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 隣の女湯にいるはずの太朗がなぜここにいるのかも不思議だったが、それよりも今の太朗の言葉は聞き捨てがならない。
上杉は眉を顰めて太朗の腕を掴んだ。
 「タロ、それはどういう意味だ」
 「え?だって、ほら、ケイのチンチン・・・・・でかいよ?」
 太朗としては声を潜めているつもりなのだろうが、風呂場の中なのでその声は妙に反響して聞こえる。
 「俺よりもでかいって言うのか?」
 「え?あ、ジローさんもおっきいとは思うよ?でもさ、ケイって外国人じゃん?だからさあ」
そう言いながら、太朗は再びアレッシオの下半身に視線をやる。全く隠す事もしていないアレッシオのそれは、まあ・・・・・小さい方
ではないだろうが、だからといって自分が負けているとも思わない。
 「タロ、しっかり俺のも見てみろ。大体、お前は上でも下でも咥えたことあるだろ」
 「ヘ、ヘンタイ!」
 「・・・・・っ」
上杉は顔に湯を掛けられ、前髪までびっしょりと濡れてしまった。



 目の前で行われているのは、多分・・・・・痴話喧嘩だろう。
そして、その理由が自分の身体にあるところに、アレッシオは内心複雑な思いだった。
(ペニスの大きさがそんなに気になるものなのか・・・・・?)
 「ターロ」
 「え?」
 じっと上杉を睨んでいた太朗が、アレッシオに名前を呼ばれて振り向いた。
 「お前は私のペニスが気になるのか?」
 「え〜、だって、男なら普通でしょ?俺だっておっきくなりたいし!」
 「・・・・・」
それは多分無理ではないかという言葉を、さすがにアレッシオは口にしなかった。
友春よりも少し低い位の太朗。手足はすんなりと伸びてはいるものの、これから劇的に背が伸びるとは思わないし、かといってペ
ニスだけが成長するというのもありえないだろう。
 「小さくてもいいだろう」
 「えーっ?」
 「ウエスギはその方が楽しいんじゃないのか?」
口に咥えられる大きさの方が楽しいのではないかと、アレッシオは真面目な顔をして言う。
 「なっ、何を・・・・・っ」
 「なんだ、タロ、そいつに湯はぶっかけないのか?」
 「で、出来るわけないじゃん!大人の人に!」
 「俺だって大人だろ」
 再び言い合いを始めた上杉と太朗を見つめたアレッシオは、ふとこれは上杉のコミュニケーション方法ではないかと思った。
太朗の嫌がることを言い、何度も言い返され、怒られながらも顔は楽しそうだ。
 「・・・・・」
 見ていたアレッシオの視線に敏感に気付いたのか、上杉は自分の身体で太朗の裸体を隠して、威嚇するような鋭い眼差しを
向けてくる。
もちろん、アレッシオは性的な意味で太朗を見るつもりは全く無いが、そんな風にされると僅かに気持ちが揺さぶられた。
(ウエスギのこんな表情は・・・・・面白い)
 「ターロ、自分でももっと弄れば、もしかしたら大きくなるかも知れないぞ」
そう言うと、アレッシオは口元を緩めた。



