海上の絶対君主




第五章 忘却の地の宝探し






                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






 「そ、そういえば、俺の友達、元気になったよねっ?もう、死んじゃう、ないって!いいお医者さんいて、良かった!ねっ?」

 珠生の言葉に、背中を向けたままだったイザークの口元には自然に苦笑が浮かんだ。
(下手な芝居だ)
きっと、ラディスラスやラシェルから、自分とは知り合いではないという風を装えと言われたのだろうと思うが、その距離のとり方がとて
もぎこちない。
 きっと、嘘がつけないのだなと思えば更なる好感が生まれ、今回はそのまま立ち去ろうとしたが・・・・・思わず立ち止まり、珠生
を見つめてしまった。
 「お前の友人のことか?」
 「あ、うん!あ、はいっ」
 「病にふせっていたのか?」
 「そ、そうですっ。でも、いいお医者さんに見てもらって、元気なりました!もう、大丈夫だって!」
 「・・・・・そうか」
(王子・・・・・回復に向かわれているのか)
 治療して間もなく見舞った時は、まだ回復も悪く、話をすることもままならなかった。任務の関係で早々にベニートを出発しなけ
ればならなかったが、イザークの頭の中ではミシュアの容態への危惧は大きいままで・・・・・。
 しかし、この珠生の言葉からすれば、もう命の危険というのは脱したようで、本当に良かったと思わず深い安堵の息をついた。
 「・・・・・」
そして、改めてイザークは珠生を見つめる。神秘的な黒い瞳を持つ、無邪気な子供のような青年。
ミシュアのことが落ち着くと、今度はこの珠生のことが気になって仕方が無かった。いくら本人の意思だとしても、海賊に世話になっ
ているというのは、後々珠生にとっては余り良くない環境になるのは間違いない。
(出来れば・・・・・私が引き取ってでも・・・・・?)
 不意に頭の中に浮かんだ魅力的な提案。任務から戻ってきた時、珠生が笑顔で迎えてくれれば、どんなにか疲れが取れ、心
地良い空間がそこにあるか・・・・・。
 「・・・・・おい」
 「?」
 珠生は首を傾げて自分を見上げてくる。その表情につられるようにイザークの足が珠生に近付きかけた時、
 「駄目でしょう、タマ。今私達はあらためを受けているんですから、大人しくそれを受けないと」
そう言いながら珠生の肩を抱き寄せた麗人は、にっこりと笑みを(目は笑わないまま)向けてきた。
 「そうですよね?」




 アズハルに注意をされるまで、珠生はイザークが自分達と対立している側だということを一瞬忘れていた。
(うわっ、あれだけ言われてたのに〜)
このままイザークと会話を続けていたら、間違いなく墓穴をほっただろうと思う。珠生はアズハルを振り向いて、無言でありがとうとい
う意味の眼差しを向け、アズハルも分かったように頷いた。
 「・・・・・」
 そんな自分達の様子を黙って見ていたイザークの頬からは柔らかな笑みが消え、先程部屋に入ってきた以上に厳しい表情をし
て言う。
 「人数あわせをするので、皆甲板に出るように」
 「はい」
 「は、はい」
 「・・・・・」
 そのまま、背中を向けて部屋を出て行くイザークの後ろ姿を見送りながら、珠生は何だか寂しいなと思ってしまった。
確かに今の自分と彼の立場の関係は反発するもので、こうして笑い合うことなく別れることが普通なのだが、心のどこかでは本当
は知っているのにという気持ちが消えずにある。
(みんな仲良くなんて・・・・・子供の間でも無理なんだし、夢みたいな話だって分かってるけど・・・・・)
それでも、どうにかならないのかなと、珠生は考えてしまった。




 船内のあらためが終わり、甲板には船長のラディスラス以下、乗組員全員が集められた。
(タマ?)
アズハルと共に現れた珠生を見た時、その表情が少し暗いことに気付いたラディスラスは傍に寄ろうとしたが、
 「動くな」
 「・・・・・」
 イザークの厳しい声に、その場を動くことが出来なかった。
(何かあったのか?)
ずっと甲板にいてあらためを見守っていたラディスラスの耳には、騒ぎがあったという報告は聞かなかったし、アズハルの表情も何時
もと変わらないように見えるので、それ程大きな何かがあったとは思わないが・・・・・。
(今は動けないな)
 船長であるラディスラスの行動は常に監視されているので、下手な動きをしてしまうと返って問題を招いてしまう。今も、珠生の
名前を呼んでしまえば、兵士達の関心は珠生に行ってしまい、それによってあの珍しい黒い瞳もばれてしまうというわけで、今は
とにかく、じっとしているしかなかった。
(せっかく、イザークも無視を装ってくれているんだしな)
 「ライド大将っ、全員甲板にいるようです!」
 「分かった。航行許可書と人数を照らし合わせろ」
 船の規模によって乗り込む人数は決められている。
少ないのはまだいいが、それ以上に多いと、密航や人身売買の疑いもあるので、更なる厳しい詮議を受けることになってしまうの
だ。
 それについては心配はなく、どうやら、船底に隠し倉庫があることもばれてはいないらしいと、ラディスラスはそのまま書類を見てい
るイザークを見つめた。
男の手にしている航海日誌には、行き先はジアーラ国とあるので、その理由を聞かれ、どう答えるかと今から準備をしていた。
 「・・・・・行く先は、ジアーラ国への観光、とあるが・・・・・」
 「ええ、いい国だと聞いたもので」
 「・・・・・我が国を褒めてもらうことは悪くは無いが、その言葉をそのまま信じると思うか?」
 「信じるも何も、それが真実だ」
 どんな嘘でも、ラディスラスは笑って言えた。
確かに数年前まで、前王が統治していた時代までは、ジアーラ国は緑の多い美しい国で、いわゆる観光立国であったらしいが、
今の王となってからの国力の衰退は目に見える速度であるらしい。
 過去の同僚からその話を聞いたラシェルはかなりの動揺があったらしいが、いまだその国で王家に仕えているイザークは、更に深
刻な状況は分かっているだろう。
だからこそ、そんな国に今更、それも、海賊である自分達が行くことに疑問をもたれることも分かる。
 しかし、港に寄港するにはその国の名前を記した書類を提出しなければならないので、今回のように海賊行為ではなく、ある目
的があってジアーラ国領海内に入るのには誤魔化しが出来なかった。
 「・・・・・」
 イザークが自分を見つめ、ラディスラスも目を逸らすことなく見つめ返す。
すると、
 「・・・・・っ」
(おいっ)
イザークはそのままラディスラスに質問をせず、少し離れた場所にいる珠生の方へと歩み寄っていった。




