海上の絶対君主




第六章 亡霊の微笑


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 自分に覆いかぶさるような格好になっている珠生の尻がモゾモゾと動いている。
居心地が悪いのか、それとも自分がしていることへの躊躇いがやはり強いのかと思ったが、じっと見ていると自分を見下ろす珠生
の頬の紅潮がさらに鮮やかになっているのが分かった。
(・・・・・タマ?)
 長い睫毛を伏せ、唇を噛み締めているその姿に、ラディスラスは遅れてその要因に見当が付いた。
今は何とか腰を浮かせている珠生だが、どうやら本人も愛撫をほどこしているだけで感じてきているらしい。
 「・・・・・」
熱い吐息を漏らしながらラディスラスの頬には密やかな笑みが浮かぶ。珠生に手でしてもらうという、全く考えてもいなかったことを
してもらっている上に、珠生の発情している姿をじっくりと見れるのだ。
 「・・・・・タマ」
 「・・・・・っ」
 試しに耳元で囁いてやると、珠生の身体が大袈裟に震え、ペニスを握っている手の力が増した。少し痛いくらいだったが、その
手の感触にラディスラスの快感も高まる。
 「な、な、に?」
 「上手いな」
 「えっ?」
 「もっと早くしてもらえば良かった」
 すると、ボンと爆発したように珠生の顔が真っ赤になった。
 「・・・・・バカッ」
 「・・・・・っ」
今度は明らかな意図を持って手に力が込められ、快感以上の痛みがラディスラスを襲った。
男の弱点を取られている時点でからかうものではないと改めて思い知ったが、一応珠生も手加減はしてくれているらしい。
 爪を立てることは無く、ギュッと強く握ったままの珠生は眉を顰めて見つめてくる。そんな顔をしても可愛いだけだぞと思いながら、
ラディスラスは手を伸ばして珠生の頬を撫でた。
 「・・・・・なっ?」
 「焦らさないでくれ、タマ」
 その手を動かして欲しいとねだる。
 「怪我をしている俺のためだろう?」
 「ち、ちが・・・・・っ」
 「タマ」
仮に今、珠生自身の身体が欲情していたとしても、それは本人の中の変化ではなく、あくまでもラディスラスを感じさせる過程で
自身も興奮したに過ぎない。
 お前はおかしくは無い。
全ては俺のせいにしていい。
ラディスラスは蠱惑的な声で囁いた。




 「俺をイカせてくれ」
 ラディスラスの願いは気が遠くなりそうに恥ずかしいもので、珠生は今手の中にあるペニスが熱の塊のように熱く感じた。
今回、身体を張って頑張ってくれたラディスラスのために何か出来ないかと思い、何時も彼が冗談のように言う言葉を間に受けて
珠生の方からこうして動いたが、あまりにも経験値が低過ぎるのか自分までも感じてしまい、それをラディスラスに知られるのが怖
くて仕方が無かった。
 自分のペニスには何の愛撫も施していないのに、ラディスラスのそれを触っているだけで勃ち上がり掛けているという事実が恥ず
かしくてたまらないのだ。
 しかし、ラディスラスはそれを珠生のせいではないと言ってくれる。
ラディスラスのせいで珠生の身体は反応しているのだと、珠生の気持ちに負担にならないように自分が悪人になる。
そんな彼の気遣いは嬉しいものの、珠生は唇を噛み締めてブンブンと首を横に振った。全てをラディスラスのせいにすることなんて
出来ない。
 「し、しかたない、だろっ」
 「ん?」
 「す・・・・・き、なんだからっ」
 好きな相手に触れているのだから自分が感じても仕方が無いと訴えた。それもある種の逃げかもしれないが、珠生にとっては精
一杯の告白でもある。
 「タマ・・・・・」
 その言葉に一瞬目を瞠ったラディスラスは、次の瞬間とても嬉しそうに笑った。
何かを企んでいるのではなく、仕方ないなという苦笑でもなく、心底嬉しいといったような笑みを見てしまい、珠生はそのままコツン
とラディスラスの肩に額を預けた。
 「ほ、ほんとーはっ、ちゃ、ちゃんと、し、してもいーんだけどっ、ラディ、ケガしてるしっ」
 「うん」
 「ア、アズハル、あんせーにって、言ってたし」
 「ああ」
 「・・・・・これで、ガマンして」
 本当は、自分こそラディスラスの腕の中に抱きしめられ、彼の熱に溺れたいと思うが、怪我をしている相手にセックスしてくれなん
て言えるはずもなく、それでもお互いが欲望を抱えていることを知って何か出来ないかと考えた。
 自分では出来ることは限られているが、どうかラディスラスにも気持ちよくなって欲しい。そんな自分の思いがこの手から伝われば
いいと、珠生は何とか愛撫を開始した。

