CHANGE
15
太朗の護衛からの連絡で、目的地が小田切の考えた場所と一致した時、上杉はどうすると訊ねた。
「惚れた男の息子だろ、少しは加減するか?」
「その言い方は正しくないですね。惚れた、ではなく、主人だった、です」
それのどこが違うんだろうかと思うが、小田切はそこは譲れないという表情でいる。
(まあ、こいつと俺じゃ思考回路が違うしな)
「あ〜、じゃあ、そのご主人様だ。ご主人様の息子ってことで・・・・・」
「容赦は全く無用です」
「・・・・・」
「彼と私は全く関係ありませんから」
きっぱりと言い切る小田切に、上杉も黙って頷いた。何度聞いても結果は同じであろうし、上杉も気を遣わないでいいのならば
気が楽だ。
どちらにせよ、太朗を巻き込んだ時点で相手を簡単に許すつもりは無い。
「俺、御当主様って奴も見逃したくねえなあ」
「ふふ、無傷じゃ済まないかもしれませんよ」
「上等」
「とりあえずは、馬鹿な子供を躾けることから始めましょうか」
上杉は頷き、ふと思いついて言った。
「運転代われ」
「場所分かるんですか?」
「お前がナビすればいいだろ。それより、せっかくだから派手な登場しねえと」
(タロに惚れ直してもらうためにもな)
「これが、派手、ですか」
目的の別荘が見えてきて、ここですと小田切が言う前に、上杉はブレーキを掛けるどころかアクセルを踏み込んで壁を付き破り、
敷地内へと入った。
元々車好きの上杉が、太朗が好きだからと様々に手を入れていた四駆だが、補強もどうやら十分らしい。レンガで作られた塀を
壊しても、車の方にはほとんど影響は無かった。
「このくらい、可愛いもんだろ。お前だって、インターホンで奴を呼び出す気なんて無かったろ」
「・・・・・」
(それはそうですが・・・・・まあ、いいか)
ここまで来て、正当な手段など取っていられない。それに、相手を脅すにはいい手段かもしれなかった。
ある意味、お坊ちゃまの東條院は、相手に対して乱暴な手段をとるにしても自分の手は汚さないだろうし、命令するだけでは実際
にどんな手段をとっているのかさえ自覚が無いだろうが、こうして自分がされる側になると・・・・・余計に怖さを感じる。
それくらいで丁度いい。こういうタイプは肉体的に痛め付けるのももちろんだが、精神的に追い詰める方がより効果的なはずだっ
た。
「行くぞ」
上杉の言葉に、小田切も外に出る。すると、
「ジローさん!」
驚きと嬉しさを込めた声で叫ぶ太朗が、玄関横の窓を開いて顔を覗かせた。
「無事だったんですね・・・・・」
思わず安堵したように呟いた小田切にちらっと視線を向けた上杉は、太朗に向かって笑いながら言った。
「正義のヒーローみたいだろ」
多分、太朗にとっては本当にそう思えたのだろう、うんうんと嬉しそうに頷いている姿を見ると、その後ろに大きく揺れている尻尾
があるようにも感じてしまう。
可愛いなと思った。
もちろん、太朗に対して小田切が恋愛感情を抱くことは無いが、それでも捻くれた好みをしているという自覚のある自分が、こんな
にも普通の少年である太朗を気に入っているのは、自分の中にも綺麗なものに憧れる気持ちがあるからだろうか。
「・・・・・」
しかし、小田切の視界の中には、直ぐに太朗の後ろにいる大型犬が映る。
「ちゃんと、番犬の役割は果たしていたのかな」
一応は太朗を無事な姿で守っていたのかと、小田切はじっと自分を見つめてくる宗岡を見つめ返した。
どうやら太朗は無事らしい。
泣いている様子も、恐怖を感じている感じも無く、上杉は心から安堵していた。
それなりの大きさの別荘。海の近くで周りには他に目立つ建物も無く、今の音も多分聞こえてはいないだろう。まあ、聞こえてい
たとしても、私有地内でのことなので警察も介入出来ないはずだ。
(させるつもりもないがな)
「おいっ!」
「止まれ!」
東條院広郷という男がどのくらいの地位にいるかは分からないし興味もないが、1人で行動しないくらいにも力はあるらしく、直ぐ
に数人の護衛らしき男達が車を取り囲んだ。
「お前達っ、何をしたのか分かっているのかっ!」
「車に手を付いて大人しくしろっ」
「抵抗するならこのまま拘束させてもらう!」
口々に激しい口調で言いながら、男達は明らかに見せ付けるように内ポケットや腰に手をやっている。
きっと、自分達は銃を携帯しているのだと分からせるための仕草なのだろうが、上杉にとっては痛くも痒くもなかった。自分がいる世
界では、こんな状況は日常茶飯事といってもいい。
「誰に言ってるんだ?」
上杉は口元を緩めた。
「お前ら、俺をどうにか出来ると思ってるのか?」
久しぶりに少し遊べるかもしれない。
「会長」
「止めるなよ」
「太朗君が見ていますよ」
「・・・・・死なない程度に可愛がるか」
太朗は喧嘩を怖がるようなタイプではないだろうが、度が過ぎてしまうと上杉の裏の顔を感じて怖がってしまうかもしれない。
いくら上杉がヤクザだと分かった上で付き合っていると言っても、上杉は太朗にヤクザな自分を見せてはいないし、太朗も見たくは
