海上の絶対君主




第六章 亡霊の微笑


14



                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






 「何、おかしい?」
 瑛生とミシュアの行動にじれったさを感じたらしい珠生が、八つ当たりのように自分に問い掛けてきた。
これで、

 「ここでお前を抱いたことを思い出していた」

などと言えば、きっと蹴りの一つや二つは飛んでくるだろう。
そうしてもいいが、これ以上珠生の機嫌を下降させるのは得策ではないだろうと、ラディスラスは宥めるように珠生の頭を撫で、周
りにいた自分の部下とイザークの部下に向かって叫んだ。
 「おいっ、俺の話を聞いてくれ!」
 乗組員達は直ぐにこちらを向いたが、イザークの部下達・・・・・本来はラディスラス達海賊を取り締まる側の人間は、どうしても
反感を抱いているのか直ぐには行動してくれない。
 その気持ちは分からないでもないが、ここは自分達皆が仲間であるという意識を持ってもらわなければならなかった。
 「おいっ、文句がある奴は前へ出ろ!!」
 「おいっ」
きっぱりと言い切るラディスラスに、イザークが眉を顰める。
 「そうだろう?仲間を信じられないんじゃ、今の王を蹴落とすことなんて出来ない。俺達も自分の命は惜しいからな!」
 ラディスラスの言葉に、イザークの部下達がざわめいた。
王を蹴落とす・・・・・その言葉の意味と共に、自分の命のことも言うラディスラスに、今回自分達がやろうとしていることの重大さを
改めて感じたようだ。
 予め、イザークが説明をしていただろうが、それでも心のどこかで、自分達が仕える主を、それも王を、その座から追いやるという
ことを考えないようにしていたのかもしれない。
 「・・・・・」
 「さあ、さっさと名乗り出ろ!それとも、海賊なんかに話す言葉も無いのかっ?」
 わざと挑発するように言うと、ラディスラスは自分の腕が引かれるのに気付いた。
 「どうした?タマ」
それは珠生で、ラディスラスを見上げながら、眉を顰めて苦言を言ってくる。
 「ラディ、ケンカみたいに話すのやめろよ」
 「あのなあ」
 「ケンカしなくったって、いやな人は帰ってもらったらいいだろ」
 「・・・・・は?」
 「タマ」
 「珠生」
珠生の言葉に驚いたのはラディスラスだけではなく、イザークや父も、思わずというように名前を呼んだ。しかし、珠生は自分の言
葉のどこが驚かれたのかよく分かっていないらしい。
 「いやいやしてもケガしちゃうだろ?それなら、いない方がいいし」
それとも、数が少なかったら困るかと首を傾げながら聞く珠生。ラディスラスは思わずその身体を抱きしめてしまった。




 自分は、もしかしたらドライな考えの持ち主かもしれないが、それでも珠生は必要のない人間は要らないと思った。
もちろん、助けてくれる人数が多い方がいいし、特にそれがその国の人達ならば自分の手で国を変えようと思ってくれた方が断然
いい。
 何も関係ないエイバル号の乗組員達が、ラディスラスとミシュアのために二つ返事で頷いてくれたこともあり、珠生は躊躇うという
こと自体不思議だった。
(そりゃ、自分の王様に駄目出しするのは嫌かも知れないけど)
 それでも、国が良くなるためならば、行動しようと思わないか?
 「それとも、数少なかったらこまる?」
指揮をとるラディスラスはどう思っているのだろうと思って訊ねれば、何を思ったのかいきなり抱きしめてきた。
 「うわっ!」
 「タマッ」
 「ちょっ、バ、バカッ!放せ!」
 ラディスラスの行動に慣れている乗組員達はまだしも、イザークの部下達は男が男を抱きしめることをどう思うのか、考えたら怖
い。
 「お前っ、男前だなっ」
 「はあ?」
 「さすがタマだ!」
 「・・・・・」
(ほ、褒めてくれてる、わけ?)
 どこをどう繋げたらいいのかよく分からないが、可愛いという言葉よりも男前だという言葉の方がもちろん嬉しく、珠生はラディスラ
スの胸を押し返そうと手を伸ばしたまま、思わずへへっと笑ってしまった。
 それに目を細め、ラディスラスはさらに顔を近づけてこようとしたが・・・・・。
 「そこまでです」
何時もは船に残されているはずのアズハルの制止(口だけではなく、手も出ていた)に、ラディスラスはケチと毒づいた。
 「せっかく、タマとイチャイチャしようとしたんだぞ」
 「ここでしなくてもいいでしょう。タマも、ラディにはあまり近付かないように」
 「おい」
 「うん」
 「タマ〜」
 自分達にとっては何時もと変わらない言葉の応酬だが、どうやらその掛け合いはイザークの部下達にとっては軽妙な駆け引き
に聞こえたようで、
 「ふふ」
まず、イザークが笑い、それが伝染していったようにその場にいる者達の口からは押し殺したような笑い声が漏れてくる。
 「タマの言う通りだな」
 「イザーク?」
 「皆、ここにくるまでにした私の説明は確かに足りなかったかもしれない。いい機会だ、どうかジアーラ国の現状を知り、心を決め
て欲しい。王子、よろしいでしょうか?」
 「もちろんです」
 ミシュアもしっかりと頷き、イザークの言葉に同意を示す。
自国の皇太子だったミシュアの言葉で緊張を高めたらしいイザークの部下達は、神妙な顔で上司の顔を見つめた。




