CHANGE












 「え?じゃあ、小田切さんは本当はジローさんの部下じゃないんだ・・・・・あ、ありがと」
 「名目上はそうだな。だが、もう何年もうちにいるし、俺としては立派にうちの人間だと思ってる・・・・・ほら、エビチリ来たぞ」
 「わっ、美味しそう!」
 大振りのエビがゴロゴロと入っている皿を目の前に回してもらった太朗は目を耀かせ、早速小皿にとって口に含んだ。
 「・・・・・んま〜い!」
 「そうか」
 「家で作るのとか、近所の中華料理屋さんのとかと違うよな〜。やっぱりエビが元気なのかな」
 「なんだ、それは」
上杉は笑いながらウーロン茶を口にした。
 自分と食事をする時でも、少しも遠慮をせずに酒を飲む上杉。相当に強いらしく、太朗は彼が酔った姿を見たことはないし、大
人の彼が酒を飲むことを止めて欲しいとは思わない。
もちろん、飲酒運転はもってのほかで、飲み過ぎにさえ注意してくれたら、大人の男の特権だろうと思うくらいだが、今回は小田切
についての真剣な話をするということで、あえて今日は禁酒ということにしているらしかった。

 上杉が太朗を連れて来てくれたのは中華料理店だ。
中華は大勢で食べる方が楽しいと思っているが、上杉と2人、奪い合うことなく美味しい料理を堪能出来るというのもけっこういい
ものかと、太朗は箸を進めながら、それでも上杉の話に耳を傾けていた。
 「俺、てっきり小田切さんはジローさんの部下だって思ってた」
 「それも間違いじゃないが・・・・・まあ、あいつくらいの力があったら、本来組を持っていてもおかしくはないんだがな」
 確かに、そうかもと太朗は思った。
小田切もそれなりの歳だし、何より実力はある人だと思う。誰かの下に付くということを嫌だとは思わないのだろうか?
 「どうしてもたないの?」
 「面倒なことが嫌いなんだそうだ」
 「えー、それって嘘だろ?だって、ジローさんの予定とか全部小田切さんが決めてるんだよね?ジローさんが遊んでたってちゃんと
あそこを守ってくれてるし、それって面倒じゃないわけ?」
 「・・・・・お前、あいつを買いかぶり過ぎ。本当に面倒なことは全部俺に押し付けてんだよ」
 「・・・・・そっかなあ」
(どう考えても、小田切さんの方がしっかりしてそうだけど・・・・・)
 太朗はそう思ったが、賢明にも口にしなかった。上杉の機嫌を損ねたいわけではなかったからだ。
 「でも、昔お世話になった人との関係を犬に例えるなんて、小田切さん、かなり犬好きなんだ」
 「・・・・・っ」
なぜか、上杉が小さく咽せた。




(本当に気付いていないのか?)
 自分と付き合って2年以上。と、いうことは、小田切ともそれくらいの付き合いがあるということだ。
幾ら鈍い人間でも、言動の端々に見せる小田切の本質(自身も隠してはいない)から、少しおかしいと思ってもいいと思うが、そ
れが太朗の太朗たる所以なのかもしれない。
 「まあ、その世話になった相手とは良好な関係だったらしいが、その息子とはあまり付き合いが無かったようだ」
 「でも、せっかく来るんだろ?それって、小田切さんに会いに来るんじゃない?」
 「・・・・・そうだろうな」
 小田切は最後までその相手の名前を言わなかったが、あの男が普通の男を相手にするわけは無く、地位も名誉も金もあるとい
うことだ。
(そんな相手を、十代の時にタラシ込んだのか)
 「・・・・・」
 上杉はふと、目の前に座って旺盛な食欲を見せている太朗を見た。
太朗も、十代後半だが、多分小田切とは正反対の道を歩いているのだろう。上杉自身褒められた道を歩いてきたわけではない
ので小田切を貶めるつもりは毛頭無いが、本当に人それぞれなのだなと思ったのだ。
(ま、地位も名誉も金もある男をタラシ込んだっていうのは一緒かもな)
 「それで、どうするの?」
 「ん?」
 「小田切さん、その人が東京からいなくなるまで休むの?」
 「それは、無し」
 「ホント?」
 「仮に奴が休んだとしても、その相手が何時まで居座るか分からねえし。小田切が3日休んだだけでも、うちはまわらねえ」
 「・・・・・ジローさん、それってちょっと情けないよ?」
 「そうか?」
 どんな風に言葉を飾ろうとも、今羽生会の中心にいるのは間違いなく小田切だ。彼が羽生会に、いや、自分に興味を持ってい
る限り、その構図は変わらないし、上杉自身も、性格に少々難はあるものの、あれ程有能な男を手放すつもりはない。
 そうすると、自然にその相手とぶつかることになるだろうが、最近生ぬるく日々を過ごしてきた自分にはいい刺激になるかもしれな
いと思った。
(だが・・・・・タロはどうするか)
 相手がどんな人物か分からない限り、太朗はあまり組に近付けさせない方がいいかもしれない。
 「・・・・・タロ」
 「ん〜?」
 「今夜、泊まれるのか?」
 「ぶっ・・・・・ば、馬鹿言わないでよ!俺、ご飯食べてくるってしか言ってないよっ」
 「そうだよなあ」
まだ高校生の太朗には煩い保護者がついている。煩いといっても、20近くも年上の、男で、ヤクザな自分との付き合いを黙認し
てくれているだけでも寛大と言えるのかもしれないが。
(土日以外の休みは難しいか)
 「じゃあ、少しだけつまみ食いさせてもらうか」
 「え?」
 ふっと口元を緩める上杉の表情に嫌なものを感じたのか、太朗は眉間に皺を寄せて睨んできたが、それもまた上杉にとっては可
愛いと思える表情だった。