 太朗の《チンチン発言》は、それなりにその場にいた男達に衝撃を与えた。
秋月もその1人で、さすがにいきなり現れた太朗の言葉には思わず目を見張ってしまう。
(・・・・・確か、日和と同じ歳だと思うが・・・・・かなり子供っぽいな)
 日和の日頃の言動の中にも、自分とは違う幼さを感じることは多々あるが、今目の前の少年が言うようなことはまず言ったこと
は無い。
そもそも、セクシャルなこと(ペニスの大きさということがそれかどうかは分からないが)を口にするのは恥ずかしいらしく、セックスの最
中は除いてそんな話題はなかなか出てこなかった。
 「・・・・・」
 じっと見ていた自分の視線に気付いたのだろうか、いきなり太朗が秋月の方へと顔を向けた。
 「・・・・・」
思わず、本当に無意識に、自分の腰に掛けていたタオルを確認してしまった秋月だが、トコトコと近付いてきた太朗はそんな秋
月ににっこり笑いかけてきた。
 「突然すみません!」
 「・・・・・いや」
 「俺、ちょっとでも気になると、どうしても調べたり、聞いてみたくなっちゃうんですよ」
 「・・・・・」
(それは、俺のもって・・・・・ことか?)
 「それでですね」
 「おい、タロッ」
 次に太朗が何というのかと、秋月が知らずに構えてしまった時、上杉がまるで飼い犬を呼ぶように名を言いながら近付いてくる。
(・・・・・苦労するな)
何だか、上杉の気苦労が分かった気がした秋月が口を開きかけた時、
 「タロ!勝手にこっちに来るなよな!」
 いきなり、大きな声で言いながら、完璧な容姿の少年が入ってきて、
 「あ、本当に来てる」
 「男湯の方が広いね」
 「あれ?みんな来たの?」
次々と好き勝手なことを言いながら、今女湯にいるはずの年少者達が勢揃いし、その中に日和の姿を見付けた秋月は焦って立
ち上がる。
 「日和!」
 「あ、秋月さん」
腰にタオルを巻いただけの日和は、バツが悪そうに名前を呼んできた。



 「楓さんっ」
 太朗が乱入した時、もしかしたらと思っていたが、案の定楓までこちら側に、それもタオルを巻いただけの姿で現れたのを見て伊
崎は焦った。
ここにいる者達にはそれぞれ決まった相手がいるとはいえ、愛しい者の裸体を見せたくないと思うのはみな共通した思いのはずだ。
伊崎は直ぐに湯船から立ち上がって楓の傍へと急いだ。
 「どうしてこっちに来たんですか」
 自然と諌めるような口調になってしまい、その声の調子に楓の綺麗な眉が顰められた。
 「だって、タロ1人でこっちに来させるわけにはいかないだろ」
 「そうだと言っても、そんな格好で・・・・・」
 「別に、風呂に入るには当然の格好しかしてないけど」
楓の言っていることは当然の事で、それに付いては伊崎も何も言うことは出来ないが、恋人の立場としてはそれは頷けない。
伊崎はそのまま楓の腕を掴んで、有無を言わせずに脱衣所へと連れて行こうとしたが、その伊崎の手を楓は振り払い、怒ったよ
うな眼差しを向けてきた。
 「何するんだ、恭祐」
 「外に出ましょう」
 「だから、お前がそんなに気にすることはないんだって!」
 「・・・・・では、私の身体を不特定の女が見ても気にしないんですか?」
 「・・・・・」
 考えていた事とは全く違う事を言われたのか、一瞬楓は目を瞬かせて・・・・・直ぐに眉間に皺を寄せる。明らかに嫌だと思って
いるのだろうが、それを言葉でなかなか言わないのが楓らしくて、伊崎は思わず苦笑を零してしまった。
(そんな表情を、他の男の前では見せないで欲しいが)



 「静さん・・・・・」
 「こっちのお風呂も広くて素敵ですね。俺達、女湯も入れたし、二度お得って感じ」
 にこっと笑って言う静は、何時もの無表情が想像出来ないほどににこやかな表情だ。裸の付き合いという言葉があるが、親しい
友人達と同じ風呂に入り、静の心だけでなく表情まで和らいでしまったのかもしれない。
 もちろん、江坂は静のどんな表情も見逃したくは無く、こんな子供っぽい静の表情も可愛らしいとは思うが、自分以外がこの綺
麗な静の姿を視界に入れているというだけでも面白くなかった。
 「静さん、一応ここは男湯ですよ?」
 「分ってますよ。でも、俺だって入ってもいいんでしょう?」
 「・・・・・ええ、まあ」
 「こっちは大人の人ばかりだし、何だか入りにくいかなって思ってたんだけど、太朗君が行ったから付いてきちゃったんです」
 「・・・・・」
(あの子か・・・・・)
 何をするにしても、先頭に立って引っ掻き回すあの子供をしっかりとコントロールしなければならないのは上杉だが、一緒になっ
てバカバカしい言い合いをしているのだから始末に終えない。
(とにかく、ここは早めに上がらすしかないか)



