海上の絶対君主




第六章 亡霊の微笑


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※ここでの『』の言葉は日本語です






(全く、タマの奴)
 子供のように自分の思いを喚いた珠生を、ラディスラスは自分勝手だとは思わなかった。今の硬直した事態を動かすには、珠
生のようにハチャメチャなことを言う人間がいなければならない。
 そして、その役は当然自分にも掛かるだろうと、ラディスラスは珠生に笑い掛けてから言った。
 「タマ、そいつに何を言っても無駄だ」
 「ラディッ?」
何を言うんだと、怒った顔になる珠生。本当に感情が分かりやすくて助かる。
(タマ、もっと周りを煽れよ)
 「そうだろう?兄貴に捨てられて不貞腐れて、一国を駄目にしたような男だ。国をどうでもいいと思っているのは確かだろうし、お
前も見てきただろう、この国の現状を。今更どうにか出来ると思うか?」
 「だ、だって・・・・・っ、どうにかするって来たんだぞ!」
そう、ミシュアのためにも、このジアーラを再建するためにここまでやってきたのだが、今のままではどうにも動きづらい。
(こうして会って、ジルベールのミュウへの感情も分かったしな)
 単に憎しみだけを抱えていたのならば、男を捕らえてしまえば話は早い。だが、ジルベールのミシュアへの感情はかなり複雑で、
どちらかといえばかなりの偏愛を抱いているように思う。
厄介といえば厄介だが、見方を変えればこの力は利用出来るかもしれない。
 ラディスラスは何を言うのかと眉を顰めるジルベールに一瞬視線を向けた後、そのままミシュアへと向き直った。
 「いっそのこと、一度この国を潰すっていうのはどうだ?ミシュア」
 「え?」
 「ラディッ!」
 「何を言っているっ?」
唖然としたミシュアの声に被るように、ラシェルやイザークも声を上げる。
捨て鉢になっていたはずのジルベールもぎょっと目を見開き、ラディスラスを睨みつけてきた。
 「お前にとっては願ってもないことだろう?憎い父や異母兄から国を奪い、その国自体を無くしてしまうんだ。それがしたかったこと
なんじゃないか?」
 「私は・・・・・」
 「今ここで、ジアーラ国は崩壊しました、はい、お終い」
 「ラディ・・・・・」
 その場にいる皆が呆然としている。
(取りあえずはこれで一区切り付いた)
かなり強引だがなと、ラディスラスはくくっと笑みを噛み殺した。




 「今ここで、ジアーラ国は崩壊しました、はい、お終い」
 どこか楽しそうに言うラディスラスに、珠生も一瞬何といっていいのか分からなかった。この国を救うために自分達は来たはずなの
に、その自分の手で壊してどうするというのだ。
 もちろん、目に見えて変化があるというわけではないが、その言葉はミシュアやジルベール、そしてこのジアーラの国の人々に大き
な衝撃を与えたのは確かだった。
 「ラディ・・・・・」
(どうするつもりなんだよ・・・・・)
 なんだか力が抜けてしまってその場に座り込みたくなってしまったが、よく考えればここはジルベールの腹の上だ。
 「あ・・・・・ごめん」
今更ながらそう言って身体をどかそうとした珠生は、
(・・・・・え?)
突然視界がコロンと変わってしまい、思わず疑問の声を上げてしまう。
どうやらジルベールが腹に珠生を乗せたまま起き上がり、その勢いで珠生は後ろに倒れてしまったようだが、そのまま床にずり落ち
なかったのはジルベールがその腕を掴んでくれたからだ。
 「え・・・・・っと」
 そのまま、ジルベールは無言で立ち上がる。腕を取られている珠生も同じように立ち上がることになった。
 「我が国のことをお前などにどうこう言われるいわれは無い」
そして、口を開くと同時に出た言葉は、ラディスラスの言葉に対する反発だった。
 「どうして?あんたもそれを望んでいたんだろう?」
 「それは、我が手によってだ」
 「同じことじゃないか」
 「違うっ」
 「ジルッ」
 言い争いを始めた2人に、ミシュアが声を挟んだ。そして、ジルベールの方へと駆け寄る。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
じばらくじっと顔を見合わせたかと思うとミシュアが珠生を振り返り、ジルベールに掴まれた手をそっと解いてくれた。強く掴まれてい
ると思っていた手は、案外簡単に離れていく。
 「ごめんなさい、タマ」
 「え、あ、ううん、俺は何も・・・・・」
 「ありがとう」
 改めてそう言われ、珠生は慌てて首を横に振った。礼を言われるようなことは何もしていないし、もしかしたら余計に問題を大き
くしたのではないか・・・・・さすがにそう思っていた。
 しかし、ミシュアはそんな珠生に穏やかな笑みを向けると、そのままジルベールを見上げる。
一見、まるで容姿の違う2人だが、よく見れば目元が少し似ていた。
 「ジル、今のこの国の王はあなたですよね?」
 「・・・・・そうだ。ミュウ、あなたではない」
 「それならば、お願いします。今ラディが言ったように、一度この国を壊してくれませんか?」
 「ミシュアッ?」
その言葉に、、ジルベールの顔色が一瞬のうちに青褪めたのが分かった。




