海上の絶対君主




第六章 亡霊の微笑


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 一国を崩壊させることはかなり困難だ。
ラディスラスやミシュアが言ったのはそれぞれの意識の上でのことで、実際は今のジアーラを根本的に立て直すことになる・・・・・ら
しい。
(それならもっと分かりやすい言葉で言えばいいのに・・・・・)
 珠生はそう思いながら、今目の前で繰り広げられている感動的な親子の対面を口を尖らせて見つめていた。
ミシュアが国に戻り、父親である元国王に会えたのは良いことだとは思う。
 それでも、そもそも今回のこの国のゴタゴタは、全部この王様のせいではないだろうか。正妃がいて、ミシュアという王子もいたと
いうのに、他の相手に手を出したから、こんなふうに王位継承でもめたのだと、どうしても珠生は素直に良かったなとは言えなかっ
た。
 「タマ」
 「うわき、反対」
 「王のことか?だが、妾妃が1人だけだったなんて、十分身持ちが固いと思うがな」
 「・・・・・ラディ」
 何だか今の言葉は引っ掛かった。もしかしたらラディスラスは、一度に何人もの相手と関係を持つようなタイプなのだろうか?
(今まではそんな気配は無かったけど・・・・・そう言えば、モテるもんな)
どの国の港に着いても、ラディスラスは必ずといっていいほど女達に囲まれている。
 ラシェルのようにその女達を冷淡にあしらえばまだ違うのに、いつもニヤニヤ笑いながら(珠生の目にはそう映る)相手をしている
ラディスラスは基本的にスケベなのかもしれない。いや、スケベだ。
 「・・・・・」
 「タマ?」
 無意識のうちにラディスラスから距離を取った珠生を、本人はわけが分からずに引き止めようと手を延ばしてくる。掴まってしまっ
て問い詰められた方が楽かもしれないとは思うものの、男のプライドとしては少し・・・・・。
 「そこ、止まって」
 「はあ?」
 「いーからっ」
自分の気持ちが少し落ち着くためにも、この距離はもう少し保っておきたかった。




 自分が見捨ててしまった息子と、暴走を止めることが出来なかった息子。
どちらの手も離せず、結局ここまで国を疲弊させたことを詫びる王を、ラディスラスは憐れだなという気持ちでしか見ることが出来
なかった。
 かつては一国を支配していた人物だ、本来はもっと威厳がある存在だったはずなのに、初対面の時にも感じたが今の男にそん
な面影は少しも見当たらない。
(もはや、息子達がこの国を立て直すしかないな)
 片方は国を捨て、片方はその国をここまで壊したのに、再建することなど出来るのか少し考えてしまう。だが、あの眩しいほどに
清々しい笑みを浮かべた元皇太子ならば・・・・・ミシュアならば出来るかもしれない。
 「・・・・・」
(手は必要だな)
そのためには、有能な人材は1人でも多く欲しい所だろう。
 「ラシェル」
 「・・・・・」
 「ラシェル?」
 「あ、ああ」
 じっと3人を見つめていたラシェルが、ようやくこちらを向いた。
 「いいぞ」
 「え?」
 「船を下りても」
 「・・・・・っ」
小声で話す自分の声は、少し離れた場所にいる珠生の耳にも届いていないはずだ。
いきなり自分がこんなことを言ったら珠生は驚き、寂しさを感じて駄目だと言うかもしれないが、ラシェルの気持ちを思えば自分は
こうしか言えなかった。
 「元々、お前は好き好んで海賊になったわけじゃないだろう?大切な王子が祖国に戻ってきたんだ、国を立て直す手助けをし
たいと思わないのか?」
 「それは・・・・・」
 瞳が揺れている。即座に頷かない所に、これまで数年共に過ごしてきた自分への気遣いを感じて、ラディスラスは笑いながらラ
シェルの肩を叩いた。
 「下りるのに制裁を加えたりはしない。乗るのも自由なら、下りるのも自由なのがエイバル号だ」
 「ラディ・・・・・」
 「まあ、しばらくはタマの宝探しに付き合うことになるだろうし、俺達も人助けというものをさせてもらう」
 珠生は、まだこの辺りの島に宝石の原石が眠っているのではないかと言っていた。
確かに似たような条件が多い島々だ、全てとは言わないがこの中の幾つかの島に原石が眠っていてもおかしくは無いだろう。
 前回のようにこっそりとするわけではなくて、王の許可を得ての宝探しはもう少し堂々と出来るはずだし、そうなると探し方も変
わってくるはずだ。
 「もうひと暴れさせてもらう」
 「・・・・・」
 「ラシェル、そんな顔するな。タマが妙に思うだろう?」
 ラディスラスの言葉に、ラシェルの眼差しが珠生の姿を捉える。
実際ラシェルが珠生をどう思っているのかラディスラスがその内心を覗けるわけではないが、共通する思いはただ一つ・・・・・珠生
を悲しませないこと。
それだけを分かってくれるのならば、誰かが誰かを思う気持ちを止める権利はラディスラスには無かった。
(・・・・・ったく、タマの暴走もたまには良い方に転がるってことか)
 一時、珠生の姿が見えず、ジルベール側に捕らわれてしまったと聞いた時は心臓が止まりそうになったが、結果的に珠生はちゃ
んと自分の腕の中に戻ってきたことで良しとするかと思えた。