 「聞くが」
 「ふぇ?」
 いきなり話しかけられた珠生は、驚いて思わず変な返事をしてしまった。
あのまま背中を向けて立ち去ったイザークが、まさかもう一度話しかけてくるとは思わなかったからだ。
 「ジアーラ国へ行くそうだが」
 「あ、はい、行くです」
紙を見ながら言うということは、そこに目的地の名前が書かれているということだろう。
少し、先程の自分の態度に落ち込んでいた珠生は、先程までのラディスラスとイザークの話を全く聞いていなかった。
 「何をしに?」
 「な、なにって、島のある国だから?」
 「島?」
 「タマ」
 隣にいるアズハルが自分の腕を引っ張った。えっと思った珠生が振り向こうとしたが、その前にイザークが身体を滑り込ませ、アズ
ハルとの距離を取らされてしまった。
 「島に観光に行くのか?ジアーラ国には様々な島が点在しているが・・・・・良かったらどの島か教えてくれないか」
 「・・・・・知りたい?」
 「ああ、知りたい」
少しだけ、イザークの頬に笑みが浮かんだのが見えて、珠生は先程の後悔がすっと消えるような気がした。
 多少は自分達の動向が気になるのかと思ったが、それを知人に対する興味ととってしまったのは、まだ珠生がこの世界の対人
関係を良く把握していないからかもしれなかった。
無関係を装うようにと言われたのに、相手がそんなことを聞くわけが無い。それは、珠生以外の者達は全員分かったことだが、当
の本人はその意識が頭の中からすっかりと抜け落ちていた。
 「えっと、べーへる島・・・・・だっけ」
 「ベーヘム・・・・・ヴィルヘルム島か?」
 「そう、それ!知ってる?」
 ジアーラ国に住んでいるイザークは知っているだろうと思って聞くと、イザークは少し考えるように空を見上げ、名前だけはなとポツ
ンと答えた。




(ヴィルヘルム島?人も住んでおらず、美しい環境とも言えないあの島に、わざわざ一団で向かうというのは・・・・・何か、あの島に
あるというのか?)
 嘘のつけない珠生の口から零れた島の名前はとても観光に適した場所ではなく、何らかの目的がなければジアーラの国民さえ
も近寄らないような所だ。
(そこに、海賊が向かう・・・・・理由)
 イザークはチラッとラディスラスに視線を向ける。その顔には苦笑が浮かんでいて・・・・・。
 「ライド大将?」
 「・・・・・この船に問題となるようなものは何も無かった。戻るぞ」
 「しかしっ、この船は!」
 「証拠もなく拘束をするのは越権行為だ。今はこのまま見逃すしかあるまい」
この船が海賊船だと分かっていて見逃すことは口惜しい気もするが、今の状況ではそうするしかない。
自分の命令で続々自分達の船へと戻っていく部下を見送り、最後に渡り板に足を掛けたイザークは、
 「ラディスラス・アーディン」
そう、ラディスラスの名前を呼んだ。
予め予期していたのか素直に歩み寄ってきたラディスラスの面前に顔を寄せ、イザークは自分達の船からこちらを見ている部下達
には聞こえないほどの声で言う。
 「お前、何を考えている?」
 「ご心配なく、略奪行為をするつもりはない」
 「・・・・・」
 「本当だ、それだけはな」
 そう言ってラディスラスは背を向け、向こうの乗組員が渡り板に手を掛けた。
(これ以上は言わないということか)
イザークが自分の船に乗り移ると、間髪入れずに渡り板は外され、エイバル号は進み始める。
 「お互い、無事の航海をな、ライド大将!」
 「・・・・・」
 次第に遠ざかる船を見ながらしばらく黙っていたイザークは、やがて甲板長の名を呼んだ。
 「我々も航路を変える。外海を回ってジアーラに帰国するぞ!」
どうしても、何も無いあの島で何があるのか気になって仕方が無い。イザークはエイバル号とは別の航路でジアーラ国に戻り、その
様子を探ってやろうと考えた。