海上の絶対君主
第六章 亡霊の微笑
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※ここでの『』の言葉は日本語です
翌日の昼過ぎ、エイバル号はヴィルヘルム島に横付けされた。
「あっ、人がいっぱい!」
船の上から見ていると、ゾロゾロと浜辺に人がやってくるのが分かる。その数は20人弱だろうか、皆漁師のような格好をした男達
だった。
「グイード!」
隣に立つイザークが叫べば、その中の1人が大きく手を振っている。
「イザーク、あの人達」
「私の部下だ」
「でも、服・・・・・」
「こんな島にあれだけの兵士がいるとなると目立つからな。この辺りは有名な漁場でもあるし、漁師の格好が一番目立たなくて
いいんだ」
「へえ」
(色々と考えてるんだ、イザークも)
自分だったらここまで気を遣うかと言われたら、絶対にしないだろうなと自信を持って言えた。大雑把とまでは行かないが、普通は
そこまで気が利かないのではないだろうかと思うのだが・・・・・。
(いや、違うか。それほどちゃんとしていないといけないんだ)
今自分達が置かれている立場を考えると、イザークの考えていることの方が正しいのだと、珠生はこれからは自分も出来るだけ
用心しなければならないと考えた、
「・・・・・」
ラディスラスはじっと診療を受けているミシュアを見つめている。
日に何度か、アズハルが定期的に体調を見ているが、今回はその意味が違う。
「はい、もういいですよ」
「アズハル」
「大丈夫でしょう」
きっぱりとしたアズハルの答えに、ラディスラスもホッと笑みを漏らした。
素人の自分が見ている限り、ミシュアの体調は以前とは見違えるほどに良いと思うが、医者であるアズハルの意見を聞くまでは
安心出来なかった。
「そうか」
「歩行訓練も、私達がいない間エーキがきちんとしてくれていたみたいですし。ミシュア、医者として外出の許可は出しますが、
くれぐれも無理はしないように。船の上では十分な治療は出来ませんからね?」
「はい、先生」
浜から少し離れた場所にエイバル号は停泊し、ここから浜辺までは小船で移動することになる。
本当はミシュアには船で待っていてもらおうと思ったのだが、本人が自身の目で宝石の原石を見たいと言ったし、ラシェルもイザー
クも、ミシュアのその意向に頷いたのだ。
今この島の中にいるのは自分達の味方だけだと思うが、これからジアーラの王へ喧嘩を売りにいくラディスラス達にとって、用心
にこしたことはない。
エイバルの乗組員ではなく、イザークが用意した人間達の中に裏切り者がいる可能性も考えておかなければならなかった。
バシャッ バシャッ
「イザーク!」
「いいぞ!」
ミシュアを船に乗せた時と同じように、今度はエイバル号から小船へと下ろす。
下でミシュアを受け止めるのはイザーク達で、綱を握るラシェルやジェイ達は、振動を与えないようにゆっくりとその身体を下へ下ろ
した。
「よしっ、上手くいった!」
ずっと指揮をとっていたラディスラスは、イザークの胸の中にミシュアが収まったことを確認し、次はと珠生を振り返った。
「タマ」
バシャッ バシャッ
「ダメ!」
「まだ何も言っていないぞ?」
「このまま、俺を抱いて飛び込むつもりだろっ?あれ、怖いんだからヤダ!」
どうやら、ラディスラスの思惑に気付いたらしい珠生は、絶対に嫌だと手摺にしがみ付いている。
(まあ、無理も無いかもな)
ミシュアを移動させるその横で、乗組員達は次々と海へと飛び込んでいた。こうすることが一番手っ取り早いのだが、珠生にとっ
てはまだまだ慣れない行動らしい。
「じゃあ、後でエーキと船で来るか?」
「うん」
「俺は先に行くぞ」
一刻も早く島に着いて、確認しなければならないことは山ほどある。
出来れば珠生も一緒にと思ったが振られてしまったし、ラディスラスは仕方が無いかと船首から海へと飛び込んだ。
「うわっ」
直ぐに船首に駆け寄った珠生が下を見ると、既にラディスラスはかなり先を泳いでいた。
(洋服着てるのに凄いよなあ)
何時も感心するが、海賊とは皆こんなものなのだろうか?
「タマ、先に行くからな」
「あ、ラシェルッ」
ミシュアを小船に無事移したラシェルも、船首から海に飛び込んでいった。見ている分には男らしいしカッコイイのだが、珠生はま
だあの恐怖心を克服は出来ていなかった。
「珠生」
「とーさん」
「凄いねえ、彼らは」
「俺にはムリ」
「私もだ」
父の言葉に勇気づけられた珠生は、浜辺へと向かう小船に乗っているミシュアの姿を見つめる。
「おーじ、元気になったね」
「これも、珠生やラディスラス達のおかげだよ」
「・・・・・とーさんの力もおっきいよ」
父が側にいたからこそ、ミシュアは自分達と出会うまで生きていてくれた。生きていなければ、今のこの現状も全く違ったものになっ
ていたのだろうと思うと不思議な気がする。
「とーさん」
「ん?」
「・・・・・なんでもない」
(ちゃんと、王子と話してる?)
