海上の絶対君主
第六章 亡霊の微笑
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「・・・・・本当にあったんですね・・・・・」
珠生が興奮したように原石の説明をするのを聞いていたアズハルが呆然と呟くのを耳にし、ラディスラスも笑いながら驚いただろ
うと言った。
「俺も、本当に見付かるとは思っていなかった」
「なに、それ!」
珠生はとんでもないと口を尖らすが、実際にあって欲しいとは思ったものの、その確率は五分五分・・・・・いや、それよりも遥か
に低かったといってもいい。
そんな中見付つけた原石は本当に貴重で、自身の怪我など気にすることもなかった。
「タマを褒めてやってくれよ、アズハル」
「・・・・・タマ」
アズハルに名前を呼ばれた珠生は、少し照れくさそうだが誇らしげに笑っている。自分のやり遂げたことを認めてもらうのが本当
に嬉しいようだったが・・・・・。
「少しは反省しなさい」
「・・・・・え?」
しかし、アズハルの口から出てきたのは珠生を諌める言葉だった。
「狭い岩穴の中であのバクダンを爆発させるなんて、一歩間違ってしまえばあなた達全員命を落としていたのかもしれないんで
すよ?」
「ア、アズハル、でも・・・・・」
「私にとってはジアーラ国の国民よりも、あなた達の命の方が遥かに大切なんです。今後、絶対こんな無茶なことは勝手にしな
いように。約束できますね?タマ」
「・・・・・」
まるで叱られてしまった子供のように気落ちして俯く珠生と、厳しい表情をしてその姿を見下ろすアズハル。
ラディスラスはそんな2人を見て密かに笑った。アズハルの言葉は少々手厳しいが、それが自分達のことを心配するあまりに出て
くる言葉だというのは十分に分かる。
それに、このくらい強く言わなければ珠生には効かないだろう。今回は珠生のバクダンもいい方へと働いたが、これが何時でもそう
だとは限らなかった。剣などよりも直接的で大きな攻撃能力のあるものだ、細心の注意を払って取り扱わなければならないことを
改めて珠生に教えておくことは悪くない。
「タマ」
「・・・・・分かった」
小さな声だが、珠生はそう答えた。その直前にチラッと自分の方を見たので、この怪我の責任を感じているのかもしれない。
(俺の場合は自業自得だけどな)
そんなラディスラスの声が聞こえたのだろうか、珠生の言葉を聞いた後アズハルはその身体を抱きしめた。
「分かってくれて、ありがとう、タマ」
「ア、アズハル」
「それに、手段は別にして、良く頑張りました。あなたは立派にエイバル号の乗組員です」
「・・・・・っ」
叱咤の後の優しく労う言葉に、珠生がようやくホッと顔を緩めている。
(その役目は俺がしたいんだが・・・・・)
さすがにこう全身がボロボロだとカッコをつけることも出来ない。
あんまりくっ付くなよと思いながら2人を見つめていると、不意にアズハルがこちらを向いたかと思うと珠生の身体を解放して自分
の方へと歩み寄ってきた。
「アズハル?」
どうしたんだと聞く前に、いきなり拳骨が頭に落ちてくる。
「痛っ」
「痛いようにしたんですよ」
「お前、俺は怪我人なんだぞ」
「そんなことは見ていれば分かります。本当は思い切り引っ叩きたい気分なんですよ」
珠生に向けていた厳しい表情よりもさらに何倍も怒ったような顔をしたアズハルは、無茶をしないようにといったでしょうと声を絞り
出した。確かに無茶をするなと言われたが、あの場合は仕方がなかった・・・・・と、思う。
(海の岩穴から引き返していたら、それこそ今回の原石は見付からなかったし・・・・・)
ただし、アズハルの言うことも分からないでもなく、一応ラディスラスは悪かったと謝った。
「・・・・・まったく、本当に反省しているんですか」
「反省してるって」
珠生や部下達を危険にさらしたのは間違いが無い。神妙に頭を下げると、アズハルは大きな溜め息をついた。
アズハルに怒られたラディスラスは一見反省しているように見えたが、次々と声を掛けてくる乗組員達に笑いながら応対してい
るのを見ると少々疑問にも見えた。
「何時までもここにいてもしかたがありませんし、とりあえず山を下りますか」
ラディスラスに口煩く注意していたアズハルも、多分早く怪我の治療をしたいのだろう。ただ、珠生はラディスラスの格好を見て首
を傾げる。
「ラディ、どうするんだ?」
足を怪我しているラディスラスはとても山を下れないと心配すれば、ルドーが笑いながら心配するなと言ってきた。
「俺達が交代で背負うことにするから」
「ラディを?重くない?」
「このくらいなんでもない、なあ、みんな」
「ほ、ホントに大丈夫なのか?」
平坦な道ではなく山道なのにと、珠生は不安を隠せなかった。
(う、嘘だろ・・・・・っ)
自分の足で下りている珠生よりも、ラディスラスを背負っているルドーの方が早いなんてとても信じられない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「タマ、大丈夫ですか?」
「う、うん」
(アズハルも、こんなに細いのに・・・・・体力凄すぎ)
綺麗なお兄さんといった見掛けのアズハルだが、船医として海賊船に乗っているだけに普通の体力以上はあるらしい。珠生の手
を引いて下りてくれる彼の息は少しも弾んでいなくて、珠生は内心溜め息をついてしまった。
