12
男湯に男の自分が入ることに何の不思議があることもない。
それでも倉橋はなぜかこの場に裸の自分が(もちろん腰にタオルを巻いてはいるものの)いるということに躊躇いを感じないではいら
れなかった。
大体、入口が隣同士とはいえ、本来何時誰が通るかもわからない廊下をこんな格好で歩いてきたということ自体、倉橋にとって
は無かったことにしたいくらいの恥ずかしいことだ。
「克己っ?」
そんな自分の元に、綾辻が慌てたように駆け寄ってきた。
さすがに腰にはタオルが巻いてあって、倉橋はいくらかホッとしたように息をつく。
「どうしてあんたまでこっちにっ?」
「・・・・・」
「どうして来たのっ?」
「・・・・・」
倉橋が男湯の方へ来たのは不本意だったが、こうして頭ごなしに問い詰められるとあまり面白い気分にはならない。
倉橋は眉を顰め、ほぼ同じ目線の綾辻を睨んだ。
「私も男ですが」
「・・・・・それは、分かってるけど」
倉橋にそう反論されるとは思わなかったのか、綾辻は一瞬言葉に詰まった後、どうやって宥めようかというのが分かるような態度
を取る。
(だから、どうして私がこちらに来たら駄目だというんだ)
男に抱かれている男は男じゃないと、何だか理不尽な事を突きつけられているような気がして、倉橋は意地でもここから出て行き
たくなくなってしまう。とにかく、綾辻はいい歳をした自分を子供扱いし過ぎるのだ。
「寒いので、入らせてもらいますよ」
そう言った倉橋は綾辻の隣を通り抜け、そのまま湯船に入って海藤の近くへと身を沈めた。
「・・・・・」
その時、海藤が僅かに口元を緩めたのに気が付いた。直ぐ傍にいる真琴を見てのものかと一瞬思ったが、どうやら海藤の視線は
自分の方へと向いている。
「・・・・・何か?」
「・・・・・いや」
そう言われれば、それ以上、倉橋は海藤を追及出来ない。
なぜか背筋がざわついたが、倉橋は意地でも綾辻の方を見なかった。
サウナルームの窓から中を覗くと、可愛い犬が座った体勢で俯いているのが分かる。
身体が真っ赤になっているのに、意地でも出る気配が無い様子に、小田切は口元に笑みを浮かべながらドアを開けた。
「・・・・・っ」
「何、逃げているんだ」
「・・・・・裕さん、この面子の中にいろって言う方が無理です」
「別に、お前が犬だって分かっても噛み付く者はいないと思うぞ?ここにいるのは頭が悪い下っ端じゃなく、皆一応常識がある大
人ばかりだ」
「・・・・・ヤクザがですか」
「それを、俺に対して言うのか?」
多分、宗岡とすれば、白バイ隊員とはいえ警察の人間である自分が、ヤクザの慰安旅行のようなこの場に同行しているのはど
うしても認めたくないのだろう。
確かに、自分がいなければこの旅行に宗岡が同行することも無かっただろうが、それは可能性としての話だ。事実として、宗岡は
小田切と付き合っているのだし、それが嫌なら何時でも首輪は放してやるつもりだ。
「・・・・・ごめんなさい」
そんな小田切の雰囲気を敏感に感じ取ったのか、宗岡は直ぐに立ち上がって、入口にいる小田切の前へと足早にやってきた。
「1人で帰るか?」
「・・・・・嫌だ」
「それなら、もう少しこの中で我慢しろ」
「え・・・・・っ」
小田切はサウナルームに身体を滑り込ませて後ろ手にドアを閉めると、そのまま宗岡の唇にキスをし、タオルの上から平常時でも
逞しい宗岡のペニスを握った。
「ちょっ、ゆっ、裕さんっ」
「大人しくしろ」
放し飼いにしてしまった間に、少し反抗的になった犬をきちんと躾けてやらなければならない。
一応ここは密室だしなと、小田切はキスをしたまま笑みを浮かべた。
(やっぱり、外人は違うよな〜)
この段階(興奮していない状態)でこんなに大きいのだ、勃った時はどうなんだろうと頭の中に思い浮かべたが、さすがにこの場で
大きくしてくれと言うことは出来なかった。
「おい、タロ」
「ん?」
「何時まで見てる気だ」
太朗は顔を上げて上杉を見上げた。
「・・・・・怖い顔してるよ?」
「誰のせいだと思っている」
上杉は溜め息混じりにそう言うが、太朗はその意味が分からなかった。
「俺、変なこと言ってないだろ?男ならちんちんの大きさは気になるし、別にケイとエッチしたいって訳じゃないし」
「当たり前だ!」
「また怒る〜」
上杉ならきっと、笑いながら《俺も気になってたんだよな》と言ってくれるんじゃないかと思っていたのに、こんなに不機嫌になるとは
思わなかった。
太朗は何だか面白くなくて、
「友春さんっ」
「え?あっ」
所在無げにその場に立っていた友春の手を掴んで、そのままアレッシオの隣の湯船の中へと身を沈める。
「タロ!」
「寒いもん!」
友春の腕にしがみ付いた形でべーっと舌を出す太朗を見て、上杉は眉を顰めながらも自分も太朗の傍へと身を沈めた。
「ちょ、ちょっと、近いって!」
「狭いんだ」
「嘘だあ!」
こんなに広い湯船を見て何を言っているんだと思うが、上杉はそのまま太朗の身体を背中から手を回して抱きしめてくる。
「う〜っ、暑苦し〜っ!」
