CHANGE












 上杉は太朗の帰宅時間に合わせて、学校の校門近くで待っていた。
いや、正確には近くに停めた車の中で待っているのだが、門から次々と出てくる生徒達の姿に半分うんざりとしていた。
(学生ってのは、どうしてみんな同じ服なんだ?)
 自分の時もそうだったが、同じ学生服というものは個性が全く見えない。もちろん、中には色々と工夫したりしているし、髪は染
めていたりするのだが、上杉くらいの歳の人間から見ると、どうも・・・・・。
(タロは違うって分かるんだがなあ)
 太朗より容姿の秀でた者はいるだろうが、上杉の目にはあの存在だけが光って見える。これが惚れた弱みというものなのだろう
か・・・・・などと考え、にやけていると。

 トントン

 運転席のドアが叩かれた。
上杉はチラッと視線を向ける。
(さっきからいたな、こいつ)
 上杉が来て間もなく、反対側の車線に停まった黒塗りの車の存在には気付いていた。そのナンバーから、どうやら警察関係者
ということにも気付いていたが、自分は何も後ろめたいことはしていないので無視していたが、今になって何のようだと上杉はウイン
ドーを下げる。
 「・・・・・」
 立っていたのは、制服の警察官ではなく、私服の刑事でもない。しかし、その眼差しはどう見ても警察関係者で、多分、上の
方の人間なのだろう。
 男らしい容貌をした、きつい眼差しの男は、上杉をじっと見ながら静かに口を開いた。
 「ここで何をしている」
 「・・・・・」
 「通学路だということは分かっているな?」
本人は恫喝しているつもりではないだろうが、こういった物言いに慣れている人物の話し方は聞いていて面白いものではない。
明らかに自分を要注意人物だと思って見ているのだなとそれだけでも分かり、上杉は黙っていても余計に煩いだろうなと正直に理
由を伝えた。
 「・・・・・待ち合わせ」
 「何?」
 「恋人との待ち合わせ」
嘘は言ってないぞと口元に笑みを浮かべながら言うと、男の眼差しはますます鋭くなっていく。
 「出ろ」
 「それはどういう権限だ?」
 その言葉に、内ポケットから見慣れた手帳が出てきた。
 「単なる声掛けだ。それとも、調べられて不味いものでもあるのか」
 「・・・・・いーや」
(面倒な奴がいたもんだな)
運が良いのか悪いのか、久し振りに太朗を迎えに来たというのに、こんな天敵に出会うとは・・・・・そう思いながら車から下りた上
杉は、自分とそれ程身長の変わらない男に向かって笑い掛けた。
 「面白いものを探したって、な〜んにも出てこないぞ?まあ、しいて言えばゴムくら・・・・・」
 「ジローさんっ?」
 多分、これ以上言ったら公務執行妨害で引っ張られそうな言葉を言おうとした時、タイミング良く自分の名前を呼ぶ声に、上杉
は思わずグッドタイミングと心中で呟いてしまった。




 ホームルームが終わって直ぐに教室を飛び出そうとした太朗だったが、丁度担任に呼び止められてしまった。
個人懇談の日程の確認で、両親共働きである太朗の時間を再確認されたのだ。
 「じゃあ、来週の月曜日な?」
 「うん、コンちゃん、あんまり母ちゃ・・・・・母親に変なこと言わないでよ?」
 「さあなあ」
 「え〜っ?」
 「まあ、日頃の行いがこういう時に物を言うんだ」
そう言いながら、太朗の頭を軽く小突いてきた担任の紺野(こんの)に、太朗は子供のように口を尖らせてしまう。
もう、受験する大学は決まっているし、今度の面談も近況の情報交換のようなものだが、それでも少しでも悪い材料があれば母
も黙ってはいないはずだ。
(小遣い減らされるか、ジローさんと会うの制限されるか、どっちも嫌だあ〜)

 それからもう少し紺野と話して(とにかく、あんまり変なことは言わないでと頼み込んだ)、太朗は帰宅するために校舎を出た。
今日は、もしかして上杉が来てくれているかも・・・・・そんな思いに、足取りも軽くなっている。
夕べ、

 『タロ、不安か?』

 昼間の出来事を伝えたせいだろう、上杉は気遣うようにそう言ってくれ、太朗は一瞬大丈夫と答えることが出来なかった。
間を置いて、子供じゃないんだからと言葉を続けたが、心のどこかで感じた不安を、その短い沈黙の中で敏い男は絶対に気付い
たと思う。
 意地悪をしたり、からかったり。それでも、太朗の変化には敏感で、必ず時間を都合して会いに来てくれる上杉の優しさ。今回
も、きっと待っていてくれる、なんだか証拠もないのに確信していた。
 そして。
 「あっ!」
思ったとおり、学校の門を出て少し先に、見たことのあるスポーツカーが停まっている。
(あの車じゃなかった)
 数日前、上杉と少々濃厚なスキンシップをした四駆ではなかったことにホッと安心した太朗だったが、同時に、その車の運転席
を覗き込むように腰を屈めている男の存在にも気がついた。
(・・・・・誰?)
 やがて、運転席から上杉が出てきて、男に向かって車の中を指差している。自分を待ってくれている間に何があったのか心配に
なり、太郎は思わず叫んでいた。
 「ジローさんっ?」

