海上の絶対君主
第六章 亡霊の微笑
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※ここでの『』の言葉は日本語です
始めは驚きに縮こまっていた珠生の舌は、何度もラディスラスが吸い、絡めてやると、少しだけ応えてくれた。
それはラディスラスが知っている深い口付けの中でもダントツに未熟なものだったが、快感は最高に深い。愛する者とは口付けだ
けでも欲情を高めてくれるのだと思い、ラディスラスはそのまま服の上から胸を撫でた。
「・・・・・っ」
布越しなので、そうでなくても女のような膨らみの無い胸は感じていることも分からないかと思ったが、意外にも立ち上がった小
さな乳首が指を押してくる。
(感じているのか)
何度も覚悟を変えながら口付けを続けているラディスラスの頬には笑みが浮かんだ。
「タマ」
唇を離し、ペロッと頬に舌を這わせたラディスラスは、尖った乳首を指先で弄びながら囁く。
「このままここで、するか?」
「・・・・・え?」
「しばらくは誰も来ないだろ」
嘘だ。幾らこの近辺に人影が無かったとしても、声はどうしても聞こえてしまうはずだ。
「タマ・・・・・」
今回は乗組員だけではなく、父親である瑛生がいるので、珠生との濃密な触れ合いは諦めてはいたものの、こんな絶好な機
会があればどうしても無駄にはしたくないと思ってしまう。
珠生の反応も、嫌がっているというよりは戸惑っているといった感じで、しっかりとラディスラスの腕を掴み、じわじわと自身を襲う
快感に耐えるような涙目を向けてきて・・・・・。
「可愛いな」
どんな言葉を言っても、どんな表情を見せても、ラディスラスにとっては可愛いとしか思えないのだから始末が悪い。
(ここまで俺を惚れさせたことを自覚しろ)
ゆっくりと珠生を草の上に押し倒し、露になった首筋に唇を寄せる。潮風に当たったせいか少しだけ塩辛い味のする肌に、なぜ
か珠生の作る《シオカラ》のことを思い出して、ラディスラスは不覚にもプッとふき出してしまった。
「このままここで、するか?」
流されていることは分かるのに、珠生は次々と目覚める快感に身体が自由にならない。
セックスに慣れるほどラディスラスに抱かれているわけではないくせに、自分を抱きしめてくれた腕の強さやキスの甘さ、それに、痛
みと、それを凌駕する快感を思い出し、若い身体はどうしてもそれを追おうと暴走しそうになるのだ。
「可愛いな」
「・・・・・っ」
普段ならば幾つか文句を言ってしまうだろう言葉も、今は何だかくすぐったいだけで、珠生はゆっくり草の上に押し倒されるまま
ラディスラスを見上げる。
「んっ」
首筋に、唇が触れた。思わず漏れそうになる声を我慢しようと唇を噛み締めた時、
「・・・・・プッ」
なぜか、ラディスラスが笑った。
(え・・・・・?)
「・・・・・あぁぁぁぁぁ!!」
だが、それは今の珠生にとって救いの音となった。
前回とは違い、ここには父やミシュア、それにエイバルの乗組員達やイザークの部下達もいることを思い出し、何時誰が来るとも
分からない場所でラディスラスとエッチなことをしようとした自分の大胆さが今は信じられない。
「どけっ!!」
自由に動かせる手でラディスラスの胸を押し返せば、厚い胸は簡単に後ろに引いた。
「ははは」
「な、なにっ?」
「い、いや、なんかな」
「なんだよ!」
なぜ笑われたのか。もちろん、この場で何も無かったことは安堵してもいいのだが、あれだけいい雰囲気になったくせに急に笑われ
たことは面白くない。
「・・・・・」
「ははは」
「・・・・・」
「くくっ」
「・・・・・」
(・・・・・元々、笑い上戸な奴だって思ってたけど・・・・・)
『本当に失礼な奴』
「悪い、悪い」
しばらく笑って気が済んだのか、ラディスラスは珠生の頭をクシャッと撫でながら謝ってきた。
何時もは大きな手でそうされることが安心感を呼んでいたが、今日ばかりはまるで小学生の子供を宥めているといった感じが強
い。
思わずこの手を振り払ってやろうと思ったが、珠生はふと思い付いていきなり立ち上がり、
「タマ?」
突然の珠生の行動に声を掛けてきたラディスラスの顔に、
バシャッ
「うわっ」
両手ですくったお湯を掛けてやると、濡れた髪を頬にはり付けたラディスラスのマヌケな顔が見れた。ただ、それでも十分カッコイイ
と思ってしまうのは、これでも珠生がラディスラスに対して特別な思いを抱いているせいだろうか。
「人を見て笑うなんてしつれーなんだぞ?分かった?」
「あ、ああ、十分身に染みた」
悪かったと素直に謝ってくれたので、珠生は一応許してやるかと頷く。
それよりも、早く父達に追いつくためにと、ラディスラスに手を差し伸べた。
「ほらっ、行こう!」
少し・・・・・と、いうより、かなり遅れて追いついてきたラディスラスと珠生の姿に、ラシェルは内心溜め息をついてしまった。
(こんな時に・・・・・)
