海上の絶対君主
第六章 亡霊の微笑
12
※ここでの『』の言葉は日本語です
「・・・・・」
じゃれあっている珠生とラディスラスの様子を見て、イザークは腕を組んでいる指に力が入ってしまった。
(相変わらず、だな)
ラディスラスの珠生への執着は知っているつもりだったが、珠生の雰囲気もかなり変化しているように感じる。
2人の関係が自分の知らない間に深まっている・・・・・そう思うのは悔しい気がするが、今のイザークは目の前の2人の関係より
もこれからのジアーラ国のことの方が気になっていた。
待ち望んだミシュアの帰還。
それに伴う、現王への反旗。
問題は山積しているが、きっと上手くいくと信じている自分はもしかしたら楽天的なのか。・・・・・いや、多分、珠生の影響で、
物事を良い方向へ考えるという意識が出来たのだと思う。
ただ、瑛生のことを2人の部下に言っておくのを忘れていたのは痛かった。
まさかレイモンが珠生に手を掛けるとは想像もしておらす、恐怖を感じたであろう珠生にイザークも直ぐに謝罪したが、その身体は
しっかりとラディスラスが抱きしめていた。
(今は・・・・・目を瞑っていよう)
せめて、ジアーラ国の行く末が光に溢れたものだと確認出来た時、自身がどうしたいのかを見つめ直そうと思った。
珠生を傷付けようとしたことは、珠生本人が必死になって大丈夫だからと言うので不問にするが、ラディスラスの機嫌は容易に
は治まらない。
「レイモン、ダリル」
そんな中、イザークが口を挟んできた。
「お前達の思いは分かるが、今この時点で過去の遺恨は全て消し去ってくれ。頷いてもらわねば、私はこの場でお前達を船か
ら降ろす選択をしなければならない」
「ライド大将!」
「・・・・・」
(ふ〜ん)
どうやら、イザークは本気でラディスラス達と手を結ぶ気で、それが出来ないのならば腹心の部下でさえも切り捨てる覚悟はつ
いているらしい。
ミシュアのためもあるだろうが、イザークがここまで自分達を信頼しているのは・・・・・。
(こいつのせいだろうなあ)
いったい、珠生は何人男を誑し込めば気が済むのだろうかと思うものの、本人に自覚が無ければ注意しても仕方が無い。
ラディスラスは自覚の無い恋人を持つと大変だなと、人知れず息をついた。
「エーキに思うとことがあったとしても、彼の存在が王子の支えになっているのは事実だ。私はその王子のお心も全て理解した
上で、今回の行動を起こした。レイモン、ダリル、どうする。ここで船を降りるか、それともこのまま私と行動を共にするか」
「・・・・・」
「・・・・・」
「降りたとしても、しばらくは監視はさせてもらう。今回のことを・・・・・」
「待ってくださいっ」
イザークの言葉をレイモンが遮った。
「この船に同行した時点で、私達の命はライド大将にお預けしています!」
「レイモン・・・・・」
「ジアーラ国の再興を、どうか私達にも手伝わせてください!」
「・・・・・」
(決まったな)
これ以上は聞いても面白くも無い、上司と部下のお互いを思う言葉の羅列だろう。ラディスラスは会話を切り上げさせるためにパ
ンパンと手を叩いた。
「話は決まったな?」
「・・・・・ああ」
「じゃあ、ミュウの元に案内しよう。タマ、一緒に来るか?」
「うん」
瑛生のことが心配なのだろう、珠生は即座に頷く。
先ほどの暴力の後遺症はすっかり抜けたようだなと、ラディスラスはその髪を一撫でしてから立ち上がった。
父に似た自分に対してもあれ程の感情をぶつけてきた男だ。本人を前にしたらどんな行動に出るかと心配でたまらなかった珠
生だが、事態は少し考えたものとは違っていた。
「お、王子・・・・・っ」
「ご無事で・・・・・!」
2人共、ミシュアが横たわっている(上半身は起こしている)ベッドの側に跪き、彼が身体に掛けている布を手にとって口付けて
いる。
以前も思ったことだが、ミシュアの周りは本当に御伽噺の世界に見えた。
(父さん、大丈夫かな)
少し離れた所に立っている父は、黙って3人の再会を見つめている。
部屋に入った当初、レイモン達は父の顔を射るような眼差しで見たが、直ぐにその視線はミシュアの方へと向けられた。先ずは昔
の主人への挨拶が先なのかと珠生も身構えたが、それ以降2人は父に視線を向けなかった。
無視をしているというわけではないと思う。多分、それほど2人はミシュアとの再会に感無量で、それだけに意識が向けられてし
まったのだろう。
「全く、堅物の行動は読めないな」
「え?」
珠生は腕組をしながら隣に立つラディスラスを見上げた。
「そうは思わないか?自分達の主君のことになると他のことは一切目に入らない。まあ、俺達と組もうって気持ちを持つだけ、た
だの堅物とは違うんだろうが」
「・・・・・」
ラディスラスの言っていることは、珠生もなんとなく分かった。
ラシェルを始めとして、イザークも、そしてこの2人も、いかにも軍人という感じでとても堅苦しい。そんな彼らが海賊であるラディス
ラスの力を借りようと思うことは、もしかしたら物凄い決意なのかもしれないと思った。
(あんなこと、父さんにしなかったらいいけど)
不意に、珠生は父のもとに歩み寄った。珠生の姿に視線を向けてくれた父は、どうしたんだというような優しい笑みを向けてくれ
る。
「さびし?」
「いいや」
「ホント?」
「ミュウがとても嬉しそうだしね」
「・・・・・」
(父さんは?どう思ってる?)
