。
 「・・・・・ここは、診療室だな」
 「はい」
 「・・・・・助手は、1人か」
 「そうです」
 「少し、見せてもらうぞ」
 「どうぞ」
 珠生を置いてアズハルと会話をしたイザークは、本当に簡単に部屋の中を見て回った。
元々大きな家具など置いておらず、見るからに薬が入っている棚を見れば、ここがどんなことをするのかは疑いようがないだろう。
たとえ海賊の船でも、命を救う場所は必要だと、通常でも診療室のあらため時間は短く、簡単なものらしい。
 「邪魔をした」
 イザークも直ぐにそう言って背中を向ける。
このまま彼を行かせてもいいのだろうか・・・・・そう思った珠生は、とっさに隣にいたアズハルの腕を掴んでいた。
 「そ、そういえば、俺の友達、元気になったよねっ?もう、死んじゃう、ないって!」
 「・・・・・」
 イザークの足が止まった。その彼にもっと聞こえるように、あくまでも隣にいるアズハルに向かって続ける。
 「いいお医者さんいて、良かった!ねっ?」
すると、イザークはゆっくりと振り返り、お前の友人かと、静かな声で話し掛けて来た。