 時間が無かったというのはいい訳かもしれない。
イザークは特に自分が信用の出来る部下達には多くを説明しなくても以心伝心だと思い、ミシュアが見付かったこと、その上でジ
アーラ国の危機に手を貸して欲しい、現王政に物を言おうと協力を募ったが、もっと詳細に説明をしなければならなかった。
 レイモンとダリルにしてしまったと同じ失敗をこれ以上は繰り返すことは出来ないと、イザークは詳細にジアーラの国情を部下に
説明をする。
 もちろん、王に仕えている兵士として、部下達も国家の衰退を実感していただろうが、上級幹部ではない者達にとっては聞い
たことも無い話も多いはずだった。

 「まさか・・・・・」
 「そこまで・・・・・」
 イザークが話し終えた時、部下の口から零れたのはそんな言葉だった。
先に話していたはずのレイモンとダリルも、同じように沈痛な表情になっている。
 「今の私の言葉を聞いて、反逆者の片棒を担ぐという者はいるか」




 それから少し話は遡って、珠生達エイバル号の一行は以前宝石の原石を見つけた洞窟へと向かっていた。
イザーク達の話の結果も気になるが、自分達がいては突っ込んだ議論は出来ないだろうとラディスラスが言い、その間に早くミシュ
アに原石を見せてやろうと言い出したのだ。
 「凄い・・・・・」
 「ミュウはこの山の中に入るのは初めてか?」
 「ええ。父上が私の身体を心配してくださって・・・・・」
 「・・・・・」
(それって、過保護って言うんじゃ・・・・・)
 「過保護だな」
 「・・・・・っ」
 自分の心の言葉が外に出たのかと焦った珠生だが、どうやらそれはラディスラスの言葉だったらしい。嫌味のない、ごく普通の感
想を言うようなラディスラスに、ラシェルの背におぶさったミシュアも笑った。
 「本当に、大切にされました」
 「・・・・・」
 珠生は少し歩く速度を落とし、後ろにいる父の隣に並ぶ。
 「どうした?」
 「ううん」
 「・・・・・ほら」
 「・・・・・」
父は笑って手を差し出してくれた。特に、手を繋ぎたいから隣に並んでいるわけでもないのだが・・・・・いや、ミシュアの話を聞いて
いるうちに、無意識のうちに甘えたいと思ったのかもしれない。
 「・・・・・っ」
 「こら、珠生」
 珠生は父の手を掴むと、グイグイと自分が引っ張って歩いた。
子供の時ならばまだしも、今ならば自分だって父を引っ張って歩くことは出来る。そして・・・・。
 「あ・・・・・」
 ミシュアの直ぐ傍まで行くと、自分達の姿に気付いたミシュアがこちらを見る。
(細い父さんが王子を背負うことは出来ないけど・・・・・)
傍にいて、その顔を確認出来るだけでも、ミシュアにとって精神安定剤になるのではないか。ただ、自分も父の手を放さないのは、
完全に所有権を譲ったわけではないぞという意思表示のつもりだった。

 「おい、タマ」
 「なに?」
 山の中腹までやってきた頃、ラディスラスが珠生の名前を呼んだ。
いったい何だと振り向く珠生に笑ってみせたラディスラスは、他の者に先に行っているようにと促す。
 「ラディ?」
 自然に父と手を放すことになってしまい、ミシュアに寄り添うようにその姿が森の中に消えてしまった時、珠生は寂しくなったのを
誤魔化すように口を尖らせた。
 「ラディ、早く行こ!」
 「覚えていないのか?」
 「え?」
 「記憶力無さ過ぎだぞ」
 笑って手を掴まれた珠生は、
 「ちょっ?」
皆が行った方向とは違う方へと引っ張られてしまった。




 「あ・・・・・!」
 散々文句を言っていた珠生も、ラディスラスが連れて行った場所を目にした途端声を上げた。もちろんそれは嬉しそうな声だ。
 「オンセン!」
 「そう、オンセンだ」
温かい湯が湧き出る場所がそんな名前だというのは珠生に教えてもらった。手を放してやると珠生はその場に駆け寄り、実際に
手をつけてはしゃぐ。
 「思い出したか?」
 「うん!この場所は覚えてたけど、来るまでの道は忘れてた」
 「じゃあ、他のことも思い出したか?」
 「他のこと?」
 「・・・・・記憶力無いな」
同じ言葉を繰り返したラディスラスは珠生の頭を抱き寄せると、いきなりそのまま唇を重ねてた。
 「んむっ?」
 叫ぼうとして開いた珠生の口腔内に舌を差し入れ、思う様中を愛撫する。逃げようとする舌を絡めとるのも、溢れる唾液を飲
むのも、ラディスラスにとっては楽しいものだ。
(本当は、その身体の最奥も味わいたいんだがな)