 「タロ」
 駆け寄った太朗をじっと見つめている上杉の目には笑みしか浮かんでいない。そのことに安堵した太朗は、直ぐ側に立っている
男を見上げて、思わず一歩後ずさってしまった。
(こ、こわ・・・・・)
 男らしく整った容貌の中の目が、とても厳しい光を帯びていたからだ。
 「おい、子供にその目は止めろ」
太朗の怯えを悟ったらしい上杉が、さりげなく太朗と男の間に身体を割って入る。しかし、男はそんな上杉ではなく太朗に視線を
向けたまま聞いてきた。
 「君は、この男と付き合っているのか?」
 「え?」
 「それとも、何か弱みを握られているのか?」
 「はあ?」
真面目な表情で言っているということは、冗談で言っていることではないのだろう。どうして自分が上杉に脅されていると思うのか、
太朗は首を傾げてしまった。




 「それとも、何か弱みを握られているのか?」
 「・・・・・」
(おいおい)
 たった今、太朗が自分をどんな目で見、声で話し掛けたのか、この男にはフィルターが掛かって見えているのだろうか?
確かに、一見自分のような男と、高校生の太朗が恋人同士だと結びつけて考えるのは難しいかもしれないが、少なくとも親しい
間柄だということは注視していれば分かるはずだ。
(それか、よっぽど頭が固いか)
 自分1人の時ならば、この堅物そうな男ともう少し遊んでやるのだが、もう太朗が現れたからにはとっととここを立ち去るのが無難
だ。そうでなくても受験生の太朗と一緒にいる時間は少なくなってきているのに、見ず知らずの男に邪魔をされたくはない。
 「とにかく、俺の待ち人は来た。さっさと退散させてもらうぞ」
 「待て。まだその子の答えを聞いていない」
 「だからなあ」
 「あ、あの、俺、この人と、つ、付き合ってますから」
 「え?」
 「タロ?」
 少しだけ緊張しながら、それでも太朗はきっぱりと伝えてくれた。
 「ジ・・・・・こ、この人が悪い人じゃないって、俺が保障しますからっ!」
 「・・・・・」
その言葉に、上杉はくすぐったい思いがする。誰かを、何かを守るということはしてきたつもりだが、自分がこうやって庇われるのは初
めてかもしれないからだ。
(俺の人柄を保障してくれる、か)
そんな相手は太朗しかいないかもしれない。そう思うと、上杉は目の前に男がいるにも係わらず、太朗を強く抱きしめたい衝動に
かられてしまった。




 速いらしいが、とても狭い助手席に乗り込んだ太朗は、上機嫌な上杉の横顔を見ながら先程から疑問に思っていたことを聞い
てみた。
 「さっきの、誰?」
 「ん〜、警察」
 「えっ?あの人、警察官だったんだっ?」
 太朗の頭の中では正義の味方というイメージの警察官。それが、あんなにも怖い目付きで、不遜な話し方をするとは全然想像
もしていなかった。
 「なんだ、誰だと思ってたんだ?」
 「え〜・・・・・ジローさんと、同じ職業の人かなあって」
 「はは、ヤクザか」
 「・・・・・」
 てっきり、上杉は言いがかりを付けられているのではないかと思っていた。
悪気はないものの、時々相手を怒らせるような言い方をする上杉が、他の組の人間をからかうか何かして睨み合っている・・・・・そ
う想像するのが一番現実的だったのだ。
 だからこそ、もしも相手が気に障ったとしても悪気はないのだと訴えたつもりだったが、相手が警察官だったとすれば何だか意味も
違ってきたような気がした。
 「どうした、警察じゃ不味いか?」
 「不味いっていうか・・・・・まあ、終わっちゃったからいいけど」
 今更先程の時間を取り戻すことも出来ないと太朗は意識を切り替えた。そして、改めて今日自分に会いに来てくれた上杉に向
かって笑みを向けた。
 「今日はありがと」
 「ん?」
 「俺のこと心配してくれて、わざわざ来てくれたんだろう?」
 昨日、変な人物に会ったという自分の言葉に心配してきてくれたことは分かっている。それくらい上杉は優しい男なのだと、太朗
はよく知っているつもりだった。
 「まあ、それもあるが、お前に会いたいって言うのが一番だな」
 「・・・・・この間、会ったのに?」
 「昨日は会ってないだろ」
 「・・・・・っ」
(な、何だか、恋人同士の会話みたいじゃん)
何気ない言葉の一つ一つがとても甘く、熱く感じてしまい、太朗はドキドキしてしまう自分の心を誤魔化すために別の話題を口に
した。
 「あっ、そ、そうだ、昨日の人!あの人、小田切さんの犬の、前の飼い主さん関係だよね?」
 「・・・・・どんな奴だった?」
 「どんなって・・・・・」
太朗は昨日会った男の顔を思い浮かべてみる。姿形を説明した方がいいのかもしれないが、一番に感じたことは・・・・・。
 「なんだか、冷たそうな人だった」
 「冷たい、か」
 容姿は、あまり印象に無かった。それよりも、言葉遣いとか、眼差しとか、本来、初対面の相手のことは分からないはずなのに、
妙に太朗の印象には残っていた。
(大体、向こうの方が俺に対してあまりいい印象はなかったみたいだけど)