海上の絶対君主
第六章 亡霊の微笑
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※ここでの『』の言葉は日本語です
ラディスラスが爆弾を作ってくれと言った時、珠生の頭の中に一番に思い浮かんだのは、王宮に忍び込む時の城壁を壊すため
かと思った。
しかし、それはイザークという協力者のおかげで忍び込むことは案外簡単だと聞かされた時、これは単に御守りのような存在に
なるのではないかと考えた。
「ラディ」
「・・・・・出来れば、使いたくないな」
「あ、当たり前!」
前回上手くいったからといって、今回も失敗せず作れたかといえば自信を持って頷くことが出来ない。あくまでもうろ覚えの知識
の中、材料だってあるものを使っているので、暴発したり、爆発しないまま終わったりする可能性もあるのだ。
何より、もしもそのせいで誰かが怪我をしたり・・・・・いや、死ぬようなことがあったとしたら、それこそ珠生は自分が作ったものに
深い後悔をしなければならない。
「ラディ、あれを使うのはやめよ?」
「タマ」
「あれ、せいこーするか分かんないよ」
むしろ、失敗する可能性の方が大きい気もする。
「・・・・・」
「他に、ラディは考えてるだろ?」
珠生が縋るような眼差しを向けると、ラディスラスはフッと苦笑を浮かべた。
「俺の作戦だって成功するかどうかは分からないがな。まあ、お前の言う通り、あれを使うのは本当に切羽詰った時だ、ラシェル、
いいかっ?」
ラディスラスがラシェルを呼ぶと、彼は直ぐに駆け寄ってきた。
「今の王の正確な居所は分かるか?今夜のうちに拘束する」
「今夜・・・・・」
「時間が長くなればなるほど、こちら側の存在を知られてしまう。一刻も猶予は無いぞ」
「・・・・・分かった」
ラディスラスの言う通り、長引けば長引くほどこちら側の方が不利になってしまうだろう。
いくらこの王宮の中にミシュア側に付く者が大勢いたとしても、現在の権力者はあくまでも現王ジルベールで、彼の方に地の利が
ある。
「ラディ」
「これからが勝負だぞ、タマ」
「う、うん」
珠生はギュウッと拳を握り締めると、乗組員達に配置の指示をするラディスラスの背中をじっと見つめた。
ジルベールの居所は間もなく分かった。今彼の世話をしている者がこちら側についていたので案外容易に分かったが、ラディスラ
スは慎重にそれを話す男を見た。
ここまできてとは思うが、この男を本当に信用出来るかどうかはもう自分の感覚でしかない。万が一罠だとすれば、そこへ向かっ
た者達はたちまち拘束される可能性だってあるのだ。
「それは本当だな?」
「は、はいっ」
「・・・・・」
「ラディ」
ラシェルもラディスラスと同じ懸念を持っていたようだが、それを払拭したのはイザークだった。
「ラディ、今の証言は信用してもいい」
ほとんど王宮にいないイザークだが、ジルベールの居所自体は知っていた。その中で彼が寝起き出来る場所は限られていると言
う。
そのイザークの言葉に、ラディスラスは頷いた。
(どちらにせよ、今夜中にかたをつけないとな)
「ラシェル、イザーク」
「分かった」
「案内しよう」
ここから出た瞬間、自分達は何時拘束されても仕方が無い侵入者だ。何にも動じない覚悟と素早い判断力、そして、ある程
度の剣の腕を持った者として、ラディスラスは自身とラシェル、そしてイザークを指名した。
彼らもその覚悟は出来たようで、口元を引き締め、緊張感を漲らせたが・・・・・。
「お、俺も!」
そこに、思い掛けない声が掛かった。
「タマ?」
「俺も行く!」
「・・・・・あのなあ」
さすがに、ラディスラスは今からの行動に珠生を同行させるつもりは無かった。もちろん、傍にいて監視をしていないと心配でたま
らないという気持ちはあるものの、今からの短期決戦には珠生はとても連れて行けないだろうと考えていた。
だが、どうやら珠生は本気のようだ。
(・・・・・嬉しいけどな)
珠生がどんな思いでその言葉を言い出したのか、ラディスラスは勝手に自分の都合のいいように考える。
そうすると胸の中が熱くなって、先程まで持っていた緊迫感が薄れた。
これだけでも珠生は十分役に立ったと、ラディスラスはその髪をクシャッと撫で、ありがとなと笑い掛けた。
「ラディ」
「だがな、タマ、お前が来ると足手まといになる。おとなしくここで待ってろ」
どんなに嫌だと言っても、ラディスラスは首を縦に振ってくれなかった。今まではどんな我が儘だって笑いながら叶えてくれたくせに、
今日に限って駄目だと言う。
(俺はっ、俺はただ・・・・・っ)
自分が何も出来ないだろうということはさすがに自覚していたし、かえって迷惑になるかもしれないと思っても、ラディスラスと共に
何かしたいという思いが強かった。
だが。
「じゃあ、アズハル、頼むぞ」
「はい」
「タマ、おとなしくしていろよ?直ぐに帰るからな」
ラディスラスはそう言うと、ラシェルとイザークと共に部屋を出て行った。ここで大声で呼び止めることが馬鹿な行為だということくらい
珠生にも分かる。
「タマ」
「・・・・・」
珠生は気遣うアズハルの視線が居たたまれなくて、彼から少し離れた場所へ行った。今の自分の顔を見られたくない。
(ラディのケチ・・・・・)
「何かあっても、助けられないんだぞ・・・・・」
そんなことが無い方がもちろんいいのだが。
(どのくらい・・・・・かかるんだろう)
ラディスラス達が出て30分ほど経っただろうか。
「・・・・・」
珠生はじっと扉を見つめるものの、そこが開くことは無い。まだジルベールの元にまで辿り着いていないのか?
