海上の絶対君主
第六章 亡霊の微笑
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「・・・・・って、そう簡単にいくはずないか」
珠生はハアと大きな溜め息をついて、遠ざかっていく島を見つめた。
この島で三島目になるが、未だにそれらしい場所は見つかっていなかった。ヴィルヘルム島よりも小さな島をそれぞれ二日ほど掛
けて探したが、今まで見た限りはその可能性の欠片も無い。
そもそも、珠生自身宝石が出来る条件を詳しく知っているわけではないが、気候や地下のマグマとか、他にも色んな細かな条
件が丁度よく合わさって・・・・・あの時見つけたのは本当にラッキーだったのかもしれない。
「タ〜マ」
「・・・・・」
木の手摺にしがみつく珠生の背中から覆いかぶさってきたラディスラスは、同じように小さくなっていく島を見つめながら残念だった
なと言って来た。
「・・・・・見付かんない」
「ああ」
「無いのかな」
「諦めるか?」
「・・・・・イジワル」
現状で、珠生がこの原石探しを諦めることは出来ないと分かった上でそう言うラディスラスは結構な性悪だ。
(父さんと王子のためにも、少しでも多く見付けておきたいんだけど・・・・・)
2人が平和で幸せに生活するためには、どうしてもお金というものは必要不可欠だと思う。それも、一国をどうこう出来るほどの大
きな金額、ジルベールが納得するほどのものが。
「向こうはどうだろうな」
別行動をしているイザークとレオン。
同じジアーラ海域にいるということで、連絡は小船に乗った兵士が各船を行き来してしている状況だ。
携帯があれば本当に便利なのにと思うが、海の上では呆気なく落として壊しそうな気もするので、これが一番確実な方法なのだ
ろうなと思ってはいた。
昨日やってきた連絡係の話では、イザークとレオンどちらも、そして他の兵士達も、今だ何の成果もないらしい。
(始めは一番最初に見つけたいって思ってたけど、今はそんなふうに言ってられないかも)
順番など考えている前に、本当に原石があるのかを疑わねばならない。
「ラディはあるって思う?」
「タマはどうなんだ?」
「俺は・・・・・あってほしいなって思う」
「それなら、絶対に見付かるさ」
「えーっ、なにそれ?」
あまりにも呆気なく言い過ぎだと文句を言えば、そんな気になっただろうと笑いながらギュウギュウ抱きしめてくる。
確かに、先ほどまでの深い落ち込みは消えたが、それを素直に認めるのは何だか悔しかった。
簡単には行かないと初めから分かっていたので、ラディスラスはそれ程焦ってはいなかった。
万が一、他に原石がある島が見付からなかったとしても、現国王であるジルベールと元皇太子のミシュアが和解したという事実
は大きい。
時間は掛かるかもしれないが、この国が再建していくだろうと確信していた。
(だが、タマのためには見付かって欲しいがな)
「次はどのくらい掛かる?」
「近いぞ。ほら、あの島だ」
遠くにある島影を指差し、陽が沈む前には着くはずだと続ける。
「今度はヴィルヘルム島に条件が近いらしい」
「じょーけん?」
「森があって、泉があって、一方では岩山が連なっている」
「オンセンも?」
「・・・・・なんだ、タマ、俺とまた入りたいのか?」
ん?と言いながら、珠生を拘束していた手を緩め、その片方を上着の裾からそっと中にさし入れた。
「・・・・・っ」
珠生の身体がピクッと振るえ、何をするのだというように振り返った頬は赤くなっている。
「何をしたいと思う?」
「ちょ・・・・・っ」
あの場で何があったのか。ラディスラスは今でも上気した珠生の肌や、柔らかく蕩けた甘い身体を思い出すことが出来る。
忘れた振りをせずに思い出せ。服の上からであるが胸の飾りを摘むと、
「!」
「・・・・・って」
ぐんと背筋を伸ばした珠生の後頭部が顎に当たって、その痛みにラディスラスは思わず手を離してしまった。
「ヘッ、ヘンタイ!」
そう言い捨てた珠生が走り去っていく。
「走るなっ、タマ!」
「やだよ!」
落ちたらどうするのだと叫ぶが、珠生の足は止まらなかった。
「・・・・・あ〜あ」
細い背中が視界から消えた。
打たれ強い珠生が落ち込んでばかりだと思わないし、乗組員達は皆保護者のようなものなので心配はないだろう。
「あれくらい、笑って受け流せとは・・・・・言えないか」
実年齢以上に幼い珠生に大人の対応をしろというのは無理なことだし、ラディスラスもあの反応が楽しくてわざとしているという
こともある。
もちろん、何時でも抱きたいという気持ちが大前提で、ラディスラスは愛する者に対して枯れた男ではないのだ。
エイバル号はそのまま次の島、メルバ島に到着した。
「タマ、到着したぞ!」
「・・・・・」
昼間のセクハラをすっかり忘れたような態度を取るラディスラスには思うものがあるが、今ここで我が儘を言っても始まらない。
(こき使ってやろう)