 あまりにも話がどんどん進み過ぎて、レオンは自分がどういう立場にいるのか分からなくなってしまった。
つい先ほどまではジルベールを脅かす存在を警戒していたはずなのに、その最たる存在・・・・・元皇太子ミシュアの姿が現れてか
ら事態は急変した。
 「・・・・・」
(王は、ミシュア様を受け入れるのか・・・・・?)
 あれ程の劣等感と憎悪を抱いていた義兄を受け入れることが出来るのか。
今まで常にジルベールの側にいてその心さえも理解していると思っていたレオンにとっては、今回のジルベールの行動に即座に同
意を示すことが出来なかった。
 「・・・・・っ」
 しかし、今目の前でミシュアを見つめているジルベールの眼差しの中には、戸惑いと共に縋るような色が濃い。
自分では、ただの臣下である自分では支え、癒すことが出来なかったジルベールの中の闇を、一度は逃げたとはいえ血の繋がっ
たミシュアならば出来る。
何だか胸の中がざわついてしまい、強く拳を握り締めた時、
 「レオン」
背後から掛かった声に、レオンの肩が揺れた。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「どうした、お前の思惑通りではないのか」
 「レオン」
 「私は、私はもう・・・・・っ」
 何も出来ないと呻くように言えば、それは違うときっぱりとした否定が返ってきた。
同じ軍にいながら、少し距離があったイザークと、なぜか今初めてちゃんと向き合っているような気がしてしまった。
 「お前が今までジルベール様の側にいたからこそ、この国は何とかここまで持ちこたえたんだ。何も言うことが出来ず、逃げるよう
に国の外に出てしまった私には、お前の強さは・・・・・眩しい」
 「・・・・・」
 「ミシュア様の御帰国を良くは思わないだろうが、皆が一つになってこの国を立ち直るように動かなければならない時だ。レオン、
力を貸してくれるな?」
 「・・・・・」
 「レオン」
 「・・・・・」
 「レ・・・・・」
 「何度も聞くな、当たり前のことだろうっ」
 素直に頷くことは出来ずに、少し投げやりな言い方になってしまったが、レオンが願うのはジアーラの繁栄とジルベールの幸せだ。
そこにミシュアの存在が必要ならば認めるのが当たり前だろう。
 その答えに、イザークの生真面目な顔が綻ぶ。
 「・・・・・っ」
その顔が、何だか自分が良い人だといわれているようで居たたまれずに、レオンはイザークから視線を逸らした。








 夜が明けた。
何だか一週間ぐらいに感じる濃密な一夜だったように思った珠生は、外を臨めるバルコニーに出てう〜んと背伸びをした。
もう姿を隠している必要は無いので堂々と姿を晒しているものの、この国でもやはり自分や父の黒い瞳は物珍しいようで、何度
もじっと顔を見つめられて辟易してしまった。
 「全く、俺はどーぶつえんのパンダじゃないんだからな」
 「ぱんな?なんだ、それは」
 「・・・・・近付いていーって言ってないけど」
 「寂しいことを言うなよ、タマ」
 自分が何に怒っているのか分かっていない(言ってないから仕方が無いが)ためか、ラディスラスは暢気に笑いながら後ろに立ち、
当然のように肩をくんでくる。
 嫌ではないので避けることはしなかったものの、それでも一言何か言いたくて珠生はジロッと隣を見上げた。
 「話し合いは終わった?」
 「ああ。早速昼から動く」
それはあまりにも早いんではないかと思ってしまったが、ラディスラスにとっては全く問題は無いらしい。
 「あいつらもやることがあった方がいいだろ」
 珠生が提案した宝探し。
ヴィルヘルム島で何があったのかを全て聞いたジルベールはかなり驚いたようだったが、それからは動きは早かった。
隊を率いているイザークとレオンに兵士達の組み分けを指示し、早速ジアーラの点在する島々での原石探しを実行することに
なったのだ。
 珠生はそこまで聞いて少し眠ってしまったのでその後の経過は知らなかったが、ラディスラスもエイバル号の乗組員達を振り分け
て、その兵士達と共に出発をすることにしたらしい。
 「俺達は?」
 「もちろん行くぞ。それとも、ここで待ってるか?」
 「行く!」
 じっとしていることなど性に合わなかった。
それに、ミシュアとジルベール、そして前王の家族の修復の場に、他人である自分は側にいない方がいいはずだ。
 「そう言うと思った」
 「あ、バクダンどうする?みんな扱い方分かるかな?」
 「それは、それらしい場所が見付かってからの判断だ。もしかしたら手掘りが出来るかもしれないし、無闇に使わない方がいい
からな、あれは」
 「・・・・・うん、そうだね」
 「それと、エーキも俺達に同行すると言っていたぞ」
 「とーさんも?」
 てっきりミシュアの側にいると思った珠生は、意外な言葉に思わず声を上げてしまった。
自分が原因で(それ以外にも実際に色々とあった)バラバラになった家族の側にいることは居心地が悪いのかもしれないが、今
はミシュアの側にいてあげた方がいいように思う。
 「ラディ、止めてくれなかったのか?」
 「俺じゃ説得出来ないって。お前が頑張ってくれ」
 なんだか、楽しまれているような感じがしないでもないが、珠生は渋々頷いた。
 「俺から言ってみる」
 「よろしく」
 「・・・・・」
(本当は、説得なんかしてないんじゃないか?)
生まれてきてしまった疑問は、さすがにラディスラスのために一応頭の中から追い出した。