 海藤が真琴を見つめると、真琴も視線を向けてきて・・・・・ふっと笑みを浮かべている。
 「結局、一緒に入ることになっちゃいましたね」
 「・・・・・そうだな」
2人きりで入るのと、今の現状は全く違うとは思うが、さすがにどうして来たのだと怒ることは出来ない。
真琴はチラッと話している友人達に視線を向けたが、直ぐに湯船の中に入ってきて海藤の隣へと身体を沈めてきた。
 「広いお風呂っていいですよね〜」
 「真琴は温泉が好きだったか」
 「温泉もだけど、こうして皆とワイワイ騒いだり・・・・・堂々と海藤さんにくっつけるから」
 「・・・・・」
 海藤は笑った。まさか、そんな答えが返ってくるとは思わなかったのだ。
こんな場所ででも自分のことを考えている真琴が可愛くて、海藤は濡れた前髪をかき上げてやりながら言った。
 「俺も、真琴が楽しそうなのが嬉しいよ」
 「ふふ」
海藤の言葉に、真琴はますます嬉しそうな表情になった。



(あ〜あ、来ちゃったのかあ)
 そこかしこで、諌める男と、何が悪いのか全く分からない子供という光景が繰り広げられていて、全く人事の綾辻は面白くて仕
方が無かった。
 さすがに、こちらの湯に他のお子様達を引き連れた太朗が姿を現すとは思わなかったが、そのおかげで普段は滅多に表情を崩
さない大物の慌てぶり(表面上は分かりにくいが)を見れて得した気分だ。
 「何笑ってるんですか」
 そこへ、小田切が現れた。
色白の綺麗な肌は艶かしささえ感じるほどだが、男は倉橋限定の綾辻にとってはまるで美術品の感覚しかない。綺麗だなと思
うが、セックスがしたいとは全く思わないのだ。
他の者達も、たとえ小田切が妖艶な美女だったとしても、その性格を知っているだけに手を出そうと思う者はいないだろう。
(あ・・・・・1人いた)
 「ねえ、小田切さん、誰か足りなくない?」
 綾辻の言葉に、中に入ってきてから直ぐに中を見ていた小田切は気付いていたのだろう、ふっと目を細めて訊ねてくる。
 「うちの犬はどうしました?」
 「ワンちゃんねえ、私達と同じ風呂に入るのは嫌だって、さっきからそこのサウナルームに閉じこもっちゃって。今頃酸欠で倒れてる
んじゃないかしら?」
もちろん、小田切の犬こと、宗岡がはっきりとそう言ったわけではない。ただ、錚々たるヤクザの組のトップを見た瞬間、ダッシュでサ
ウナルームに飛び込んだのは確かだった。
 「さっき、太朗君がカッサーノ氏のあれを見て大きいって騒いでいたけど・・・・・ワンちゃんの、もしかして見られるのが恥ずかしい
ほど小さいんですか?」
 「まさか。私のそこが壊れそうなほどに大きいですよ」
 全く動じずに笑いながら言った小田切は、そのまま風呂の奥にあるサウナルームへと足を向けようとする。
しかし、ふと足を止めるとそのまま綾辻を振り返った。
 「綾辻さん」
 「はい?」
 「とても楽しそうなところを申し訳ないんですが、あなたにも少し刺激をお分けしますよ」
そう言うと、小田切はそのまま踵を返し、脱衣所へと戻っていく。
(刺激?・・・・・まさか・・・・・ね)
 少し、嫌な気もしたが、まさかこういう騒ぎの嫌いなあの男が来るとは思えない。
しかし・・・・・、
 「風邪を引きますよ、ほら」
誰かにそう言う小田切の声の後に、彼に手を引かれるように中へと足を踏み入れたのは、お子様達や小田切と同じように腰にタ
オルだけを巻いた倉橋だ。
 「克己っ?」
さすがに、それは綾辻にとっては思いもかけない衝撃だった。






                                         






温泉編、終わりませんでした(汗)。