しかし、どんなに文句を言っても上杉の手は身体を離してくれず、そのまま太朗は力強い腕の中から逃れようともがいてもがい
て、とうとうのぼせて上杉の胸にくたっと寄りかかることになってしまった。
「大丈夫?太朗君」
「だいじょ〜ぶ〜」
宴会の席が用意された大広間で、多分この中で一番食事を楽しみにしていたであろう太朗は額に冷たいタオルをあてたまま横
たわっている。
病院に行かなければならないほどに気分が悪いわけではなく、少しのぼせただけなのだろうが、周りには真琴や楓、そして静や友
春、日和も、心配そうにその顔を覗き込んでいた。
「ぜーんーぶー、じろーがわるいー」
子供のように頬を真っ赤にした太朗が、ジトッとした視線を向けている主は、既に用意をさせたビールをグラスに注いでいる。
「おい、タロ、何時までも寝転がってると美味いもんが食えねえぞ〜」
「上杉さん」
(そんな風に言ったら、太朗君・・・・・)
意地っ張りな太朗は、真琴が懸念したとおり、身体をふらつかせながらも起き上がってしまった。
「太朗君、料理はいっぱいあるんだから少し休んだ方がいいんじゃない?」
「そうだぞ、タロ。食い意地もいい加減にしろ」
真琴だけではなく、楓も乱暴な口調で諌めるが、太朗は大丈夫と力なく笑う。
「負けてらんないし」
「負けって・・・・・」
「馬刺し〜」
「・・・・・」
(食欲って・・・・・凄い)
何が何でも名物は食べてやると思っている太朗の食い意地に感服していると、静がぷっとふき出した。
「真琴、仕方ないよ。美味しいものを食べた方が早く気分が良くなるんじゃない?」
「・・・・・そんな感じ」
(大丈夫なのかな・・・・・)
風呂から上がる時、上杉という男に抱き上げられた格好になっていた太朗はとても食事どころではない感じに見えたが、今目の
前では自分の席にペタンと座り込んで、顔色は青いままだが瞳だけは並べられた料理を見て輝いている。
日和は、どんな風に声を掛けていいのか分からないまま、秋月の隣に腰を下ろしても落ち着かなかった。
「どうした」
「え?」
「・・・・・気になるのか?」
日和の視線がどこを向いているのか分かっているのか、秋月も同じ方向・・・・・太朗を見ている。その口元には、普段はあまり見
られないような苦笑が浮かんでいた。
「お前と同い年らしいが・・・・・違うな」
「違うっていうか・・・・・凄く元気で羨ましいです」
「あそこまで元気がいいと問題だろう。俺にはとても世話は出来ないな。上杉会長はよく相手をしている」
「・・・・・」
(相手っていうか・・・・・あの人も同じレベルで言い合ってたけど・・・・・)
秋月より年上で、地位的にも上らしい男。
太朗の恋人である、見掛けはかなりカッコいい(秋月には言えないが)男は、まるで太朗と精神年齢が同じ様に言い合っていた。
その様が何だか本当に仲がいい感じで、日和は少し・・・・・羨ましくも思う。
(俺は、あんな風に秋月さんと言い合えないし・・・・・)
自分よりも大人で、思慮深い(あくまで日和が感じているのだが)秋月に、日和が意見をすることは出来なかった。
(いったい、どうしてあんな風に話せるんだろ・・・・・?)
「・・・・・ホント、馬鹿」
楓は呆れたようにそう言うと、浴衣の襟元を直しながら伊崎の隣に腰を下ろした。
「苑江君、大丈夫ですか?」
「あいつは何か食えば気分は治るって」
「またそんなことを」
伊崎は苦笑を零した。楓が口ではそんなことを言いながらも、太朗のことを本当に大切に思っていることを知っているからだ。
楓自身二人兄弟の弟で、周りには年上の組員ばかりが取り巻いているので、一つ年下の太朗のことを本当の弟のように感じて
いるのだろう。
ただ、太朗は可愛いだけの弟にはなりえないだろうが。
「あ」
「え?」
楓の声に伊崎が振り向くと、いきなり手にしていたグラスを取り上げられる。
「楓さん?」
「こんな時ぐらい、ウーロン茶じゃなくって酒を飲めよ」
「いや、私は・・・・・」
「今日は、別に誰かの世話をしなくちゃいけないって訳じゃないだろ?それに、大体お前は若頭だぞ?お前より立場の低い奴は
他にもいるじゃん」
「・・・・・」
(それはちょっと・・・・・違うんだが)
幾ら若頭という肩書きでも、組の規模が違う。
例えば、開成会の倉橋や綾辻、羽生会の小田切など、彼らは肩書きは自分よりも下だが、普通の組クラスだったらゆうに組長
になっているような優秀な人材ばかりだ。
それに、そもそも性格的に、伊崎は世話をしている方が気が楽だった。
「出来るだけ、楓さんの傍にいますから」
「・・・・・そういう問題じゃないって」
そう言うが、楓の肩から力が抜けていくのが良く分かる。もう少し、楓の柔らかな表情を見てみたくて、伊崎はそのまま楓の耳元に
唇を寄せて囁いた。
「それに、酔ったら今夜楓さんを抱きしめられませんよ?」
「・・・・・バカッ」
バンッと強く腕を叩かれても、伊崎の笑みは止まらなかった。
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温泉は終わり、宴会へと場面は移っています。もう後半ですよ(汗)。