海上の絶対君主
第六章 亡霊の微笑
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「ふっ・・・・・はっ・・・・・はっ」
「大丈夫か、タマ」
先頭を行くラディスラスが振り返って何か言っているものの、珠生は呼吸が乱れて直ぐに返答は出来なかった。
この世界に来てからだいぶ体力がついたと思ったが、どうやらそれは本当に気のせいだったようだ。
(こ、こんなのっ、なんかっ、身体を苛めてる、感じっ)
映画などでは、こんな岩穴を登っている主人公は先の困難を想像したりしていたと思うが、珠生は今自分の手足がきちんと動
くかどうかの方が心配だった。
滑りやすく、急な坂になっている狭い岩穴は本当に上り難く、時折地面に着く膝は岩で幾つもの擦り傷が付いていると思う。
自分の後ろには2人の乗組員がいるので下まで滑り落ちてしまうことはないだろうが、自分の体重で2人を道連れに落ちてしまう
ことは・・・・・ありえる。
絶対に落ちることは出来ないと思いながら登るのは相当な体力と精神力を必要としていて、自分からラディスラスと共に行くこ
とを望んだにしてもかなりきつい道中だった。
(こ、これ、じゃっ、冒険家、みた、いっ)
心の中で自分自身に突っ込んだ珠生は、ふと動きを止めて胸元に手をあてた。
ラディスラスには言っていないが、ここには片手に隠れるくらいの爆弾を2つ忍ばせていた。
使う機会があるかどうかはわからなかったものの、突き当りがある可能性のある岩穴に入ることになって、もしかしたらという思いで
持ってきたのだ。
海水には浸かっていないものの、かなり汗をかいているのでそれが心配だった。
「・・・・・」
(あ、れ?)
上り坂が、急になだらかになった気がする。
「ラ、ラディ、着いた?」
「いや・・・・・明かりが見えない」
島のどこかに出るとしたら外の明かりが漏れてきてもいいものだが、どうやらラディスラスの目にはその光は見えないらしい。
(もしかして、本当に行き止まりだったり、して)
これだけ上ってきたので海の水がここまで満ちることはないと思うものの、何時潮が引くのか全く時間の感覚がない。
運よく、あの横穴を見つけた場所に戻れたとしても、今度は小船がないので、ずっと泳がなければならないだろう。海賊であるラ
ディスラス達はまだしも、珠生には絶対に無理なことだ。
「・・・・・っ」
この横穴を見つけてしまったのは自分なので、かなり責任を感じてしまう。
珠生はどうしようかと、前を行くラディスラスが持つ松明の明かりを必死で見つめていた。
ラディスラスはさすがに焦りを感じていた。
絶対に何かがあると感じてここまでやってきたが、どうやら外に出ることは叶わない感じだ。今から戻るとしても潮の満ち干きを考え
なければならず、松明の火もそろそろ消えてしまうかもしれない。
ラディスラスは今自分がどうすべきかを直ぐに考えなければならなかった。
(タマの体力もそろそろ限界だ。少しでも休める場所があるといいんだが・・・・・)
「・・・・・っ?」
(あれ、はっ?)
炎が消えかかってきたせいか、その先の闇の中に僅かに漏れる光が目に入った。
「タマッ、これを持ってろ!」
松明を背後の珠生に押し付けたラディスラスは、萎えそうだった手足に力を入れて前へ進んだ。
そこは思ったとおり行き止まりだったが、ほんの僅か、岩肌のずれた場所から光が見える。
(外か!)
外界か、それともさらに今通ったような岩穴が続くかもしれないが、それでも下に下りていくことはなさそうだ。
ラディスラスは腰の小剣を手に持ち、柄の部分で僅かな穴を壊し始めた。
ガツッ ガツッ
「ラ、ラディッ、どうしたんだよっ?」
一連の動きを無言のまま行っていたので、背後にいる珠生達3人は何があったのか良く分からないらしい。ラディスラスは柄を打
ち付ける動作を止めずに言った。
「どうやら、ここから外に繋がっているらしい」
「えっ?ホントッ?」
「ああ、だが・・・・・っ、くそっ、硬い!」
岩はかなり硬い。
乗組員達と3人同時に作業をすればまだ違うかもしれないが、大人が1人ようやく通れるくらいの広さしかないのでどうしても1人
での作業になってしまう。
「・・・・・っ!」
(どうすればいいんだ!)