(携帯があったら連絡出来るんだけど・・・・・)
「・・・・・」
「・・・・・」
ジリジリとした静寂の時を過ごしているのは珠生だけではなかった。
見張りのために散っている以外のエイバル号の乗組員達も、今回ミシュアに付いた兵士や召使い達も、息を殺すように経過を見
守っている状態だ。
(い、息詰まりそう・・・・・)
珠生は少しだけ空気を入れ替えようと、部屋の中にあった窓に手を伸ばした。
「・・・・・?」
(あいつ・・・・・)
建物の周りはぐるりと篝火が焚かれていて、その近くに立てば顔の識別も出来る。
ふと視線を落とした先に珠生が見たのは、以前会ったレオンという男だ。どうやら見回りをしているらしく、丁度この窓の下辺りに
いた兵士らしき男と何か会話を交わしている。
(あいつは、王様側の人間だったよな)
なんだか凄く怖い視線で見られたなと思っていると、不意にレオンが顔を上に上げた。
「!」
(見られたっ?)
反射的にその場にしゃがんだ珠生は息を殺す。部屋の中は真っ暗だし、カーテン(吊り布)の影から覗いていただけ。さらには、こ
の闇夜という中で自分の顔を見られたというのはほとんど無いとは思う。
それでもあまりにもタイミングが良過ぎて、珠生はバクバクと慌しく鼓動を打つ胸を押さえた。
「タマ?」
そんな珠生の名を呼んできたアズハルに、珠生はどうしようと眉を下げた情けない表情を見せてしまった。
「・・・・・」
(気のせいか?)
見上げた先の窓の向こう、吊り布が僅かに揺れたような気がしたが、窓は閉められているので風ということも無いはずだ。
それに、あの場所はジルベールが亡き母のためと言う名目で立ち入り禁止にしている辺りで、この時間など特に誰かがいるはずは
無かった。
「・・・・・」
「どうかなさいましたか?」
訊ねてくる兵士に曖昧な返答をし、レオンは再び歩き始めるものの・・・・・。
「・・・・・」
もう一度上を見てしまう。
何も無いとは思うものの、一度感じた胸騒ぎはきちんと収めなければずっと続いてしまうだろう。まだ王宮の外を見回るつもりだっ
たが予定を変えて、レオンは建物の中へと入っていった。
ラディスラス達は王宮の一室に身を潜めていた。
途中で自分達の味方ではない兵士達と遭遇したからだ。いや、実際に遭遇したのは少し前を行くイザークで、彼がとっさにその
兵士を足止めしている間に、ラディスラス達は近くの部屋に隠れたのだ。
(参ったな)
王宮の内部にイザークがいること自体は不思議なことではない。しかし、今のように深夜、意味も無く歩き回っている理由は無
く、さすがに直ぐに解放されるといった様子は無かった。
「どうする?」
予定とは違うことにラシェルが声を掛けた時だった。
「・・・・・誰か、いるのか?」
「!」
唐突に聞こえてきた声に、ラディスラスとラシェルはパッと背後を振り返る。
無人だと思っていたが、どうやらこの奥に誰かがいるようだ。
「・・・・・」
廊下には、まだイザークと兵士がいるはずだ。そこに飛び出すのと、このままこの部屋に身を潜めておくのとどちらがいいのか、考
えるまでもなかった。
ラディスラスは腰の剣を抜き、ゆっくりと部屋の奥へと足を進める。どうやらそこは寝室のようで、寝台の上には人影があった。
「騒がなければ何もしない」
声の様子からは年老いた、弱々しい感じがしたが、それでも油断がならない。
「・・・・・盗賊か」
「いや、違う」
「では、私の命を狙う刺客か」
「・・・・・刺客?」
ラディスラスが不思議そうに繰り返すと同時に、ラシェルが焦ったように寝台へと駆け寄る。
「ラシェルっ?」
いったいどうしたのだとラディスラスが掛ける声に重なるように、
「王・・・・・っ」
ラシェルの驚愕の声が漏れた。
(王・・・・・では、ミシュアの父親か?)
まさかこんなところでミシュアの父、ジアーラの先王に会うと思わなかったラディスラスは、薄闇の中その面影を探した。
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