海上の絶対君主




第六章 亡霊の微笑


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 翌日、ようやく空が明るくなりかけた早朝に捜索は開始された。4班それぞれに責任者を置き、その裁量に任せるということにし
たらしい。
特にこの島は可能性が高いようなので責任者はかなり大変だろうが・・・・・。
 「タマ、大丈夫か?」
 「う、うん」
 珠生はラディスラスの班に入れられ、島の中央、少し岩山寄りを登っていた。
実際にこうして歩かなければ分からなかったが、勾配がかなりある感じだ。それに、歩くにつれて額や背中に滲む汗の量は多くなっ
て、この場の温度が高いことが身体で分かった。
(ね、熱帯地方ってこんな感じなのか?)
 ヴィルヘルム島も暑かった記憶はあるものの、ここまでではなかった気がする。
 「・・・・・」
踏みしめる山道も、どちらかといえば岩山だ。緑は上に登るにつれて少なくなってきたし、硬そうな土は色が濃くて・・・・・。
 「ラ、ラディ」
 「どうした?疲れたか?」
 「そーじゃなくって、なんか、暑くない?」
見上げたラディスラスも汗をかいている。そう言えば、今日は朝から髪を縛っていたから、ラディスラスもこの暑さにはとうに気がつい
ていたはずだ。
 「確かに、暑さと湿気は物凄いな。タマ、どう思う?」
 「・・・・・よく、分からないけど」
 「思いついたことを言ってくれ」
 「・・・・・ここ、火山島、かも」

 確かなことなど分からない。それでも珠生は自分が感じたことを口にした。
 「この前に行った島、海が岩だらけだっただろ?でも、考えたらあれ、サンゴじゃないかなって。白っぽかったし、形も・・・・・」
海底火山が海面から顔を出し、火山活動が止まって環境が整うと生物の侵入が始まる。見た目には普通の島のように見える
が、活火山であればその中心は生きているのだ。
 沿岸にはサンゴがついてサンゴ礁を作って、火山島とは距離が出来て・・・・・と、珠生も火山がどんな風に出来るかなんて詳し
く知っているわけではないが、何だかそう考えると中央の湯気のような煙も、ズズズと足元から聞こえてくる小さな音も、なんだか全
てを結びつけて考えたくなってしまう。
 「・・・・・」
 所々言葉を端折ったものの、ラディスラスには言いたいことは伝わったらしい。
 「じゃあ、ここには原石はないかも知れないということか」
 「ちがう」
 「ん?」
 「反対。火山島には原石があるかのーせい高いんだよ。どんな宝石か分かんないけど」
そう言って、珠生は頂上へと視線を向けた。




 珠生の説明を全ては理解出来ないが、この島は今でも爆発する可能性のある島らしいことは分かった。
道理で島の中央に行けば行くほど暑くて、物凄い湿気が身体に纏わりつくはずだ。
 「どうする?」
 「どうするかな」
 ジアーラ国の島が爆発したということは聞いたことがないし、このメルバ島が今すぐ爆発するという可能性は少ないはずだ。
それよりも、珠生の言葉で言うと宝石がある確率が格段と増えて、みすみす見逃すことは出来なかった。
 「・・・・・行くか」
 「行く?」
 「船に戻っているか?」
 怖いのならばわざわざ危険に足を踏み込む必要は無いぞと言うと、思ったとおりの返事が返ってくる。
 「行く!」
 「よし」
ラディスラスは手を伸ばして珠生の手を握った。少し汗ばんだ小さな手を強く握り締め、ラディスラスは再び山道を歩き始める。
恐怖よりもワクワクとした楽しみの方が胸を占めているのは、多分珠生も同じだろうと思えた。

 暑さはどんどん激しくなってくる。
山道もいまやはっきりとした岩や小さな石になってきて、視界も随分開けてきた。
 「・・・・・」
(この分じゃ、頂上に上っても仕方が無いかもしれないな)
それよりも、その途中に岩穴か何かがないかを調べた方がいいのかも知れない。
 「止まれ!」
 ラディスラスが号令をかけると、十数人の乗組員と珠生の視線がいっせいに自分に向けられた。
 「今から引き返すぞ」
 「今からですか?」
 「えーっ?」
乗組員は呆気にとられ、珠生は不満そうな声を上げる。
その反応は十分予測していたので、ラディスラスは頂上を指差しながら自分の考えを伝えた。
 「多分このまま上っても成果はないと思う。それよりも、少し進路を変えて昨日オンセンを見かけたという場所の辺りを見た方が
洞穴があるんじゃないだろうか」
 宝石の原石は岩の中に眠っている。それはこんな剥き出しの岩の中ではないはずだ。
 「他の班に連絡を取って、木が完全に無くなる辺りから上には行くなと伝えてくれ。それと、少しでも異変を感じたら浜辺へと引
くこともな」
足が速く、体力のある乗組員達を選んで走らせると、ラディスラスは残った者達にもう一度言った。
 「下りるぞ!」
 船長であり、頭であるラディスラスの言葉は絶対だ。
それに、自分達にとって負になることをしないだろうと信じてくれているのだろう、乗組員達はいっせいに今上ってきた山道を下り始
める。
 「ラ、ラディ」
そんな中、珠生がラディスラスの手を引いた。
 「どうした、疲れたか?」
 ラディスラスが汗ばんだ額にくっ付いた前髪をかき上げてやると、珠生はブンブンと首を横に振って訴えてきた。
 「ち、違うって。俺の言ったこと、合ってるかどーか分かんないよ?」
 「いいじゃないか、それで」
 「え?」
 「どっちみち、俺達は手探りで行動している。多少間違えたって、それを違うってことに気付く奴はいないだろ」
 そうは言うものの、ラディスラスの中では珠生の言葉はかなり信憑性のあるものになっていた。
生きてきた世界が違うという珠生は、自分達には無い知識がある。その良い例がバクダンで、あんなものを小さな手で作り出す
ことが出来る珠生の言葉を即座に却下には出来なかった。




