海上の絶対君主




第六章 亡霊の微笑


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※ここでの『』の言葉は日本語です






(はや~)
 途中、自分とラディスラスはちょっと寄り道をした(記憶からは抹消した)が、それでも今この時点でイザーク達がここにいるとい
うことは相当な速さで追い掛けてきたということだ。
(話し合い、案外早く終ったのか?)
 自分達の国の大事な話だ、もっと長く掛かると思ったのにと珠生が見つめていると、イザークを始めとするジアーラ国の兵士達
はミシュアを取り囲むようにして膝をついた。
 「王子、我らの心は一つです」
そして、イザークが代表してゆっくりと口を開く。
 「イザーク」
 「どうか、このジアーラを御救い下さい」
・・・・・重い、言葉だと思う。身体が回復したばかりのミシュアが背負いきれないほどに大きな責任が、その細い肩に乗せられた
ように感じた。
 事実、一瞬ミシュアは込みあがる感情を抑えるかのように目を閉じるのが分かった。彼の中で様々な複雑な思いが渦巻いて
いるのだろうが、直ぐにそれを押し隠すように目を開き、跪くイザーク達に言う。
 「皆、顔を上げて下さい」
 「王子」
 「どうか、私に力を貸して下さい。私も、この命を懸けてジアーラを再興すると誓います」
 「はいっ!」
だが、ミシュアは珠生が思っていた以上に強い心の持ち主だった。これほどに重い、もしかしたら本当に命を落とすことがあるかも
しれないのに、それでもこうして顔を上げ、強い言葉で士気を高める。
(本当に・・・・・王子様なんだ)
 初めて会った時は儚げな容姿そのままに、守られているのが似合う童話の中の王子様のように見えたが、実際のミシュアは珠
生が考えているよりももっともっと大きな人間だった。
 今のミシュアは、元皇太子という身分で、祖国のジアーラだけではなく、当初追放されたカノイ帝国にも追われている身だが、
全くそんな気配は見えない。
まさに、生まれながらの王子だなと、珠生は口を開けて見つめてしまった。




(決まったな)
 結果は分かっていたつもりだった。
ラシェルやイザークの反応を見ても、ジアーラの国民のミシュアに対する忠誠心というものはかなり深い。
 それでも、一度国を捨てたという事実があるだけに、説得にはもう少し時間が掛かってしまうかもしれないと思ったが、どうやらそ
んなラディスラスの心配こそが無用だったようだ。
 「・・・・・」
 ラディスラスは傍にいたラシェルの横顔を見る。
感極まったように込み上がる感情を辛うじて押さえるように眉間の皺が深くなり、身体の横にある手が強く握り締められていた。
 ラシェルにとっても、ようやく叶ったミシュアの帰国。
国情はかなり変わってしまったものの、それでも嬉しさの方が大きいのに違いない。もしかしたら、ラシェル自身ミシュアの即位が決
まったとしたら、このままジアーラに残ると言い出すかもしれない。
 海賊が船を降りるのは相応な理由が要るが、ラディスラスは仮にそれを言い出されたとしても引き止めるつもりは無かった。今は
自分の部下として船に乗っているが、ラシェルの主人は変わらずにずっとミシュアだったはずだ。
(どちらにせよ、納まるところは決まっている)
 「良かったな」
 「・・・・・ラディ」
 「今度こそ、本当に始まりだな」
 「・・・・・ああ」
 ジアーラ国を再興する。言葉は良いが、現王を引きずり落とすというのは一つ間違えば極刑になりうる重罪だ。
関係する一同の心を一つにし、絶対に失敗があってはならない。
 「よし、そこまで」
 不意に、ラディスラスはパンパンと手を叩いた。その音に、一同が視線を向けてくる。
 「ここからは身分国籍関係なく、味方ということでいいな?」
特に、ジアーラの兵士達を見て言えば、一同は強く頷いて見せた。
 「ラディスラス」
そして、イザークが代表して頭を下げる。
 「どうか、我らに力を貸して欲しい」
 「・・・・・違うだろう、イザーク」
 「え?」
 「俺達の方が力を貸して欲しいと思っているんだ。そっちは、王子の身柄を人質に取られて協力をしているだけ。そこは間違え
ないように頼むな」
 「ラディスラス・・・・・」
 万が一、今回のことが失敗してしまった時のことも考え、ラディスラスは責任を自分1人で負う覚悟は出来ていた。幾つもの命
を失うことなんて馬鹿らしい、責任は長が負うものだ。
(もっとも、俺だって死ぬつもりは無いしな)
 勝算の無い略奪は今までにしたことが無い。
人の命を奪うことも無かった。
今回も、出来るだけそうするつもりだ。ラディスラスにはその自信があった。