きっと、ラディスラスが珠生にちょっかいを出したのだろうが、それでも今ここで追いついたのならば心配することは無かったようだ。
ただ、2人共に髪から服まで濡らしている様を見れば、一体何事があったのだろうかと声を掛けずにはいられなかった。
「ラディ」
「ちゃんと我慢した」
「我慢って・・・・・」
「まあ、止めたのはタマの日頃の行いだがな」
なぜか、ラディスラスは笑い出してしまったが、一応それを我慢するようにはしているようだ。
ますます2人に何があったのかと思ったが、
「着いたぞ〜!!」
乗組員の声に、ラシェルはそちらに視線を向ける。
「王子、もう直ぐです」
今はルドーの背に背負われているミシュアは、暑いのか頬を赤く染めていたが、それでも気丈に頷き、真っ直ぐに前を向いてい
る。その目の輝きの強さは、ラシェルの気持ちも強くしてくれた。
「・・・・・」
(これが、この国の再生の源になれば・・・・・)
あの時見つけただけの量では足りないかもしれないが、それでも闇の中に光を作れるほどには心強いもののはずだ。
早く、ミシュアに現物を見てもらいたいと、ラシェルはミシュアを背負うルドーの背を押した。
見つけた時とあまり変わらない姿で、宝石の原石はそこにあった。
どうやら手作業でその奥を掘り進めようとした様子も見えるものの、かなり硬いのか作業はあまり進んだ様子は見えない。
「・・・・・すご、い」
「王子」
「こんなものがこの島にあったなんて・・・・・」
言葉で聞いても、どこか想像しきれなかったものが、こうして自分の目で確認することによって、ミシュアにとっても確かな現実と
なったようだ。
「とーさん、凄い?」
「ああ、綺麗な石だ。お前達の言葉を嘘だとは思っていなかったが、こうして見ると圧倒されるな」
「うん」
珠生も一番最初にこの光景を見た時、思わず口を開いて見てしまったものだ。もちろん、宝物と聞いて一番に想像していた宝
箱や金貨が無かったことには残念だという思いがあるが、宝石の原石だって十分凄い。
(国を立て直すために、これだけで足りるかな・・・・・)
ミシュアはこの島々にこういった宝石の原石があるということは聞いたことが無かったと言っていた。ラシェルも、そんな様子だったと
思う。
だとしたら、他の島々には期待が出来ないかもしれない。
「珠生?」
「・・・・・ふやせないもんなあ」
どうにかして、この原石を増やせないかと思うが、そんな都合の良い魔法は無いだろう。限られたもので、想像していることをきち
んとやり遂げなければならないのは結構大変だ。
そうすると、やはり大事なのは人だということになる。
(イザーク・・・・・大丈夫・・・・・?)
部下達をきちんと説得し、今回のことに協力させることが出来るのかはイザークに掛かっていた。
「タマ」
「え?」
珠生は名前を呼ばれ、ミシュアの傍に歩み寄った。
乗組員が持つ松明の明かりで、ミシュアの綺麗な顔がさらに神秘的に見える。同じ男に対してそんなことを思うのはおかしいとは
思うものの、綺麗なものは綺麗なのだ。
「ありがとう、タマ」
「おーじ?」
「この岩も、タマがバクダンというもので壊してくれたのでしょう?」
「え?あー、まあ」
確かに、それは自分がしたことだが、それでもこのために用意したというよりも、たまたま持ってきたというだけで、ここまで感謝され
るのは何だか心苦しい気がする。
「そうでなければ、幾らその先端を見つけたとしても、こうして手に取れるようになるまではまだ長い年月が掛かったかもしれませ
ん。このジアーラのためにも、こんなにも早く行動出来たのは、本当にタマのおかげです」
「ち、ちがうよっ」
直接的な力は自分が用意した爆弾の力だが、実際にこの島まで連れて来てくれたラディスラスや協力してくれた乗組員達み
んながいてこその成果だ。自分1人だけが感謝されるものではない。
「みんなの力だって!それに、礼はいらない、もともと、おーじの国のものだろ?」
「タマ・・・・・」
ミシュアの謝意に焦ったように否定している珠生の姿に、ラディスラスはラシェルと視線を合わせてお互いに苦笑を浮かべた。
(これじゃ埒が明かない)
「そこまで」
「ラディ?」
「ラディ・・・・・」
その声に、珠生とミシュアが振り向く。
「ミュウ、礼はお前がこの国の正式な王になってからでいい。タマも、その時はちゃんとその礼を受け取ろうな?」
「うー・・・・・分かった」
「・・・・・分かりました」
「よし。じゃあ、外に出るか」
ミシュアに現物を見せるという目的は達成した。あまり暗くて狭い洞窟に長居させない方がいいだろうと声を掛けたラディスラスに
従い、一同はぞろぞろと外へと向かう。
「王子!」
その時、まるで計ったかのようにイザークが部下達を引き連れて姿を現した。
ミシュアの身体を気遣いながらゆっくりと進んできたとはいえ、今の時間にここまでやってくるとは・・・・・どうやらイザーク達の結論は
案外早く出たらしい。
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