無いだろう。
上杉はネクタイを緩めた。
「おい、先ずはその身体だけで掛かってこいよ」
体格的には、向こうの男達の方が逞しく見える。それなりの訓練もしているだろうし、計算も出来るだろう。
それでも上杉は負ける気はしなかった。
「押さえろっ!」
誰かの声と共に掛かってきた男達は多勢に無勢と思ったのか、上杉の挑発した通りそのまま飛びかかってきた。その身体を上杉
は軽く避け、長い脚を振り上げて蹴り付ける。
ガツッ
「ぐうっ」
全く力を抜いていない足は綺麗に男の顔面に入った。多分、鼻の骨くらいは折れているはずだ。
すると、周りは上杉の反撃に躊躇ったように足を止める。その隙を上杉が見逃すはずが無く、手を伸ばしてネクタイを掴むと、その
ままぐっと下に引っ張り、勢いで頭を垂れてしまった男の背中に肘を入れた。
「がはっ」
「逃げるなよっ」
直ぐに隣にいる男を振り向きざま後ろ蹴りで飛ばすと、
「うわっ!」
もう1人の手を後ろ手に拘束し、もう片方の拳を喉元に当てる。ピクッと動きを止めた男に、上杉は笑いながら言った。
「これは組み手じゃねえ、喧嘩って言うんだ」
「う・・・・・っ」
後ろからの膝蹴りは綺麗に男の股間に入り、声なき声を上げた男はそこを押さえてその場に蹲る。
「どんな卑怯な手を使ったって、勝ちゃいいんだってこと」
潰れたわけじゃねえから心配するなと言い置いて、上杉はまだ残っている数人をねめつけた。
「うわ・・・・・あれは痛いって」
上杉の蹴りに蹲った男を見て、太朗は自分も痛みを感じたように眉を顰めてしまった。
上杉のやり方は少々卑怯のようにも見えるが、彼が強いうというのは十分伝わった。いや、太朗は何だか自分までウズウズとして
きたのを自覚する。
(お、俺もしたい・・・・・っ)
こんな風に本格的な喧嘩はしたことが無いし、あんなに鍛えているような大人の男を相手に勝てるとは思えなかったが、それでも
身体が無意識のうちに動き出してしまいそうだ。
「ジローさん!」
大きな声で叫べば、上杉はおおと余裕を感じさせる声で応えてくれる。
「どうだ、少しは強く見えるか?」
「少しじゃないよ!すっごく強い!」
「惚れ直すだろ」
「バ、バカ!」
2人きりでもないのになんてことを言うんだと言い返そうとしたが、本当にそう思ってしまったことは事実だった。
上杉が自分を助けに(勝手に付いてきたのは自分なのだが)来てくれたことは分かるが、これ以上したら過剰防衛と言われかね
ない。
太朗はもう止めてよと言った。
「ジローさんが強いのは分かったからさ!」
「そうか。じゃあ、次はそこにいる坊ちゃんと話すかな」
「坊ちゃん?」
(・・・・・って、東條院さんのこと?)
太朗から見れば大人の男だが、上杉からすればまだ子供だというのだろうか?どちらにせよ、上杉が来てくれたことで自分の心に
も余裕が生まれた太朗は、上杉を迎えに行くために急いで玄関へと向かった。
(なんだ・・・・・あいつ)
いきなり車で突っ込んできたかと思えば、とても正々堂々とは言えないような手段で自分の護衛達を倒した男。
東條院家の分家の護衛だ、それなりの腕を持つはずなのに、いくら最初の段階で度肝を抜かれたとはいえ、こんなにもあっさりと
撃退されてしまうものなのだろうか。
「あれが・・・・・羽生会の、上杉・・・・・」
小田切の今の上司。いや、所属しているヤクザの組の頭だ。
写真で見た時もまだ若いなと感じたが、こうして本人を目の前にすれば圧倒的な威圧感と迫力を感じてしまう。選ばれた存在で
あるはずの自分が一歩も動けないなどと・・・・・とても言えなかった。
「裕さん・・・・・」
「・・・・・」
姿の消えてしまった少年。
しかし、東條院が本来連れてきたかった男は、その場に凍りついたように動かない。その男の目線の先には、東條院が憎くて憎く
てたまらない、綺麗な男が立っていた。
「小田切・・・・・」
久しぶりに見るその生の姿は、写真以上の迫力で目の前に迫ってくる。記憶の中にあるよりも、そして写真を見てあらかじめ予
想したよりも、こうして目の前に立つ姿はあまりにも綺麗で、とても30も半ばを過ぎた男だとは思えなかった。
「・・・・・」
(この男のために、ここまで来たのか・・・・・?)
あれだけ自分の前から逃げ回っていたくせに、こんな平凡な男のためにここまでやってきたのかと考えると、胸の中に熱い塊が生
まれてしまう。
「・・・・・丁度いい、あいつが向こうから来た」
「おい」
「本来の目的はあいつだからな」
東條院はそう言いながら玄関へと足を向ける。もう1人付いてきた男は想像以上に厄介な感じだが、それでも小田切がようやく
自分の目の前に立っているのだ。
(このまま黙って帰らせるものか・・・・・っ)
長年の鬱屈した思いを晴らせてもらうぞと、東條院は暗い情熱を燃やしていた。
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