 「良かったねっ、イザーク!」
 「タマ」
 駆け寄ってきた珠生が無邪気に手を握って笑い掛けてくる。部下が分かってくれたことを心から喜んでくれることが伝わり、イザ
ークも思わず笑みを浮かべた。
 「お前のおかげだ」
 そう、全て珠生の力だとイザークは思っていた。
行方不明だったミシュアを見つけ出せたのも、海賊であるラディスラスと分かり合えたのも。
そして、こうして危機に陥ったジアーラ国を再生する希望を見出せたのも全て珠生の存在があったからだと思う。
 「俺、何もしてないって」
 謙遜し、首を横に振るが、イザークは自分からも珠生の手をしっかりと握り締めた。小さな白いこの手に、自分達の未来が握ら
れているのが見える気がした。
 「これからも力を貸してくれ」
 「うん!」
 「・・・・・イザーク様」
 そんな2人に、イザークの部下達が声を掛けてくる。
 「この者は?」
 「どこの国の者ですか?黒い瞳を持つ者など見たことも無い・・・・・」
 「ああ、そうだったな」
黒髪の民族はいるが、黒い瞳の民族は皆無といってもいいだろう。
そう言えば、自分が初めて珠生に会った時も、この黒い瞳を見て驚いたものだった。その感情の中には、ミシュアの前に現れた怪
しい男・・・・・瑛生の存在が頭の片隅にあったからかもしれないが。
 「彼はタマという。今回、この島で宝石の原石を見付け、取り出してくれた功労者だ」
 「こんな子供が?」
 「あの硬い岩盤をどうやって?」
 部下達は珠生の外見だけを見て不思議そうに言っている。確かに見た目からしたらその疑問は仕方が無いだろうが、どうやら
本人は不本意だったようだ。
 「俺、子供じゃないんだけど!」
 「え?」
 「もう19さいなの!」
 「「「ええっ?」」」
 その反応に、珠生は頬を膨らませる。口に出して文句を言わないだけ大人の対応なのかもしれないが、子供っぽいその表情ま
では隠せなくて・・・・・部下達の間には密やかな笑い声が伝染した。
(どうやら、タマのことは受け入れたようだな)
 元々、兵士は弱い者を助けるという強い正義感を持った者が多い。珠生のことも見かけの幼さや可愛らしさから、早くもミシュ
ア同様自分達が守らなければならないと思い始めたようだ。
 もちろん、イザークも同じ気持ちである。珠生の傍にラディスラスがいたとしても、珠生の身体に傷一つつけたくない気持ちは押
さえ込むことなど出来なかった。




 今日はこのヴィルヘルム島で一夜を過ごすことが決まり、浜辺では早速ジェイと父が先頭になって夕飯作りを始めた。
他の者は何人かの組に分かれ、温泉に入って疲れを癒している。
 「タマ、俺と・・・・・」
 「やだ!」
 ラディスラスは自分と一緒に温泉に入ろうかと誘ってきたが、珠生は当然のように却下した。昼間のようなことがまたあるとはいえ
ないものの、絶対に何もしないかといえば怪し過ぎる。
(これだけ人がいる中であ、あんなこと・・・・・絶対にさせないからなっ)
 「俺はとーさんと入るから!」
 「・・・・・残念」
 ラディスラスは肩を竦めたが、それ以上は強く誘ってこなかったので少しホッとした。嫌だと思っていても、ラディスラスの声には不
思議と威力があるので、流されないためにもそのまま逃げるように木陰で休んでいたミシュアの元に駆け寄る。
 「おーじ、つかれてない?」
 「はい、大丈夫です」
 「ここは潮風があって涼しいですからね。タマも一緒に休みませんか?」
 「うん」
 ミシュアの隣に座っていたアズハルの誘いに頷くと、珠生はその隣に腰を下ろした。
(ホントに、風が結構あるなあ)
船上では暑さの方が強かったように思うが、こうして木陰にいて潮風を感じると随分と涼しい感じがする。これならばミシュアが疲
れるということも無いだろう。
(自分でも少し歩いたくらいだし)
 さすがに山の中はラシェルやイザークなどが交互に背負って歩いていたが、浜辺が近くなった平坦な道になった時、ミシュアは自
分で歩くと言って実際に少し歩いた。
 多少ふらつく場面はあったものの、あんなにも凄い手術をした後のミシュアがここまで回復したのだと、珠生は成果を目で見るこ
とが出来て安心したのも本当だ。
 「おーじ」
 「はい」
 「ジアーラに、いっぱい味方がいるといーね」
 「タマ・・・・・」
 「話して分かってもらえたら一番いーんだけど」
 それが無理なことは十分分かっていたが、珠生はやはり争い事は出来れば避けたい。これはゲームなどではなく現実で、実際
に人が傷付いたり・・・・・死んだりしたら、自分がどんな風になるのか・・・・・怖かった。
(俺って・・・・・弱いな)




 珠生の言葉は、拙いながらもしっかりと相手に届く。
それは自分だけではなく、ミシュアにもそうだろうとアズハルは感じていた。
(誰しも、戦いなどしたくは無い・・・・・本当は)
 だが、今回は現王を引きずり下ろさなければならず、本人を始めとしてその恩恵を受けている者達の反発はかなり大きいだろ
う。
綺麗事など言っていられないというのが現実だが、アズハルはそう考える珠生の気持ちを尊重したいと思った。
 「そう出来ればいいですね」
 「・・・・・」
 「きっとラディも、努力してくれますよ」
 自分はもちろん、絶対に珠生を傷付けないように動くはずの筆頭にいる男は、幾通りもの作戦を頭の中に描いているはずだ。
その中では、争いの嫌いな珠生のために、出来るだけ配慮をしているはずだった。
 「でも、ミシュアは今は早く身体を回復させることです。ぜっかく健康になったんですから、大事にしないとね」
 「・・・・・はい、先生」
 「タマも、無茶はしないんですよ?あなたが暴走すると周りが大騒ぎになってしまう」
 「は~い」
 ミシュアの返事はともかく、珠生のこの返答は少し危なかしい。
(しっかりとタマを見張っておくように言っておかなければ)
それでもまだ安心出来ないなと、アズハルは今までの珠生の暴走を思い出して・・・・・溜め息をついてしまった。






                                              






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