「・・・・・心配してくれてありがとう、珠生」
その言葉が何だかたまらなく胸を苦しくして、珠生は父の腕にギュッとしがみついた。
ミシュアとの対面が終わると、早速ラディスラスはイザーク達3人を操舵室へと呼んだ。
これからジアーラ国に上陸するにあたり、どの場所が良いか、時間は何時が良いのか、詳しい打ち合わせをするためだ。
そこにはラシェルとルドーも呼んだが、珠生の入室は禁止した。今しばらく、レイモンからは遠ざけたい気分だったからで、それは
当人も納得しているようで大人しくジェイのもとに行ってくれた。
「なるほど」
イザークから改めて聞いた最新の国の現状はさらに悪くなったようだ。
そういえば、ジアーラの海域に入ってもまだ警備船の一隻ともすれ違わなかったが、どうやら軍部の内部も足並みが崩れているら
しい。
「まともなのは海兵隊くらいか?」
「・・・・・」
からかう言葉にも、イザークはにこりともしない。もしかしたら、今の自分の言葉は当たっているのだろうか。
「・・・・・今、確かに潜り込むことは容易いかもしれない」
「・・・・・」
「だが、機能が全く麻痺をしているというわけじゃない」
「ああ、分かっている」
簡単に気を抜くことはしない。容易いと思えば思うほど、かえって警戒心は強く持っておかなければ足元をすくわれてしまう。
(タマもいるし、絶対に安全な策を取らないとな)
「海の上では無敵だと思っているが、陸に上がれば俺達も自由に動けるというわけじゃない。俺達はお前達の力を信用してい
るんだぞ、イザーク」
「・・・・・」
イザークはラディスラスを見つめて、やがて静かに頷いた。
立場は違えど、目的は共通している。
ラディスラスは隠すことなく自分の考えを伝えたし、イザーク達も真摯に答えてくれた。
「そう言えば、イザーク、ヴィルヘルム島の方は大丈夫か?」
「ああ。今はお前達の見付けた洞窟以外にも宝石の岩石が無いか探していると聞いた」
「簡単に見つかるかなあ」
「難しいのは承知の上だ」
何かをしたい、そんなイザークの気持ちはもちろん分かる。
ヴィルヘルム島に宝があるらしい地図を見付けてきたのは珠生だし、実際に宝、いや、宝石の原石を取り出したのも珠生だ。
ただ、与えられた物を受け取って喜ぶだけではなく、自分達も自国のために出来ることがしたい・・・・・多分、そんな思いから部
下に捜索させているのだろう。
(簡単に見つかれば苦労はないがな)
トントン
その時、不意に扉が叩かれ、どうぞというラディスラスの言葉に顔を覗かせたのは珠生だった。
「どうした?」
自然と顔が緩むラディスラスに、珠生はチラッといったんイザーク達に視線を向けてから夕飯の時間だということを知らせてくれた。
「なんだ、お前が呼びに来てくれたのか」
「うん、俺ヒマだった」
「・・・・・」
レイモンと会うのはまだ怖いと思っているだろうに、その役を買って出た珠生の気持ちが頼もしく、ラディスラスは分かったと言い
ながら直ぐに背後を振り返る。
「ここでは遅れると食いっぱぐれるぞ。ほら、タマ」
「うわっ」
ラディスラスは珠生の腕を掴むと、さっさと操舵室を出た。
「ちょ、ちょっと、ラディッ、案内しないとっ」
「ラシェルがいるから大丈夫だ」
「そうだけどさあ」
せっかく迎えに行ったのにという気持ちがあるのか、珠生は気になるように何度も背後を振り返っている。
自分にあんな暴力を働いた男をそんなに気にするなと言いたいが、言えば直ぐに自分が妬いたことがバレてしまいそうなので我慢
をした。
(お前のために怒ってるんだぞ?)
恋人のそんな思いも気付かない珠生の能天気さに呆れると同時に安心もして、ラディスラスの足は真っ直ぐに食堂へと向かう。
「・・・・・」
(来たな)
その後ろから、幾つかの靴音がしてきた。乗組員達の足音とは違う音に、ラディスラスはラシェル達が追いついたのが分かった。
あれだけの海賊達と食事を取るということをあの2人がどう思っているのかは分からないが、なんだかその様子を見ているだけで
も楽しそうな気がしてきた。
「何?」
「ん?」
「変な顔して笑ってる」
「そうか?」
ラディスラスは空いている手で自分の頬を撫でたが、もちろん変な顔というものがどんなものかは全く分からない。
「それでも、良い男だろ?」
「はあ?」
心底呆れているといった珠生の言葉にさらにラディスラスは笑い、既に中のざわめきが聞こえてくる食堂の扉を大きく開けた。
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