(言っちゃって良かったのかな・・・・・)
 この島が火山島だというのは、あくまでも珠生がチラッと考えたことであって、それに確証を見せろといっても答えることは多分出
来ない。
 「・・・・・」
 珠生は自分の手を引いてくれるラディスラスの背中を見つめ、もう一度頂上へとその視線を戻した。
(ここで諦めて、もしももっと上に何かあったとしたら・・・・・)
もう一度引き返そう・・・・・その言葉が口から出ようとした時、
 「あっ、あれじゃないですか、オンセン!」
 「え?」
 「そうみたいだな」
 今上ってきた方角からは50メートルほどずれているだろうか。
さっきは上ばかり見ていたし、数本の大きな木の陰で全く気がつかなかったらしい。
 「本当にオンセンだ」
 大きな岩がくり貫かれた自然の湯船の中に入っている水から湯気が立ち上っている姿に、疲れていた乗組員達から歓声が沸
きあがった。
 「お頭!」
 「いいぞ、休憩だ」
 「よし!」
 せいぜい、大人が4、5人しか入れない大きさだというのに、乗組員達はいっせいに服を脱ぎ捨てて我先にと飛び込み始めた。
さすがにあの騒ぎの中に割り込む気力はなくて、珠生は側の木の根元に腰を下ろすと大きな息をついた。
 「タマ、あ〜ん」
 「え?」
 腰を屈めたラディスラスがいきなりそう言った。珠生はそんな男を見上げ、何を言っているんだと首を傾げる。
 「いいから、口を開けてみろ、あ〜ん」
 「あー」
素直に口を開けた珠生に笑い、ラディスラスは胸元から小さな袋を取り出すと、その口を開けて、
 「んんぐっ」
いきなり珠生の口の中に何かを放り込んだ。
とっさに口を閉じた珠生はそれが甘い飴のようなものだと分かり、安心して口の中で転がす。それでも一応、ラディスラスには釘を
さしておいた。
 「ラディ、いきなり口の中に入れるのやめて。怖いものだったら困る」
 「怖いものってなんだ?」
 「えーっと・・・・・・ムシ、とか」
 「虫ねえ」
 「ぜ、ぜったいダメだからな!」
 目を細めて笑うラディスラスが何を想像しているのか怖くて強く念をおせば、するわけないだろうとクシャッと髪を撫でられる。
 「ジェイに、タマにやってくれって頼まれていた菓子だ」
 「じゃあ、それって俺のじゃん!」
どうしてラディスラスが持っているのだと文句を言い、当然の権利のように手を差し出せば案外素直に小さな袋を乗せてくれた。
覗き込めば、赤とオレンジのビー玉くらいの玉が幾つも入っている。
 この暑さで多少とけてしまったようでベタついた感じもしたが、味はもちろん満点をつけても良いほどに美味しかった。さすが自分
の好みを分かってくれているジェイだと思う。
 「果汁と砂糖で作ったらしい。味見をしたが、俺には甘過ぎて駄目だな」
 「こんなに美味しいのに?」
勿体無いと呟いた珠生は、自分の腰のベルトにしっかりと袋の紐を結びつけた。




 ひとしきりオンセンで疲れを癒した乗組員達は、今は思い思いの格好で休んでいる。
そろそろ太陽が頭の真上に来る頃だ。他の班も同じように休んでいると良いがと思いながら、ラディスラスも少し硬い地面に寝転
がって目を閉じた。
 「・・・・・っ」
 その時、首筋に熱いものを感じてラディスラスは飛び起きる。
 「タマ?」
 「へへ、びっくりした?」
直ぐ側には珠生が膝立ちになって自分を見ていた。その手には布が握られている。
 「汗、拭こうと思ったんだけど」
 「・・・・・熱かったぞ」
 「目覚ましにちょーどいいだろ」
 「・・・・・」
 こんな悪戯を仕掛けるとは、どうやら珠生にとってこの休憩は退屈なものらしい。
他の乗組員達と同じようにオンセンに飛び込んでいればまた違っていたかもしれないが、さすがにあの混雑の中に入ることは出来
なかったようだ。
もっとも、珠生の裸を他の男に見せたくは無いラディスラスが、どんなことをしても阻止していたと思うが。
 「・・・・・拭いてくれるのか?」
 「え?起きたから自分でして」
 布を押し付けてきた珠生の手を掴むと、えっと黒い目が驚きに丸くなった。
 「拭いてくれるんだろう?」
 「ラ、ラディ?」
 「ほら」
空いたもう一方の手で、自分のシャツの胸元を肌蹴てやる。
 何度も見たはずなのにじわじわと顔を赤くして視線を逸らしていく様が可愛くて、ラディスラスはもっとからかってやろうと今度は下
の帯革を外そうとしたが、
 『ストーップ!』
珠生は濡れた布をラディスラスの顔に押し付けて、するりと腕の中から逃げてしまった。