 クチュッ

 猛々しく漲っているラディスラスのペニス。
片手では指は回りきれず、両手を使って擦る。
 「・・・・・ふっ」
 耳元に聞こえるラディスラスの快感を耐える声にさらに自分も感じながら、それでも珠生はイカせるのを目標に手を動かし続け
た。
 「もう少し、強く・・・・・」
 「う、うん」
 「そこ、先を指先で擦ってくれ」
 ラディスラスも、もう珠生をからかうようなことは言わなくなった。
自分の感じる場所を珠生に伝え、快感を追うことだけに集中している。そして、
 「・・・・・くっ」
どのくらい手を動かしたか時間の感覚がないまま、息を詰める気配がしたかと思うと、手の中に熱い迸りを受け止めてしまった。




 せっかくの珠生からの愛撫をもう少し堪能したかったが、やはり耐えることは叶わなかった。
下半身に集中した熱を吐き出してしまったラディスラスは、荒くなってしまった呼吸を何とか抑えてチラッと目の前の珠生を見つめ
る。
 肩に乗せていたはずの額はいつの間にかはずれ、何時からか少し上から覗き込むようにして手を動かしていたらしい珠生は、
突然の射精に一瞬驚いてしまったようだ。
 「悪い」
 目を丸くして、精液で濡れた手を呆然と見下ろしている表情はまるで子供で、そんな珠生に欲望の処理をさせてしまったことに
今更ながら後悔をしてしまうが、ラディスラスが声を掛けた瞬間ビクッと身体を震わし、パッと身体を離す珠生はまだ元気は残って
いるようだ。
 「タマ」
 「き、気持ちよかったっ?」
 「あ、ああ」
 「そ、そっか」
 良かったと呟いた珠生は、身を起こしてキョロキョロと辺りを見回し、近くに脱ぎ捨ててあったラディスラスの下着で濡れた手を拭
いている。
 「あ、後で洗濯するからいいよなっ?」
 「ああ」
言い分けのように大きな声で言い、次におずおずといった様子でラディスラスの下半身を見ている。
射精したばかりとはいえ、まだ十分に固く大きいままの自身のペニスをどうしようか悩んでいるのだろうと思い、ラディスラスは片手を
差し出した。
 「自分で始末するからいいぞ」
 「で、でもっ」
 ここまで来て放りっぱなしなのはどうかと迷う珠生に、ラディスラスは意味深な流し目を向けた。
 「それに、タマが触るともう一度してくれって頼みそうだ」
 「!」
 「な?」
 「う、うん、ごめん」
 両手が利かないわけではなく、後始末ぐらいは簡単だ。
それに、今珠生に言ったことは半分以上本気だったので自分でする方がましだと、ラディスラスは汚れたペニスを簡単に拭うと服を
直した。




 珠生は甲板をパタパタと走る。
動いている船の上では、いや、そもそも停泊していても理由なく走ると危ないと言われていたが、今はのんびり歩いてなどいられな
かった。

 「せ、せんたく、行くから!」

 色々と汚れてしまったものを抱えてラディスラスの部屋を飛び出た珠生は、洗濯場に向かいながらブツブツと自分自身に言い分
けを続けている。
 「あ、あれは、しかたないし!」
(ラディのためだもん!)
 普通なら、他人のペニスに手を触れることなんてとても出来ないし、そもそも自分からしてあげようなどと思うわけがない。
父とミシュアの別れと、ラディスラスの怪我。そして、新たなる旅立ち。
様々な要因が重なって、自分らしくない行動をした・・・・・そう思っておこう。
 「あれ?タマ」
 洗濯場に向かうと、丁度当番の乗組員が3人で洗濯をしていた。
 「洗濯か?かせよ、やってやるから」
 「これは!」
そのまま腕の中から汚れ物を取られ掛け、珠生は焦って声を裏返らせる。
 「ん?」
 「こ、これは、俺がする!」
 ラディスラスの精液がついている物を乗組員に洗わせることは出来ないと、早速空いていたタライに海水を汲む準備をする。
 「無理するなよ、タマ」
 「・・・・・ありがと」
気遣ってもらうのが申し訳なく、珠生はヘヘへと引き攣った愛想笑いを浮かべた。
(・・・・・あそこも治まったみたい・・・・・良かった)




 慌しく部屋を出て行った珠生を見送ったラディスラスは、その後盛大にふき出した。
最初から最後まで珠生には驚かされてばかりだが、することなすこと可愛らしくて仕方がなかった。
 「あんなに可愛い奴なんていないぞ」
 世の中のすべての人間に自慢し、惚気たいくらいだ。

 トントン

その時、まるで計ったかのように扉が叩かれる音がしたかと思うと、開いた扉の向こうからアズハルが現われる。
少しだけ眉を顰めた表情を見ると、多分ここであったことは想像しているのか・・・・・。
 「見たのか?」
 「・・・・・聞こえたんですよ」
 腕の消毒をしようと部屋の前まで来た時、妙な声が聞こえてきたそうだ。
 「悪かったな、妙な声を聞かせて」
全然悪びれた気持ちもないまま言うと、口先だけで言わないでくださいと睨まれてしまう。たいして怖いとは思わないが、ここで反
省した様子を見せておかなければ後々が怖い。
(怪我が治りきる前に完治だと言われそうだ)
じっとしているつもりはないものの、それでも多少は気遣って欲しいと思う。ラディスラスは今度こそもう少し気持ちを込めてすなま
かっと頭を下げた。
 「・・・・・本当に反省しているんですか?」