 「送る」

 なんだか不穏な気配を感じたのだが、食事が済むと上杉はあっさりとそう言った。
このままマンションに連れて行かれそうになったら断固拒否するぞと身構えていた太朗は拍子抜けしてしまい、その表情も少しだけ
物足りないというようなものになってしまったらしい。
 「どうした?」
 「え?」
 信号待ちで止まった車の中で、上杉が笑いを含んだ声でそう言ってきた。
太朗は自分の複雑な心境を悟らせまいと平静を装ったが、もちろん上杉にはバレてしまっているようで・・・・・。
 「男だもんな、お前だって溜まってるだろ」
 「・・・・・っ、ヘンタイ!」
 「別に、ヘンタイでも何でもないと思うけどな」
 「・・・・・っ」
(十分、ヘンタイ発言だって!)
 これが、友達同士なら・・・・・それでも、太朗にとってそういった話題は恥ずかしくて仕方がないものだが、仮にも恋人である相手
に向かってそういう発言はデリカシーが無さ過ぎる。
(た、ただの、男同士の会話じゃないんだから!)
 怒ってしまった太朗は、いかにも楽しそうに笑っている上杉の横顔をじとっと睨む。そのせいで、車がどの方向に向かっているのか
しばらく気付くことが出来なかった。

 太朗が気付いた時、車はどこかに停まった。
 「え?」
(ここ・・・・・どこだ?)
どうやら、国道沿いによくある車寄せの場所らしいが、周りには店がほとんどないので、自分達以外の車は停まっていない。
 「煙草?」
 休憩を取りたいのだろうかと上杉を振り向いた太朗は、
 「んむぅっ?」
いきなり後頭部を抱き寄せられて、そのままキスをされてしまった。




 せめてホテルにでも入ればと思いはしたものの、そういう場所に入ってしまうと最後まで抱かずにはいられない。
30を過ぎて落ち着いたと思っていた欲望も、愛しい恋人を前にするとまだまだ10代の頃のように盛ってしまうのだ。

 クチュ

 「んっ」
 「・・・・・タロ」
キスを解き、耳元で名前を囁けば、太朗の身体がピクッと震えた。
 「み、見られ、ちゃう、よ」
 「見せびらかしてもいいだろ。俺の恋人はこんなにも可愛くて、色っぽいんだってな」
 そうは言うが、もちろん車内は外からは見えないようになっているし、可愛らしい太朗の可愛く乱れる姿を、誰にも見せるつもりも
無かった。
 上杉は突然のキスにまだ混乱している太朗の耳元に唇を寄せながら、そのまま助手席のシートをゆっくりと後ろに倒す。
若い頃は、遊びの相手と何度かしたことのあるカーセックス。そこまではするつもりはないが、少しだけこの身体を味わいたいと思っ
ていた。恋人ならば普通の感情だろう。
 「ジ、ジローさっ」
 「ん?」
 「こ、こんなとこで、俺・・・・・っ」
 「大丈夫だって、俺しか見ないからな」
 今日の車が四駆でよかったと思った。これがスポーツカーなら、こうして押し倒して楽しむことも出来なかっただろう。
(先見の明だな)
始めからそのつもりで会ったとは言わないが、どんな時も可能性を考えて動く自分の行動に間違いはなかったようだと、上杉は思
わず笑ってしまった。




(こ、こんなの、プロの人しかしないんじゃないか?)
 倒されたシートに背を預けたまま、下から上杉を見る姿勢になった太朗は、以前友人達が話していたAVの話を思い出した。
太朗は自分がものを知らない子供だとは思っていないが、普通のエッチを撮っていると思っていたAVには様々なシチュエーション
があるらしく、中には盗撮というジャンルもあるらしいというのをその時初めて知った(高校2年生の時だ)。
 盛り上がって話していた友人達も、太朗が姿を現すと微妙に話題を逸らしてしまって最後まで聞いたわけではなかったが、それ
でも太朗はそんなものもあるんだなと人事のようにしか思っていなかった。
 しかし、今のこの自分の体勢は、どう見たって・・・・・。
(の、覗かれて、ない?)
 「タロ?」
 「あ、あのっ」
何時の間にか制服のシャツのボタンを外し、素肌に触れ始めた上杉の素早さに驚きながら、太朗はこれ以上は駄目だと言うよう
にパッと上杉の手を押さえた。
 「なんだ、積極的だな」
 「え?え?」
 「気持ちのいい場所、教えてくれるんだろう?」
 「ち、違っ」
 そんなつもりではないと急いで手を離すと、上杉の手はいったん胸元から離れ、今度はズボンのベルトを片手で外し始める。
器用に、そして滑らかに動く大きな手は、ファスナーを下ろし、そのまま、
 「うわっ?」
 下着ごと、するっと膝辺りまでズボンを下ろされ、みっともなく下半身を露出させられてしまった太朗は、信じられないことに今のキ
スだけでペニスが揺るやかに反応しているのが自分の視界の中に入ってきた。
 「なっ、なっ!」
 「若いな、タロ」
 「ジ、ジロー、さっ」
 「じゃあ、味みな?蹴るなよ」
 その意味を訊ねる間もなく、上杉の頭が自分の下半身に向かったと思った次の瞬間、ペニスが生暖かいものに包まれて、太朗
はビクッと全身を硬直させてしまった。