山道で背負ってもらったり、果物を取ってもらったりして、悪かったと謝ってくれるまで色々と言いつけようと決め、珠生は下ろされ
た小船に向かって縄梯子を伝って下り始めた。
ギシ ギシ
「うわ・・・・・っ」
もう何度も同じことをしてきたが、未だに慣れるということはない。手が滑ったり、このまま縄が切れてしまったら、何メートルあるか
分からない海に投げ出されてしまうのだ。カナヅチの珠生にとってはそれは大きな恐怖だった。
「そのままゆっくりでいいからな!」
「わ、分かってるってば!」
小船に先に下りているラディスラスにそう言い返せば、なぜか震えていた手に力がこもる。
「・・・・・」
ギシ ギギ
波の音の方が大きいはずなのに、今は縄梯子が軋む音の方が耳に響いた。
下を見ると怖いので視線は甲板に立つ乗組員達に向けたまま、珠生は一歩一歩足を下ろしていく。
「!」
後どのくらいかラディスラスに聞こうとした時、大きな手がしっかりと腰を掴んできた。それが誰のものなのかすぐに分かり、珠生は
ようやく安心して視線を下に向ける。
小船の底には後1メートルくらいだった。
「よし」
珠生が縄梯子から手を離すと、子供にするようにラディスラスが頭を撫でてきたが、さすがにこの手を嫌だとは思わない。
むしろホッとして、珠生は緩む頬のまましっかりとラディスラスの腕を掴んだ。
「砂浜、ある」
「ああ、上陸も楽そうだ」
「うん」
二番目の島の時は海岸沿いは岩肌で近寄り難く、珠生はラディスラスに抱かれて泳ぎ(滅茶苦茶にバタ足をしただけ)岸まで
行ったくらいだった。
(あの時は波が無くてよかったけど)
風が強ければ、怪我をしてもおかしくは無かったはずだ。
運が良かったなあと思いながら島を見ていた珠生は、えっとと空を見上げて思わず口を開いた。
「ラディ、あれ」
「あれ?」
珠生は指を指す。
「ほら、島の真ん中」
「・・・・・煙か?」
「だよね?」
島のほぼ中央から空に上がっているように見える薄く白い線。あまりにも少なかったのでここまで近付かなければ分からなかった
が、目を凝らして見ればそれが煙だと確信出来た。
「もしかして、オンセン?」
「可能性はあるな」
「ホントにそうなら、あそこと同じだ」
何だか、胸がザワザワとしてくる。可能性が確信に変わる時がくるような、そんな期待に満ちた気持ちが自然に胸の中に湧き上
がってきた。
環境の条件はどうやらヴィルヘルム島に酷似している。
実際に小船から島の海岸に下り立ち、早速手分けをして島の中を調べてみた。詳しく見るには時間が足りなかったが、乗組員
達の数人が温かな泉・・・・・珠生の言うオンセンという場所を見つけたことで、一同の士気は一気に高まる。
「明日は四班に分かれて、東西、それと島の中央から向こう側に歩いていくか」
簡単な夕食をとった後、ラディスラスは乗組員を前に手筈の確認をした。
「中央に二班ですか?」
ルドーの確認に、ラディスラスはああと答える。
「ここはくまなく探してみた方がいい」
「じゃあ、もしかして?」
「・・・・・何か感じるんだよな、タマ」
隣に座っている珠生は、ジェイ特製の甘い揚げ菓子を食べていた。
しかし、自分の問い掛けに顔を上げ、直ぐにうんと答えてくる。
「なんか、カン?」
「タマの勘は案外鋭い」
珠生の言葉だけではなかった。ラディスラス自身も今回は何らかの予感がしていたのだ。その規模などは全く予想がつかないも
のの、ここにはあるのではないか・・・・・。
「タマ、バクダンは使えるか?」
「え」
「作ってから時間が経ったが、まだあの爆発は大丈夫なのか?」
バクダンのことは珠生にしか分からない。使うかどうかも判らない今の段階でも、それを確認する相手は珠生だけだった。
珠生はラディスラスの質問の意味を考え、何かを考えるように食べていた口を閉ざす。やがて、確かだとは言えないけどと前置き
をしてから口を開いた。
「・・・・・もしかして、しめってるかもしれない」
「ああ、船の中に置いていたしな」
潮風でバクダンの威力が無くなっている可能性もあるのかとラディスラスは頷いた。
「ちゃんとバクハツしない時、事故が起きることもあるし、用心しないといけないと思う」
「明日、砂浜で干しておくか」
「大丈夫?」
「日中の照り返しで、ここの方が船の中よりもましだ」
仮に原石が見付かり、バクダンを使うことになるとしても明後日だ。それまでには多少湿ったものも渇くだろう。
あれ程の威力があるくせに、繊細な取り扱いをしなければならない武器を唯一知るのが珠生だというのが心配を完全に払拭出
来ない要因でもあるが、ラディスラスは珠生を信じていた。
(やる時はやる男だしな)
「頼むぞ、タマ」
「分かった」
「後は、明日次第か」
ラディスラスはそう言うと、珠生の汚れていた唇の端をそっと指先で拭ってやった。
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