自分が言うことではないかもしれないが、このままだともしもミシュアが王座に就いてしまったら、父は彼のために姿を消してしまう
のではないかと恐れてしまう。せっかくこうして再会したのだ、何時も側にいられないとしても、せめて居場所はちゃんと知っておきた
い。
(それが、王子の側だったら・・・・・)
父のためにも、ミシュアのためにも、それが一番良いのではないかと思うが、珠生はまだ父に素直に言えなかった。
バシャッ
濡れた髪をかきあげ、ラディスラスは浜辺へと次々と泳ぎ着く仲間を見た。
この島に来るのは二回目で、以前散々調べたので見知らぬ土地に抱くような不安な気持ちは全く無い。
(夜はタマを湯に入れてやるか)
この地で自分と珠生が深く抱き合ったことを思い出したラディスラスは、一瞬頬を緩めてしまった。あの夜以降、珠生はかなり自
分に近付いてくれていると思う。
ラディスラスはもっと色っぽい意味で期待しているのだが・・・・・それでも、以前から考えれば雲泥の差だ。
「・・・・・」
そして、ラディスラスはようやく浜辺の波打ち際まで来た小船を見た。
「王子、失礼します」
一々断りを入れたイザークが、ミシュアを抱き上げてこちらへと向かってくる。
(騎士としての意識が強いんだな)
軍人というよりは、王族に使える忠実な騎士。イザークには、いや、ラシェルにもだが、そんな言葉がよく似合っているような気がし
た。
「あ、ラディ」
「疲れていないか、ミュウ」
「まだ、船から降りたばかりですよ」
苦笑したミシュアはイザークに言って浜辺へと足を下ろして立ち上がる。一瞬ふらついたかと思ったが、しっかりとイザークが後ろ
にいて身体を支えていた。
「この島に来たのは初めてか?」
「いいえ、まだ幼い頃に父と国内の島々を回っていました。珍しい花を見たり、木々に触れたり・・・・・その時、このヴィルヘルム
島にも来ました」
ミシュアは目を細め、懐かしいというような表情で辺りを見回す。
「この島は、あの時とあまり変わらない」
「何も資源が無いと思われていたからこそ、誰も手を付けなかったのでしょう」
イザークが答え、ミシュアが頷いた。
「タマ達が原石を見付けたのは、本当に凄いことなのですね」
「温かい湯が沸いている泉は知っているか?」
「温かい湯?いいえ」
「そうか。傷に障らないのなら浸かってみるのもいいだろう。潮風で痛んだ髪も洗えるぞ?」
とても痛んでいるようには見えない美しい金髪を指で撫でれば、イザークが無表情のまま睨んでくる。
(ミュウに手を出すつもりは無いぞ?)
どちらかといえば、綺麗なものをただ愛でたいという気持ちなのだが、どうやら自分はそういうところでは信用されていないらしい。
そう言えば、初めてエイバル号に乗り込んできた時、珠生を見付けて悪戯目的に攫ったと思われていたことを思い出した。
(真面目な奴は扱い難い)
それでも、もう直ぐここに珠生がやってくる。
珠生にまで変な誤解はされたくないなと、ラディスラスは素直にミシュアから手を離した。
父とアズハル(今回はミシュアが島に上陸しているので船を降りることになったらしい)と共に小船に乗った珠生は、ようやく島へと
上陸した。
「は〜、着いた!」
陸地はやはり揺れなくていい。そんな思いが顔に出てしまっていたのか、ラディスラスがクシャッと髪をかき撫でてくる。
「無事に到着したな」
「あたりまえじゃん!すぐそこだぞ?」
この距離で遭難するなど考えられないし、仮に何かあったとしても、ここにいるラディスラスが助けてくれる。
アズハルは直ぐにミシュアの元に行ったが、父は珠生の側から動かない。珠生は父の袖を引いた。
「とーさん」
「珠生」
ミシュアがこちらを見ていることに気付かない父ではないと思う。多分、イザーク達に遠慮をしているのだろうが、ミシュアが一番聞き
たい声はきっと父のものだ。
「行ったら?」
端的に言うと、父は少し目を見張った。
その後、口元に苦笑を浮かべ、ありがとうと呟いてからミシュアの元に近付いていく。
(じれったい・・・・・)
まるで父の恋愛を後押ししている自分に戸惑うものの、珠生はフルフルと首を振って意識を切り替えると、自分の横でなぜかニヤ
ニヤと薄気味悪く笑っているラディスラスを見上げて眉を顰めた。
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