滲んだ汗が頬から顎を伝ってポタポタと落ちる。
手の皮が裂け、鈍い痛みが肩にまで響くが、ラディスラスはもうこうすることしか出来ないと何度も手を動かした。それでも、見えて
くる光の大きさはさほど変わらない。
「ラディッ」
「・・・・・っ」
「ラディってば!」
「ど、したっ」
何度も名前を呼ばれたラディスラスは、珠生に何かあったのかと荒い呼吸のまま振り向いた。
「・・・・・」
闇夜に慣れたので、珠生が泣きそうな表情だというのは直ぐに分かり、ラディスラスはもう一度どうしたと聞きながら頭を撫でようと
手を伸ばしかけたが、その手が血で汚れているのに気付いて止めた。
「ムリ、だよ」
「・・・・・心配するな、どうにかしてやるから」
「ラディ」
珠生にこんな表情をさせているのが誰かは十分分かっていたが、ラディスラスはここで諦めるつもりはなかった。
とにかく今は黙っていてくれと、ラディスラスは軽く珠生に口付けをしてからもう一度岩壁に向き合おうとしたが、小剣を握った腕を
珠生が強引に掴んでくる。
「大人しく待っていてくれ」
「俺っ、俺、持ってる、バクダン!」
珠生のその言葉に、ラディスラスは大きく息をのんだ。
使うかどうかも分からなかったものを、こうして持ってきたのも虫の知らせという奴かもしれない。
珠生はガサッと胸の中を探ると、小さな爆弾を2つラディスラスの目の前に差し出した。
「タマ・・・・・」
「これ、これ使おう!」
こんな狭い岩穴の中で爆弾を使えばどうなるのか。それは珠生にも十分分かっていた。良くて怪我、悪ければこの岩穴そのも
のが崩れ落ち、自分達4人は生き埋めになってしまうかもしれない。
しかし、このままではどうにも動けなかった。
「・・・・・」
「使おう、ラディ」
「・・・・・だが」
ラディスラスの頭の中でも、これを使った場合どうなるのかを様々想像しているのだろう。
だが、このまま迷っていたら松明の火も消えてしまう。
「みんなは、どう思うっ?」
珠生は背後の乗組員達を振り返った。
「やりましょう、お頭!」
「大丈夫ですって、何時だってお頭は俺達の命を救ってきてくれたじゃないですか!」
海賊である彼らの中には、逃げるという選択はない。珠生はその勇気ある決断に頷くと、ラディスラスの決意を促すためにじっと彼
の顔を見つめた。
「・・・・・怖くないのか?」
「こ、怖いに決まってるだろっ!でもっ、これしかないじゃん!」
「タマ」
「この火だって、もうすぐ消えちゃうんだよっ?今しかないって!
迷う時間はないんだと、珠生はラディスラスの腕を激しく揺さぶった。
「・・・・・分かった」
どのくらい経ったのか分からない。
しかし、長い思案の後決断したラディスラスの声は力強かった。
「お前達の命、俺に預けてもらうからな。タマ、頼むぞ」
珠生はしっかりと頷き、手の中の爆弾を握り締めた。
まさかここに珠生があのバクダンを持ってきていたとは知らなかった。
だが、それを聞いても、ラディスラスは直ぐに使う決心がつかなかった。バクダンの威力をこの目で見て知っていたため、この狭い岩
穴の中で使用した時の後を考えると、どうしても危険だという結論しか出なかった。
しかし、珠生が言う通り松明の火も消えかかった今、この機会を逃がせばもう自分達が取れる手段はほとんど無くなってしまう。
珠生に後押しをされ、乗組員達にも同意されて、ラディスラスはようやく命を懸ける決断が出来た。
(絶対に、タマは、この3人は・・・・・守る)
大きな岩が落ちてこようとも自分が身を挺してやると、ラディスラスはさっそく珠生の手からバクダンを受け取ろうとした。
「ラディ、通して」
「え、無理だろ」
「じゃあ、マタくぐるから」
そう言って強引にラディスラスの前に行った珠生は、なにやらごそごそと動き始める。
「・・・・・あれ?案外しっかりくっ付いてる・・・・・ラディ、それかして」
珠生はラディスラスが持っていた小剣を受け取るとバクダンの一つを割り、中の粉を岩壁の前に撒き始めた。
「タマ?」
「どーかせん代わりにもなるから」
「タマ、お前」
「少しは、俺をしんよーしろよ」
当たり前だ。信用していなかったらこんな危ない方法を受け入れるはずがない。
それに、こういったことに関する珠生の知識はとても豊富で、ラディスラスは彼のすることを抵抗無く受け入れることにした。
「ごめん、少し下がって」
「ああ」
粉を線のように引きながら、ずっと岩壁の前から離れていく。以前は綱を脂に浸らせて火を通したが、今回はこの粉がその代わ
りになるようだ。
普段は子供っぽい表情の珠生が、今は真剣な眼差しで作業を進めている。
「・・・・・惚れ直すな」
「変なこと言うな」
どうやら冗談と思われたらしい。
「本当にそう思っているんだぞ」
「じゃあ、心の中だけで思ってて」
「はいはい」
「もーっ・・・・・っと、出来た!」
珠生は顔を上げ、ラディスラスに向き合う。
「ケガはするかもしれない、けど」
「分かってる。最終的に決めたのは俺だ、お前はもう何も考えるな」
珠生の迷いや不安を全て自分のせいだと言い切ったラディスラスは、乗組員達に向かって言った。
「出来るだけ岩壁に身体を避けていろ。大きな岩が落ちてきた時は、根性で叩き割れ」
笑えない冗談だが、乗組員達は揃って任せてくれと張り切っている。怖いもの知らずの海賊気質はこんな時に役に立つなと思い
ながら、ラディスラスは持っていた松明を下に向けた。
「行くぞ!」
ジリジリジリ
火が火薬を走る音がする。
ラディスラスが珠生を庇うようにして覆いかぶさった瞬間、
ドンッ!!
岩穴に大きな爆発音が響いた。
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