上りよりも下りの方が楽だろうなどと思っていたが、これが案外足に響いた。硬い石がゴロゴロしている地面で何度も足を捻って
しまい、そのたびにその場に座り込んでしまいたくなってしまったが・・・・・。
グゥゥゥゥゥ〜
「下に下りたら、ジェイが美味しい食事を作ってくれていますから」
「う、うん」
その誘惑にはとても逆らえなくて、何とか足を動かした。
「タマ、大丈夫かっ?」
少し先を行っていたラディスラスが、顔だけ後ろに向けてそう聞いてきた。怪我人のラディスラスにそう言われることこそ情けない思
いがして、珠生は何とか大丈夫と言い返す。
「ラディ、背中であばれるなよっ」
「そんな元気は残ってないって」
笑いながら言うので一瞬冗談かと思いそうだが、彼には本当に体力は残っていないはずだ。
(・・・・・頑張らないと)
とにかく浜辺に辿り着くまでは・・・・・珠生は何とか重い足を引きずるように前へと進んだ。
慎重に砂浜の上に敷かれた布の上に下ろされ、ラディスラスはすまんと声を掛けた。
夜が明けてしばらく経って頂上にやってきたアズハル達と再び浜辺まで戻ってきたのは、とうに昼を過ぎた時間だった。怪我人の自
分と珠生を同行したにしては随分早かったと思う。
「お疲れさん」
「ジェイ」
浜辺に残っていたジェイは、既に遅い昼食の仕度をしてくれていた。
「帰ってきた」
「ああ・・・・・だが、少々ボロボロだな」
「名誉の負傷だ」
肩を竦めて笑って見せたが、その拍子に腕がズキンと痛んだ。いや、それだけではない、ようやく安心出来る場所に戻ってきたせい
か、頭も足もかなり痛むような気がする。
そんなラディスラスに苦笑を零したジェイは、珠生の名前を呼んだ。
「美味いスープを作ってるぞ」
「ホントッ?」
ジェイが珠生と炊き出しをしている火の方へ向かうのと反対に、アズハルが籠を持ってやってきた。
「あまり良い薬はありませんよ」
「お前の腕がいいじゃないか」
「・・・・・口も怪我をしたら大人しかったのかもしれないのに」
淡々と言いながら、アズハルは先ずラディスラスの頭を慎重に診た。
「・・・・・少し切れていますけど、大きな外傷はないようですね。酷く打ってはいないんですか?」
爆風で飛んできた石はかなり小さいものになっていたし、気を失うほどの衝撃はなかったはずだ。
あの時はラディスラスも夢中だったせいか何があったのかはっきりと覚えているわけじゃない。とにかく珠生を庇おうと思ったその一
心だけで身体が動いたのだ。
「・・・・・あなたで本当に良かったですよ。タマだったらこんなものではすまなかった」
「そうだな」
それだけはラディスラスも自分を褒めてやれる。後は、原石を見付けたのは珠生のお手柄だが。
「でも、本当に見付かるとは思いませんでした」
今度は腕を縛っていた服の切れ端を取り、固まってしまった血を拭っていく。案外酷い傷だなと思いながら、ラディスラスは俺もそ
う思ったと続けた。
「ジアーラは、本当に宝の島だってことだ」
「ですが、後は自分達でしてもらわないと」
そう言うアズハルの声が少々不機嫌なのは、もしかしたら自分の怪我のことを憤ってくれているのだろうか。そんなアズハルの気
持ちが嬉しくてラディスラスは笑った。
「当然だな。こんなふうに諦めずに探せば収穫はあるって分かっただろうし」
「・・・・・ラシェルはどんな顔をするでしょうね」
「さすがに、無茶をしたって怒鳴らなければいいが」
早く王宮に戻り、今回の結果をラシェルやミシュアに伝えたい。国を再建することがけして不可能な夢ではないのだと、知っても
らえれば満足だ。
(海賊があまり偽善者になるもんじゃないし・・・・・)
ラディスラスはそろそろ自分達の役割の終わりが見えてきたような気がした。
熱々のイモが口の中でホロリと崩れ、珠生はその熱さに思わず涙目になってしまった。
「ふぁ、あ、あちっ」
「おいおい、そんなに慌てて食べるな」
ジェイが呆れたように言うが、珠生にとっては一日半振りの食事なのだ。
「や、やっぱり、ジェイのごはん、おいしー」
ようやく熱さに慣れて口を動かしながら珠生が笑いかけると、じっと顔を見つめていたジェイが目を細めて笑い、
「・・・・・え?」
髪をクシャッと優しく撫でてくれた。
「偉かったな、タマ」
「ジェイ・・・・・」
「今回の一番の功労者だ」
そんなことはないと首を横に振りながら、珠生はそう言ってもらったことが素直に嬉しかった。
頑張ったのは怪我までしてくれたラディスラスなのだが、やはり褒めてもらえるのは嬉しい。
(それに、ラディの怪我のほとんどって・・・・・結局俺のせいだし)
あの場面で爆弾を使ったことが本当に良かったのかどうか。ラディスラスなら怪我をしなくてもあの狭い洞窟から出ることは可能
だったかもしれないが・・・・・今更それを思ったとしても仕方が無い。
「・・・・・」
「どうした?」
スプーンを止めてしまった珠生を、ジェイが笑いながら見ている。
「・・・・・ジェイ、あの・・・・・」
「お前は良くやった」
「・・・・・」
「胸を張っていればいい」
後悔しそうになる思いをあっさりと拭ってもらい、珠生はコクンと頷いて再びスプーンにスープをすくった。
(・・・・・美味しい)
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