 この国を崩壊する。
一見、無茶なことを言うと感じてしまったが、よく考えればそれが一番良い方法に思えてしまった。
自分が捨ててしまった国。それでも、現状を聞き、どうにかしたくてここまでやってきた自分。
ようやく手に入れた国を、それまでの私怨のために見る影も無く衰退させてしまった弟。
皇太子であった自分を完全に切ることなく、弟に意見も出来なかった父。
 全てを見つめ、考えたならば、この国は初めからやり直さなければ始まらないような気がする。立て直すという言葉の方が前向
きには聞こえるが、ラディスラスはじれったい自分達に対して叱咤してくれたのだ。
 「・・・・・ミュウ、お前は・・・・・本当にこの国を捨てる気なのか?」
 しばらくして、振り絞るように言葉を押し出したジルベールの握り締められた拳を掴み、ミシュアはゆっくりと首を横に振って静か
に口を開いた。
 「いいえ」
 「今っ、お前はその口で言ったではないか!この国を壊せと!私に今以上の罪を負わせる気だろう!」
 「違います」
 「・・・・・っ」
 「一度壊した国を、私達で再生しましょう。もちろん、王はあなたです。私は、あなたを支えます」
 ジルベールの目が見開かれた。
 「し・・・・・か、し、しかし、民はお前を王に望んでいる!」
 「今まで、この国を守ってくれていたのはあなたでしょう、ジル。皆はきっと分かっている。だからこそ、今まであなたと共にこの国を
捨てずにいてくれた・・・・・違いますか、レオン、イザーク」
本当にジルベールを見限ったのならば、もっと早くにこの国は崩壊していたはずだ。どんなに衰退したとしても、今までこのジアーラ
という国を守ってくれていたのはジルベールの存在だと、ミシュアは心からそう思っている。
 「私は・・・・・」
 「ミシュア様・・・・・」
 「タマ」
 「あ、え?」
 突然声を掛けると、珠生は戸惑った眼差しを向けてきた。
ジルベールのためにあれ程本気で怒りを表してくれた彼に感謝するし、後もう少し力を貸して欲しいと思う。
 「あなたが見付けたあの宝物、ジルに全て預けてもいいですか?」
 「あ、あれ、全部?」
 「全て」
 「・・・・・」
珠生は己の顔を見、続いて父親である瑛生を振り返る。そして、最後にラディスラスを見て彼が頷くのを確認した後、
 「うん、いーよ」
全く躊躇無く、そう答えてくれた。
 「もともと、この国のものだし。ミシュアのために使うつもりだったんだから、ミシュアがそうしたいならぜんぜんいーよ」
 「タマ・・・・・」
 王子とではなく、ちゃんと名前を呼んでくれた珠生にミシュアは笑った。何の見返りも無く、こうして人のために動ける彼がとても
眩しい。
この少年が自分が唯一愛した人の息子だということが、本当に・・・・・本当に、嬉しかった。




 見付けた宝石の原石はミシュアのために使うつもりだったので、彼がこの国のためにジルベールに預けることが最良というのなら
文句はなかった。
もしかしたら、ジルベールに会う以前だったら反対していたかもしれないが、今の彼なら絶対に間違った方向に使うとは思えない。
・・・・・ミシュアが側にいるのならば。
(結局、ブラコンだったってことだよな)
 珠生はふと、ベニート共和国のユージンとローランのことを思い出した。
彼らも血が繋がっていなくて、王位継承の件でもめていたが、結局はお互いがお互いを思い合っていたことが分かった。王族とい
う特殊な家族関係の中では血が繋がっていないということは良くあることかもしれないが、これだけ相手のことを考えているのなら
ば血なんてたいした問題のようには思えない。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 不意に肩を抱き寄せられ、珠生は首を後ろに向けた。
 「これでいいのかな」
 「いいんじゃないか」
楽しそうなラディスラスの口調に、珠生ははあと大きな溜め息をつく。
 「けっきょく、俺達はなんだったんだろ」
 「ん〜、正義の味方?」
 「カイゾクなのに?」
 「悪人が善人になるのは案外簡単なもんだって」
 「そーなのかなあ」
 まだよく分からないが、誰も怪我をせずに話がまとまるのならばそれに越したことは無い。あの宝石も、多分これからの国の再建
には役に立ってくれるだろう。
 「・・・・・もっと、見つけたほーがいいんじゃない?」
 「ん?」
 「宝石」
 たまたま見付けたのは地図かあったあの島だが、周りも同じような条件が揃っているので原石が埋蔵されている可能性はある
んじゃないだろうか?
(お金はあったって困るもんじゃないし、せっかく爆弾だって作ったんだし)
 「ジルベール」
 珠生が呼びかけてこちらを向いたジルベールの目元は少し赤い。しかし、そこは指摘しないのは男同士の情けだ。
 「宝探ししてもいー?」
 「宝探し?なんだ、それは」
 「えっと・・・・・イザーク、せつめーしてあげて」
面倒なことは押し付けて、珠生は少し離れた場所に立っていた父の元に歩いていく。
ミシュアとジルベール。兄弟の姿をじっと見ていたらしい父は、珠生がその腕に手を掛けるまで何か考え事をしていたらしく、声を
掛けてからああと視線を向けてきた。
 「ご苦労様、珠生」
 『父さん、逃げたりしないよな?』
 わざと、周りに分からない日本語で話しかけると、父は少し困った顔をする。どうやら変なことを考えていたようだ。
(あの2人のために身を引こうとするなんて、すっごい馬鹿が考えることだからなっ)
ミシュアがこの国に戻る勇気を持てたのは、あんなふうに堂々と自身の意見を言ったのは、間違いなく父の存在があったからだ。
ここまできて逃げ出すことは、ミシュアが許しても自分が許さない。
 『もしも逃げるつもりなら、ミシュアが納得する理由を言ってからにしてよ』
 『珠生・・・・・』
 『俺は、絶対納得しないからっ』
ここまで来て2人が別れることなんて認められるはずがなかった。